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63. 特訓2 .vs アカゲロウ(後期量産型)

 そういえばの話だ。

「そういや、ヒューリァはどうして俺の血を飲めば眷属化するってわかったんだ?」

 ある程度の推測はできるが、一応聞いておく。


「ん……」

 とヒューリァは少しだけ迷うように小さく唸ってから、

「わたしが【紅く古きもの】を宿すときの儀式の一つが、それだったから……」


「ああ、なるほど……」


 深く突っ込みづらい答えだった。


「わたしは元々、ひさかが言うみたいな化生を宿しやすいように調整されてきたから、」


 ヒューリァの紅玉のような瞳はその『調整』による副作用だろう。一目見たときからわかっていたことなので、今更そこに感慨は覚えない。


「その……したとき、この感じ、似てるなってわかったっていうか。ちょうど【神旭(こうきょく)】……あ、術式光の正式名称なんだけど、これについて見直してたところだったから、ちょっと出し方を工夫して、術式を体内に埋め込む禁術と合わせれば制御できるなって」


「それ、理論としてまとめること……できるわけないか」


「うん、ごめん」


 感覚派のヒューリァに期待するのが間違っている。

 理論として説明できたところで飛逆は事前に聞かされてもそれを許さなかっただろう。そうすると結局、彼女は勝手に飛逆の血を飲んだだろうから、そこを今更蒸し返す気もない。


「ちなみにその禁術ってのは、他人に施すことができるのか?」


「できないわけじゃないんだけど、用途が違うって言うか。たぶん、破裂するよ?」

 あっさりとした感じでぽんっ、と指を開いてその表現をするヒューリァだ。

「【神旭】には個人差があって、基本的に自分にしか無害じゃないの。双子ですら例外じゃないんだけど、自分に対しても完全に無害ってわけじゃなくて、なんていうか……言葉にするの難しいんだけど、自分の存在を【神】にして【旭】に移し替えるみたいなところがあって、出しっぱなしにしてるとなんていうか、反転? しちゃう危険があるっていうか……だから禁術なんだけど、この反転するのを利用しているところがあって、この操作がわたしレベルじゃないと無理っていうかわたしでも思ったより時間かかったし、……正直危なかったっていうか」


 『ていうか』が多い説明なので、正直意味不明だった。そもそも【神】とか【旭】って何よっていう話である。

 説明下手によくある特徴だった。共同研究者であるミリスの苦労が窺える。


 文脈からなんとか類推してかみ砕く。とはいえ【神】とか【旭】に関して聞いたところで辞書ループ現象に嵌るのがオチだろう。


「まあ、つまりはヒューリァに手伝ってもらっても俺の眷属を増やすことはできないってことだな?」

 正確には、健常な状態を維持したまま眷属化させることはできないということだ。


 トーリがゾンビから回復することはできそうにないということである。ミリスの拘束から逃れることも出来ない程度では戦力として数えることはできない。


「最低でも【神旭】を操れるようにならないと、無理だね。……できてもやらせないけど」

 後半部のぼそっとした呟きは、

 もちろんスルーする飛逆である。


 いずれにせよ眷属を増やすためには元となるヒトが必要なわけで、手に入れられるヒトの残りは三十に満たないだろう。赤毛狼を上層に向かわせて、イルスたち以外をゾンビ化用に捕らえるよう命令してあるが、やはり実験体としてしか使えそうにない。


 試行錯誤している内に【言語基質体】の効果時間が切れた。ヒューリァが持ってきたそれは二つだけだったのだ。


 ヒューリァとの意思疎通はなんとかなるとしても、ミリスと相談ができない。やはり不便だ。一応様々な可能性を考えて打ち合わせは済ませてはいるが、状況というのは常に流動的だ。大枠の予想が当たっても、結局モノを言ったのはアドリブだったという場面は多々ある。


 土壇場で間違った方向に開き直る癖がある彼女のことが、割と心配だった。

 繰り返すが、手は打ってあるのだが。



 

 赤毛狼が飽和した階層は安全地帯だ。

 クリーチャーは出現するなり赤毛狼の鼻によって捕捉され捕食される。トラップの周りには常に五体(これをワンセットとして運用することにした)の赤毛狼が待機していて、よほどのイレギュラーが発生しない限り命の危険は存在しない。


 というわけで、神樹の根っことルナコードなどを、ミリスの戦車に乗せて、ゾッラとノムに運んでこさせた。


 安全が確保されたなら、水が湧かない地階よりもむしろ過ごしやすい。


 いくつかのシェルターを赤毛狼に溶解毒で溶かして集めさせ、彼ら自体を資材に焼成して改めてシェルターを作製し、ヒト四人程度なら生活するに充分な建物を二つ作ってある。彼女たちにはその一棟に住まわせるつもりだ。


 つまりは拠点を移したのだ。


 塔下街からヒトを誘致するという計画が頓挫した今、地階に拘る必要性はない。クリーチャーの脅威が完全になくなった今となっては余計に。


 空気圧の推進力によって動く戦車が赤毛狼の先導に従ってやってくる。


 ミリス用に誂えられた戦車は元来一人では動かせない。彼女なりのセキュリティのつもりだったらしい。汎用にチューンしてもその傾向は残っている。精神感応系素材が足りなかったためだ。

 だからか、加速の加減がむちゃくちゃだ。パンパンパァン、と弾ける音を響かせつつ、蛇行して、時にはよく倒れないものだと感心するほどの角度になっていだ。


 そして戦車は前方に空気を噴射することでブレーキするが、重心の悪さのせい(技術力不足)でほぼ真横に傾き――ドリフトするように奇跡的に飛逆の目の前に横腹を見せて止まった。


 ガタン、とドアが外れて、ゾッラが降りてくる。

 不思議なことに擦り傷の一つはおろか酔った様子さえない。相変わらずの笑みを浮かべる幼女はちょこんとお辞儀して、【言語基質体】を差し出してくる。


 そういうことはノムがしそうだと思って内側を窺うが、彼女は蹲って嘔吐いていた。乗り物酔いに違いなかった。


「もしかして、運転してきたのゾッラなのか?」

 受け取ってインジェクトしてから聞いてみる。


「はい、ですの。面白かったのですの」

 背後にその愉快の犠牲になったノムがいるというのに僅かも遠慮しないでゾッラは肯く。


 中々どうして将来が心配な幼女だ。


 周りを強く認識していても周りに対する気遣いという観念が抜け落ちている。無自覚な独善というか。無邪気な我が儘というか。


 子供は皆そうではあるが、それの多くは認識力の未熟に起因している。認識力が大人を凌駕するゾッラのそれは、ただ子供だからで片付けるべきものではない。

 多くの子供には備わっている共感能力が欠如しているということだからだ。

 生まれついての共感覚者(シナスタジア)共感能力(エンパシー)を持たないというのは、その性質を考えれば当然の帰結ではあるが。


 ゾッラの精神性はどちらかというと怪物よりだということだ。

 他人の気持ちを理解しかしない、そんな生き物に近い。


 本当に、昔の自分を見ているようで。

 もう少し上手く取り繕えるようにしてやらなければならないと、飛逆は思ってしまう。

 だから苦手なのだろう。どうしてそう思うのか、飛逆は自分ではわからないのだ。

 そもそも彼女に将来なんてものが存在するかどうかもわからないというのに、そんな無益なことを何故、と。


「……ここが新しいおうちですの?」

 目が見えないのにゾッラは、資材を喰らった赤毛狼を建材にした建物を矯めつ眇めつ眺めた。


 この建材(赤毛狼)は焼成するときの熱量と喰らった資材でその色合いが変わるので、屋根は朱色で、壁は石灰色、角や柱は茶褐色と、割合シックな出来となっている。


 遊び心が芽生えた飛逆はなんちゃって屋敷を作ってしまったのだ。

 和風というより琉球風であり、ミックスアレンジというか、つまりはアジア風であった。


「天使様の色彩が感じられる、すばらしいおうちですの」

 顔を輝かせて、とてとてと足音を立てて建物に這入っていった。

 中がどうなっているのか好奇心を抑えられなかったようだ。


 乗り物酔いを押して荷物を運び入れようとするノムのことを手伝うつもりはないらしい。


 横合いからノムの荷物を飛逆は無言で引き取り、ゾッラが這入っていった建物の隣に運んだ。


 仕事を奪われたからか、心なしノムは不満そうな雰囲気を出した。


「いいからゾッラの傍に行ってろ」


 ノムは自分が僅かに口を尖らせているのを自覚したか、意識して無表情に戻って飛逆の言うことに従った。乗り物酔いでペルソナがズレてしまっていたのだろう。


「ひさか、あの女に優しいよね」

 と。

 今や赤毛狼とヒューリァのどちらの特訓なのかわからない状態になっている戦闘風景から声が届く。

 五体を相手にする代わりに飛び道具を解禁したヒューリァからのツッコミだ。


 ちなみに、この頃には赤毛狼に火炎耐性を持たせることに成功している。

 煙狼のコードをコピペするときに学習した要領で、【紅く古きもの】から火炎耐性のコードだけを抽出することができたのだ。その相性から、炎を扱わせることはできなかったが、火炎耐性だけは親和した。

 ただ、オートデバッグの結果、飛逆のようにどんな熱であろうと物質の状態変化を抑えられる絶対耐性とは異なるものになってしまった。

 どちらかというとヒューリァのそれに近い。

 しかも一定以上の熱を喰らってしまうと、隙間が多い霧粒状の細胞の集合体である彼らは、その隙間を流れる空気の膨張で細胞が飛散して、ダメージを受けてしまう。


 これは熱耐性とは無関係であるため、容易に解決しがたい問題だ。

 飛逆のように火炎耐性を小範囲で展開できれば、隙間を埋めることでほぼ問題はなくなるのだが。


 まあ、あまりにも何もかもに強くしすぎると、それはそれで問題だ。ここまで複雑化してしまうとやはりどうしてもバグが発生する。幾重にもセーフティセキュリティを組んではいるが、それも絶対ではない。いざとなったら処分することに備えて、これ以上は耐性系を強力にすることは避けることにした。

 耐性に関しては他にも考えている使い道があるのだが、時間がない。


 今は行動ルーチンと毒の種類を増やすことに専念している。


 そして斥候タイプというか、情報集積型の赤毛狼も完成した。五体の内のリーダーとして設計したため、他の狼に比べて強力になっているが、もちろん見た目には同じにしてある。リーダーをわかりやすくするのは馬鹿げているからだ。そしてこの集積型を飛逆が後で【吸血】することで行動ルーチンを最適化していくというわけだ。


 斥候タイプは色々と迷ったが、本当に戦闘能力は皆無で一段と小型化した敏捷タイプにその役割を担わせた。

 要はアップデート用である。情報伝達タイプとするか。

 ある意味ウィルスのような性質を持ったこのタイプは、どの赤毛狼とも一時的に合体できて、アップデート情報を彼らに感染させた後、合体した赤毛狼の余剰エネルギーをもらって複数に分裂し、それを繰り返してアップデートを伝播させていく。


 今のところメモリ容量の問題でできていないが、この情報伝達タイプが情報集積型から情報を持ち帰ることもできるように検討中だ。

 情報集積型からこのタイプを生み出せるようにするのがいいだろうと考えている。あるいは残り四体の内一体にそのタイプを生み出させるようにすればいいか。

 その一体は雌型ということにして、雄型の情報集積型と交わることで生み出せるようにすればいいかもしれない。バグの発生率が上がりそうだし、彼らの生存戦略的には微妙だが、要検討である。


 そしてようやくそんな赤毛狼との戦闘風景だが、ヒューリァはついに接近戦における自分のスタイルを確定させていた。


 【神旭】を指から伸ばして擬似的な剣にして、その三日月型の炎剣を自分に巻き付けるようにして回転して近くの物体を切り刻んでいく。


 攻防一体。

 その様はまさしく踊り子の舞踏であった。


 これは自分の身体に術式があるからこそ実現できた戦闘スタイルだ。文様を描かない【神旭】はそれ自体だけでは炎を出すことができず、大した攻撃力はない。

 けれどヒューリァ限定の精神感応素材と言える【神旭】は、ヒューリァの身体に埋め込まれた術式からその効果を伝導する。

 しかも半実体と言える【神旭】はただ炎で斬りつけるよりも強力だった。

 僅かな重さは計算に入れずとも、半実体の【神旭】は容易く対象の内側に潜り込み、しかも直接熱を発生させるからだ。内圧との相乗効果で瞬間的に発生する熱量と殺傷力は飛逆の限定状態での全力に匹敵し、生物相手ならば凌駕する。


 ちなみに、このスタイルを見た飛逆は彼女に【神旭】を鞭のように扱えば近・中距離でもっと使い勝手がよくなるのではないかと言ったのだが……その結果はお察しである。

 彼女の長く蠢くものに対する嫌悪は筋金入りであった。

 たとえ自分から出たものであろうと――あるいは、だからこそ、許容できないそうだ。

 妥協的な形として三日月刀なのである。形が固定されていれば気にならないらしい。


 重さがないために長大な炎熱三日月刀を身体ごと回転させて、ヒューリァは三体からの赤毛狼の接近を牽制し、その回転のついでに床に陣を描いていく。

 一見すると無駄な装飾のようなあの踊りは、実は攻撃と牽制をしながら床の内側に【神旭】による巨大な陣を描くという、実に合理的な動きなのだ。


 つまりは攻撃・防御に加えて罠の作製を同時に行っている。

 これを初め、飛逆でも見抜けなかった。近接戦が苦手という彼女への先入観のせいもあったのだが、それを抜いてもありえないと思える。

 やはりヒューリァのセンスは異常な領域にあるのだ。異常という言葉で足りないほど。


 考えてもみるといい。

 いかにプログラム通りにしか動かないと言っても、不確定性原理からのランダム性を備えた赤毛狼を五体、それも連携をこなす群れを相手に攻撃を凌ぎ、時には攻撃を入れながら、決まった軌跡を描く動きを混ぜるのだ。


 飛逆でも、やれと言われればできるだろう。けれどそれは思考速度を精気で異常にクロックアップしての力業だ。燃費が悪すぎてやろうと思えない。


 しかもこれはヒューリァの思考速度が飛び抜けているからできる、というわけではない。だからこそありえないのだ。


 直観力という奴だ。あるいは、視角を広く取ることを続けてきた結果として獲得したある種の共感覚ということで説明はできるかもしれない。漠然とした情報の流れを視覚化したり、または触覚で感じているとすればあの無駄のない動きも理解できなくはない。


 ある意味で予知直感と呼べるだろう。


 それに加えて、ヒューリァはこの戦い方を殆ど一から自分で生み出した。

 前述の問題があるため、彼女の元の世界ではこんな使い方はできない。禁術の上に飛逆の血を飲むことで変質した身体だからこそ【神旭】を精神伝導線として使える。

 以前にも設置型を使ってはいたが、そもそもあれが原結晶を利用して初めて実現できた彼女の独自の(アレンジ)だったというのだ。

 従って彼女の元の世界ですら誰一人として実現不可能なのだ。


 これは誰かから教わったということもなく、ほぼノーヒントの状態から生み出された武踏術だということ。


 それをたった五十時間程度の特訓で実用レベルにまで昇華させたのだ。

 本当、天才っているんだな、と割と複雑な感情に苛まれる飛逆である。


 前からわかっていたこととはいえ、実際にその異様な学習能率を目の当たりにすると驚きを禁じ得ない。


 罠があるとわかっていても赤毛狼たちにはそこに近づかないという選択肢しかない。すると動ける範囲が限定される。しかもその罠には様々なパターンがあって、発動すると決まった方角に火弾を撃ち出す、なんてタイプまである。


 基本的には爆発と火柱だが、それらを任意のタイミングで発動させ、赤毛狼たちの挙動を限定させて、火弾タイプを発動。彼らが上へ避けるしかないように追い詰めた挙げ句、ヒューリァは自分の足下の陣を一瞬早く発動させて小規模な爆発を起こして自身を飛ばし、彼らよりも上空で待ち構えていた。


 そして回転斬り。

 その回転の推進力は三日月炎刀の先から生じる爆圧である。

 飛逆の分解能でさえ残像が見えるほどの角速度で、二体の赤毛狼を斬り捨る、というよりも掻き消して、着地。


 着地の瞬間を狙った赤毛狼の適切な攻撃は、しかし着地と同時に三日月刀を床に置くことでほぼノータイムで斜め上に吹き上げる炎の壁を発動、二体の内一体を焼き尽くす。


 その炎の結界を突き破るように正確無比な火弾の射撃。

 結界を凌いだ一体はその爆裂弾によって吹き飛ばされ、未だ火柱を上げる罠に巻き込まれて霧散した。


 残り一体――はしかし、そいつは情報集積型のリーダーだ。


 無駄に犬の行動を模倣する赤毛狼は降参の意を示すために、仰向けになってヒューリァに腹を見せていた。


 生き延びて飛逆に情報を持ち帰るようにと組んだらなぜかこうなったのだ。

 オートデバッガの仕業であって飛逆が意図したわけではないと、一応明記しておこう。


 ともあれヒューリァの完全勝利である。


 最早五体ワンセットでは相手にならない感じだ。


 そしてそんなヒューリァからの「ひさか、あの女に優しいよね」というツッコミだ。

 あの女とはノムのことだろう。


 答える前に、いつまでも降参ポーズを取り続ける赤毛狼を【吸血】で回収する。


「……優しくしてるつもりはないんだけどな」


 少し考えたが、やはり優しくしているというより、お節介を焼いているという自覚しかない。


「でも、気に掛けてるよね」

 そしてヒューリァは的確に突っ込んでくる。


「不満か?」


「別に……」

 明らかに拗ねた感じで否定されてもな、と飛逆は内心溜息を吐く。

 こういう、態度でこそ物を言う性質には未だに慣れない。


「もしかしてノムと若干、似てるところを気にしてるのか?」


 ノムの髪のことだ。あまり手入れがされていないからかくすんで、赤と言うより茶色に近いが、ヒューリァの髪のそれにほんの少しだけ似通っている。


「自意識過剰を承知で言うが、俺は赤毛に執着があったりはしないぞ?」

 要するにヒューリァが赤毛だから好きなのではない、ということは明言しておかなければなるまい。


「……」

 するとヒューリァはジト目だ。


 どうしろと?

 まさかヒューリァの炎髪を褒め称えて、ノムのそれなんか目に入らないとでも言えばよかったのだろうか。


 それを求めていたわけではないだろうが、そうすれば少しは機嫌が取れたかも知れない。


「次」


「ん?」


「だから、次、出して。もっと手応えのあるの」

 赤毛狼を出せということだ。ノムの話はもういいらしい。というか憂さ晴らしをしたいのだろう。


 わかっているくせに飛逆はそれを断った。

「いや、根っこが届いたから、毒の研究しなきゃな」


 もう充分に順応できたヒューリァにリソースを割くよりも、毒の組成パターンを研究する方が優先される。こればかりはどうしようもない。


「……」


「これは一人でしかできないから、ヒューリァはミリスと連絡とって、あっちの研究に協力しててくれ」

 言うと、ヒューリァは不満そうな顔に不安を混ぜたような表情を浮かべる。


「……なんか、ひさか、冷たい……?」


「純粋に、優先順位の問題だ」


 怒りは消えたが、ヒューリァが飛逆の血で変質したことを完全に割り切ったわけでもない。その余分が態度を冷淡にさせているところがあるかもしれない。


 ここで問答する気になれないのも、そのせいだろう。


 そろそろヒューリァの【言語基質体】の効果も切れる。ミリスの髪と一緒に彼女にそれを渡して、飛逆は宣言通り、毒のパターン研究を開始した。


 ヒューリァはしばらく呆然としたように佇んでいた。

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