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5. ペットとかとは思ってないよ?

 やっとだ。

 ようやくのことだった。


 奪ってきた荷物の中には素材がよくわからない手触りで妙に重いが、フード付きで前が閉じられる外套(マント)があったのだ。ローブというやつだろうか。


 やっと、ようやく、ヒューリァの扇情的な格好をどうにか隠せる。


 着脱の仕方がわからないプロテクターを付けている男たちから衣服を奪うのは難しかったのと、ズボンなどを剥いてしまっては晒し者にしてしまうので、恨みをなるべく買わない方針のため、衣料を得るのは半ば諦めていたのだ。


 飛逆は感動してしまった。どんだけ淡泊だと言っても飛逆も年頃の男の子なのだ。狙っているとしか思えないようなチラリズムから目を逸らすのに結構な意力を消耗していたのだった。それどころではない接触行為(膝枕とか)をしたりされたりしてはいるのだが、そういうのは逆に、直接的すぎて意識の遮断はそれほど難しくない。無意識を制御するのと意識を制御するのとでは当然、後者のほうが容易いという話。

 いやまあ、飛逆が特殊なのかもしれないが、何の気なしに目に入った方がなにやらうろたえてしまうものではなかろうか?


 そんな飛逆の性癖はさておき、対してヒューリァは複雑そうな顔をしている。そんなに俺に精神攻撃をするのが好きなのか、と飛逆はツッコミたいところだが、これは彼女なりのプライドというところだろう。つまりは飛逆が彼女の肢体を隠せることを喜んでいることが丸わかりなのが気に入らないのだ。


 しかしどうしろと?


 飛逆の乏しい知識からも、例えばマントを羽織った彼女に「似合っている」とか「かわいい」などという『お為ごかし』を言えば機嫌が取れるかもしれないということはわかるのだが、正直、くすんだ水色(ねずみ色に近い)のそのマントは彼女に似合っていない。髪が鮮やかな赤だからだ。おそらくそれも彼女が今にも脱ぎだそうとする理由の大きな一つだろう。あまりにも不似合いが明らかにすぎて『お為ごかし』を言えば余計に機嫌を損ねる可能性、大だった。


 しかも、飛逆も着てみてわかったのだが、どうやらこれは耐火服の一種らしく、熱を遮断する効果が高いようで、平たく言って蒸し暑い。これではヒューリァに無理を言って前を閉じさせるわけもいかない。気温の高い日中にこれをずっと前も閉じたままで行動し続ければ熱中症になりかねないからだ。


 道理で火災調査のために赴いていながら彼らがこれを装備していなかったわけである。


 実際、運がよかった。彼らが油断無くこれを着ていればヒューリァの火弾は大した牽制にならず、完全に失敗はしないまでもかなり苦戦していたことだろう。


(しかし……技術レベルが高いな……)


 織機でのものと思われる布の縫製の均一さに、耐熱、耐炎の素材ときた。それなのに彼らの武器は短剣だけ。銃に類する飛び道具を持っていなかったことが不思議なくらいだ。


 道具や技術の進化とは、闘争に勝利するためという側面が強いことを、飛逆は知っている。そして闘争のための進化は必ず『遠距離から一方的に攻撃できる』方向へと向かうはずだ。この世界でも人が人であるなら、必ずそういう合理性に行き着くに違いない。

 それがなしえない技術レベルだとは、その他の品々を見るに、どうしても思えなかった。


(いや……やっぱり『これ』が飛び道具というか、切り札なのかな? 今考えると緊急事態を仲間に知らせるためのものって可能性もあるけど)


 当然のように奪ってきていた黒い筒状の何かを、改めて観察する。それは複数あり、それぞれで色が違った。


 こうしてみると大口径の銃弾のような形だった。首に刺そうとしていたことから、てっきり注射器のようなものなのかと思っていたのだが、針らしき形状は見当たらない。もしかしたら適切な動作でないと作動しないギミックが仕組まれているのかもしれないが、下手な扱いをして、壊すだけならまだしも、暴発などされてはたまったものではない。

 同じ理由で、彼がやっていた動作をなぞることも試そうという気になれない。


(技術レベルが高いってことは、仕掛けに個人認証があるかもしれないしな)


 トラップを考えると迂闊なことはできない。

 しかし捨てる気はなかった。何かに使えるかもしれないからだ。


 これから街に潜入するに当たって、例えばの話、これが価値あるものなら取引に使える。

 まあその前にコミュニケーション手段をどうにかしないと文字通り話にならないのだが。


 水筒と糧食らしき物品も奪取できたことだし、どこか適当な場所で休憩を挟んで、日が暮れた後にあの街に潜入するつもりだった。


 土地勘のある連中に目を付けられない休憩場所というのも、実は探すのが難しかったのだが。


 岩場や洞穴などはいかにもそれらしくて、とてもではないが適切ではない。仕方ないので上を意識して見上げない限り見つからない樹木の上に、蔦をしっかりと編んだロープを張り巡らせてから奪ってきたシートを乗せて簡易な休憩場所にして、水や食料を、ゆっくりと口にした。


 水も食料も、本当は火を通したいのだが、追っ手がいるとわかった今となっては無謀だ。泉の場所が煙の臭いで嗅ぎ付けられなかったことが奇跡に近いのだ。


 糧食だと思しきその粉っぽい食べ物は、意外なことに悪い味ではなかった。お湯で戻すか何かするのだろうと想像できる程度には硬かったが。




〓〓 † ◇ † 〓〓



 そんなこんなで夕暮れ時に行動を開始した。その直前に空を仰いだ。


「やっぱり月が動いてない……」


 これだけの時間月の位置が動かないなんてことがあるのだろうか。今のところの実感として、物理法則などが元の世界と違いがないために、こうしたことが強い違和感になる。目に見えないところでも確実に何かが違っているのだと思い出させるのだ。


「考え方を逆にすべきかもな……」


「?」ヒューリァが飛逆の独り言を拾って首を傾げる。


「感覚として俺らはこの世界に違和感がないだろ?」


「……不明」

 とやっぱりヒューリァは首を傾げるが、


「でもそんなはずがない。同じ惑星上でさえ場所が違えば極端なくらいの違和感があったりするもんだ。簡単な例で言えば体の不調としてそれが現れる。普通はそれを徐々に慣らしていくことで適応するけど、俺らは別々の世界から来たってのに揃ってそういう不調を感じていない」


「……ひさか、わたし→→古きもの→力←欠落。不調=違和感←有無不明」


「……そうだった。忘れてた」


 ヒューリァは【紅く古きもの】の力を飛逆に奪われたために、環境の激変による違和感などを感知する術がなかったのだ。それどころではない落差があったはずだから。


「でも、そう考えると逆にさ、ヒューリァはそんな状態で最初から今まで割と元気だろ?」


「……肯定←半疑問」


「要するに、環境が変わっていないんじゃなくて、俺たちが環境に適応できるように作り替えられているんじゃないかって話。認識も含めてな」


 変わったことに気付かないほど『感覚』が『置換』されているのではないか、と。


「……然しながら、不通←言語→原種」


「言葉が通じないのは、ええと、遠い土地では扱う言語が違ったりすることと同じで、つまり『知識』は『置換』されていない」


「……理解←困難。認識、感覚、知識、以上←不同?」


「ああ、確かにそれらが明確に違うわけでもないか……相同と包含の関係というか……」


 改めて説明しようとすると中々に難しかった。実際、飛逆もこれらの『知識』は俄だ。人にわかりやすく、しかも母国語でない言語で説明できるほど熟れていない。こういうのは兄が得意で、飛逆は兄に教育されたことを数年間の学生生活で補強したに過ぎないからだ。しかも独学の兄の知識は偏りがありすぎて学業による補強などないようなものだ。


「まあいいや。これが何かの解決になるっていうわけでもないから、ひとまず忘れてくれ」


 実際、仕組みがわかったところで問題が解決するというわけでもない。そもそも解決すべき問題とは何かということすらまだ定まっていないのだ。


 普通なら抱くであろう『帰還願望』が二人ともにないのだから。いや……、


「……ヒューリァは君の元の世界に戻りたいか?」


 そういえばはっきり確認はしていなかった。


「んー……」ヒューリァは迷うように小さく唸り声を上げて「……」結局何も言葉にせず、飛逆の腕にしがみついて、笑顔を作って見せた。


 よくわからないが、何でもいいという感じだろうか。もしくは可能な限り元の世界のことを語りたくないのか。単に自らの心中を語れるほどの語彙がないだけなのかもしれないが、少なくともはっきり『戻りたい』と希望してはいないということだろう。


 それならそれで、ひとまずはこの世界の仕組みなんて大きな事を解き明かそうとする必要もない。せいぜいこの『置換仮説』が正しければ、もしかしたら泉の水を飲んでも平気だったかも知れない、くらいのものだ。


「ひとまずは、この街に潜入することだけに集中しよう」





 体感で四時間ほどかけて、街の明かりが見える位置までやってきた。


(いやはや、よくもまあ月明かりしかない森の中をここまで来られたもんだ)


 追っ手を避けるためにマーキングなどを施していなかったため、相当不安だったのだが、太陽のおかげで方角だけは当たりがついていたことが幸いしたのだろうか。


 まあ、それでも紆余曲折あったようで、目標にしていた崖の上には行き着かず、どういう道を経たのか、その崖下らしき場所に着いていた。傾斜やら何やらがあっても森の中では気付きにくいからいつの間にか下ったり登ったりしていても不思議はない。ロープを使ってでも崖を降りて街へと向かおうとしていたので、むしろ幸いなわけだが、


(不気味だよな……こうもツキが続くと)


 これもまた【紅く古きもの】の仕業なのだろうか。正直、自分のことなのにわからないところが気持ち悪い。それも、はっきりしない形でしか示されないのが精神衛生的によろしくないので、ここはヒューリァのおかげだと思い込んでおこう。幸運の女神的なノリで。


 なんの前触れもなく頭を撫でてくる飛逆に、けれどヒューリァは特に何も疑問を示さずされるがままだ。


(ううむ。寝顔見たときから思ってたが、まるでオオカミでも手なずけたような気分だ)


 気高い野生動物の信頼を得たような気分で、存外に悪くない。これからなんか不条理な幸運があったら全部ヒューリァのおかげってことにしておこう。


 一頻り撫でて満足した飛逆は結局何も弁明せずに移動を再開した。


 頭に疑問符を浮かべたヒューリァもやっぱり特に何も言わなかった。




 そしてあっさりと人の手が入っている道に到達できてしまった。あまつさえ家屋の側を通り抜けることさえできてしまった。挙げ句の果てには数人の通行人とすれ違いながらも何も起こらなかったしその気配もなかった。


 つまりは潜入できてしまった。


 とりあえずヒューリァの頭をまた撫でておいた。ちなみに裏路地でのことだ。傍目からは逢い引きしているカップルにしか見えまい。


「いやはや、なんだこの警戒感のなさは……」


 一応のこと、進路途中に街を囲むような壁やら見張りなどがなかったわけではない。けれどそれは飛逆たちなら隠密で充分にかいくぐれる程度でしかなかった。


「火災調査する組織なんてもんがあるからもうちょっとなんかあるかと思ったけど……」


 建築をざらっと見た限り、多少違和感はあるがとても高度な作りだ。二階建ての家屋が多い。そんなものが飛逆の元の世界の地方都市程度に密集していて、街路も驚くくらいすっきりしている。あくまでも印象だが、飛逆の元の世界と比べて遜色ないレベルの文明だ。処によってはこちらのほうが優れているかも知れない。

 それなのに、機械らしきものが見当たらない。

 噴水広場なんてものがあるから、水道や下水などのインフラは確実に整備されているのに、いかにしてそれを成したのかという手段が見えてこない。

 まあ、そんな機械がほいっとそこらに放置されていることは、元の世界でもなかったのだが、意識して探そうとすれば意外と簡単に見当たるものでもあった。


 ヒューリァもどうやら驚いているようだった。物珍しげに建築物を見回して、壁に触れたときには感嘆の吐息を漏らしたほどだ。


「超文明……」


 ヒューリァの世界での文明レベルが示唆されたが、飛逆は突っ込まないことにした。


(つーか森の傍だからてっきり木材建築が多いかと思ったんだけどな……)


 そんなことはなく、むしろ木材を用いている建築物のほうがやたらと少ない。というか見当たらない。


(色んな事が奇妙すぎて何が奇妙なのかもよくわからん……)


 さすがに人工物の密集地帯というのは、何一つとっても情報量が多すぎる。正確には、持っている知識と相同する部分が多く、理解しようとすればできるものが多いため、違和感を発見しやすすぎる。おかげで何が重要なことなのかが読み取れない。


 いちいち分析せずにそのままを受け入れてしまえば楽なことはわかっている。


 飛逆はとりあえず考察は棚に上げた。


「さて、繁華街なんかがあればいいけど……」


「?」


「夜に賑わいを見せる場所、だな。一応当たりは付いてるから」


 崖の上から一望したとき、夜明け前なのに明かりが多く集中していた場所が有望だ。


 街灯を避けつつなるべく人通りのない路地を選びながらこっそり移動する。本当はむしろ堂々と往来を歩いた方が疑われないのだが、残念ながら飛逆たちは耐火ローブなんていう、一般的ではないであろう格好だ。見かけた通行人の格好が飛逆にとっても見慣れたような形状だったことからも、これでは目立って仕方がない。


 そうした事情とは関係なしに、明かりが多く灯る場所に近づくにつれてヒューリァの顔色がどんどん悪くなっていく。


「……摩天楼」


 飛逆にはそれほど驚くべきでもない高層建築物に囲まれて恐れ戦いているらしい。


「そこまで高くないだろ」摩天楼というほどには。


 せいぜい十階程度の高さのビル的な建物がいくつかあるだけだ。


「……」

 平然としている飛逆にカルチャーショックを受けたらしく、マジマジと飛逆の顔を見つめてくる。


「でもまあ、意外と言えば意外だ。こんだけの建築技術があってどうして森と街の境界線があんな程度だったのか……」


 飛逆の感覚的にちぐはぐなところが多い。


 喧噪が近づいてきたと思ったときのことだった。


 気になる看板を掲げた店舗(?)を見つけた。


 銃弾のような形が描かれた看板だ。文字は残念ながら読めないが、飛逆は咄嗟に足を止めてしまうくらいにはあれが気になった。


「ひさか?」


 疑問を示すヒューリァに、懐に仕舞っていた例の筒を取り出して見せる。


「大して根拠もなくて悪いけどさ、どうもこれが重要な物に思えてならない」


 言いながら、周囲の様子を改めて観察する。


 ――と、何か妙な気配を感じた。


 こちらを注目しているという感じではなく、『気配を消そうとしている気配』という、独特の感じだ。


 素人は……飛逆が玄人だと言うつもりはないが……よくこうした間違いをする。気配というのは消してはいけないのだ。そこに存在しているのだからどうやったってその痕跡を消すことなどできず、むしろそれが違和感として際立ってしまう。溶け込まないといけない。周囲の気配と一体化することが『気配を隠す』ということだ。急激に動かしたり止めたり、息を潜めようとすると却って隠せなくなる。


 平たく言えば、何者かが飛逆たちから気配を隠そうとして失敗している。


(追っ手、じゃないよな。だったら今更『気配を消そう』なんてことをするはずがない)


 尾行されていたのならこうはならない。今も、こちらに視線を遣らないようにと頭を引っ込めているような感じがする。飛逆たちに気付かれないほど卓越した尾行者ならこんな簡単にボロを出すはずがない。


 飛逆はその引っ込められた頭がどこなのか薄々察しつつもそこに視線を遣るような間抜けはせず、ただ黙ってヒューリァの手を取って何事もなかったかのように歩き出した。


 そして違和感が途切れると同時に、近くの建物の影に身を隠す。


「ヒューリァ、気付いたか?」


 気付いていたからこそ何も疑問を示さず付いてきてくれたのだろうが。


「半疑。追走者?」


「いや……俺の勘が当たってれば……」


 バッグからロープを取り出す。その先に、こういうこともあろうかと作ってきていた、太い木の枝を十字に重ねて固定したものを括り付ける。それを建物の屋上のでっぱり目がけて放り投げて巧く絡まったのを確認して、二、三度引っ張って強度を確かめる。


「先に登ってくれ」ロープを手渡す。


 飛逆は周囲を警戒しつつヒューリァが落ちてきても受け止められるように身構える。


 ヒューリァは危なげなく、意外に難しい三階分の高さの登攀をこなした。


 無事に登り切ったのを確認した後、ヒューリァの三倍ほどの速さで登ってロープを回収し、屋上から屋上へと伝って移動する。


 そうして高いところから例の看板を掲げる建物を見下ろせば、案の定、そこの周辺に不審者を見つけた。景観のために植えられているのだろう樹木の影から頭を出して辺りを窺っている。


 この距離だと月明かりだけでは詳しい容貌まではわからないが、不審者の体つきはあまり発達していない。有り体に言えば子供だった。

 あくまでも印象でいえば十四、五歳くらい。少なくとも二十歳は超えていないのは確実だろう。この世界の人間の成長が飛逆の知るそれと一致するならば、ではあるが。同様に、この世界の基準がわからないため、彼が社会的に成人と見なされる可能性も否定できない。飛逆の元の世界だって十五で成人と見なされた時代もあったのだ。

 だが、雰囲気から、飛逆は彼が『少年』であると感じた。


 さておき、彼は何をしたいのだろう。飛逆の直観した通りに、彼は飛逆たちを『異邦人』と知った上で隠れたわけではなさそうだ。

 つまり彼は単なる通行人だと思って隠れた。

 とすると、彼はこれから誰かに見られたくないことをしようとしている。一番考えやすいのは、あの店への不法侵入だろう。

 飛逆があそこで立ち止まったことで、自分が見つかったのかと恐れ、咄嗟に隠れたというところだったのではないだろうか。


 飛逆は身を屈めながら一緒に少年を覗うヒューリァの頭を撫でた。


「?」

 さすがにいい加減怪訝そうにヒューリァは首を傾げるが、説明するのは難しい。というか説明できたところで意味がわからないだろう。


「お手並み拝見といこう」


 元々飛逆が探していたのは、これだけの規模の共同体なら必ず存在するであろう組織的な『無法者』だ。そうした輩が活発に活動するのは夜間の繁華街とその付近だと相場は決まっている。


 別にその無法者たちの仲間に入れてもらおうと考えていたわけではない。状況によってはそれもありだと思ってはいたが、ヒューリァを連れている限りは難しいだろうと思っていた。


 この世界の美意識はわからないが、おそらくヒューリァは美少女に属するだろう。

 この世界の性差がどういう扱いなのかもわからないが、仮に巧く仲間に入れてもらえたとしてもその立場は弱くなることは必定だ。

 この世界に関して何もかも無知であるため、どうしても上下関係に逆らえなくなる。そうしたとき美少女であるヒューリァが、無法者たちにどう扱われるのかといえば火を見るよりも明らかだ。

 ヒューリァが黙って食い物にされるはずもないのは火弾を見るまでもなく明らか。

 ついでに言えば飛逆にヒューリァをそうした好奇の目に晒させるつもりがそもそもない。


 閑話休題。

 飛逆が目論んでいたのは、無法者ならば飛逆たちのような素性の怪しい者でも潜伏する方法を知っているだろうから、どうにかして『案内』を頼もうとしていたのだ。


 もちろん言葉が通じないから肉体言語になってしまうが、例えば使われていない空き施設といったアジトに逃げるように仕向ければいい。もしくは、一方的に誰かが無法者に襲われているようであればその誰かを助けて恩を売り、匿ってもらう……など、まあいくつかのパターンを見込んでいた。


 いずれにせよ綱渡りだが、他にいい方法も思いつかなかったので無理矢理にでも押し通すつもりだったのだが……。


 そんなところに飛逆が気にするブツを狙っているだろう素人臭い泥棒を見つけたわけだ。


(上手くすれば治安レベルと防犯レベルが安全圏から観察できる)


 ということでラッキーなのだった。


 いい加減目撃者がいないと判断したらしい少年がついに具体的に行動しはじめた。手慣れているというほどではないが、それなりに計画があったらしいことがわかる。事前に仕込んでいたのか、店の裏手から横手へと回り、換気窓らしきところの金具を鈎のような何かで弄っている。


(窓ごと外そうとしている? くそ……影になってうまく見えないな)


 視力の問題ではなく、ちょうど街明かりの影になるような位置で少年が作業しているため、できれば具体的に観察しておきたかった犯行の手口を見ることが出来ない。


 そうこうする内に窓を外し終えた少年は、ここで改めて辺りを警戒する仕草を見せた。その挙措はいかにも場慣れしていないもので、おそらくはこれが初犯だろうと推測するに充分だ。


 こちらから見えるということはあちらからも見えるということで、飛逆たちに気付いてもよさそうなものだが、別に見つかっても構わない飛逆たちは隠れようともしない。余裕がなくて視野狭窄にでも陥っているのか、彼はそんな飛逆たちに気付くことなく窓から侵入を果たした。


(警報装置みたいのはないのかな。あるいはあったとしてそれをかいくぐる方法を彼が持っているのか……もしくはとっくに侵入者は感知されていて、警備がここに向かっている最中なのか……)


 そこに思い至るとふと顔を上げて、


「ヒューリァ、君はあの少年を見張っててくれ。俺はちょっと下降りて周囲を警戒してくる」


「……承知」 


「あ、もし何事もなく彼が出てきたら、彼にあえて気付かれてくれ」


「?」


 怪訝を示すヒューリァに、けれど細かい説明をする時間もないので簡潔に話す。


「二手に分かれよう」


 納得できないのか渋るヒューリァだったが、やっぱり時間がないので少々強引に敢行させた。

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