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53. 勘違いはラブ※の花とは言うけれど

 とりあえず再び千四百階層付近までやってきて、クリーチャーにミリスの髪入りカプセルを喰わせる。

 いずれにせよ意識の投影を最小限に抑えるつもりだというので、外見を似せる必要がないと飛逆はミリスに説得されてしまったのだ。どうも多少でも自分に似ている人形がクリーチャーに喰われるというシチュエーション自体が忌避されることらしかった。

 五感よりも繊細な感覚を持つ『自分自身』が喰われるわけで、気持ちはわからないでもない。実際角が少ない方が破損もしにくいし、カプセル型のほうが合理的ではある。


 身動きを封じないように、そして始末しないようにするのは意外に手間が掛かったが、なんとか達成してしばらく待った。


 千四百まで降りたのは、千五百付近だとトップランカーにターゲットのクリーチャーが倒されてしまう可能性があるためだ。やっぱり邪魔だった。殺しておいた方がよかったかなと思ってしまう飛逆である。


 なにはともあれ待つ間にちょっとミリスと雑談してみる。


「で、俺の血の解析とかは進んでるのか?」


 雑談と言っても飛逆の話題などこんなものしかない。後はヒューリァがどうしているとか、そんなことばかりだ。


 ミリスはこの会話を他の作業と並行して行っているらしく、多少レスポンスが遅い。ちなみに彼女は手足を動かさず、すべての作業を髪で行っているため、その現場にヒューリァはいないとか。


〈驚くべき事に普通の方法だと~、普通の人間の血と成分的に変わるところが見つけられませんでした~。まあタンパク質なんかの形状が見た目に変わらなくて~、何々に該当するものがそれぞれと同じ比率で存在している~ってだけで~、もっと細かいところだとどうだかはわかりませんが~〉 


「マジか?」


 それは飛逆にも予想外だった。


〈性質は明らかに違うんですけどね~。たとえばあの神樹の根の細胞質と同じように~、一定以上の圧力に対して謎の形態変化を見せたりしてます~。硬化ではなく~、弾性を帯びるって感じですが~。というかどうも圧力のかけ方にも依存しているような変化でしたね~〉


「ふむ……」


〈というわけでヒューリァさんの実験に倣い~、原結晶に浸してみようと思うんですが~、どうです~?〉


 何がどういうわけかは不明だが、検証実験の流れとしては妥当だと理解できる。


「俺の中にいるのが俺と兄上だけだったら単に許可したんだが……」


〈ぁぁ~……そういえば、たとえば原結晶に浸した途端に~、おっそろしい熱量を発し始めるとか~、ありえるわけですか~〉


 これが飛逆が成分組成に一見した違いが見られなかったことに対する予想外だ。てっきり血の中にも【紅く古きもの】による謎物質が混じっている物だと思っていた。


「炎に関してはヒューリァの監修があったほうがいいだろ。二人でしっかり相談して対応を考えてならやっていいぞ。高性能爆薬が作れるかもな。焼夷手榴弾とか」


〈もしそうだったら~、弾頭に原結晶とヒサカさんの血を仕込んだミサイルでも作ります~?〉


「お前の戦車の兵装としてはいいんじゃないか?」


 混ざり合った途端に爆発ないしは発熱すると仮定すれば、仕切りを設けた弾頭にそれぞれを仕込み、着弾した衝撃で仕切りが壊れるように仕組めば立派な焼夷ミサイルのできあがりだ。『流体操作』で砲弾を飛ばせばいいし、割と悪くない案に思える。爆薬を他に手に入れらないわけではない(素材さえあれば調合できる)のだが、まとまった量を得ようとすると中々面倒だし、ご存じ飛逆は血を通常致死量抜いても平気な怪物である。定期的に提供すればかなりの量が確保できるだろう。


〈おぉ……そういえば戦車、放置してましたね~〉


「『流体操作』で空気圧のピストン式発電装置作ってコンデンサーに電気貯めれば電気自動車が作れるな、そういえば」


 ふと思い付いた。


〈わざわざエンジン作らなくても~、空気圧で回転するモーター作ればいいだけでは~?〉


「もっともだ……。空気圧ピストンモーターってヤツか」


〈油圧式でも~、油を『流体操作』で操れるわけで~〉


「考えると万能だな、『流体操作』」


〈まぁ~、そんな複雑な機構を設計している時間はないんですけどね~。そもそも精神感応系の素材が足りてない現状では~、モーターをどの程度出力でどう動かすってところから頭で考えなきゃいけないわけで~、面倒すぎます~〉


 車体操作のことをやりながらモーターへの出力を続けなければならないわけで、確かに面倒だった。


「じゃあやっぱり電気モーターか? 安定したコイルの仕組みがやや複雑だろうけど、単純なのなら俺がすぐにでも作れるぞ?」


〈実用レベルのコンデンサーが作れるかどうかが問題ですね~。バッテリーでもいいですけど~。いずれにせよ稼働時間がある程度保証されないと~、とても実戦で使えません~。ワタシたち、かじった程度の知識はあっても技術者じゃないですから~……〉


「いずれにせよ、やってる時間はない、か……」


 益体のない話だった。


〈そもそも最低でも戦車が千体はいないと物の役に立ちもしないんですよね~? ヒサカさんが突っ込むのを援護する形にするにしても~、耐熱装甲がないと余波だけでも一瞬で融解しちゃうわけで~〉


 物量を埋めるという作戦のために戦車を設計するのは現実的ではないという結論である。


「ま、お前の個人武装にするのが限界か」


 そしてミリスを戦闘に駆り出すには、彼女には他にやることが多すぎるのだった。そも大量生産にはそれこそ物量、人海戦術を展開するしかない。生産ラインを構築するにも、飛逆一人ではどれだけ時間がかかることやら。


〈――とかやってる間に~、反応、ロストしました~……これはホントに、ヒサカさんの仮説どおりかもしれないですね~〉


「そうか。……まだわからんから、とりあえず最後にトレースできた位置に誘導してくれ」


 ミリスに言われるままに誘導された位置にいたクリーチャーは確かに、先ほど飛逆がミリス人形を喰わせたヤツだった。


 【吸血】せずにそいつを仕留め、落とされたのが原結晶と普通のドロップ品であることを確認して、ようやく飛逆は頷く。仮にもオリハルコンコーティング。たったこれだけの時間で完全に消化されてしまうということはありえない。また、破損による機能停止というのもないことも確認できた。


「思ったより早く転送されるんだな」


 一時間経っていない。


〈助かりますけど~、釈然としませんね~……。再ポップと同じくらいの時間がかかると見てましたが~〉


「確かにそうだ……。何か見落としてるか?」


 考えてみるが、単に順調に仮説通りであるから怪しいと感じているだけの気がした。


〈いえ~、むしろ都合は悪いですよ~。もし他のクリーチャーを中継するとして~、同じ時間で転送が起こるのなら~、捜している間に別の場所に転送されている可能性が高くなるってことですから~〉


 近くまで来ていたのに、転送されてしまうということがありえるわけだ。


「いや、まあこの仮説が当たっていたって時点でもう捜すの諦めてるんだけどな、半分以上」


 間違っていてくれることを願っていたのだ。実際最悪の展開である。


〈……ぇ~?〉


「千五百階層以上に転送されていたら、どう考えても無理だろ。そうでなくても千五百階層っていうのは幅として広すぎる。お前がなんらかのヒントを出せるっていうなら話は別だが」


〈……別の階層に行っているってこと~、それとどうやらクリーチャーの体内らしいってことしか~。というか端末の感覚的には~、あまり環境が変化したっていうことはないですね~。所詮カプセルなんで~……というか、おぇ、ってなりますんでこれ以上は~……〉


「だよな。専念してもらうほどのことでもないし、あといくつか検証のために試行して、それで終わりにしよう。一応一旦千五百に戻って、それから一階層ずつ降りていくから、反応があったらラッキーくらいで」


 ミリスにはやってもらわなければならないことが他にありすぎる。こんな雲を掴むような話で潰れてしまっては本末転倒だ。


〈というか~、なぜ死体を捜そうなんて思ったんですか~?〉


 今更それを問うか。


「解呪法の研究を進めるためだ。言っただろ? 研究のためだって。どう考えても実験体が必要なんだから、それを俺たちが受けることができない以上、別のを捜すのは当然だ」


〈いぇ~それはわかってました~。ヒサカさん、最初モモコさんをそれにするつもりだったことも~〉


「まあな」


 悪びれもせずに認める。モモコを死地に送り、その死体さえも手に入れられないかもしれないという状況だから代用品を確保しておかなくてはならないとして飛逆はここに及んだのだ。


〈物量を埋めるとか言っていたので~、それがわかんないって話ですよ~〉


 飛逆の性格というか、こういうドライなところを実は一番的確に把握しているかもしれないミリスは、飛逆の態度に呆れることさえしない。


「単なる可能性の話だ。もしあの狼――たぶん人狼だったんだが――の異能力が大規模戦に使えるものだったらいいなあ、って」


 いずれにせよ研究材料として必須であるわけで、仮にそれが使えるなら解呪法と同時に戦力強化もできるので、やって損はない、くらいのノリで飛逆は単身でここまで来ていた。ヒューリァを連れてこなかったのはそんな可能性だけの話のために連れてくるのは研究時間のロスにも程があるからだ。


〈ヒサカさん~……実は相当、行き詰まってますね~?〉


「やっぱわかるか?」


 今こうして話しながらも、飛逆は脳の片隅でずっと試行を続けている。いかにしてあの神樹を倒すか、それをずっとシミュレートし続けている。けれど、まったくビジョンが見えない。手持ちの材料では無理だという結論は覆らない。


〈帰還直後は仕方ないにしても~、ずっとどこか上の空ですしね~。普段なら言うまでもないことをワタシに言わせたり~〉


 指摘されて、ふぅ、とあからさまな溜息を吐く。


「まあ、そればかりじゃないんだけどな。ダメージを負えば負うだけ【紅く古きもの】が出てこようとするし、他にも気配遮断を習得するためだとか、そうしたことが」


 色々な問題を同時に処理しているため、余裕がないのだ。


〈モモコさんが捕まえてきてくれる~ってことは考えていないんですか~?〉


「相性の問題でな。モモコは暗殺特化だ。今回の作戦に向いているって見方もできるんだが……小国とはいえ、一都市国家の黒幕をやってたような相手だぞ?」


〈暗殺者対策はばっちり……って可能性が高いわけですか~〉


「とはいえ現状有効な手立てがそれしかないのも事実だ」


 だからモモコを成算が低いと見ながらも送り出したし、彼女の言うとおり別の方法を模索し続けている。


 とりあえずミリスカプセルを十個程度作製し、それを適当に散らして設置したり、適当なクリーチャーに喰わせてたりして階層を離脱する。


〈代案を出せるわけでもないワタシが言うのもなんですが~、少し休んだらどうですか~?〉


「いきなりなんだ?」


〈いきなりでもないです~。さっきの話の続きですよぉ。モモコさんが信頼できないってことはわかりますが~。てっきりワタシは~、モモコさんに任せる間はヒサカさんが休養するつもりなんだと思ってたんです~。ヒューリァさんともそういう話をしていたんですよね~。ヒサカさん、こっちに来てから実は一度もマトモな休養取ってないって~〉


「……もしかしてそれでヒューリァに泡風呂なんてけしかけたのか?」


〈癒してあげようって案を出したのはヒューリァさんですよ~〉


 その内容が飛逆というか男性に対する偏見に基づいているのが問題なのだが。我慢を自分に強いている飛逆にはむしろ毒だった。


「休養っていうなら、お前らだって暇があるわけじゃあるまいし」


〈まぁそうなんですけど~……ヒサカさんは全部に関わってるわけじゃないですか~。仕事の密度はさておき~、考えるべき範囲が広すぎるわけで~。しかもインソムニアなヒサカさんは睡眠さえ取っていないわけで~。しかも今話を聞いたらヒサカさんの厄介事は思ったより大きかったみたいで~、これはどこかでぽっきり行っちゃいそうだな~って不安になりました~〉


「……こういうの、自覚が難しいからな。安易に否定できない……」


 自分ではまだまだやれる、と思っていて過労死という結果は、よく聞いた話だ。飛逆の場合、死ぬよりも悲惨なことが待っているかも知れず、自覚できなかったで済む話ではない。


〈まぁ、戻ってきてからの話ですが~、考えておいてください~。要は気分転換になることをしてください~ってことなんで~〉


 考えると言っても、実際趣味らしい趣味がない飛逆は気分転換になることなど思いつきもしない。ヒューリァとイチャイチャするのは諸刃の剣だ。いっそのこと避妊具作りにでも精を出してしまおうか。樹脂素材を流用すればいわゆるコンドームは作製できるだろう。だがそれに頼るのはなんだか負けた気分だ。


(自分で思ってるより俺はロマンチストなのだろうか……)


 将来的にはともかく、最低でも初めてくらいは。


 けれどその初めてで当たる可能性は、なんだか飛逆の背負った星の下ではかなり高い気がするのである。


〈ち、ちなみにですね~……〉


 話は終わりかと思っていたら、なぜだかどもった感じのミリスが、


〈ワ、ワタシで発散してもイイんですよ~?〉


「……」


 何言い出すのかこの幼女以上少女未満。


 思わず足を止めて腕輪を身体から遠ざけてマジマジっと見やる。


〈ぁぅ……〉


 冗談だと言うかと思えば、ミリスは言うんじゃなかったという雰囲気を出しながらも撤回しなかった。


 マジ、という感じらしい。


 色々と疑問はあるが、どうしても訊かずにいられないことが一つ。


「ヒューリァに知られたら、とかは考えなかったのか?」


〈……あれぇ!? なんか話違います~!?〉


「話が違う? ……もしか、お前ら……」


 ヒューリァが一時期考えていた『飛逆のハーレム形成』の話が通っていたというのか。てっきりヒューリァはそうなるよう仕向けているだけで直接的な話まではしていないと見ていたのだが……意外と知らないところで根回しが行われていたらしい。しかもそれが飛逆の望みであるという形で。


〈なんか変だとは思ってたんですぅ! ヒサカさんのキャラじゃないってぇ! うぁぁぁなんですかぁ!? 新手のプレイですか!? NTR用の当て馬にされましたかワタシぃ!?〉


 接続を切ることも忘れてミリスは取り乱しまくっている。こちらからは見えないが、彼女が床をごろごろと転がっているところが目に見えるようだった。


「俺からすればお前が乗り気だったってことがびっくりなんだが……」


 びっくりしているのでうっかりトドメを刺してしまう飛逆だ。それらしい空気が、思い返せば無かったわけではないのだが。


〈ぎぃぁぁぁぁあぁ! ぃやあぁぁあぁあ!! も、もういっそ殺してくださいぃ! は、恥ってレベルじゃないですよぉ、これぇ!?〉


 ミリスがあんまり叫ぶので、辺りからクリーチャーが寄ってくる。それを駆逐しながら飛逆は、ミリスに同情した。


 なんていうか、むごい。

 その一言だった。


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