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52. 食べることと痩せることしか考えていない……それが女という生き物(※偏見です)

 結局、前五十階層を調べて【全型】の死体は見つからなかった。


 こうなるとやはり考え方を変えなければならないのだろう。


「もしかして、ギィは【全型】を持ち帰る気が最初からなかった?」


 ありえない話ではない。想像以上に剣鬼ことギィは世捨て人だったようだし、バトルジャンキーだったらしい。呆れたことに、彼が【全型】の一体を降したことを知っている者さえいなかったのだ。それは彼が栄誉にまるで頓着していなかったことを示唆している。


 彼が強者と戦うことにしか興味が無く、そして【能力結晶】で強くなることに価値を見いだしていなかったとしたら?


 わざわざ戦利品を保存しておこうとしないのではないだろうか。


 あまり考えたくない可能性だが。


「死んだ【全型】って、塔だとどう処理されるんだろう……」


 順当に考えれば、クリーチャーの餌になるのだろう。彼らに食餌が必要だとも思えないのだが、ごく稀にその腹の中に採集者のものと思しき装備品が入っていることがある。いわゆるドロップ品とは別で、大抵は原型を留めていない。


 つまりはゴミ処理の役割を、クリーチャーは担っているらしいのだ。


 仮にギィが【全型】を特に処理せず、放置していたのならクリーチャーが片付けてしまったということが考えられる。


 一度千五百階層に戻り、適当な採集者を捜す。


 彼らは十三名までにその数を減らしていた。その代わり、固まって行動することにしたらしく、飛逆は簡単に見つけることができた。


 例の男は生きていた。


 他の連中からの憎しみの視線を受け流して話しかける。


 今後もあるかもしれないので、一応名前を聞いておいた。長ったらしい名前は覚える気がないのでファーストネームだけだ。


「イルスだ」 


「イルスね。覚えとく。ところで思ったより減ってるみたいだが、どうかしたか?」


「……あんたの言葉が信じられないってヤツが、外に出てったんだよ」


「なるほど。後はお前に従う気はないってことで離反したか」


 言うとイルスはぐっ、と歯を食いしばった。憎しみの中に戦意が、他の連中の中に生まれる気配がした。


「いいよ面倒くさい。本気でお前に統率を求めてたならもっとちゃんとした手順を踏んだって」


 軽く言って手を振り、その戦意を散らす。


「まあ、こんだけお前のこと慮んばかってくれるのがいてよかったじゃないか? 後のは見かけたら殺しとくから、力抜けって。そいつらが俺を攻撃しても、別にお前らをどうこうする気はないから」


「……は」


 絶対的強者からの理不尽に対して、イルスは皮肉げに口を歪めながら息を吐く。


 それを尻目にぐるりと見渡し、顔を覚える。


 今頃、女性が混じっていたことに気付いた。四名だ。比率からするとかなり多い。イルスは意外にタラシなのかもしれない。


「じゃ、ちゃんとした手順を踏んだところで、改めて、イルスをまとめ役として委任する。つまりイルスに逆らうことは俺に逆らうってことだって、お前ら肝に銘じろよ? あ、相談は可。イルスがバカなことしそうだったら止めてやるくらいはいい。ただし俺に直接話をできるのはイルスだけにするから、そこは気をつけろ」


 これにて一件落着、と軽く手を叩くが、イルスは眉根を寄せる。


「……なあ、何がしてぇんだ、あんた……ってか、なんて呼べばいい?」


「飛逆でいい。別にあんたのままでも構わんし」


 それっぽい偽名を考えるのも嫌だったのでいつもどおりの紹介をした後、


「外のを片付けたら迎えに来るから、お前ら俺たちの臣民になる。改めて嫌だって言うなら今のうちに言っておいてくれ」


 せっかくなので一応配下にするつもりだった。


「嫌だって言えるわけねぇだろ……つか、安心したよ、正直」


「なんで?」


「あんたに従えば、とりあえず生きられるってことがわかったからだよ」


 一切の指針すらないよりは、マシだということらしい。


「あ、でも傅くとかはやめろよ?」


「わかってる……。そこ間違えたらあんた、なんとなくで殺しそうだ」


 神妙にイルスは頷く。


「わかってくれてるようで何よりだ」


「それで、今回はなんのために? まさかあんたがわざわざ今の取り決めするために来たわけじゃないんだろ?」


「ホントによくわかってんなー……」


 話が早くて助かるが。


「ちょっとクリーチャーの生態について教えてもらおうと思ってな」


 ギィの戦利品を捜しているということを説明し、前五十階層を調べても見つからなかったことまで言った。


「……隠し部屋とかは、捜したか?」


「そんなのあるのか?」


 意外な情報が明かされる。


「オレたちの間では、常識ってほどじゃないが、ここまで来られるヤツらは知ってることだ。あんたと同じで、クリーチャーの腹の中にあるものを見つけようって、まあ……遊びだな。一時期流行ってたんだ。それで別のものが見つかったってわけだ」


 宝探しゲームのようなものらしい。ただ、クリーチャーの集めた物は所詮ゴミであり、この階層に来られるほどになると仮にオリハルコンだろうと、使い物にならなくなったそれを見つけても大した収入にもならない。だから遊びなのだろう。

「ほとんどは単なる死角ってので、捜せば見つかるって感じなんだが……たまにどう考えても見つからないようにって考えられている部屋、みたいのがあってな。床からかなり上のほうにあったり、滝壺の下だったり、中でも際物は、一定時間しか出現しない部屋ってのがあった。かといってそんな部屋に何かがあるかっていうと、何もなかったんだけどな」


「……意味わからんな」


 なんのためにそんな仕組みがあるのか、見当も付かない。ミリスだったら『寄せ集めか作りかけのダンジョンってことなんでしょうね~』とでも言うのだろうか。


「不気味っちゃ不気味なんだが、……自分で言うのもなんだが、オレらって割と麻痺しちまってるんだな、その辺りのこと」


 トップランカーが鍛えられるのはその戦力ばかりでなく、鈍感力も含まれているという話だった。


「そういう感じで、ギィならそういうの全部把握してて、自分だけが知ってる隠し部屋とかを根城にしてたってこともあるんじゃねぇかって思ってな」


「ちなみに、『ゴミ』の行き先はわかったのか?」


「あいつらは、オレらを見つけるなり襲ってくる。見つからないように後をつけることができたヤツを、オレは知らねぇな」


 一時的に隠れることはできても、尾行するとなるとターゲット以外のクリーチャーとの遭遇もあるわけで、そのすべてから身を隠すことなど、彼らには実質不可能だったということらしい。


「ただ……これは噂話なんだが」

 イルスは自分で言い出しながらやや口ごもり、


「百階層は離れたところで喰われたヤツの装備が、クリーチャーの腹の中から見つかったって話があった」


 百階層ともなると、同型のクリーチャーでもその強さが異なる。そもそもクリーチャーが特定の階層から移動したという話は一度も確認されていない、とイルスは補足する。だから信憑性はゼロだという。


「確かな情報じゃないからって別に咎めたりしない。……他には?」


 隠し部屋をギィが拠点にしていたとしても、あれから結構経っている。その拠点から結局【全型】の死体は失われている可能性が非常に高く、やっぱりクリーチャーが『掃除』したものを捜さなければならないだろう。なら最初からそこに焦点を当てた方が良い。いずれにせよ虱潰しなのだから。


「……じゃあ、ちょっと時間くれ。他の連中から話集めてみる」


 特に見込んだわけではないが、イルスにはどうも中間管理職の才能があるようだった。


 そのポジションに必要なのはリーダーシップよりも複数の話を纏める能力である。実のところリーダーシップなど二の次くらいの価値しかない。お山の大将は自分より上がいる状態ではそのパフォーマンスを十全に発揮できないから、上の立場にとってはむしろないほうがいいくらいだ。


 繰り返すが、特にそういう意図があったわけではないので、素直にイルスに感心する。彼にはちっとも嬉しいことではないだろうが。




 イルスが纏めた話から結論するに、クリーチャーとは離れた一つの群体なのではないかという仮説が浮上した。


 飛逆が何を言っているのかわからないイルスを放置して、独り推論を立てていく。


 といっても難しい話ではない。


 要はクリーチャー全体の腹の中に空間転移門が存在するのではないか、という話だ。つまり全体がリンクしているのではないかと。


 この仮説を補強するのは、『クリーチャーは捕獲ができない』という話だ。


 クリーチャーを外に出したらどうなるのかという実験が彼らの所属するギルド主催で行われたことがあるらしい。トップランカーにとってクリーチャーを生かしたまま身動きを封じるのはさほど難しい話ではない。だからこそ彼らにはあまり興味のないクエストだったのだが、比較的最近トップランカーになった者がいて、たまたまその話を知っていた。


 曰く、身動きを封じると自爆するとのこと。そしてその際、なぜか原結晶もドロップ品も残さない。


 そもそもクリーチャーの質量に対してドロップ品や原結晶は軽すぎる。原結晶に保有されるエネルギーが質量として具現化したのがクリーチャーだと飛逆は考えていたのだが、この話によって否定されたことになる。


 だがよく考えてみれば否定されて当たり前なのだ。クリーチャーは活動している。つまり常にエネルギーを消費しているのだ。戦闘が長引けばそのエネルギーの消費量に比例して落とす原結晶の量も減るはずだ。倒したら一定量の原結晶が残されるという事実によってすでに否定されていた。どのクリーチャーがどの程度原結晶を落とすのかという実験をしたことがあったのに気付かなかったとは迂闊である。


 従って、どこかと物理的に(離空間跳躍が物理的と表現しても良いかはさておき)繋がっていなければその質量の消失と出現に説明が付かないのだ。


 これによって、百階層離れた階層のクリーチャーの中に装備品があったという話も説明ができる。おそらくは転送バグか何かだろう。あるいはたまたまそのクリーチャーを経由してどこかに集められるところを倒されたか。


 ただ、ならどうすりゃいいのか、という答えは導けない。飛逆の持つ能力でそれをするのは難しい。


 他から力を借りるのであればぱっと思い付く案はある。


 有効だと思えるのは、ミリス人形をクリーチャーに喰わせるというものだ。ある程度頑丈な素材で作った人形ならばクリーチャーに喰われてもその原型を留めていられるだろう。そうしてその行き先をミリスに探知してもらい、そこに向かう。仮にランダムだとしても繰り返せば法則が見つかるかも知れない。


「というわけで、頼めるか?」


 腕輪からミリスに連絡を入れる。


〈あ~……そういうことしてたんですか~……。まあ確かに興味深いっていうか、確かめる価値はあることなんですが~〉


「無理か?」


 特にリスクがあるわけでもないと思うのだが。元々切り捨てた髪の末端は本来彼女にとっても使い捨てなのだから。


〈ヒサカさんの仮説通りなら~、ちょっと難しいですね~。ワタシなんの気なしに塔の内外でリンクしてましたけど~、外にいたとき~、この中の座標って特定できなかったんですよ~。ちなみに中にいても~、フロアが異なると~、自分との相対座標を見失います~〉


 つまり転移門を経由すると、感覚を髪とリンクさせることはできても、どれだけどの方向に離れているのか見失ってしまうという。


「同じフロアなら探せるのか……」


〈でもヒサカさんは【全型】の死体を求めてるんですよね~? 同じ場所に転送されているとも限らないわけで~、やるだけやってみる~……のはいいんですが~、別の方法を模索しながらのほうが建設的かと~〉


 確かにどれくらい時間がかかるかも読めない。大した手間でもないので試すくらいはいいが、それに専念すると本題を見失いかねない。


 ミリスだってちっとも暇ではないので、人形の位置が移動するか止まったときに信号を送るプログラムを作成するだけにして、一応協力はしてくれるという。


 というわけで久々の人形作製に取りかかる。元々ミリスの髪は常に糸巻きにして予備を携帯しているので、多少長めに取って仕込むことにする。


 可動性は必要ないので、熱可塑性の樹脂を使って原型を作り、金属でコーティングした。感度は高いに超したことはないので、外見はいつだかに見たミリスが繭を解いたときの姿を模した。原結晶をできるだけ仕込むためにやや大きいが、フィギュアそのものである。後は髪を仕込んで栓をするだけだ。


〈ぉぉぉ~……無駄に器用ですね~……一発でここまで精度の高いフィギュアを作るとか~……半年も修行すれば人気原型師になれるんじゃないですか~? ところで……誰ですこれ~?〉


 精度が高いと言っているくせに自分がモデルになったことに気付かないミリスだ。


〈ヒューリァさんがモデルにしては胸がないですし~……似てませんけどぉ、ゾッラですか~?〉


「いや、お前なんだが」


 当人の意識を投影しやすくするために作ったのに、気付かないのでは失敗だ。作り直すか、と溜息を吐くが、


〈……ぉぉぉお!? ……ぉぉぉぉぉぉおっ!?〉


「どういう反応だ? まあ、作り直すが」


〈待つですヒサカさん! これはあれですか!? ワタシから縫合痕を取り払ったときの姿ですか!?〉


「おい、口調(キヤラ)変わってるぞ」


〈そんなのどうでもいいです! それ、クリーチャーに喰わせるです!? 胃酸とかでべっちゃべちゃです!? ありえないです!〉


「いやだから、作り直すと……」


 耐熱性付加オリハルコンコーティングなので胃酸くらいでどうにかなることはないと思うのだが。


〈それは保存しておいてください! 処女作保存は鉄則です!〉


「え? 素材がもったいないんだが」


 それに厳密には人形作りの処女作でもない。


〈いいから! それ、ちゃんと持ち帰ってくださいねっ!〉


「そこまで言うならわかったが……お前ナルシストだったのな」


〈違いますぅ~。ダイエットには自分の理想の体型をイメージすることが重要っていうじゃないですか~。それは歪曲鏡の代わりなんですぅ~。デジタル加工修正済み自画像代わりにするんですぅ~〉


 色々言いたいことはあったが、一つだけ、


「お前にとって呪いって、贅肉と同じ次元なのな……」

〈……〉

 我に返ったのか、それに対する返事はなかった。

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