47. 過保護
「俺たちはちょっと勘違いしていたことがある」
ヒューリァ、ミリス、モモコを研究棟に招集し、まずは自分の気付いたことを共有させるために口火を切る飛逆だ。
トーリはともかくゾッラを呼ばなかったのは、彼女に口を開かせると解釈の難しい言葉を言われる可能性があるためだ。
「まあ実は俺だけが気付いていなかったって可能性もあるんで、確認したい。俺たちがこの世界に召喚されて、課されたルールを、ミリス、ちょっと端的に纏めてくれないか?」
〈なんでワタシです~?〉
「こう言っちゃなんだが、この辺りを真剣に考察しているのって俺とお前だけな気がするからだ」
ヒューリァはなんというか、現象としてしか受け止めていない。モモコもそうだ。ミリスだけがメタ的なまでに踏み込んで考察をしている。
そこに異論はないのか、ヒューリァらは口を挟まない。
〈まぁ~、ハイ。いいですよ~。順序は適当でいいんですよね~?
一つ~。【全型魔生物】とは十年から何十年のスパンで塔によって呼びだされる~、それぞれ別々の世界からの召喚者である~。
二つ~。【全型魔生物】が現存している状態では~、塔はその姿を隠す~。
三つ~。【全型魔生物】とは一つの肉体に『魂』が二つ以上ある存在のことである~。
四つ~。【全型魔生物】同士は引き合わされる宿命がある~。
五つ~。【全型魔生物】は随意に塔の内外を行き来する能力が付加される~〉
「こんなところだよな。実際思いの外少ないわけだが、これ、見落としている部分というか、確かめようがないからあえて触れないようにしてきたわけだが、『なんのために』ってのが示唆されるところがない」
〈わぁ、今更そこを指摘するんですね~〉
「強いて付け加えるなら、『元の世界に戻る術がない』ってことか」
〈そこも今更ですね~〉
ミリスがしつこく茶々を入れてくる。
「でもな、ミリス。今更なんだが、俺たち全員が『帰還願望』がないって変な話だと思わないか?」
飛逆は正直、どちらでもいい。結構な初期にヒューリァにも確認したが、彼女も強くは願望していないというような態度だった。モモコには聞いていないが、先ほどの感じだとこの世界でやり直したいというような思考だったようだし、ミリスは飛逆やヒューリァ寄りの考えだろうとこれまでの行動から明らかだ。
何より、これまでその術を検討さえ碌にされてこなかったこと自体がその証拠だった。
〈はぁ~。つまりヒサカさんは~、ワタシたちが召喚されたのは~、怪物っていうだけの偶然ではなく~、他の基準があったって言いたいんですか~?〉
「だと思うぞ。俺の世界だって『二つ以上の魂を有する』血族は俺以外にもいたわけだし、俺が選ばれるのがランダムの結果ってのも実は納得できてなかったんだ」
まあその条件に沿う血族は大抵が家が潰れたときに死んだわけだが、ゼロではなかった。
「つまりなんだかんだ言って、『元の世界への執着がない』ことがその条件なんだろう。俺の世界の場合だと、家が潰されたことでその世界を恨んだりして嫌気が差したりしても、それってその世界に執着しているってことだからな」
その世界でしかできないことに執着していれば、召喚されないのではないか。
少なくとも飛逆は、あの世界でしかできないことというのに思い当たるものがない。血族への執着は、兄が消し去ってしまった。飛逆はあの世界でしかできないことというのを、社会に組み込まれても見つけられなかったのだ。
〈……執着していないというより~、諦めた~って感じですけど~〉
「ウチもにゃ……」
ミリスがやや難色を示しながらも同意するのに、モモコが同意した。
「でもそれがどうかしたの?」
先を促すことでヒューリァは間接的ながら同意する。
「どうしてそんな選別基準があるのかってことを考えてみようって話だ」
〈どうして、って~……〉
「俺が言うのも何だが、俺らって全員、自己完結型なんだよな」
「「〈……〉」」
全員が全員、お前が言うなという視線を寄越してきた。
「言い方を変えると、他者に対して一定以上の敷居を設ける嫌いがある」
しかし飛逆はガン無視だ。俺は前置きしたぜとばかりにごくごく平素な調子で話を続ける。
〈ええまぁ~、言いたいことはありすぎるんですけど~、そこから『互いを戦わせる』以外の目的が考えられるとでも~?〉
「いや、それは多分正しい。だが、それだけじゃ足りないんだよ。ゲーム的って言うお前がここまで言っても気付かないのも変な話なんだが……」
「……賞品が、足りない……?」
ミリスが気付く前に、ヒューリァが正解を言い当てた。
「そう、俺たちは単なる殺し合いゲームか、報償があるとしても賞品を『解呪法』ってものだと錯覚していた。だがその賞品を用意したのは、ヒトであって塔じゃない。だろ、ミリス?」
〈……ワタシは、どうしてこう、バカなんですかね~〉
飛逆の言いたいことの全てを把握したミリスは落ち込んだ。
「……にゃ?」
「端的に纏めると、俺たちが本来殺し合ってでも奪い合うべき『賞品』は、この【蜃気楼の塔】っていうダンジョンの主の座だ。そして一人……一体が生き残り、その座を得る段階に来れば、塔はその姿を現す」
〓〓 † ◇ † 〓〓
〈一応~、いくつか確認しますね~〉
げんなりした感じでミリスが、
〈改めて提示されると~、別にダンジョンの主になんかワタシ~、なりたくないんですけど~〉
「俺もなりたくないぞ。ダンジョンの主って言い方が悪かったか。要は自分で好きに経営できる領地、みたいな考え方だ。資源はいくらでも塔から供給される。前の世界ではできないって諦めたことでも、工夫次第でどうにでもなる空白の領地だ。たとえばミリス、お前だったら影から支配して自分がのんびりできる領地とか、欲しいだろ? 欲しくなくても与えられたらそういう風に作るだろ?」
モモコだったら、自分が受け入れられる領地であればなんでもいいだろう。
〈……次~、だったらそのルールを明示されていないのはなぜですか~?〉
「明示されたら、逆に殺し合いなんてバカバカしいっていう俺らみたいのがいるからじゃないか? 俺の世界でそういう商法があってな、ただで賞品を配ると胡散臭いから、抽選したって体で商品を渡す。でもその賞品を扱うには別の機器が必要ですよとか、毎月の料金が発生しますとか、実際は商品を買うより高く付くようなヤツ。知らずに、単に生き残るために殺し合いした結果手に入れたものをメンテナンスしないといけないわけだから、まさに押しつけ商法だ。
ホント、人間っていう要素が省かれるとすごく単純な構図だ。人間の基準で言えば十年とか何十年ってのは長いが、塔にとっては大したことがないんだろう。だから最終的に一体が生き残るまで気長に待つだけで、殺し合いをあえて助長する必要性がないんだ。まだ四十日程度……介入がないのも当然だな」
〈つまりヒサカさんは~……あの触手の主というか~、神樹とは~〉
「そう。いつのかは知らないが、以前の召喚者の勝者だ。塔下街の技術がどうも世界観に対して行きすぎてたり、逆に発展してなかったり、アンバランスなのはそのせいだろ。今思えば樹脂系統の素材って、不自然じゃなかったか? 【土石操作】で説明できる一部の合成樹脂ならともかく、天然樹脂があんなに種類がある上にどれも強力とか……」
プロテクターを初めとした、トップランカーが装備するのにも使用されているレベルの強度を持った樹脂など、少なくとも飛逆の前の世界では合成樹脂の中でも一握りだ。
耐炎ローブの素材も、その天然樹脂からの紡錘糸だろう。オリハルコンでも説明できなくはないが、いかんせんオリハルコンは高価すぎる。あのレベルの治安系隊員が所有していたということからは不自然だし、オリハルコンならソケットを装着させていたはずだ。
「異世界ってことで見逃してたんだが、植物を司る【全型】なら、そういう種類の樹木を品種改良していくつか生み出せば良いんだよな。要はあの樹木の主は、ミリスと似たタイプなんだろ。自分は表に出ないで、けど自分にとって快適にするために裏から手を引くっていう。
おそらくだが、【能力結晶】っていう道具を生み出したのも、いつのかは知らないが、被召喚者の手によるものだろう。弱すぎる人間たちに原結晶を狩らせるために生み出したってのが実際の所で、真実ヒトの手によるものじゃない。そりゃあルナコードの研究所が秘匿されるわけだ。【全型】がその能力を基盤に運営しているんだから」
〈まさに~先駆者ですね~。うぁぁぁ……考えれば考えるほど辻褄が合います~。っていうかワタシたちがしようとしたこと、そのまんまじゃないですか~〉
「だから逆に気付かなかったんだよな。自己完結型の俺たちは、自分以外に同じことをする存在がいるっていうことがどうも頭から抜けがちだ。
ついでに、あの神樹が転移門を開けないのもさっきミリスが言ってくれたように、【全型】は転移門を開く能力をあくまでも塔から借り受けている状態なんだよな。だから過去の勝者にはその能力はないってことで説明できてしまう」
〈ウフフ~……オリハルコンの製造に在庫を放出しないのも~、人間が強くなりすぎるのを防ぐため~。千五百階層より上に行かせないのも~、そこに適応できる人間が生まれるのを恐れたため~……やっべぇです~。殆どが説明できます~〉
ミリスは壊れたように笑い出した。
「ついでに、他国からの介入が碌にないのも、魔王という絶対的な抑止力が影にあるってことをそれぞれの国の上層部は知っているから、ってことでファイナルアンサーだ。原結晶を貯め込めるだけ貯め込んでいたのもそれが理由の一つだろう。俺らの例を見てもわかるとおり、原結晶があればあるだけ、俺らはその戦力が異常に引き上げられる。近々戦争でも予定していたんじゃないか? あるいは今回の勝者が決まったらそいつを殺すためだったとか」
おそらくは後者寄りの理由だろう。でなくばもっと早めに介入してきていて不思議はない。原結晶の供給源が絶たれた前(々)回勝者はなるべく少ない回数で済ませたかっただろうし、飛逆がそうしたように、転移門を潜られたら追っていけない。
〈つまり~……その貯め込まれた原結晶をすべて能力の強化に使った結果が~、ヒサカさんの見た雲を突き破る高さの樹木、ですか~〉
「おそらく」
前回勝者は自分の育てた領地をあそこまでメタメタにされてしまったために、おそらくキレてしまったのだ。ミリスの暴走した理由と似たようなもので、そんなところまでミリスに似ている。
こうやって結論を得てしまうと、なぜ気付かなかったのか不思議なくらい沢山の根拠で充ち満ちていた。
〈ただアップデートするためだけに~ワタシたちは召喚された~……ですか~〉
不意に壊れた笑みを引っ込めて、どこか寂しげにミリスは呟くように言った。
〈ロクなもんじゃない~、とは思っていましたが~、想像以上にロクでもない理由なんですね~、ワタシたちが召喚されたのって~。うん、知ってましたけど~。しかも~、塔の意志ってのがあるとして~、それはワタシたちを救ったつもり~、なんですかね~〉
「リサイクル、くらいのもんだと思うぞ」
別の世界のゴミを拾ってきて再利用している、くらいのものだろう。そうでもなければわざわざ蠱毒の壺のような状況にはしないだろう。塔とその周辺を整備させるというだけなら、一体に絞る必要がない。ゴミの中から使えるモノを選別しているのではないだろうか。
まあ、なんのつもりなのか、真実の所はわからないのだが。
〈ですよね~。ええ~、知ってましたけど~。……そこは裏切って欲しいところでしたね~、少しは~、ちょびっとくらいは~……ワタシの~、ワタシたちの呪い(いたみ)に~、意味があるとか~、そういうこと~……あるわけないですか~〉
あるとでも思っていたのか、というツッコミが飛逆の喉まで上がってきたが、ミリスは『ない』と知っていたからこそ、その希望を捨てきれなかったのだと気付いて何も言えなくなった。
その気持ちは正直わからないが、彼女の痛み(のろい)を理解しようともしていない自分は何も言うべきではないと、その程度にはミリスの意味を認めていた。
ただ、神とかそういう偉大なモノに認められることが救いだという感性にはやっぱり、同意できないのだが。
二人だけで納得しているようだが、技術理論的な話ではないから、ヒューリァは少なくとも理解しているはずだった。
そう思って様子を見てみると、彼女はなにやら考え込んでいる。
また何か斜め上方向からの意見が来るのかと思って身構えていると、その前にモモコがそろりと挙手していた。
「正直、根拠とかがわかったわけじゃないのだけどにゃ? 敵さんの正体がわかったってことは理解したと思うのにゃ。けど、それが今後、どう影響してくるのにゃ?」
「うん、正直どうもしない。この可能性……状況証拠しかないからまだ一応可能性ってしておくけど、これに気付いたときにはコミュニケーションが取れるってことで、話し合いに持っていくって案を一応考えてみたんだが……それ以前にあの神樹、暴走状態なんじゃないかって更に気付いたんだ」
〈……〉
ミリスが気まずげな沈黙の気配を発した。吹っ切れたようで、未だに自分が暴走したときのことを引きずっているらしい。
実際飛逆も暴走している可能性に思い当たったのは彼女の例があったためだった。
「原結晶のオーバードーズ、だな。見境なさそうな感じと、狙いの甘い適当さって言うのがそれを示唆している。理性どころか、ヒトとしての部分が残っているかどうかも怪しい」
ミリスの場合はルナコードを読み取るなどという無茶をしたためだったが、当人曰く、過剰なエネルギーを媒介したためでもあるはずだった。どこまでミリスの場合と相似するかはわからないので断言はできないのだが。
「違う、と思う」
考え込んでいた風のヒューリァが不意に、飛逆の推測を否定した。
「ん? まだ理性が残ってるってことか?」
「最近、ミリスの髪の仕組みってのを嫌って程見てるんだけど、」
本当に嫌そうに顔を歪めるあたり、ヒューリァの長く蠢く物に対する嫌悪感は筋金入りだ。
「ミリスの髪って良くも悪くも感度が高すぎるって感じなのね。無線化してもそれは変わらない……けど、あの木の根っこの端って、原結晶に植えると機能はするんだけど、命令を受け取っているって感じじゃなかった」
「――おいこら君ら、何んな危険な実験俺に黙ってやってんだ」
飛逆はそんな実験をしたことを把握していなかった。
〈ちょ、〉
思わずミリスの繭の頭らへんを鷲摑みにする飛逆だ。右腕なので、ちょっと制御を誤るだけでミリスは頭から融けるように繭を解かれることだろう。
「ひさか、それわたしが勝手にやったことなんだけど……ごめんなさい」
「なんでまたそんな危険なことを?」
〈あのぉ~、なんでワタシ誤解が晴れても捕まってます~?〉
ただの惰性だ。強いて言うならヒューリァが危険なことに手出ししたのに止めなかったばかりか飛逆に報告もなかったからだ。
「あの切れ端を精神感応素材として利用できないかなって思って」
「なるほど……」
〈なぜ納得した風情なのに爪が食い込んでますか~。あの、割と真剣に痛いですよ~?〉
頷きながらもミリスの頭を握る手に力がこもるのはなぜかと言われれば、
「でもな、ヒューリァ。俺がそれを考えていなかったとでも思うのか?」
ミリスの髪と相似性が見られるという時点で、精神感応の媒体として使用できる可能性を、もちろん飛逆は思い付いていた。
「ちゃんと……地炎雷を設置したり、すぐにでも焼却できるように準備したよ?」
〈ワタシはどちらかというと止めようとした側だというのになぜ~……っていうか痛いです痛いですガチでぇ!!〉
うっかりミリスの頭を潰れたトマトにしそうになるところまで行って、ようやく飛逆は深呼吸してミリスの頭を解放する。
突然の圧力からの解放にミリスが〈ぅきゅぅ……〉とか言いながら転がっていくのを、まるで自分がそれをしたとは思っていないような態度で飛逆はヒューリァをしっかり見据える。
「俺が君たちに研究実験を任せっきりにしているのは、ミリスなら行き詰まっても危険なことには手を出そうとしないだろうって思ってたからだ」
一度やらかしているだけに、その基準の見極めにはある程度の信頼が置けると見ていた。
「未知のことを研究するってんだから危険は不可避だ。一見安全そうに思えても実際は危険ってくらいなのに、明らかに危険なことをミリスの合意もなしに、しかも危ないとわかっていてやった?」
怒りを覚えずにはいられない。
「無鉄砲もほどほどにしてくれよ、頼むから……」
ヒューリァはその攻撃力以外は本当に人並みなのだ。事故であっさり死なれでもしたら悔やんでも悔やみきれない。
済んだことだから、もうまあ無事でよかったと労うつもりで飛逆はヒューリァの頭を撫でようと手を伸ばした。
その手をぱしり、と弾かれた。
唖然とする。
拒絶されたということを理解するのに、やや時間が掛かった。
見ればヒューリァも、自分がそれをしたことに驚いている顔をしていた。けれどその驚きはすぐに怒りのような、もしくは悲しみのようなそれに取って代わり、ヒューリァは口を開く。
「~~~ッ!!」
けれど言葉にならなかった。もどかしそうに地団駄を踏むように足踏みをして、踵を返して走り去ってしまう。
唖然としている飛逆は引き留めることもできず、追うこともせず、ただ見送ってしまった。
〈なぜでしょう~。いい気味だって思う反面~、ヒューリァさんに嫉妬みたいなのが沸き上がるこの感覚は~、なんでしょう~。っていうかワタシ泣いてもいいと思うんですけどどうですか~〉
八つ当たりされるだけされて放置されたミリスはモモコに気遣われながら何か言っていたが、もちろん飛逆の頭には届かなかった。




