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42. ハヤニエ

 転移門を潜ると、モズのハヤニエがあった。


 俄には、何があったのか――何が起こっているのか、把握できなかった。


 ハヤニエにされているのは、飛逆がここに放り出しておいた採集者だ。背中の腰の辺りから、巨大な木の根のような触手に胸まで貫かれて絶命している。


 何が起こっているのかはまるでわからないが、一瞬の呆然からすぐさま立ち返った飛逆はヒューリァをいつものように抱えて咄嗟に飛び退く――地面から凄まじい勢いで飛び出してきた触手を躱したのだ。


「――っ」


 オリハルコンの防具の、最も厚い胸当ての部分を貫けるような触手だ。こんなものに捕らわれたら飛逆でも危ない。


 だが、追ってくる。どころか着地するや待ち構えていたかのように地面を爆発のような勢いでそれは次々と飛び出して来るではないか。


「ヒューリァ、すまん!」


 四方を囲まれて、避けきれないと判断した飛逆はヒューリァを高く放り投げる。


「――――ャ!」


 あまりのGにヒューリァは気絶直前までのダメージを被るが、致し方がない。


 震脚――ドパン! と空間が爆ぜる。


(やべっ! 足止めにしかならんか!)


 うねうねと自在な動きをする触手は、そのくせ異常に硬い。靱性と硬度を併せ持っているために、その『強度』は飛逆の基準でも尋常ではない。直接の打撃を喰らわせた地面の中のそれはともかく、間接的な衝撃波ではのけぞらせることがせいぜいというところだった。


 仕方がないので自身も跳んで、空中でヒューリァを左腕で回収し、地面に振り返りがてら右腕で全力の浸透勁を撃つ。


 迫っていた触手も、さすがにこれには耐えられなかったらしく、その指向性爆撃(クレイモア)に薙ぎ払われる。


 ヒューリァが憤懣やるかたない感じの爆裂弾の連発で追い撃ちし、新たに生えてくる触手の勢いも弱まった。


 けれど悪寒は止まない。


 直感の命じるままに首を捻り――飛逆はそれを目にした。


 それはあまりにも巨大な樹木のシルエットだった。


 何故崖上に出てすぐに気付かなかったのかといえば、それはその雲を貫く背丈の樹木が、飛逆の作った火山の蒸気に覆われているからだ。


 今はそれ自体を気にしている場合ではない。


 なぜならその樹木の方向から、巨大な質量が亜音速で飛んできているからだ――それも複数。


 飛逆の視力で捉えたそれは、種だった。非常に巨大な、ミサイルめいた形の。


 さすがにこの距離では狙いが甘いのか、全部が全部飛逆たちに直撃するコースではないが、その効果範囲内にいれば肉片が残るかも怪しい。


 しかも、触手による攻撃も勢いが小さくなっただけだ。それらは次々と地面から生えてくる。


 種ミサイルは、迎撃できないこともないだろう。けれどあの質量と勢いから想定される威力を相殺しようと思えば『遠当て』でも溜めが必要だ。上手く側面に中ててコースを逸らさせようにも、そこまで細かい調整は、この状況下、飛逆の処理力では追いつかない。ミスったら飛逆はともかくヒューリァが死ぬ。


 飛逆たちを殺せるコースを辿っているのは二つ。触手を躱しながらでは一つの迎撃が限界だ。


「――そっ!」


 声にならない罵声を放ちながら、触手を足がかりにして再び跳んで、触手を浸透勁で薙ぎ払い、空中で転移門を開いた。


 まさか今の飛逆の戦力で戦略的撤退を迫られる状況があるとはさすがに想定していなかった。苦い物を舌に覚える。何度も何度も、慢心を持ちすぎだ。


 種が着弾する直前に、飛逆たちは転移した。


 ――けれど、追撃は止まなかった。


 触手は転移門を潜ってきたのだ。


 悪いことにそこは地階層だ。【全型魔生物】は引き合う。ミリスたちが外に出ていない限り、避けようがなかった。


 根を張ろうとしているのか、飛逆が苦労して焼成したり敷き詰めたりした石畳が破壊されていく。さすがに腹が立った。


 引き寄せられたということは近くにミリスかモモコがいるはずだ。ミリスには退避を、モモコには応援を頼もうとしたところで、飛逆はようやくミリス以外が外に出る転移門の辺りで集まっていたことに気付く。


 なぜかトーリはノムに組み伏せられていて、ゾッラはなにやら赤ん坊があーあー言うような奇声を上げながら膝を突き、喉を掻きむしっている。その横でモモコがありありと困惑しているのだが、こちらの状況に気付いて完全に硬直してしまった。


 応援を諦めた飛逆は転移門の向こう側目がけて『遠当て』を放とうとするが――


 その前にガントレットを構えたヒューリァがもう耐えかねたというように歯を食いしばりながら、持てる限りの術を連発し始めた。


 転移門は両面がそれぞれの方向から繋がっている。そのため両面から飛び出してきていた触手どもはウニか何かのように、その鋭く巨大な触手をぞわぞわと突きだしてきていた。


 はっきり言って大層気持ちが悪い。ヒューリァでなくとも生理的嫌悪を抱かずにはいられないレベルだ。だが今の問題はそこではなく、ヒューリァが放った爆裂弾その他が着弾しても燃え尽きず、方々に飛び散ってしまったというところだ。


 その様が更に気持ち悪かったのかヒューリァは原結晶が切れてもとにかく攻撃を続ける。


 割と近い距離だったので飛逆も浸透勁で、自爆を恐れないヒューリァに降りかかる熱波を散らすことしかできず、結果、ヒューリァの炎が付いた触手の切れ端が狭くない範囲に散らばってしまった。


 建材に燃える物は少ないが、それでも熱で脆くなったところに触手が勢いよく突き刺さるなどの衝撃によって、周辺の仮設住宅は軒並み倒壊し、飛逆渾身作の床材も大部分が破片化、ところによっては粉になってしまった。


 ヒューリァは転移門が閉じても暴走じみた連発を繰り返し、ついには力尽きて膝を床に突く。


 いつぞやのようにほんの僅かくらいは余力を残しているのかと思いきや、ヒューリァは完全に気絶してしまった。


 膝をクッションにしたのに勢いよく倒れるので、危うく飛逆は彼女を受け止めた。


 考えてみれば、ヒューリァを振り回しすぎた。飛逆の駆動は、人間の身体ではただ持たれるだけでもきつすぎるのだ。ヒューリァを抱えたままでの浸透勁も相当に彼女に負担を与えていただろう。あれはそれなりに大きなノックバックがある。その挙げ句に限界以上の術の連発だ。


(せめて視界から隠すくらいの努力はすべきだったか……)


 もしくは無理矢理にでも攻撃を止めさせるべきだったか。


 飛逆もせっかくの準備が台無しになって割と動揺していたようだ。色々と後手に回ってしまった。


「さて、と……」


 色々と気になることが多すぎた。


 さてと声を出してみたものの、すぐにはどうすべきかわからない。


 はっきりしているのは、せっかく捕まえたトップランカーが死んでしまったことであり、新たな敵性勢力が発生したことであり、そいつのせいでせっかく作った集落の基盤があらかた大破してしまったことであったりした。


 はっきりしていることだけでも頭が痛くなる問題なのに、ここには元々問題が溢れている。


 モモコは辛うじて、飛来する火の付いた触手から子供たちとノムを護りきったようだが、彼らを庇ったためか、右肩を触手の切れ端に貫かれていた。


 彼女にとっては顔をしかめるくらいのものだったらしく、爪を引っかけてあっさりとそれを抜く。傷口が焼けているためか出血はほとんどなかった。貫通していたはずなのに、もう肉が盛り上がって塞がりかけている。


 その傷口を自分で眺めてから、なぜかモモコは苦々しい顔でヒューリァを一瞥する。


 ――一瞬だけ、殺気が漏れていた。


 気配遮断のスキルか何かですぐにそれは存在感ごと隠されたが、飛逆ははっきりとそれを捉えた。


「……?」

 被ったダメージからするとモモコが怒るのも無理はないが、彼女の性格上そんなことで冷たすぎる殺意を抱くということに違和感があった。


 色々と考えられる。たとえばトーリがノムに叩き伏せられた風情であることが関係しているとか、そういったことが。


 けれどそれよりも気になるのは、姿が見えないミリスだ。


 あの幼女以上少女未満はどうせ、これらの事態を傍観していたのだろうが、飛逆たちの後ろ側以外は大半が触手の切れ端によって被害に遭っている。しかも触手は燃えていたから、下手をしたら熱に対して紙装甲のミリスは致命傷を負っているかも知れなかった。


 今ミリスに死なれるのは困る。瀕死くらいの、【吸血】で彼女に憑くそれを自分に移せる状態であるのが望ましい。


 最前の殺気のこともあり、ヒューリァを一人にはできない飛逆は、抱き上げてミリスを探す。


 ほどなくして見つけたミリスは、半壊した研究棟の中の片隅でその繭を振動させていた。元々ヒューリァの火炎を使う実験などを想定して建てたこの建物はそれなりに頑丈で、燃焼材は少ない。火災は鎮火していた。


〈ひさか、ヒサカ、さんん~……し、死ぬかと思い、思いましたたたぁ~〉


 半分ほど瓦礫に埋もれていたものの、ミリスはどうやら精神以外は無事なようだった。


「無事だったか」


〈なん、なん~、なんっでちょっぴりりぃざん残念そうぅなん、ですかぁ~〉


「悪運強いな、と思っただけだ」


 炎や衝撃に対して特別仕様の建物に籠もる理由があったことも含めて、ミリスは運がいい。


「まあ、生きているならいい。そこらの触手を集めてくるから解析頼めるか?」


〈……甘い言葉を囁いて~とまでは言いませんが~……少しは優しくしてくださいぃ~〉


 だがミリスの震えは止まった。


「俺に優しくされてお前は嬉しいのか?」


 純粋に疑問だった。


〈えぅ? そ、そりゃあ甘やかしてくれるヒトは好きですけど~?〉


「俺を好きになりたいのか?」


 その論法で言うと飛逆はミリスに好かれていないわけで、その飛逆に甘い言葉をかけてほしいというのもなんだか変な話だった。


〈間違い~、間違えただけですぅ! 正しくは『甘やかしてくれるなら誰だって嬉しい』、ですよぉ〉


「そうか」まあどうでもいいのだが。「さっきの件、頼むな」


〈イジワルな質問してその乾きっぷりは~、やっぱりヒサカさんですねぇ~……〉


 調子を取り戻してきたらしく、いつもの微妙に皮肉気な口調に戻った。


〈というか、解析云々以前に~、あんなの、というかあれ、そもそもなんなんですか~?〉


 それを知りたいから解析を頼んだのだが、ミリスが言いたいのはそういうことではないだろう。あれに出遭うまでの状況や、あれの実体というか、本体の姿、または飛逆があれを何だと見ているのか、といったことだ。


 飛逆はトップランカーをとりあえず一人捕まえたというところから、これまでの経緯を掻い摘んで説明した。とはいえ、飛逆にもよくわかっていないのだと言うことしかできなかったのだが。


〈ははぁ~……そういうことですか~……〉


 なぜだかミリスは得心する。


「心当たりでもあるのか?」


〈いえ~、ついに神が現れちゃったんだな~、って〉


 なにやら確信気に言うミリスだが、飛逆は顔をしかめる。


 あれが神だと言うことへの違和感もそうだが、神という存在自体に嫌悪感があったからだ。

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