43. ゲームマスター
なんだか厄介な話になりそうなので、とりあえず無事な仮設住宅に移ることにする。というかいつまでもヒューリァを抱えたまま、そしてミリスが瓦礫に埋まったまま話をするのもどうかと思ったのだ。
モモコたちも合流して一同で話をしようかと思ったのだが、ゾッラは未だにその光を宿さない目をきょろきょろとさせて話を聞ける状態でもなく、ノムは無表情ながらさりげなくゾッラを介護している。トーリは気絶から回復はしたものの、飛逆の顔を見るや俯いて、以後は無反応だ。
まあ彼らは元々どうでもいいのだが。
肝心のモモコはというと「どうせウチがいても……」とか言ってトーリたちのところから動かなかった。
「どうせ見ていたんだろうが、何があったんだあいつら」
ヒューリァを簡易ベッドに横たえてから、ミリスに訊いてみる。
〈どーでもよさそうに~、訊きますね~〉
「そりゃある程度は想像できるからな」
飛逆不在のところにモモコらが行動を起こそうとしたのだろう。
「わからないとしたら、なんでノムにトーリが組み伏せられていたのかってところか」
〈トーリくんとゾッラで口論? がありまして~〉
あの二人で口論になるというのが想像できず、首を傾げる。トーリはともかく、ゾッラの場合、トーリたちが何をしようとも自由だとか言いそうなのだ。
〈ええとぉ、『出て行くのは自由だけど今はやめたほうがいいですの』と、嫌に執拗にトーリくんを説得してまして~。トーリくんは『どうせヒサカさんの掌上なんだ!』とかなんとか噛み合わない反駁してヒートアップした感じでしたね~。最終的には激情に中てられたゾッラを見かねたノムがトーリくんを畳んじゃって、モモコさんはおろおろして、という始末でした~〉
声帯ではないが声帯模写を交えたその解説は、飛逆の頭にありありとその情景を浮かばせた。というか、ミリスが傍観者すぎるという感想もあったがそれよりも、
「……ゾッラは何を感覚したらそういう嫌な予感っていうのが当たるんだろうな」
空間が断裂しているというのに……いや、違う。
地階層では外に繋がる転移門が常時開いているのだった。一方通行で外からの干渉は受け付けないはずだが、それこそ人の感覚とは違う者であれば何かを感知できてしまうのかもしれない。
今は沈黙している塔への正規の入り口が関係しているともありえる。
俄共感覚者である飛逆ではゾッラのような天然物がどこまで何を感覚しているのかわからない。少なくともゾッラが何かを知っているからトーリに警告したと考えるべきでないことくらいは、わかるが。
〈その辺りは~、本人にもわからないところですからね~。裏は取ってないですが~、彼女の感覚を予知のそれだと見なして~、【能力結晶】化できないか~とか~、そういう動きがあったくらいですから~〉
「【魔生物】扱いとか……さすがに不憫だな」
〈本人全部わかっててあれですから~、さすがにワタシもちょっとは同情します~。あの子、あれで結構、精神構造とかぶっ壊れてますからね~。一見普通なのがおかしいというか~。いぇまあ~、外見も塔下街の中では特異なほうでしたが~〉
鶏が先か卵が先か、わからないが、ゾッラが少なくとも常人の精神構造ではないことは確かだ。ノムを除けば一番付き合いが深いミリスにはなんとなくそれが『壊された』ものだとわかったのかもしれない。
「それはそれとして」不憫には思っても、彼女の優先順位はさほど高くない。「さっきの『神』とか言うのは、どういった意図での発言だ?」
実在する神など存在しないというのが、飛逆の持つ『神』に対する観念だ。
〈本物の『天使』、ですよぉ。ヒサカさんも『塔を破壊しすぎると危ない』とか言って、てっきりそのことを警戒していたんだと思ってましたが~?〉
「本物? というか、すまん。マジで何言ってるのかわからん」
〈ええとですね~……そもそも前提の認識がワタシたち、ズレているのかもしれません~。
ワタシは~、この世界に召喚されて~、同類が他にもいて~、しかも引き合わされて~、っていう状況でまず思ったのは~、まるでバトルロイヤルゲームみたいだ~ってことだったんですよ~〉
「ゲーム的だっていうところ以外は、まあ同意だ」
〈そこですか~、ズレているのは~。ワタシにとってこの手のゲームは~、ゲームマスターの存在をどうしても無視できないって思っていたんですね~。そしてそういうゲームマスター(神)にとって~、そのゲーム目的が達成できないと予測される状況に陥ったなら~きっと~、そのゲーム盤そのものをひっくり返します~。
視点を入れ替えるとかではなく~、盤そのものをまっさらにするためのお掃除を始めるって~ことです~。バトルロイヤルの状況下で戦わないキャラクターなんて邪魔なだけですからね~。リセットボタンを押しますよ~〉
何を言っているのか、なんとなくしかわからない。飛逆の知識にないだけなのか、それともミリスの世界のゲームの観念が違うのかはわからないが、『その手のゲーム』というのがピンとこない。
それに、まだ何かズレがある気がする。
〈視点の問題です~。ヒサカさん、ちょっと忘れていると思います~。
【全型魔生物】を【能力結晶】化するっていうのは~、あくまでもヒトが始めたことであって~、そのために【全型魔生物】が召喚されているって考えは~、ヒト視点に寄りすぎなんですよ~。
召喚したのは誰かといえば~、この場合おそらくは塔であって~、ヒトじゃないんですよ~〉
「……」
ヤバい。
普通に忘れていた。
当初はそれを可能性としてくらいは思い付いていた。ただ検証する術がないので棚上げにしていて、【紅く古きもの】を馴致している間にすっかりそんな思考があったことを忘れていたのだ。あとヒューリァの『ハーレム発言』のインパクトに押されてしまっていた。
こんな重大なところに後遺症があったとは、軽く目眩を覚えるほどに衝撃だった。
〈言い訳じゃないですけど~、ワタシがちょっと前まで~、あくまでもヒサカさんたちの潜在敵というスタンスでいたのは~、これを警戒していたからです~〉
ホントかよ、と飛逆は思ったが、わざわざ突っ込まない。
〈まあどんな地雷を踏んだのかわかりませんが~……ってまあ考えるまでもなくヒサカさんが火山作っちゃったことだと思いますが~、これで非常にやりにくくなりましたね~〉
嫌味ったらしいミリスだ。
「しかしお前の想像が当たっているなら、なんで塔の中はいつもと変わらないんだ? 掃除を始めるなら塔の中から始まった方が違和感がないんだが」
別に自分のせいでこうなったことを認めたくないからではなく(それは状況証拠から認めざるをえない)、純粋に疑問だった。あの樹木(?)が塔に遣わされた『掃除役』であるならば自ら転移門を開くか、そもそも塔内で発生するかしていないとおかしくないだろうか。
〈……いえ、あれぇ?〉
上手く筋道ある推測が立てられなかったらしく、繭が傾く。
〈ええとぉ、火山を塞ぐため、とか~、何か条件があるんじゃないですか~?〉
自説を曲げる気はないらしい。
「つまり自然環境を保全するためにああいう形になったと?」
その割にはあの種砲弾とか、自然環境を破壊しまくりだったのだが。あの狙いが甘い種砲弾は、おそらく森の中の環境を激変させる程度にはクレーターを作ったはずだ。
「もしくはマグマなんかからエネルギーを吸収しないとあそこまでには成長できないとか、そういうのか」
それなら火山口に根を張っているらしいあの樹木(?)がそこから動けないのも説明できる気がするが、やはり弱い。
〈それならそれで~、原結晶を無尽蔵に供給しているところからの遣いってのには、違和感がありますね~〉
他人の考えの否定のためなら自説を曲げることも辞さないあたりがミリスのミリスたる所以だった。いやまあ、ディベートとしては正しい姿勢なのだが。
そんな情報が足りないために益体のない意見を交わしていると、ヒューリァの意識が戻る気配がした。
「起きたか。大丈夫か?」
ヒューリァが気絶したのは、飛逆の言うところの精気を消費したためだろうが、精気の意識的な操り方を覚えたのが最近であり、その保有量が飛び抜けてしまった飛逆には、それが枯渇まで行ったらどんなふうにどれくらい苦しいのかということが想像できない。
「ん……」
身体を起こして億劫そうに首を左右に振る。その吐息には重さが感じられた。
「大丈夫じゃなさそうだな。もうしばらく横になってたらどうだ?」
傍に寄って、首の後ろを支えながらゆっくり身体を横たえさせる。前髪が瞼にかかって煩わしそうなので、それを払ってあげて、そのついでに瞼を降ろさせた。安心させるように髪を指で梳きながら撫でる。喉が渇いているだろうからと、ミリスに水を持ってくるように頼んだ。
〈……〉
髪に水を取りに行くよう遣わしたミリスが何か言いたげだ。
〈その半分くらいでいいですから~、ワタシにも優しさを……〉
生存を喜ばれず、しかも瓦礫に埋もれているところを中々掘り出されなかったミリスが愚痴っていた。




