55. ネット発達の弊害ですよね~
本気で死体を捜すことにしたわけだが。
決意があったところでできることの範囲が広がるわけでもない。
たとえばミリスに本気を出してもらい、クリーチャーに喰わせたカプセルとの同調を強めたところで、それで探れるのはクリーチャーの身体の中がどうなっているかという程度のことでしかない。クリーチャーの内臓検査などしてどうするというのか。転移門の有無くらいはわかるかもしれないが、それはクリーチャーの腹の中から消えて、それでもカプセルが現存していることからすでに明らかなので、やはり確かめる必要はない。
できることと言えば、カプセルを可能なだけばらまいて試行数を増やすくらいが関の山だった。
「ちょっと処理が面倒になるだろうけど、千三百階層前後の連続十階層に五個ずつをばらまく。頼めるか、ミリス」
〈承知です~……〉
同調率を下げているならば数千でも個別管理が可能だと言っていたミリスなら、実際それほど難しいことではないはずだった。ローテンションなのは自責を引きずっているためだろう。
「ところで前に撒いたカプセルは、それぞれ同じ階層に転送されていたか?」
〈……そのようですね~。十一個中、八個前後は~……大体同じ階層にあるようです~〉
どこに移動したのかはわからずとも、ミリスの髪は同じ階層であればそれぞれの位置を特定できる。十一分の八であるのはクリーチャーがそれを喰らった時間のばらつきのせいだろう。そう考えると、意外に希望はある。
最悪の場合、転送先はランダムである可能性を考えていたが、別々のクリーチャーが喰らった物が同じ階層に飛ばされるのであれば、それはランダムの否定だ。法則があることを示している。
最終的に同一の階層に集積される可能性が、高くなってきたということだ。
けれど同時に、集積場所は未踏の階層であるという可能性も高くなったと言うことである。
なんとなくだが、こういう集積場所は最下層(飛逆たちの現在の拠点)でないなら最上層になりそうな気はしないだろうか。
〈最終的な集積場所は同じでも~、そこからまたばらまかれる仕組みだと~、思いますが~〉
「根拠は?」
〈特にありませんが~……強いて言うなら宝箱も宝部屋もない以上~、どこかに留まっているっていう状態があまり想像できないんですよ~〉
「確かに……というか本来、隠し部屋がそれに当たるはずだった、って感じだよな」
〈途中でプログラマーが投げ出したゲームみたいなダンジョンですからね~……。その辺り多分、すごく適当なんですよ~。思うに~、宝箱とかあったらいいんじゃない? っていうプロデューサーの要望に応えようと途中まで組んだはいいけれど~、それだと結局熟練者しか宝箱の中身を手に入れられないからボツとか後出し仕様を喰らって嫌になって夜逃げした~、って感じかと~〉
「色々言いたいことはあるが……熟練者しか手に入れられないと何が問題なんだ?」
〈トップクラスが盤石だと~、新規加入者が減っちゃうからですよ~。トップクラスへのある程度の優遇は~、そこを目指す新人の動機に貢献しますが~、差が開きすぎてその一辺倒だと~、最初からそこを目指さないヒトのほうが増えちゃうんですよね~。せめて機会を均等に見せかけないと~、ダメなんですね~〉
「なるほど……そうだとすると、たとえばトップランカーの装備が下のほうで手に入ったら、それは新人にとってはすごくラッキーだし、確率もそこまで高くなくて良い塩梅ってことになるから、宝箱仕様を取りやめてそっちに移行したって可能性が高くなるぞ」
〈……自分で言い出しておいて~なんですが~、本当にその仕様だったら引きますね~〉
確かに、メタ的すぎる。
「だがどの道、これから未踏階層を目指すのは時間がかかりすぎる」
さすがに頂上までどれだけあるかわからない上に、マップもない階層を上がっていくのは、ヒューリァを放置しすぎだ。緊急時となれば結局、転移門を潜ってショートカットすることになるので、時間という意味では同じことなのだが……。
「俺がここから順当に降りていくまでに新しい情報も見つからなかったら諦めるってことにしよう」
初めからタイムリミットは設けるつもりだった。いつまでも逃げ続けられるわけもないのだから。
「もちろん、ヒューリァの容体が急変するようだったら速攻で戻る。ミリスはヒューリァの様子を見つつ、なるべくヒューリァから離れていてくれ。転移門が閉じるまでのタイムラグでまた触手とかが入ってきたら、危ないからな」
また都合良くミリスを使うことに多少の申し訳なさはあるが、こればかりは譲れない一線なのだ。
〈わかりました~〉
ミリスは特に何も突っ込むことなく了承を告げ、沈黙する。
ミリスカプセルを撒き終えてから、四十階層を降りたときのことだった。
〈妙、ですね~〉
それまで集中して、それぞれのカプセルの位置分布の解析処理を行っていたミリスがぽつりと零す。
「妙って?」
〈変なんです~〉
「いやそれはわかってるが」
本来『妙』という言葉はイコール『変』ではないが、【言語基質体】による翻訳はこの辺りのスラング的な使い方まで翻訳してしまうので、意味は通じていた。
〈ここ二刻ほど~、六十一個中五十八個が同じ階層のほとんど同じ位置にあります~〉
「それは、変だな」
飛逆はゆっくりと降りている。剣鬼がよほど巧く死体を隠していた可能性を考慮して、出来る限り隠し部屋も探索するようにしているためだ。彼の最後の足取りである千百階層まではそれで行くつもりだった。
〈これは、集積場所があるって考えが正しいってことになりますが~〉
「二刻も動かない、なんてことがあるのか、って話だよな」
二刻、つまり四時間だ。三個はどうやら破損したか何かで完全にロストしてしまったらしいが、それはつまり前後十階層すべてで同じ位置に飛ばされたということを意味している。
何が奇妙なのかと言えば、集積場所があるのは別にいい。けれど四時間もの間、再分布が起こらないというのが変なのだ。あるいは起こっているかもしれないが、同じ位置に同じ数が揃うというのは、特異的なクリーチャーの存在を示唆することになる。
つまりお宝クリーチャーだ。
クリーチャーの殲滅に苦労したことのない飛逆はそれぞれの区別が付かないが、もし特異的なクリーチャーが存在するのであれば、そしてそれがお宝を集積するタイプであれば、一度くらいはそんなクリーチャーに出くわしているはずだし気付いていてもおかしくない。
それにイルスらトップランカーがそんなクリーチャーの存在を話そびれるということも考えづらい。意図的に隠されたという可能性は捨てきれないが、いちいち疑っていてはきりがない。
〈どういう基準かはわかりませんが~、本当の『ゴミ』と~、『お宝』を区別している可能性もあるので~、なんとも言えません~〉
ゴミであれば、ただ集積するだけで再分布は起こらないという可能性は、確かに頷けるのだが。
「その基準があるとすれば、『クリーチャーに喰われても原型を保っている』とかが考えやすいんだが。仮にもオリハルコンコーティングだぞ? 精神感応性は失われてるつっても、頑丈さで言えばオリジナルよりも上だ。基準を下回る要素が思い付かない。
それに『ゴミ』と判別されたんだったらそれこそ分解するなりしそうだけど、二刻もの間それが為されないってのも、やっぱり変だ」
〈……ですね~〉
「ってことは……一番考えやすいのは、クリーチャーが倒されると同時にドロップ品と一緒にランダムで転送されてくる、か。実際予め腹の中にあるって考えより可能性が高そうだ」
〈というか~、それしか考えられませんね~〉
これを光明と見るべきかどうか。
「集積場所は、最上層か、もしくは異次元空間だって可能性がやや高くなったか?」
〈個人的には最上層よりも~、この塔とも違う位相の空間って説のほうに説得力を感じますね~。今までかる~く流してましたけど~、この塔の存在自体が空間に容易く干渉しすぎてますからね~。空間に対する支配力の強大さは疑いようもないので~、それくらいはあっさりやってのけそうです~。その割には他のことがお粗末というか~……まるでそれしかできないみたいな~〉
「踏み込みすぎだ、ミリス。今はどうやって死体を捜すかに専念するぞ」
〈そ、ですね~。触らぬ何とやら~、ってことで~〉
ミリスはここ十時間ばかり『ヒューリァの容体監視』と『位置分布解析処理』と『解呪法研究』と、それに加えて『飛逆との情報のやりとり』をぶっ続けているためか、少しばかりテンションがアッパー気味だ。ダウン入ってたときの反動もあるのだろう。
そんな自明すぎて今まで話題にしなかったことを深く掘り下げて考察している場合ではないのだ。その『何とやら』の耳がどこにあり、何がトリガーなのかわからないのだから。
ともあれ方針はこれで大分定まったと言える。
集積場所を突き止めるのは諦めて、『レアドロップ』を狙う――すなわちひたすらにクリーチャーを殲滅する。
千階層付近はもうそれをひたすらに行った後だ。原結晶が中堅採集者の年間収益に達するまでに総殲滅を行い、それで出なかったのだからおそらく『死体』はそこには出ない。千五百から前五十階層も、トップランカーが誰も手に入れていなかったことから省くことができる。
すなわち千四百付近から千五十付近のクリーチャーをひたすらに殲滅する、ということになるわけだ。それよりも前の階層に出るのだったらお手上げだ。これでさえ範囲が広すぎるのに、これ以上の範囲を捜すことはできない。ワンフロア総殲滅に一時間前後かかることを考えれば、単純に回るだけでも千時間以上の時間が必要ということになるのだから。
今の飛逆の移動速度なら、十分で階層を移動できることもある。平均すると三十分くらいだろうか。転移門のそれぞれは比較的近い位置にあることが大抵だからだ。単に一番近い道を行こうとすればトラップやらクリーチャーの大規模集団やらに出くわしやすいというだけで、飛逆ならそれら障害は余裕で無視できる。だが端から端まで余さず見て回ろうとすると、時には二時間以上を要する。
百時間以上はさすがに考えられない。どうしたものだろうか。
〈公式アナウンスの不備で~、レアドロップがあると信じて何度も挑戦した挙げ句~、出ませんよって後から追記されるときのあの衝撃と言ったら~って感じですしね~〉
実体験なのかなんなのか、ミリスは奇妙な笑声の混じった喩えを出した。何故か『w』の文字が連打されているのを幻聴した。何を言っているかわからないと思(ry。
けれどミリスの言うことは正しい。徒労に終わる可能性は高いので、もっと範囲を絞りたい。
〈とりあえず千百階層まで降りてから~、考えたらどうですか~? まだ新しいヒントが出てくるかも~、しれませんし~?〉
それも尤もだ。クリーチャーが『死体』を喰ったというところからして実は確定的ではないので、ギィの足取りを辿ってそこに『ない』ことを確かめ、少しでも可能性を絞って行かなくてはならない。
ギィは百五十時間ほどで千百階層まで降りてきていた。人間に許されたスペックでこれは異常の一言だ。少しでも身軽になるために、荷物はなるべく小さくしていたと考えられる。そのため、千五百階層付近にあると考えたのだが、空振りだった。だから飛逆はクリーチャーが死体を始末してしまったと見込んだのだが、その根拠を聞いたミリスが言ったのだ。
〈でも~、シェルターって破壊されても中の物は『掃除』されていないんですよね~?〉
飛逆は完全に見落としていたのだが、そうなのだ。どういう基準か不明だが、一定以上の生活空間に対してクリーチャーは『掃除』をしない。
〈バグなのか~、それとも意図的なのかは不明ですが~、おそらく塔の壁や床と直接に触れているかどうかが~、クリーチャーの『掃除』の基準でしょうね~。いえ、逆ですかね~。塔が~、床や壁などに接触する異物を感知して~、クリーチャーにその排除を命じる~。これですね~。おそらく~、クリーチャーがシェルターの中に這入っても~、それほど荒らさないのは~、巣にしているからとかではなく~、塔からの命令を受け取れずに~、待機状態に陥っているためだと考えれば~……おおよそは説明できます~?〉
「……おそらくそれだ。そういえばいくらなんでも原型を留めているシェルターが多すぎる」
シェルターが図らずもビンドウのような形になったのだとしたら。
〈付け加えるに~、動物に対する攻撃命令は全クリーチャーに予めインプットされているとすれば~……まあ辻褄は合います~〉
「というかそれで間違いない。シェルターに近づいた途端にあいつら、まるで目が覚めたみたいにこっちに向かってくるからな。いつも気配が冬眠から覚めた熊みたいな感じで違和感があったんだ」
〈PH○とJS○riptの違いみたいなもんですか~。両方入ってるって言うなら~、まあそれなら納得です~。でもやっぱりアマちゃんみたいなプログラムですよね~〉
Webプログラムの知識があれば『ミリスは本当に飛逆と違う世界から来たのか?』というツッコミが入る喩えだったが、残念ながら飛逆はそれ系の知識が薄い。だがなんとなくの内容は理解した。
つまり、ギィが死体を保管していたなら、それはまだ残っている可能性はあるということになり、捜す手間は余計に増えたのだ。
潰さなければならない可能性が本格的に増えすぎて、やはり諦めるべきかと飛逆は内心、酷く悩んでいる。
少なくともタイムリミットの設定を見直すべきだろう。
このままでは最短で百時間だ。帰りをショートカットするにしても、六日もの時間、ヒューリァを放っておくなどさすがに考えられない。
飲食せずにヒトが通常生きていけるのは三~六日程度。高温に包まれているというヒューリァの世話をするのに、ミリスはその髪の性質のために無理だ。そのためノムに無茶をしてもらってなんとか穀物を薄く溶かした粥を口に入れさせたというので、これを続ければ単純に生命活動を保つだけなら二十日はいけるかもしれない。
ただ、そもそも特殊すぎる状態なので、どこまで『通常』の基準を適用できるかわかったものではない。それにこんな世話を続けてはノムの身体も保たないだろう。
わかってはいたが、詰んでいる。
飛逆が死体を捜すのは結局、ヒューリァが自ずから復活するまでの時間稼ぎにすぎない。解毒のための解呪法の確立など、彼女の傍に駆けつけないことの言い訳にもなっていないのだ。
言い訳として成立していないことは、その方針をミリスに告げたときからわかっていた。
けれど、やはり冷静ではなかったのだろう。冷静になってきて、飛逆はこの己の抱える矛盾にいい加減耐えられなくなってきていた。
間違っているとわかっていることを続けるのは、単純にストレスなのだ。自分すらも騙せない嘘を抱えるのは、なんというか、酷くバカバカしい。あまりにも滑稽だ。冷静になってそれを自覚し、辛くなってきたというわけだ。
何にせよ、タイムリミットの設定だ。
「ミリス、あとどれだけ行ける?」
なんだかんだで結局、ミリスの助けなくしてこの探索は行えない。彼女もすでに徹夜しているのだ。
〈三日くらいの~貫徹は~、よゆう~ですよ~?〉
なんかダメそうだった。
その三日徹夜というのはあくまでもせいぜい一つのことだけをやってのことだろう。三つ以上のそれぞれが複雑な思索行動(しかも飛逆に振られたことに端を発する心労が重なった状態)を貫徹で続けるのはさすがに無理ではないだろうか。というか暴走しそうだ。
「じゃあ、あと十刻をリミットにしよう。ちょうどそれくらいで千百に着くだろうし」
インソムニアな飛逆は合計四十八時間オーバーくらいなら余裕だろうと思って割と気軽に設定した。
〈りょう~かいで~す。ところでヒサカさ~ん。ちょっとばかし~、外道なこと思い付いちゃったんですけど~、聞きますか~?〉
「外道て……」
〈いえ~、ちょっとトーリくんが面白い動きしてるので思い付いたんですけどね~〉
「……」
完全に存在を忘れていたトーリなる少年のことをいきなり出されて軽く思考が止まった。というかミリスは律儀に飛逆がここに行く前に頼んだことをまだ続けていたらしい。そこに飛逆は驚いた。
〈カレ、実験体にしちゃいますか~?〉
その手があったか、と思わず頷く飛逆こそが外道だった。




