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51. 原題では「THE BODY」

 まさかトップランカーを仲間に引き入れることで戦力の数――物量を増やすために、千五百階層に行こうなどと考えたわけではない。


 そもそもトップランカーを仲間に引き入れるメリットが最早存在しない。彼らのネームバリューは失われてしまっているからだ。彼らの名前の価値を知る者がおそらくもういない、という意味だが。


 中途半端な戦力を持つトップランカーなど、御する手間を考えるとむしろいないほうがいい。


 では飛逆の精気の補充と拡張のためかというと、それも違う。


 実際の所、あと何百倍かに拡張すれば神樹に勝てるという手応えはあった。現最高階層でなら十日もワンフロア殲滅を繰り返せば達成できるだろう。


 だが現実的ではない。そんな莫大な量を取り込めば、果たして飛逆はナニになるのだか。


 回帰できる暴走ならまだいい。怪物ですらないナニカになっては誰も飛逆を止められなくなる。今でさえ、己を止められるのは己だけという状態なのだ。


 それ以前に、溜め込みすぎた風船みたいに弾けるということだってありえる。


 従って、飛逆が千五百階層に向かう理由とは――研究のためである。




 


 ヒューリァは研究のためと言ったらあっさり自分が付いていかないことを了解した。


 つまりはヒューリァにももっと研究を進めて欲しいということだったのだが。


 どういう研究のためかということを聞こうともしない。聞いてもわからないと思っているというのもあるらしいが、どうやらそれだけではない。


 なんというか、雰囲気が変わった。どこか尖って刹那的な印象だったところが丸くなって落ち着いたとでも言うか、まあそんな感じだ。飛逆にはよくわからないが。


 ミリスは釈然としていないらしいが、別段止めようとはしなかった。ただ、


〈行くんでしたら~、ヒサカさんの血を可能なだけ置いてってもらっていいですか~?〉


 とか言い出した。


〈いえ~、ワタシの髪や神樹の根の例を見てもわかるように~、状態の変化は本体から離れても続いているんですよね~? でしたら~、ヒサカさんの血って多分~、『原結晶よりも高密度エネルギーを保有している状態』、もしくは~『どこかにあるエネルギーを呼び込む触媒』なんだと思うんですよ~〉


 つまり研究サンプルとして欲しいということらしい。今の研究方法に行き詰まりを感じているので目先を少し変えてみたいということらしかった。


 興味深いし、説得力があった。それなら、と飛逆は差しだそうとしたのだが、これが意外に厄介だった。というのも、容器は飛逆が自作して密封できるものを用意したのだが、飛逆の回復力が高すぎて、僅かずつしか提供できなかったのだ。


 結局適当な鉄材を加工して細いストローを作製して、右腕の爪を使って空けた孔(異物だと謎の抵抗力を発揮して刺さらなかった)に挿入して解決することになった。


 軽く致死量を超えていたが飛逆の体調に影響が現れなかった辺り、どこからその物質が補充されているのか本気で謎である。


「くれぐれも、下手なことするなよ?」


 たとえばミリスの推測どおりだとしたら、飛逆の血を解析しようとしたら再びミリスが暴走するという事態だってある。忘れずに釘を刺しておいた。


〈まぁ~、ノム辺りから『普通の人間の血』をもらって~、対照実験から始めますんで~〉


 ちゃんと考えていたらしいミリスは、だからかなりの量を求めたらしかった。


 最後に、トーリだ。


 彼をどうするかという問題は、実のところ飛逆は何一つ考えていなかった。


 まあ、ノムが食事を与えたりしているらしく、生きてはいるらしいのだが、きっと荒んでいる彼と顔を合わせるのは飛逆には無理だ。どう転んでも殺してしまう。


 結局、ミリスに彼が下手なことをしようようにそれとなく見張っておいてくれと言うしかできなかった。


 見送りに来たヒューリァと一頻りイチャイチャしてから、飛逆は単身千五百階層に跳んだ。




〓〓 † ◇ † 〓〓




 総勢五十三名。

 それが千五百階層に存在したトップランカーの数だった。


 もう巻きで行った飛逆は彼らを戦闘態勢に入らせることさえなく、すべて奇襲で捕らえた。


 自制心が薄くなっている上に、生かしておく理由も大して残っていない現状、そうしないとまたうっかり殺してしまうのでそうした。


 武装解除して縛るのが面倒だった。


「けっこう居たな。いや、少ないのか? むしろ」


 どうだろうか。採集者の総数からすると少ないが、元々トップランカーに至れるのは一握りで、長い間塔の中に籠もることを良しとする輩となるともっと少ないはずで、やっぱり五十名以上は多いと言うべきか。


 飛逆が気にするのは、取り残しがいたら後々面倒だということだ。もし別の階層に出張っている向こう見ずがいるならこの機会に捕まえておきたい。


 剣鬼ほどではないが、それなりのオーラを放っていた一人を選び出し、尋問してみる。


「――」


「最近俺は気が短いんで、そこを弁えて話してくれるのがお互いのためだと思う。了解したなら瞬きを一回だ」


 喚かれたりしたら面倒なので、口を左手で塞ぎ、右手の爪を立てて額に押しつけながら、了解だけを迫る。


 無闇に脅しかける気もないのでごくごく平素な調子だ。


 瞬きは何回も行われた。


 燃やした。蒸発というレベルで跡形も無く、炭にした。


 改めて、狸寝入りを決め込んでいた男を引っ張り出して、同じことを繰り返す。


 今度は慎重に、一回だけだった。


 口から手を離す。


「さて、聞きたいのは、このフロアにいるお前たちの仲間はこれで全部かってことなんだが」


「――……」


 訊くと、男は慌てて首を巡らせ、かなり長い逡巡の後に、


「わ、わかんねぇです、はい!」


 開き直ったように、やるならやれや! とばかりに目を瞑りながらも声を張り上げる。


「まあ、いつ死ぬかもわからん連中が全員のこと把握してるのも変な話か。パーティ単位でなら把握しているってとこか?」


 自分で言ってて途中でその可能性に気付いていた飛逆は別段燃やすこともなく、一つ頷く。


「聞き方を変えるか。お前が一目置いているヤツで、ここにいないのはいるか?」


「そ、それだったら、二人、くらいいねぇです、はい」


「無理に畏まらなくていいぞ」


 開き直る図太さがあるかと思いきや、生き汚いところもあるとか、奇妙な男だった。


「は、はい?」


「って言われてもまあ混乱するよな」


 そもそもこの状況自体が彼を含む全員にとって意味不明極まりないだろう。何にどうして捕まったのかも定かではない状態で仲間を問答無用で一人燃やされたと思えば割と物わかりのいいことを言い出す怪物に平素な調子で会話を迫られているのだ。


 飛逆でも逆の立場だったら混乱する。態度が一貫しないのも当然だった。


「二人、ね。一人はギィとか言うヤツ?」


「へ、は、はい!」


「そいつってお前らの中でも、なんていうかガチャガチャの装備のヤツ? ソロで行動するのを好む?」


「た、たぶん」


「なるほど」


 おそらくは剣鬼のことだろう。前に燃やしたトップランカーの女が言っていたのをなんとなく覚えていたのだが。


「そいつってお前の基準で最強か?」


「……」


 なぜか挙動不審げに目を泳がせる。


「単なる興味本位だから別に答えなくてもいいけど」


「――か、勝てないわけじゃねぇと、思います、はい」


「お前が?」


「あ、い、いえ。……強いのは確かなんスけど、なんてーか、よくわかんねぇヤツなんで、……だったんで」


 なるほど、挙動不審だったのは飛逆がギィを降したことを察したためだったか。


「全員が全員のを把握してるわけじゃねぇんですけど、アイツは飛び抜けて、その、稼いでなかったってんですか? オレらの基準ってやっぱ、どんだけ稼いでるかってのがあるんス。で、まあ強いっつかー巧いのは確かなんスけど、やっぱソロじゃ限界ありまっし、実際どんな戦いしてんのかとか、見せないようにしてたみてぇで」


「使い道のない原結晶をどんだけ溜めているかがお前らのステイタスってわけか」


 歪んでんなー、と内心にぼやく。


「まあいいや。で、そんなギィのことに詳しいヤツ、この中にいるか?」


 言うと男は、今の話を聞いていなかったのかという顔をした後、ややあって顔を青ざめさせた。


 いるわけがないと答えるのは簡単だが、そう言った途端にこの怪物が自分たちを生かしておく理由がなくなるのではないかと、その可能性に気付いたのだろう。


 否定するのは簡単だが、それはそれで舐められて、虚言を吐かれそうで面倒だ。


 果たして男は、


「オレは知らないっス」


 歯を食いしばりながら言った。


「知ってるヤツも知らない?」


「……」肯く。


「じゃあいいや。自分で捜すから……つっても、どうしたものかねお前たち」

 用済みになってしまった。五十名あまりから一人一人を尋問して、嘘がないかどうかをいちいち捜すのも非常に手間が掛かる。だから飛逆は最初から尋問は三人までと決めていた。


 初めのヤツは元々見せしめだったのでカウントせず、あと二人。けれど二十五分の一の確率でいるかいないかわからないヤツを中てることができるとは思えないので、早々に飛逆は方針を切り替える。


「放置してても死ぬし、無武装状態で連れて歩いても死ぬし、外に出しても死ぬだろうし」


 本当に、どうしようかこの社会不適合者ども。


 パーティ単位でのリーダーというのはいるのだろうが、全体のまとめ役というのがどうもいないらしい気配だ。これでは最低限の武装を返すから下に向かえと言って放置すると何をしでかすか読めない。一丸となって反抗された方が一掃できて楽なのだが。


 殺しても良いが、別に死んで欲しいわけでもない。


 必要がなければわざわざ殺さないし、消極的に死に追いやることもしない。その必要の基準がかなり緩いというだけの話である。


「外に出してもって……」


「ああ、今外は樹のバケモンで溢れかえってるからな。そいつと俺が一戦交えた影響で、ちょっとした溶岩地帯にもなってるし、生身の人間が生き残れる環境じゃない」


 後者に関しては、そろそろ冷えてきているとは思うが。


「それって……まさか」


「ああ、言い忘れてた。そもそも塔下街は半壊してるし、俺とやりあった影響で今はどうなってるかわからんけど、少なくとも無事じゃないだろうな。たぶん全滅してるんじゃないか?」


 ガリッ、と音がした。


 見れば、すし詰めにしていた連中の中の一人が血の泡を吹いている。


「へぇ、自殺するときに舌を噛み切るって、ここでもあるんだ」


 ちょっとした発見だった。別に舌を噛み切ったところですぐに死ぬわけではない。伸筋が切れた舌は丸まって喉を塞ぐ。そのために窒息死するのだ。つまり自殺の方法としては痛いし苦しいしで、苦しみから逃れようという自殺の手段として選ぶ者の気が知れない。あれは尋問などで口を封じるための最後の手段として行われるものだとばかり飛逆は思っていた。


 一刻も早く死にたいと、たかが故郷が壊滅したと伝聞したくらいでそこまで思い詰める気持ちは、おそらく飛逆には永遠にわからないだろう。仮にその故郷に誰か、もしくは大切な何かがあったとしても。


 ただ、そこまで思い詰めているのに修復などをして生き延びさせるほど残酷なつもりはないので、彼が死に行くに任せた。


 ざわざわと彼らは騒がしかったのが、やがて水を打ったようにしんと静まる。「バカヤロウが」と誰かが口にした言葉が最後に余韻を残すように響いた。


「で、どうしようか」


 息絶えた辺りで何事もなかったかのように話を戻すと、男は一瞬ぽかんと口を開けた。


「……は」

 なぜか笑うような音がその口から漏れる。

「わけわかんねぇ。……バカバカしい」

 吐き捨てるように男は言い、不貞不貞しく歪めた顔を飛逆に向ける。

「どうしようって、何がだ?」

 ぞんざいな、縛られていなければ肩を竦めでもしそうな口調で態度だった。


「だから、お前らの処遇。別に死にたいって言うなら放置するけど? あ、死に場所を選びたいっていうならそれくらいは叶えてもいいが?」


「死にたいヤツばっかじゃねぇよ。……こんなわけわかんねぇ死に方、オレは御免だ」


「そんじゃ、まあ……どうしようかね。俺が考えるの面倒だから、お前たちで話し合って決めてくれ」


「わかった。いや、わかんねぇんだけど、何がダメとかくらい言ってくれねぇか?」


「ん? ああ……俺の邪魔になることをしないなら何でも良いぞ。もし武装を返してくれっていうなら、俺の邪魔をしないことを証明できる何かを寄越せば、納得できたら返してやる」


「……どうやって証明しろってんだ」


「さあ、たとえば俺に反抗しそうなヤツの首を俺に渡すとか?」


 冗談だが。そんなことしても何が証明できるわけでもない。飛逆も納得しない。


 真に受けたらしい男は何かを考えるように視線を泳がせた。誰を生け贄にするか、選ぼうとしているのだろう。


「いや冗談だから。マジでやっても俺は納得しないぞ? 生け贄の羊なんざもらっても胡散臭いとしか俺には思えないし」


 それは全滅ルートだ。せっかく機会を与えるのだから、活かして欲しいところだった。


 ちなみに飛逆も彼らにとっての正解というものを持っていない。それを考えるのが面倒だから問題を放り投げたのだ。


 せいぜい生きたいと願うなら、正解を自分たちで作るか、見つけることだ。


 話し合いに飛逆がいてはやりにくいだろうということで、少し離れた辺りに業火の壁を作り、これが燃え尽きる頃に戻るといって飛逆は探し物に出かけた。


 そして戻ってきたら、ボクサースタイルの焼死体が三体できていた。


「いや、燃焼材がないのに燃え続ける火ってことで気付けよ……」


 純粋な拡散、時間経過でなくば、【紅く古きもの】による炎は消えないのだ。おそらくどうにかして縄を燃やして拘束を解いたのだろうが、その炎が普通の火と違って酸素を遮っても消えなかったために、移った熱が身体を燃やしてしまったのだろう。


 見れば、焼け死ぬほどではなかったらしき者もいて、そいつは重度の火傷で今にも死にそうだ。重度の火傷は激痛のため、薬の助けでもなければ気絶もできない。もう絶叫することもできないらしく、ヒューヒューと空気が抜けるような音を出しながら痙攣している。


 トドメを刺してやった。不思議なことに断末魔は上がった。


 先ほど話をしていた男は、相変わらず不貞不貞しくも生きていた。どうやらバカな真似というのを試そうともしなかった一人らしい。


 飛逆が死に体を一人、トドメを刺すのを冷めた表情で見守っている。


 臭いが酷いので焼死体を更に燃やして昇華させる。


「さて、……この調子じゃ話し合いとかできてないだろうな」


「だが結論は端っから出てる」


 男は瞑目してきっぱりと言った。


「証明なんざ、できねぇ。けど、生きるためには装備一式、返してもらわなきゃなんない。あんたはオレらを、進んで生かそうとしてるわけじゃねぇんだからな」


「まあ、無茶ぶりが過ぎたなとは思ってた」


「だから、頼み込むしかねぇ。他人の下に付くくらいなら死んだ方がマシってヤツは、もう死んだ」


「あー……なるほど、『そういうこと』にしたのな」


 明らかに嘘だ。これまでに死んだ者たちは、別に恭順を嫌って死にに行ったわけではないだろう。単なる無知と無謀と絶望のために死んだのだ。あるいは過信か。自分なら死なないとでも思っていたのだろう。後は飛逆の気紛れである。


「いいぞ。そういう答えのないところをこじ開けようとする賢しさは嫌いじゃない」


 あっさりと装備を返すことにする。縛られたままで窮屈に頭を下げようとした男に対してフライング気味だったが、他の連中が俄に騒然となった。


「ああ、でもお前、この残りの連中のまとめ役な。反抗とかあったら、そいつだけじゃなくお前も消すから、気張れよ」


 言ってから、呆然とする男を尻目にシェルターの壁を破壊して、そこに詰め込んでおいた彼らの装備類を晒す。


 男の縄を解き、彼に適当な剣を与えて、飛逆は彼らを放置して探し物を再開した。


 そろそろこの辺りも再ポップの時間だ。急がないと彼らは死ぬだろう。雑多に詰め込まれた武具を、きちんと装備するほどの時間が残っているかどうか、わからないが。


「まあ、三分の二が残ればいいほうだろうな」


 独り言を呟き、遠くで響くいくつかの絶叫を聞き流した。






 ――見つからない。


 考え方を変えるしかないのだろうか。


 めぼしい場所はすべて調べ終えたと思うのだが、どうしてもそれらしき物が見当たらないのだ。


「ギィ……拠点とか持ってなかったのか?」


 おそらく色々な位置を転々としていたのだろう。トップランカーの中でも秘密主義だったという話だから、かなり高い可能性としてそれがありえる。


 ただそうすると説明の付かないことがある。


 彼は一体どこに、どうやって仕留めた獲物を保存していたのか、ということだ。


 千五百階層ではないところに保存していたという可能性を考えて、飛逆は前十階層を具に調べたのだが、その結果が空振りなので困っているのである。


 もっと下なのか、それとも根本的な見落としがあるのか。


 ちなみにここまでに、採集者を三十人ほど捕まえてあり、千五百階層でやったようなことを繰り返したが、ギィについて知っている者はいなかった。彼が【全型】を一体仕留めたということを知っている者もまた、いなかった。


 状況証拠から考えて、あの時ギィが相手をして、そして倒したのは【全型】で間違いないはずだ。


 飛逆はその【全型】の死体を捜している。

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