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57. こういうのも因果応報って?

 期限まであと六十八階層というところで、ミリスカプセルがドロップしたわけだが。


「……一応、聞くがミリス。これは何階層で仕込んだカプセルだ?」


 ミリスはそれぞれのカプセルにタグを付ける仕込みをしていた。


〈ええっと~……千三百二階層のヤツですね~〉


「百から二百の間の下層に出るって考えで正しいってことか?」


〈試行数が少なすぎて~、確証はありませんが~、俄然その可能性は高くなってきた~、と言えるかと~〉


 即ち、クリーチャーが喰った物は、消化されなかった場合、一旦どこかに集積された後、喰われた時点の階層よりも低いところに、クリーチャーが倒されると同時にランダムで配布される。この仮説が最も可能性が高いということになったわけだ。


「また、改めて出直すか……?」


 気持ち的にはもうかなりそこへ傾いている。


〈ん~……あまりお奨めはしませんね~〉


「……なんでだ?」


〈この機会を逃したら~、多分二度とやらないからですよ~。死体捜しなんて~〉


 その指摘はおそらく正しい。出直すと言いつつ、何か他の用事が発生しない限りやらないだろうことは目に見えている。だが、逆に言えばそれくらい、続ける理由がないということなのだが。


 飛逆が怪訝そうにしているためか、ミリスは言葉を続けた。


〈正直言って~、死体を手に入れることのメリット自体はもうほとんどないんですが~……確かめておいた方が良いと思うんですよ~。ワタシたちが塔の中で死んだらどうなるのか~、ってことを〉


「……そう、か」


 そういえば、そうだった。


〈はい~。ヒトの手で『保管』されていないワタシたち【全型】の死体が~、ただゴミやドロップ品として処理されたり~、するかな~? ってかなり疑問なんですよね~〉


 そう。未だに『ヒトの【全型】の用途』を引きずっていたために忘れていたが、【全型魔生物】が召喚されたのはヒトのためではない。少なくともその可能性が高いのだ。


 では何のために、というのは未だに確然としていない。けれど少なくとも塔の中で死に、その死体がただ処理されるということは、よくよく考えれば考えづらい。


〈だからワタシは~、ギィとかいうあの採集者が~、どっかに保管した~、って可能性が高いと見ているんですよ~。なぜなら~、『特別なことが何も起きていない』から~〉


「マジで、ぼんやりしてたんだな、俺……」


 そんな当たり前の可能性を、言われるまで思いつきもしなかった。


 せいぜい、死体がクリーチャーに喰われたとしたら原型を留めているか怪しいからドロップ品の肉系と見分けが付くか不安だ、くらいのものだった。何か核のようなものに加工されているかもしれないとか、その程度の想像はしていたが……それはヒトの都合を廃していない想像だった。


〈だから実際のトコロ~、その可能性を潰しておく~、くらいはしておいてもいいと思うんですよね~。で、その機会は今を措いたら~、後々になっては難しいだろうな~って〉


 実験材料を作る提案をしてみたり、それを実行してみたり、てっきり飛逆の意気を挫きたいのかとさえ思っていたが、ミリスはきちんと意義を持ってこの捜索に当たっていたようだ。


「わかった。というか、助かった」


〈いえいえ~〉


「なんか裏があるんじゃないかって思ってしまうのが哀しいところだが」


 これまでのミリスの言動を振り返ると、どうしてもその疑惑は湧いてしまうのだった。


〈……あの、本気で~悲しくなるのでやめてくれませんか~……〉


 一瞬にしてダウン入ってしまった。


「いや、本気で言ってる訳じゃない。悪い」


 実際、ミリスにとってヒューリァを害するメリットは皆無だ。ヒューリァが飛逆の眷属となって強くなるのなら、現状最も欲しいところの戦力強化に繋がるし、それが成功したなら今のところその技術を持つのは彼女だけだ。まかり間違ってヒューリァへの嫉妬が害する動機にならないとも限らないが、デメリットのほうが遙かに大きい。


 まあ、ミリスが損得勘定だけで割り切れるタイプではないといい加減飛逆も気付いているが、


「うやむやになっちまってること、戻ったら話そうか。せめて、納得ができるように、俺も努力してみる」


 飛逆は無駄に誠実であろうとしていた。


〈ヒサカさんって~……なんていうか~……いえ~いいんですけどね~……なんでワタシこんな少しも甘くないヒトのこと好きになったんだろ~……〉


 納得ができるように=飛逆の結論は揺るがない、の意を正確に汲んだミリスは愁嘆混じりの音を出した。


 ミリスは言うのとは裏腹に、どちらかというといじめっ子に寄っていくタイプだと飛逆は思っているのだが、もちろんそれは秘密だ。






 そうして再び捜しながら降りていく。


 けれど見つからない。


 ミリスカプセルのドロップはあれから四つ出た。多いと見るべきか少ないと見るべきか、捜した範囲からすると多いと見るべきだろう。クリーチャーの種類に一貫性は見られなかったので、ドロップは確率に依っているという考えが正しそうだ。この試行が役に立つかどうかはわからないが、情報はいくらでもあったほうがいい。


 残り一階層だ。


 本命と言える。


 なぜならギィが死体を持ち運んでいたならば、それは飛逆たちを襲う直前に隠したと考えるのが自然だからだ。


 ギィは明らかに飛逆たちの状態を見計らって奇襲を掛けてきた。こちらよりも先に察知していたということだ。つまり彼は自分自身を隠しつつ、準備をする余裕があったはずだ。たとえば邪魔な荷物をどこかに保管しておく、など。


 わざわざ階層を移動したという可能性はごく低い。彼がどの時点から飛逆たちを見ていたのかは不明だが、少なくとも飛逆がヒューリァたちに縛られているという格好の好機を逃すかもしれないだけの時間は取りたくなかったはずだ。好機と見てすぐに奇襲をかけた可能性もあるので断言はできないのだが、目の前の餌にすぐ飛びつくような精神性ではとてもソロでは生き抜けなかっただろう。準備のための時間を取らなかったとは考えづらい。


 だからあるとしたらこの階層なのだ。


 この転移門を潜った先の、どこかのシェルター。


 さすがに自分でシェルターを作製するだけの時間や資材はなかったはずなので、既存のシェルターだろう。


 だとすると、見つかるとしたらあっさり見つかる。


 そしてこれで見つからなかったとしたら、クリーチャーが処分してしまった可能性がかなり高くなる。


 可能性を絞ることが目的だ。なくても構わないが――


「ここまで来たら、あってほしいもんだ……」


 趣旨があっちこっちに飛んでしまったために、極めて非効率的な捜索方法になってしまった。おかげで疲労感は半端ない。可能性の小さいほうから潰して行かなくてはならないという状況自体が飛逆には耐え難かったというのもある。


 せめてそれを打ち消せるような達成感、とまでは行かずとも、多少は報われたい。


 そう思うとついつい踏み出す足にためらいが出る。


〈あると思うんですけどね~〉


 実際ミリスの言うことのほうが筋が通っている気がしている。説得力があるという意味であって、物証が足りないのは飛逆の当初の推測と同じなのだが。


 ともあれ、ここまで来たらさっさと結果を出すのが正しい。


 ヒューリァは目覚めていない。ドーピングしたとはいえ、トーリの結果と比べると随分と長いように思える。


 ここで結果が出たら、いよいよ以って【吸血】による『解呪』を試さなければならない。それが、なにより気が重い。果たして狙った物だけを【吸血】するなんて器用な真似ができるかわからないため、まずはトーリで試すつもりだが……心理的ハードルの高さは変わらない。別に彼が跡形も無くなることはどうでもいいのだが。


 転移門を潜ると――飛逆の憂鬱が形になったかのように視界が白い靄に包まれた。


「――は?」


 恍けた声を出しながらも、この瞬間まで飛逆の反射神経は正常に働いている。


 潜ったばかりの転移門を背中から潜り直す――


 霧が立ちこめる階層などどこにもなかったという記憶が遅れて意識に浮上、無意識下で察知した異常事態を認識する。


 転移門の近くは危険と判断し、更にバックステップしながら踵を返し、とりあえず距離を取りながら、ミリスに相談のために声をかけようとしたところで、飛逆の額は床を割っていた。


 踵を返したところで身体が利かず、恐ろしい勢いで回転した飛逆はその遠心力で床を大きく陥没させたのだ。いや、壁に衝突したのかも知れない。天地不明。わからない。自身の制御を失ったことに、その瞬間まで認識できていなかった。いずれにせよ床に痙攣しながら倒れる。


〈――っ!?〉


 ミリスが何か叫ぶ。


 耳が遠い。聞こえない。


 声を出そうとして、


(ああ、なるほど。てんかんによる麻痺・幻覚作用の毒ってことか)


 感覚がすべて狂っていることに、気付いたところで急激に意識が遠くなる。


 麻痺はともかく幻覚は拙い。


 幻覚とは深層領域を含む回線が無作為に繋がることで引き起こされる。


 飛逆の意識階層は後付けだ。故に強固である反面、脆い。それも、意識で制御しているためにその意識が完全に途絶したら、決して自然的には再構築されない。


 噴出する。抑えていたそれが。


 制御を失った右腕がほつれて炎になって、すべてを焼いていく。小範囲、けれど無秩序にその火力を上げながら。


 危機感を感じる領域が侵されたのか、焦燥さえ湧いてこない。このままでは酷く拙いことだけはわかっているのに。


 ほつれる。バツンバツンと弾けるようにバラバラになって、その隙間から圧迫感のある『眠気』が這い上がってくる。


 抜けていく。炎に喰われて精気が消えていく。蛇口を壊しそうな勢いで、垂れ流しだ。


 虫食いのような意識が、どこかほっとしている。


 ――ようやく眠れるのか。


 そんな見当違いなことで。


(――。――、――……――)


 飛逆はこの世界に来てようやく二度目の眠りに落ちていた。




 暗転。




〓〓 † ◇ † 〓〓






〓〓 † ◇ † 〓〓


 


 ――恍けたことに。


 その白い部屋でまず思ったのは、そういえば黒髪黒目という組み合わせを見たのは随分と久しぶりだな、なんてことだった。


 彼は結跏趺坐して薄い笑みを常に浮かべていた。


 瞼は開いて眼球も動いているのに、瞳はどこにも焦点が合っていない。それが彼が頭の中の書物を読んでいるときの姿だ。


 飛逆の家には書庫なんてものはなかったから。彼は自分の頭の中に書物をそのまま転写していたのだ。飛逆の家では必須技能である直観像記憶によって。


 そういえば一体いつのどこでその元の書物を記憶してきていたのか、その謎はついぞわからないままだった。最低でも万を越える冊数であったはずなのだが。


 その疑問が、彼が血族を滅ぼした黒幕であろうという推測の端緒となっている。どう考えても飛逆の家だけではそんな量の書物を、頭の中とはいえ、読むことはできなかっただろうから。


「何を読んでいるんだ、兄上」


「パニック障害について書かれた本だ」


 彼は、兄は頭の中の書物から目を離さず、端的な答えを返してくる。


「そりゃまたタイムリーなことで」


「そう思ったから読み直しているんだ」


 つまり幻覚なんだな、と。

 飛逆砦は死んだ彼との対面に感動がないことを納得した。


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