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50. 女子会とやらなのか?

 ただ囮をするのも芸がない、ということで飛逆は今回のこれで、自分の限界値を見極めるつもりだった。


 火山を作ったときには内蔵量のおよそ一割を消費したわけだが、それを十回続けたらどうなるのか、というのが今回の副題だ。


 それとは別に飛逆自身にも感覚出来ない自身の【力】の動きを、大げさに活発化させることで体感しやすくするというのも目的にある。おそらくその感覚さえ掴んでしまえば、気配遮断を習得することだってできるだろう。これができればモモコが、あるいは知らぬ内に野垂れ死んでいたとしても、次に繋げることができる。


 とはいえ早々全能開放などやっていられない。あれは持続できて十分が限度だ。限度を超えるとどうなるのかということを想像するだに恐ろしいが――おそらく、いや少なくとも【紅く古きもの】にその心身を乗っ取られることだけは間違いない。それは飛逆の身だけではなく、裡に存在するはずの兄の消失を意味する。のみならず、見境無くすべてを燃やしてしまうだろう。


 故に、全能開放せずに出来うる限りを注ぎ込んだ出力(三()程度が限界)で、およそ残り三割をデッドラインに自身の変化を測り、できれば【力】の流れの感覚を掴む。


 三割を消費した時点で、森はすっかりその様相を変えていた。


 おそらく森林の半分は焼け野原どころか溶岩地帯となっていて、ここはどこの活火山なのか、と見渡すだに思うだろう。


 飛逆も無傷ではない。どころか結構な損傷だ。


 とにかく物量が酷い。一切の死角のない波状攻撃(地中含む)では避けられる隙間がそもそもない。飛ばしてくるのが葉や蔓だけならば一掃できたが、ライフル弾さながらの小型種ミサイルや、それこそパイナップルかという手榴弾じみた弾ける果実など、そのすべてを弾くことは難しかった。なぜなら確実に一掃できる右腕での範囲攻撃は、地面に向けて放たなければならないため、その瞬間飛逆は体勢的に、完全に硬直してしまうのだ。上昇気流や爆圧に乗って多少は躱すことができるが、そこに波状攻撃だ。亜音速で飛んでくるそれらを、いかな飛逆の反射速度でも体勢が崩れていては対応できない。


 挙げ句に割と頻繁に神樹本体からも巨大な種ミサイルは飛んでくる。


 なんの冗談かその種ミサイルはクラスター弾(弾体中に複数の子弾を搭載した爆弾)仕様であるらしく、直撃を逸らしても、通り過ぎる直前にその小種弾を蒔いてくるのだ。


 もちろん最優先でそれらに対応するが、そうするとますます小神樹どもの攻撃に対応できなくなる。


 炎熱を纏っても、燃え尽きなかった小さな破片がビスビスと身体の各所を貫き、それでも頭だけは護っている、というのが現状だ。


(勝てないな、これは……)


 彼我の戦力分析を終える。


 勝てない。物量が違いすぎる。飛逆が全力の炎熱を纏っていれば、あの神樹本体に辿り着くことはできるかもしれない。けれどその時には飛逆の精気は枯渇しているだろう。


 考えてみれば当然のことだ。仮に、塔下街が貯め込んでいた原結晶の殆どがあの神樹に注ぎ込まれているとして、その量は飛逆の何十倍あるいは何百倍ということになるだろう。戦術レベルで覆せる差ではない。


(しかも……やっぱり寄生系か……)


 突き刺さった種の破片をブチブチと抜き取る。


 食い込んでいたための擬音ではない。冗談みたいな早さで生えたひげ根に肉を浸食され、体液を吸われていたのだ。おかげで抜き取ったそこはごっそり肉が抉れてしまっている。ホローポイント弾よりもタチが悪い。おそらく放置すれば飛逆でも宿り木にされてしまうのだろう。


「無理だこれ、ミリス」


 腕輪を耳に付けて、ミリスに話しかける。熱で歪んだ空気の中ではこうしないと声が伝わらないためだ。飛逆は小休止するために、この状態での限界の出力で竜巻のように螺旋回転させた炎熱を纏っている。周囲では頻繁に何かが弾け、砕けている。


〈……カさん、でも~……、あ、あ~。ヒサカさんでも無理ですか~〉 


 音声を伝えるために何かを調整したらしい。マイクテストのような声の後に流暢に聞こえる声が届く。


 課題の中には、どれだけあの神樹に力押しで近づけるかという実験もあったので、飛逆はこれで二㎞ほどは移動している。手探りであったとはいえ、逆に言えば、飛逆の今の全力を以ってしてもたったそれだけしか移動できなかったということだ。


「そろそろあの地点のマグマは冷えて溶岩になってるはずだ。モモコに合図してくれ」


 飛逆ほどではないにせよある程度熱に耐性があるモモコなら、焦土と化したこの地形でもおそらく平気だろう。


〈了解で~す〉


 耳からブレスレットを離し、飛逆は溜息を吐く。


 息と言ってもそれはほぼ炎であって、先ほどから飛逆は酸素を取り込むことができていない。休憩にもなっていなかったということだ。


 身体を覆っていた炎を右腕に収斂させて、飛来してきていた巨大種ミサイルに放つ。


 相殺、だった。


 飛逆の全力の『遠当て』でこの程度。


 最早生物としての有様をかなぐり捨ててさえこの程度なのだ。


 もし真っ向からやりあおうとすれば、あとどれだけ精気を取り込まなければならないことだろうか。


 モモコが本体を見つけ出すという作戦は、実際の所それほど成算は高くない。仮に見つけ出せたとしても、簡単に捕まえることができるとも限らない。


 結局、あの神樹を倒さなければならないことになる可能性だってある。


「ああ、まったくやってられない……」


 たった一発を相殺した程度では収まらない波状攻撃に晒されて、心底嫌そうにぼやきながらも――飛逆の顔にはうっすらとした笑みが浮かんでいた。




〓〓 † ◇ † 〓〓




 這々の体で敗走した。


 元々の予定ではあったが、せめて善戦できたと言えるまでには行きたかったところだった。


 周囲を全焼させて、種ミサイルが途切れた瞬間を狙って転移門を潜り、飛逆は塔の中に戻っていた。


「ひさか! ……ぼろぼろ」


 駆け寄ってきたヒューリァがなぜか片言のような喋り方になって、途中からゆっくり近づいてきたところを飛逆はバックステップ。ヒューリァから距離を取る。


「……」


「……」


 じり、とヒューリァは足を踏み出し、飛逆は同じだけ後退る。


 じりじり、とヒューリァがやや前傾になるのを、飛逆は半身を逸らしてやや後退る。


 諦めの悪いヒューリァは機を狙うようにじりじりと位置を入れ替えて、飛逆が逃げる方向を壁際に追い詰めるように移動し、飛逆もそうはさせじとすり足で動く。


〈なに、遊んでますか~……〉


 その様子が楽しげに見えたらしいミリスがどこかふて腐れたようにヒューリァの後ろから声を掛けてきた。


 仕方ないので飛逆は横を向いたまま、やや上を目がけて炎を吐き出す。ドラゴンブレス的な何かである。宴会芸ではない。


 何がどういうことかというと、今の飛逆は【紅く古きもの】の炎で灼かれた気体が体中を巡っているのだ。つまり体温が高いなんてものではない状態だった。普段なら右腕に収束するなりできるのだが、高出力の状態を続けすぎた上に周りのすべてが高温だったために身体を構成する物質自体が『炎の付いた』状態となっていて、いましばらくは高温のままだ。当然、口から出る息は超が付く高温だ。代謝の結果吐き出される二酸化炭素に該当する気体は飛逆を構成する物質の一部であったためだ。


 飛逆自体は熱に対する絶対耐性を獲得しているために平然としていられるし、その効果は体表から数㎝から数十㎝まで及んでいるため熱が外に現れはしないが、飛逆の身体から離れていく気体にまではその効果が及ばない。効果範囲から外れた途端に炎として現象するまでに高温なのだ。


 そのためヒューリァが近づいて、できる限りの効果範囲を広げればヒューリァが火傷したりはしないが、飛逆が息をした途端に彼女が焼かれるということがありえたために用心したのである。


「……ああったく、出力を抑えることはできても逆流させることはできないんだからな。厄介だ」


 熱という現象を司っているらしい【紅く古きもの】ではあるが、基本的には熱という現象の性質どおり、加速方向にしか操れない。熱の『通り道』を操ることはできても、熱(究極的には原子の振動現象)を減速させるようなことは今のところ不可能なのだ。熱の『通り道』を操ることで、熱を『奪う』ことはある程度できるが、燃費が悪いし、ターミナルとなる飛逆自体から熱は時間経過でしか消えない。飛逆の身体を冷やそうと思えば、その奪った熱をどこかに吐き出さなければならないというわけだ。


 一通り熱を吐き出してから、ふう、と改めて息を吐く飛逆にミリスは呆れた雰囲気を、ヒューリァはああ、と安堵の息を吐く。


「ごめんな。……つーかあれは、無理だ。どう考えても」


 見栄を張る気はなく、単に心配させたくなかっただけの飛逆は素直に所感を述べて話を主題に戻した。


 ヒューリァは、まだ熱いだろうに近づいてくる。


 雰囲気を壊したことを詫びるようにヒューリァの頭を撫でて、ついでに耳の後ろをこしょこしょしたりして遊ぶ(高出力を続けて昂ぶっているせいか、ほぼ無意識の所業だ)。


〈モモコさんの成果待ちしかないってことですか~〉


 ヒューリァに対するそれはスルーすることにしたらしいミリスだ。一定距離以上には近づこうとしない。


「いや、個人戦と考えたら無理だって話だ。要は物量の差なんだから、それを埋める方向で考えないとダメだなってこと」


 飛逆がどれだけ上手く【力】を扱えるようになろうが、その保有量が増えようが、息つく暇が文字通りの意味でないという状態ではとても太刀打ちできない。戦力差というより、性質の差なのだ、これは。


「それに当たって、俺はちょっと千五百階層に向かうつもりだ」


〈はい~?〉


 物量差を埋めるために千五百階層に行くという論理が俄にはわからなかったらしい。ミリスは首を傾げる気配を発し、けれどヒューリァはいずれにせよ自分も付いていくつもりであるのか、細かい理屈は気にしていないらしい。というかどうも話が半分ほどしか聞こえていないくさい。


 ここでようやく自分が何をしているのか(ヒューリァの首から上のあちこちを指先で弄っていた)に気付いて離すとどこか名残惜しげな吐息を漏らすヒューリァに、


「ただ、これにヒューリァは付いてきて欲しくないんだが……」


 別にヒューリァに後ろめたいことがあるわけではないのだが、そう言うと、ヒューリァは愕然としたように顔を強ばらせる。


「あ、足手まとい、だから?」


「いや違う」


 しっかり否定しようと改めてヒューリァを見ると、彼女の髪や顔は黒ずんでいた。飛逆の手にこびり付いていた煤のせいだ。


「ああ、すまん」


 詫びつつ、自分がどういう状態なのかということを意識する。


 一言、黒だ。


「流してくるか。ミリス、話はそれからでいいな?」


〈まぁ~、急ぐ話でもなさそうですし~。お疲れで~す〉


 余熱を嫌ったのかそそくさとミリスは奥へ引っ込んでいく。


 ちなみに彼女の繭状態での移動法は、下部の髪を微生物の繊毛か何かみたいに蠢かすというもので、一見するとまるで滑っているように見える。ただ、想像すると大変気持ち悪い。だからかヒューリァは飛逆の陰に隠れるようにして極力ミリスを見ようとしなかった。


 そしてそんな状態のまま浴場にやってきた。


 浴場と言っても、飛逆が床材を作るついでに作った巨大なだけの水瓶だ。


 この階層には残念ながら水場はない。けれど他の階層には必ず一カ所はあるのだ。たとえば千階層付近では、なんの冗談か滝が流れている区画があった。もっと冗談ではないことに、噴水広場なんて場所もあった。どこから湧いてどこに消えているのか、興味深い問題ではあるが、いちいち追っている時間がないので放置している謎である。


 だから一階層(地階層のすぐ上)から水を運んでくる手間が必要なのだ。そのための巨大水瓶である。運べるのが飛逆とモモコしかいないというのが最大の難点だ。ゆくゆくは水道を作ろうと画策していたのだが、今の人数だとこの一トンを越える水で偶に行き来するだけで充分賄えるので見送っている。ちなみに飲料用は別だ。


 その更に上部横に設置した水樽の腹に孔を空けて、原始的なシャワーにしているという寸法だ。


 まず棚に登って樽のほうに水を移して、ヒューリァもついでに浴びるだろうということで、水をお湯にする。この辺りの熱量操作は最早お手の物だ。


 そして下に降りて、無駄にギミックを仕込んでシャワーの水量調整ができるようにしたレバーに手をかけたところでヒューリァが全裸だった。


 あまりにも自然体で脱ぐので、全裸に至るまでその事態に気付きながらも制止することを忘れてしまった飛逆である。


「ああ、うん……。まあいいか」


 これからシャワーを浴びるというのに服を着ろと言うのもおかしい。脱いでしまったものは仕方がない、と頷く。


 久しぶりすぎて忘れていたが、性方面に羞じらいはあっても裸身を晒すことには抵抗がないのだ、この娘は。


 ヒューリァのほうもセックスアピールのつもりはないのか、飛逆が何を頷いているのかわからないようだった。


 ヒューリァは近くにかけてあった手拭いを取りつつ振り返りながら首を傾げている。その仕草は裸身以上に無垢だった。


 ここまで来るとカルチャーギャップの一種なんじゃないかという疑いが浮上した。水浴びなどのときに裸身を晒すのと、性的アプローチとは、ヒューリァの中では完全に切り離されているのではないかと。


(そういや江戸時代くらいまで大衆浴場は混浴だったって話だし、そういうこともあるか)


 納得してしまう飛逆である。


 シャワーを出し、二人揃って浴びると、煤がどろどろと流れていった。


 汚れが落ちていくのが目に見えると何か感慨深いものがあった。だからといってヒューリァが自然体で飛逆の服を脱がしにかかるのをされるがままになるほどではないのだが。


「ええと、ヒューリァさん?」


 なんのつもりだ、と疑問を投げかけるが、ヒューリァは相変わらず無垢な感じで首を傾げる。


「服着たままだと汚れが中で溜まっちゃうよ?」


「そうだな」


 この煤の量だとついでに洗濯などと誤魔化せる段階にない。


 まあヒューリァだけ全裸ってのも変だろうと、何か納得行かないながらも飛逆は自分で脱いだ。


 ヒューリァはその間に桶の中に溜めておいた飛逆のお手製の石鹸を手拭いにつけて泡をわしわしと出して自分に塗りたくっている。


 そしてごくごく自然な動作で飛逆の背中にぴったり張り付いた。


 自然体も行きすぎると不自然なのだといい加減飛逆も気付いた。


「頭、痛くなってきた……」


「力、使いすぎたから?」


 押しつけるのみならず、すりすりと動きながらのヒューリァだ。


「違う――っていうかこれ誰の入れ知恵だミリス!」


 推理一秒犯人はアイツだ。


 どこの世界に自然体で泡姫まがいの真似をする風習があるというのか。どう考えても演技であり、そして発想がヒューリァらしくない。


「え? 何君らそんな相談するまで仲良いのか?」


「嫌?」

 飛逆の質問は無視してヒューリァはぎこちなくも飛逆を洗い続ける。


「嫌というか、困る」


「なんで?」

 耳元で囁くように。


「なんでと言われてもな」


 飛逆だってそうした欲求がないわけではないのだ。ただ普通よりダイレクトに抑制できるというだけで、むしろそうした本能の部分と直接的に繋がっているために、抑制しなければ普通よりも激しいかもしれないくらいだ。


 最近色々な意味で箍が外れかけている上に、たった今は昂ぶっているので抑えるのも一苦労なのである。


「もっと安定的な環境じゃないと、子供、できたりしたら大変だろ?」


「子供……」


 ヒューリァがなぜかびっくりしたようにその単語を繰り返す。動きも止まった。


「気をつけても当たるときには当たるっていうからな」


 経験者の助けのない環境での妊娠、出産というのはおそらく飛逆の想像を絶する母胎への負担があるに違いなく、何度考えても今その危険は冒せない。


 民間的な避妊法ならいくつか知識として持っているし、いくつか実行可能なものもあるが、どこまで効果があるかわからない。それにやっぱり女性側に負担を強いるようなものばかりだ。わざわざそんなことをするくらいなら我慢したほうがマシということなのだった。


「わたしと、ひさかの、子供……」


 考えたことがなかったのか、ヒューリァは呆然と繰り返して、視線が泳ぐ。想像しているらしい。


 想像の中で何かが決着したのか、急にぎゅうっと力を込めて抱きついてくる。


「いやだから、困るんだが」


 この反応は肯定的と受け取るべきなのか、どうか。


 なぜ今までこんな明確な理由がありながら告げていなかったのかといえば、そんなことまで計算尽くで考えているのに引かれてしまうのではないかという恐れがあったためだ。それに「俺の子供を産んでくれ」と言っているも同然であり、そこまでの覚悟がヒューリァにあるかどうかもわからない。


 自然な流れとして「できる」のが一番だと思い、黙っていたのだ。


「~~~」


 結局、よくわからない反応だ。


 ぐりぐりと額を背中に押しつけて何かを表現しようとしているらしいのだが、わからないので飛逆はされるがままになるしかない。というか抑えるので精一杯で、何か能動的な行動を起こす余裕がない。


 樽の中の水が全部落ちきっても、しばらくその体勢のままだった。

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