40. ハーレムへの趨勢は彼女の一存
そろそろトップランカーを捕まえてこなければならない。
飛逆だけは外と中を何度も行き来しているのだが、そろそろ外の環境も落ち着きつつあるようだったからだ。
といってもなぜか散発的に地震が起きていて、それとは裏腹にカルデラ火山が舞上げる灰や水蒸気が落ち着いてきているのだ。
飛逆もあのインスタント火山がどのような推移を辿るのかまったく見当が付かないため、これが異常なのかどうかを判断できない。本当に地殻まで撃ち抜いてしまっていたなら、火山自体が休止するまでには年単位を要するだろうと思っていたのだが、単に地下水源に飛逆の『遠当て』が届いただけだったなら、そろそろ落ち着いても不思議はない。要は飛逆の放った、地下では逃げ場の無かった熱の放出が止んできたということだからだ。
塔内に人を呼び込むタイミングは、飛逆にとっても悩みどころだった。
というのも、災害後のパニックの最中に、それをもたらした張本人が『安全な場所で飼ってやる』とか言っても、飛びつく者もいないわけではなかっただろう。ただ、それをどのように周知するのかという問題がある(あまりにも人手が足りないし、この状況下なら必ず生まれるであろうリーダシップ持ちを探し出すのも面倒だ)し、当然いるであろう反発する者をどう抑え込むのかを考えなければならない。抑え込むのに失敗すればそれがそのまま内乱の始まりとなるだろう。そんな面倒くさい場面に居合わせるのも、その事態を収束させるのも、飛逆は御免だった。普通に放置の方向へシフトする。
だからいっそ内乱が起きて勢力図が見えやすくなってから、後はミリスの手が空いてから取りかかる心算でいた。
ただ、火山が落ち着いてきたとなると話は別だ。他国の介入を警戒しなければならない。
現状のままなら天災に見舞われた土地にわざわざ貴重な国家財産である軍力を向かわせるような真似はしないだろう。飛逆の元いた世界と違い、この世界は人的資源を含む物資の輸送手段が限られているためだ。対岸の火事は収まってから焼け残りを漁りに行くのが望ましい。火事場泥棒は身軽な者しかできないのだ。
現状でも斥候役くらいは潜り込んでいるだろうが、それは元々の塔下街でも同じ事だ。せいぜいこの情勢下でのリーダー格に支援をこっそり行い、後々の融通の約束を取り付ける程度の活動が関の山だろう。積極的に内乱を起こす活動をしている者もいるかもしれないが、それはそれで問題がない。
(トーリが信用できれば、直接送り込んで情報収集と誘導をさせたんだけどな)
それは彼にミリスの首輪を付けても無理な話だ。自滅的な道を、あの少年は躊躇無く選ぶ気配があった。皮肉なことにそれがあったために飛逆は彼を使う手もあったのだと思い付いた。
まあ思い付いたところで実行には移さなかっただろうし、今更なので別にいいのだが。
今の問題は、実際誰を連れて行くかというところだ。
飛逆一人が行くのがパワーバランス的に最も安定しているのだが、ヒューリァはさすがに付いて来たがる。あれだけやりこめたのになんというか、懲りないな、という感想を持たないでもないが。
皆が寝静まった頃合いを見計らって狩りに行っていたのもこれが理由だ。約一名、寝かしつけたと言うべきだったが。
彼女はなぜだか「うぅ……。わたしだけじゃ……にまでも保たない……。やっぱりハーレムしかないの……?」とか喘鳴気味に呻いていたが、本当になぜだろう。何か酷い誤解を上塗りされている気がしてならない今日この頃の飛逆である。
閑話休題。
誰を連れて行くかという話だが、ミリスの分身は当然持って行くべきだろう。飛逆の火炎絶対耐性は体表からある程度の範囲まで及ぶようなので、飛逆が余興で作ったオリハルコン製のブレスレットの中に仕込んでいれば、飛逆が火炎を使っても大丈夫だ。前のように何かの間違いで彼女との通信が途絶えてしまうということはない。
ちなみに【精神感応合金】としての性能は期待できない。これを飛逆は、剣鬼の装備していた具足を右腕の性能に飽かせて融かし、手でこねこねして作ったのだが、熱が過剰すぎたのか、それとも他に何か細工が必要なのか、精神に感応する性質は失われてしまった。その代わり飛逆が装備していなくても火炎に対して以前より強い耐性を持つ(中々融けなくなった)ようだった。
この辺り、やはりまだまだ知らない理屈と技術が隠れている。
とりあえずこのブレスレットは具足の余り素材で全員分作った。熱耐性を持つというのはそれはそれで有用だからだ。
その更に端材でヒューリァに指輪を作って送ったのだが、首を傾げられてしまったのは余談である。せっかく薬指に合うように作ったのだが、育った文化が違うとこういうことがあるので悲しい。だからといって飛逆は説明しないのだが。滅多なことでは壊れない宝石でもあれば、説明したかも知れない。余り素材で作ったただのリングではちょっとね。
閑話休題再び。
色々と迷ったが、結局ヒューリァは連れて行くことにした。
モモコは不調の原因とも言える記号『トップランカー』に会わせられるわけもない。それに、トーリの『相談』を受けて彼女がどう出るのか、まだ結論は出ていない。そして仮にモモコが敵になるのであれば、その時彼女が理性的であればヒューリァを狙うだろう。今の飛逆に勝とうと思ったらその手しか飛逆には思い付けない。彼女の性格上、その手を取るとは思えないとはいえ、備えておかなければモモコが飛逆の敵になる動機を一つ潰してしまうことになる。モモコは性格上、こちらが信頼しているというところを見せたら、あちらからはそれを裏切れないだろうから。
だから飛逆の最大の弱みであるヒューリァは連れて行くことにしたのだった。モモコにはなるたけ制約のない状態で結論を出して欲しい。
一応念のために、飛逆が不在の間の警戒を促しておき、飛逆たちは千五百階層へと転移した。




