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41. ちゃ、ちゃうねん

 さすがに千五百階層に行けばすぐにでもトップランカーとエンカウントすると思っていたわけではない。


 というか地階層から任意に跳べる転移門は、階層を選ぶことはできるが、その階層のどこに転送されるのかはランダムだ。ただし、悪意的な作為が垣間見えるランダムだが。


 何度か千二百階層を行き来した飛逆の統計では、五回に一回くらいはクリーチャーの大規模集団の真っ直中に転移させられる。


 結構な高確率だ。防御面で不安のあるヒューリァ辺りを連れているとかなりスリリングだったりする。


 影での『運動能力付加』をしなければこの階層らへんのクリーチャーに立ち向かうことができないただの人間ではひとたまりもないだろう。まずそういう備えをさせてもらえない。よくて即死、悪ければじわじわとなぶり殺しだ。


 つくづく、登って欲しいのか登って欲しくないのかさっぱりわからないルールがある。少なくともただの人間のスペックではそんなトラップ的なルールがあるだけで、一定以上の階層に跳ぶことを諦めざるをえない。いわゆる無理ゲーである。


 だから最近、特定の入力に対して特定の出力を返すシステムでしかないと思い始めている『塔の意思』がここで何か悪意的なことをしでかさないかどうか、警戒はしていた。


 慣れてしまった辺りが何事も危険である。


 けれど何もなかった。


 とりあえずここが本当に千五百階層なのかどうかを確かめることにする。トチ狂った方向に塔の作為が働いていないとも限らないからだ。


 道中何度かクリーチャーに出くわしたが、見敵必殺されて、飛逆たちの歩みを僅かにも緩めることはできない。


 高出力の飛び道具持ちが二人も揃っていると動かすのは腕だけでいい――飛逆に至っては一瞥するだけだ――ので本気で散歩している気分である。原結晶の回収さえ、余っている飛逆の影にインジェクトした『流体操作』で掃除機的収集という始末だ。ちなみにドロップ品はたいていの場合焼けて失せている。


「……ひさかと狩りに来るとつまんないね」


「ヒューリァ……君はオブラートっていうステキデンプン膜の存在を知るべきだ」


 揚げ足を取るなら、そもそもこれは狩りじゃないし。


「オブ、なんとかはデンプン? がステキなの?」


「比喩が通じねぇ……」


 だからといって「苦い薬などを服用するときに包む口当たりを和らげるためのデンプン膜のことだ」とか説明するのは明らかに負けである。そもそも飛逆もオブラートが何から抽出されたデンプン質なのかとか知らないし。問題が違うが。そのそもを言うならば、飛逆自身、オブラートを使用したことはおろか見たこともないという(飛逆の家がどう味してみても毒です本当にありがとうございましたな薬草や煎じた虫を飲ませるのにそんなゆとりなことしてくれるはずがないのだ)。それもまた問題が違う。


 というか何が言いたいんだっけと飛逆自身が忘れかけるとかトボけたことになっていた。


 添い遂げる覚悟を決めた相手にどんな文脈でも「つまらない」とか言われてショックを受けない男はいないのだった。


 そうこうする内に、マップを発見する前にトップランカーらしきパーティを見つけた。


 サーチアンドデストロイで行っても良かったのだが、捕まえる前に少し話をしてみたいという稚気が芽生えた。


「――おい! こっちはおれらの巡回だっ――!?」


 そのパーティの一人はこちらに気付き、誰かと勘違いしたのか声を上げたが、言葉を切って呑み、残りのメンバーにすぐさま体勢を整えさせる。


(ふむ。思ったより軽装だな)


 というのが彼らの慌ただしさを無視した飛逆の第一の感想だった。


 剣鬼みたいにもっとフルプレートメイルでがちゃがちゃ音を鳴らす(剣鬼はその音さえも幻惑に利用していた)くらいの装備で身を包めているかと思いきや、身体の各所にオリハルコン製らしき防具類を装備してはいても、それはすね当てだったり手甲だったり肩当てだったり、胴体にしても鎖帷子だったり鎧の各所を樹脂で繋げているだけだったり、いかにも重量を削っていますよという装備一式だった。


(やっぱ変わり者だったか)


 実際あれだけ動きにくそうな装備で生き抜くには壮絶な技量がなければならなかったはずで、剣鬼は、トップランカーの中でも極めてそういう『身体の運用』に優れ、クリーチャー相手には一見不要な『術理』を修めた変わり種だったのだろう。


 剣鬼との邂逅時とは、こちらの力も状況もまるで異なるとはいえ、彼らを前にしてもまるでプレッシャーを感じないのだ。


「誰だ、テメェら」


 飛逆の異形が中途半端なためか、すぐさま攻撃を仕掛けてくることはなかった。


 とはいえどう見ても臨戦態勢。


 この中で最も軽装な女性採集者は指先を細かく動かして、ソケットに【能力結晶】が入っているかどうかを、どうやら確認している。残りの一人が後ろをちらちらと窺っているのは、おそらく奇襲を警戒してのことだろう。


 声を掛けてきた男も、片手剣を持つ手がいかにも『何かあればすぐにでも攻撃するぞ』とばかりに脱力している。初動を素早くするには軽く力を抜くことだと知っている程度には、技量があるらしい。


(速攻しなかったのはどっちかっていうとあれか。こっちのほうが先に見つけていたからと、それなのにこっちから攻撃を仕掛けなかったから、かな)


 【全型魔生物】であるかどうかはさておき、見慣れない少年少女がまさか敵ではないと思っているわけではなさそうだった。


「今、塔の外がどうなっているか知ってるか?」


 いずれにせよ、飛逆の目的は彼らの懐柔である。思えば妙ちくりんな連中としか、この世界に来てから出会っていないため、事の前に少し話をしてみようと思った。従順にさせるにしても相手に効果的な『飴』を知らなければ躾はできない。


 既知の言葉が返ってくるとは思っていなかったのか、全員が怪訝だけではなく驚愕を浮かべる。


「お前らはトップランカーってことでいいんだよな?」


 赤竜の腕をこれ見よがしに掲げてからその腕に炎を灯す。


 その瞬間、三人の採集者は一斉に動いた。


 飛逆に声を掛けてきた男は片手剣を振り上げて風の刃を飛ばし、


 やや後方にいた女は壁に向かって跳びつつ床に置いた水筒から引き出した水で槍を幾つも作って飛ばし、


 後方を警戒していた男は前に出てハルバートの石突きを床に突き立てて土壁を作った。


「うん、ウザい」


 面倒くさいのでまとめて空気の壁への浸透勁で吹き飛ばした。右腕を使ったので爆圧が指向性地雷並みに広がって、壁に貼り付こうとしていた女などは、水の壁で防いだものの、威力を殺しきれずに壁にざりざりと削られながら床に落ちる。


 強いて感想を言うのなら、話をしそこなって残念だった。というか過剰反応しすぎじゃないかと思いながら、追い撃ちするでもなく、手加減しまくった結果を眺める。


(というかへし折るって言ってもどうすればいいのやら)


 飛逆だったら、単純に力を見せつけられたところで諦めたりはしない。自分などより余程化け物で怪物な連中に囲まれて育ったのだ。そんなことで意志を曲げることはありえず、むしろ反抗心を掻き立てられるだろう。


 どういう風にしても彼らの(誰であっても)心をへし折るイメージが浮かばない飛逆だ。


「ここはヒューリァさんの出番だと思うんだ」


 連中がまだ体勢を立て直せていないのをいいことに、気軽な調子でヒューリァに振ってみる。


「え? 何が? というかふんじばって拷問するんじゃないの? そういう主旨の活動だと思ってたんだけど」


 むしろ今捕まえないの? とばかりに無造作に彼らを指差すヒューリァ先生。


「俺はたまに、ここまで意志の統一ができていないのに君とそれなりにうまい関係が築けているような錯覚を懐いている自分が怖くなるんだ……」


 意思疎通がそもそも難しかった頃にはここまで明らかではなかったが、二人は大抵がどこかの部分ですれ違っているのだった。


「えっと、何を言っているのか難しくてちょっとわかんないけど、何か間違ってる? わたし」


「いや、違ってはいるけど間違ってはいない、と思う」


 結局の所、それ(ふんじばって拷問)が最も手っ取り早いのは確かなのだし、どうせ他にビジョンもないのだからそれで行くか、と足を前に進める。


 自分で作った土壁の破片でダメージを負った男が真っ先に反応し、懲りずにハルバートの刃を床に叩き付けて石の茨を生やす。


 そこにやや遅れて片手剣の男が、気絶した女を回収に向かう。どうやら石の茨は単にこちらの注意を引こうとしただけの牽制のようだ。


(戦略的撤退するつもりか?)


 それも面倒だと思った飛逆はごくごく軽めの『遠当て』を彼らの後方の両側の壁に何発か中てて作った瓦礫で通路を埋める。


 と、そこにハルバートを振り回した男が石茨を自ら破壊して、それをいつの間にかインジェクトしていた『流体操作』の風で、その棘を飛ばしてきた。少し奇妙なことに、棘の生成と破砕撃は連続で行われているようだった。間断なく飛礫は跳んでくる。せいぜい質より数という程度の威力しかないが。


(ああ、もしかしてあの斧部分が簡素な割には石突きがごついハルバートって、真ん中辺りで分離できるとかいう)


 実質二つの武器だから、先端と末端でそれぞれ発揮できる【能力結晶】を分けられるとかそういう仕様なのだろう。


 やや後ろに付いてくるヒューリァを気遣うまでもないただの石飛礫を適当にあしらいながら、色々工夫しているなぁ、と冷めた目で分析する。


 この破砕撃にしても、実際にやろうと思えば相当の修練が必要なことは想像に難くない。あのどう見ても床を掘って石を飛ばすマシン風情の動きにしても、あの速さで風と土を交互に操作するのはかなり神経を使うのではなかろうか。


 ご苦労様、としか。


 まるっきり同じタイミングでしか跳んでこないので、ないはずの間断を縫ってあっさり間合いを詰めて、ハルバートをひょいと掠め取った。


 引きつった笑みのような表情を浮かべた男を「後で苦労話くらいは聞いてやるから」と内心で声をかけながら肩に手を置き、沈める。彼は自らの掘った穴に埋まった。死んではいないので墓穴ではない。断じて飛逆はそんな「つまらない」ことを思ったりなどしていない。


 そんなオヤジ的センスの認定を回避したかったからというのではないが、思い直した飛逆は男を引き上げて、開けた転移門に男を放り込んでおく。


 いくらなんでも途中で復帰されて不意を突かれる可能性を残すのは油断のしすぎだからだ。


 『運動能力増強』を付加している彼らは塔の外に放り出されても動けないので、拘束の必要はない。


 腐ってもトップランカー。そのくらいの警戒はしておかなければ。


 ちなみに、塔の中のどこでも転移門を開けるのは、【全型魔生物】の中でも飛逆だけらしい。ついでに言うならこれは結構な量の精気を消費する。今の飛逆なら誤差なので気軽に開けているが、実際そのせいでミリスたちには開けないのかもしれない。彼女たちは基本的に、自らの化生の制御で一杯一杯だからだ。




「……ダメ、置いて逃げて」


「何言ってる。傷は治した。逃げるならお前も」


「無理よ。アイツ、あれで手加減なんてものじゃないくらい手を抜いてるの、わかるでしょ。ギィさんでもない限り、あんな桁の違う化け物、相手にならない」


「だから囮になるってか、お前が!?」



 こっちがのんびりやっているのをいいことに、残りの採集者は何かドラマを演じていた。


 うん、傍目から見るとああいうのってダメだわー、と飛逆は背筋に冷たい物を覚えつつ、一応推移をそれとなく見守る。




「聞いて。アイツ、どうやら私たちを殺すつもりはないみたい」




 こっちにも聞こえてるんだけどなーと思いながらヒューリァが追いついてくるのを待つ。背中が痒いので近寄りたくないのだ。




「捕まっても、どっちか一方が逃げ切れば、救援を呼べるでしょう?」


「それは俺の役目だろう……っ。お前のほうが動きは速いっ」


「あんな速さで動ける化け物に多少の速さの差がどれほどだっていうの」




 というかどう考えてもあいつら酔ってるよなーとか。


 こんな場面で悠長に相談している暇が本来あるわけもないのにと、まさしくドラマを見ている気分で野次を飛ばしたくなる飛逆だ。もう三十回は殺せる時間が経っている。




「それにアイツ、ただの女の子を連れてる……、私は女よ……価値があるのは私のほうかも」


「ふざっ――」




 さすがに聞いてられなくなった飛逆は思わず、超展開のドラマのスクリーンにリモコンを投げつけるような気分で火炎球を投げていた。ちなみに今の飛逆は軽く放って大リーガーの速球を遙かに凌駕します。


「あ」

 やっちまったーと投げてから思いました、まる。


 その火柱は大層高く上がったとか。


 ヒューリァが追いついてきて、


「あれ? 殺しちゃってよかったんだっけ?」


 と首を傾げる。


「いや……あれだ。ブーメランって怖いなって思ってつい……」


 ヒューリァにはおそらく聞こえていなかったのだろうし、彼女の疑問には他意はなさそうだったが、しどろもどろに言ってしまう。


「ふうん? よくわかんないけど、まあ一人は確保したからいいのかな? っていうか結局わたしの出番なかったね……」


 またつまらないとか言われるのかと内心ドキドキものの飛逆は、誤魔化すように確保したトップランカーの位置に繋がる転移門を開いた。

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