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39. ゆとりといっしょ

 結局、「何がどういう訳なのかはわからないけれどこれで解呪に近づけるのなら」ということでヒューリァはミリスに技術提供というか、協力することを了承した。




「じゃあさっそく――【弧狐】」


〈なんでいきなりほぼノータイムで指から火ぃ出してんですかぁ! 話聞いてましたぁ!? ワタシが解析できないと意味ないんですよぉ!? ぁぁあぁ! ちょっぴり繭に孔空いちゃってますしぃ!〉


「むしゃくしゃしてやった。今も反省はしていない」


〈しましょうよ~。フツーにトラウマなんですからぁ。っていうかまんま放火魔のセリフのアレンジとか、どこで覚えたネタなんですかぁ〉


「でもこれしか周りに被害を出さないでできるのってないよ?」


〈いやいや。解析したいのは炎じゃないんですってばぁ〉


「ミリス、貴女、絵心とかある?」


〈なんの話ですかぁ? ……ありませんケド。細かい作業とか得意なのになぜかイラストとかは描けないんですよね~。描けても動きがなさ過ぎるとかパースが狂ってるとか同じ側面の顔しか描けないとか~。どこぞの海からの侵略生物みたいに触手使ってとかはプライドが許さないというか~〉


「それこそなんの話かわからないけど、絵を描く時ってそういう風に、癖が出るでしょ? でもゆっくり描くと逆に描けなくなったりすることもある」


〈つまり~、ヒューリァさんはあの文様を描くとき~、あの光を出すのとワンセットで身体が覚えているから~、炎を出さないようにしようと思うと出すのが難しい、って~ことです?〉


「……貴女、こういうことの察しはいいんだよね」


〈わからせるように喋る気ありませんでしたね、さては~……。ヒサカさんにいいようにされて悔しいからってワタシに当たらないでほしいです~〉


「……貴女、こういうことの察しは絶望的だよね」


〈……いぇ、そのぉ~、マジですんませんでした~!! っていうかまさかそのとおりだとはぁ――ひぅ、イヤッァァァアアァ!!〉




 という具合に微妙に仲良さげだったので飛逆は心配していない。ケンカするほど仲が良いっていうし、彼女たちなら必ずやその連携力によって完成させてくれるだろう。


 でもあの会話の中に入る気は飛逆にはないので、他にある案件へとこっそり離脱する。


 地階層に集落を作るにしても、色々と問題はある。


 一つは、塔の中の不思議光源がずっと一定のため、昼も夜もないということ。


 人間の身体には細胞の振動子などを初めとした体内時計が備わっているが、もちろん正確なものではなく、太陽の光などの外的要因によって調整されている。逆に言うと太陽の光などがなければ心身に不調を来す恐れがある。


 それでなくとも冬季うつ病やビタミンDの合成不足など、太陽の恩恵がなければ確実に患う者がいるであろう症状が存在する。


 後者に関しては、特にゾッラが心配だ。彼女の肌は褐色である。遺伝的に紫外線の必要量が白い肌の者よりも多いはずであり、不思議光源だけで賄えるかどうか疑問だ。


 まあ、外の空を灰色にした飛逆が心配することでもない気がするが。むしろだからこそ気をつけるべきとも言うか。


 すぐにどうこうなることではないが、いずれはどうにかしないといけない。ミリスの解呪法研究開発が一段落着いたら、彼女の能力でまずはこの光源の正体とスペクトルなどを解析してもらう必要があるだろう。彼女の意に反して、実に有能なのだ。楽はさせてやれそうにない。


 体内時計の調整というか、生活リズムの調整に関してはやはり屋根を作ることが一番楽だろう。屋内のため雨は降らないが、壁だけではなく屋根のある仮設住宅を作製しているのはそのためだ。

 ただ、これは壁にも言えることなのだが、『土石操作』の【能力結晶】があっても意外に難しい。なぜなら塔は自動修復するからだ。自然回復と言うべきか。


 塔の壁や床を資材として建設すること自体は可能だが、それで作った壁などは塔の自動修復に巻き込まれる。


 別の所から素材として拝借して設置しても同じだ。飛逆の体感で一時間ほど経った辺りから急激に床に吸収されはじめ、残りの十五分あたりではただのでっぱりと化して、二時間ほど経った頃には跡形も無くなっていた。


 直接壁や床に触れさせなければ資材として使うことはできると判明しなかったら、資材集めに飛逆が外から土を持ってくるという作業が必要になるところだった。クリーチャーのドロップ品も、同じ推移で消えたからだ。


 結局は土台に飛逆が外から土を持ってきて、『土石操作』と右腕のコンボで焼成したセラミックスやコンクリートを敷き詰めることで解決することになり、実際の手間はあまり変わらなかったのだが。


 どうして土をそのまま敷き詰めなかったのかというと、何かの拍子に家屋の一部が塔に触れてしまえばそこから全体の崩壊が始まる可能性があるため、土では除けることが簡単すぎるためだ。


 無心での手作業が苦手ではない飛逆でなければそもそもやろうとは思えない作業量だった。


 実際他に方法はいくらでもあった。一番手っ取り早いので言うとマグマを作って流すとか。ただ、それは塔にダメージを与えすぎたときに何が起こるのか不明だということで、飛逆自身が却下した。


 この作業を飛逆が完遂したときのミリス曰く、


〈ゲームだったら精神値がカンストするレベルですよ~。飛逆さん実は生産系廃人とか向いてるんじゃないですかねぇ~〉


「いや、でも面白かったぞ。今の外にはかなり火山灰が積もってるんだが、そのせいかローマン・コンクリート並みの強度のコンクリートが作れたり、ついでに途中から複層化した強化セラミックまがいのを作れたりもできた。さすがに繊維を混ぜ込むのは無理だったが……」


〈……ヒサカさんはどこに向かっているんですか~〉


 ミリスにはツッコミを入れられてしまったが、おかげで飛逆は出力の調整を完全にマスターできたのだ。最初の頃は二十回に一回くらいは焼成段階で爆発を起こしていたので、戦闘時にそんな暴発があったりするよりは全然マシだ。飛逆が常にソロで行動するというのなら、別にそのくらいの暴発は問題ないのだが。


 その代わりに、原結晶の収集が滞ってしまっている。ただし、これに関してはあまり急がなくても良いと考えている。身一つで採集できる――必要経費がないというのは、予想していたよりもずっと効率がいいのだ。すでに中堅採集者の年間収益に達しているくらい。まあ千二百階層付近を二時間前後(内半時間は原結晶の回収)でワンフロア総殲滅、とかを休憩なしに繰り返していれば当然の収益だ。食料になるドロップ品も結構集まってきた。


 一応飛逆が眠れぬ時間を使って気分転換に採集しているのとは別に、モモコたちにも狩りをお願いしてみたりもした。具体的には、他にもやることがあるミリスとヒューリァは除いて、モモコ、トーリ、そしてノムにだ。


 ゾッラはさすがに戦わせられない。そしてその侍女であるノムも結局は無理だ。かといって彼女たちも何もすることがないのでは心苦しいと言ってくる。ノムの言葉はゾッラが代弁しているのだが。


 というわけで、彼女たちには内職を宛がった。具体的には保存食作りだ。いくら不思議物質とはいえ、そのまま放置すれば腐る。


 人を呼び込んだところですぐに彼らを労働力として使えると考えるのは楽観的すぎる。仮設住宅を作るのを先にやっているのはこのためだが、何はなくとも食料を供給しなければならない。まさか初っ端から武器だけを渡して狩ってこい、ではいくらなんでも殺伐としすぎだ。目指すのはディストピアとはいっても、勘違いしてはいけないのは、住民を圧政で苦しめたり搾取したりしたいわけではないというところだ。


 飛逆が求めているのは独自に発生する文化であり、そこからもたらされる活力だ。生きるだけなら、そして仲間たちを生かすだけなら、もう足りているのだから。


「目指すはゆとり社会」


「すばらしいですの」


 燻製、塩漬け、砂糖漬け、香辛料漬け、その他諸々の作業をノムに教えながら呟いた言葉を、なぜだかゾッラが拾って賞賛する。絶対意味わかってないだろ、と一瞬ツッコミを入れそうになったが、彼女の共感覚のことを思い出して、語感だけで目を輝かせているのだとわかって、わからなくなるという一幕があったりもした。飛逆はもちろん皮肉と自嘲を込めて言ったのだ。


 さておきノムの手際は素晴らしい。言葉でやりとりしなければ仕事を覚えてもらうのも一苦労だと思っていたのだが、逆だった。彼女は自分のハンデを熟知しているためか、他人の動きのトレースが非常に得意だった。一度見せた作業は決して間違えない。間違えるとすれば飛逆が間違えているか、もしくは例外の要素が混ざった場合だ。けれどノムは応用力もないわけではなく、想定した時間の半分で習得してしまった。


「というわけで、ノムよ。君には料理分野で文化を創る先達になってほしい」


 反応の鈍いノムは、飛逆の任命を受けて、ゆっくりと首を傾げた。


「当初は塔内に菌類がいるかどうかが不明で見送っていたんだが、食い物が腐るってことはいるんだろう。だから主に発酵食品と熟成調味料の開発だな」


 怪物である飛逆たちは忘れがちだが、こんな食生活を長く続けていれば必ず必須栄養素の不足によって不調が現れる。今は人数の少なさのおかげで優先的に新鮮なものが食べられるので問題はないのだが、人が増えることを見越せば食品のバリエーション開発は必須だ。


 それに、古風な飛逆とはいえ、乾物ばっかりヒューリァに食べさせておたふく顔になられても困る。


 しかしながら飛逆にあるのは所詮ちょっとした栄養学的な知識のみであり、具体的にそれをどう料理などに組み込めばいいのかがわからない。ノムなら、侍女として経験的にその手のことがわかると期待した。


「で、ゾッラはその開発食料の普及だな。広まれば自動的にバリエーションが増えるだろう。君にはそっち方面の象徴として頑張ってもらいたい。というわけで当面は試食役だ」


 人の上に立たせるのは難しいと判断した飛逆は彼女をまんまアイドルにするつもりだった。しかもお菓子系の(意味が違うが当たってるっちゃ当たってる)。


「よくわかりませんの。でも畏まりましたの」


 いずれにせよ時間がかかることだらけだし、実際にやってみないとわからない問題も数多く隠れているだろう。だからまずは方針だけを打ち立ててやらせるだけやらせてみる。


 今具体的に実行可能なのは、隠れていない問題の処理だ。


 具体的にはトーリである。


 彼は気付くと外に出られる転移門に目を向けている。


 まあ、理由は察しが付く。ただ、飛逆がその問題に首を突っ込んでもやぶ蛇にしかならないのではないかと思うのだ。


 けれどトーリは、モモコに対してすら及び腰だったり、怪物組に対して明らかに当初と見方が違っている。それは飛逆がやりすぎたことが影響しているのは間違いないが、その直接の契機と言えば……、


「親がどうなったか、気になるか?」


 仕方なくも、タイミングを見計らって話しかける。


「……ヒサカさん」


「直前のことを考えると、君の親が出動していなかったとは考えづらい。少なくとも現場付近にいただろうな」


 トーリの親が治安系の仕事に就いていたというのは、彼と出会った当初に聞いていたことだ。故に、生存している可能性は極小だ。暴走時のミリスにやられたかもしれないし、ヒューリァの火炎地獄にやられたかもしれないし、街の半分以上を壊滅させた飛逆にやられたかもしれない。何か別の案件で遠くにいたのでない限り、確実に死んでいる。それがわからないほどトーリは鈍くない。


「俺たちが怖くなったか」


「……」


 返事はなく、俯いて表情を隠される。けれどそれが肯定の証だった。


「そしてそんな怖さに気付かず、些少とはいえ荷担してしまったことを後悔している?」


「わからないんです」


「自分の気持ちが? いや、違うか。俺たちがわからないから、怖いんだな。わかっていると思っていたのに、わからなくなった。そんなところか」


 モモコの力を知っているトーリなら、【全型魔生物】が力を持っていることを実感に近いところで理解していただろう。力に怯えるというのならその時点でなんらかの反応を見せている。飛逆の記憶ではそれはない。もちろん桁外れな力を発揮したと伝聞して、今更その力の大きさの脅威に気付いたとかもありえる。ただし、トーリはやはり予め知っていたはずなのだ。大量虐殺が【全型魔生物】にとっては容易いことを。


「俺たちが君の基準で言うところの『ヒト』だと思っていたのに、裏切られた気持ちになっているんだな」


 面を上げたトーリは、引きつって乾いた笑みを浮かべた。


「そう、ですね。ヒトの気持ちを理解する……理解しかしない怪物だって気付いて、恐れているんでしょうね、ぼくは……」


「まあな。その表現は的を射ている。ただ、それは俺にしか適用できないかもしれない表現だ。実際には、カルチャーギャップみたいなもんでしかないぞ」


 トーリは瞳に怪訝を浮かべる。


「別々の世界……こことは違うところで価値観を俺たちは育んできている。だから別々の個性を持っているのは言うまでもないが、共通なのは、俺たちは良くも悪くもこの世界に思い入れがないってことだ。それは翻すに、正味のところこの世界のヒトをヒトと思えない。最初から記号なんだよ。どんなに死者が出ても、死者っていう記号が上書きされたに過ぎない。【全型魔生物】には多かれ少なかれそんなところがあるはずだ。たとえ、どれだけ人情とかを持っていてもな」


「ぼくも、記号でしかない、ってことですね」


「少なくとも俺にとってはな。当初、俺が君たちの殺傷を極力抑える方針でいたのは、ヒューリァっていう、身体がヒトになった仲間にこの世界への帰属意識を持たせたかったからだ。わかりにくければ愛着だな。だからなるべくこの世界の人間と敵対しているという事実を上辺に出さないよう振る舞ってきた」


 しかしヒューリァは飛逆にべったりで、この世界の人間はおろか仲間でさえも『ヒトと思わぬ』ようだった。


 決定的だったのは、あっさりとヒューリァが灼熱地獄を作り出したことだ。実を言えば飛逆が火山を作ることを決意したのはあれがためだ。ヒューリァがとっくに他の人間を記号にして、しかも戻れないところにいると思い知らされたから。


 責任を押しつけるみたいで、決して彼女には言うつもりはないが。


「まあ俺自身がこんなだから、初めから無茶な話だったんだけどな。そこがわかってない時点で俺はヒトのことを理解さえもしているか怪しい」


「それで、そこに気付いてしまったぼくはどうなるんでしょう」


「自意識過剰だな。俺がわざわざ君ごときをどうこうしようなんて考えると思うのか?」


「話しかけてきました」


「どうこうされるくらいの価値を見つけにでも行きたいのかと思ってな。たとえば自分から捨てた親を言い訳にして俺たちの敵になりにいく、とか」


 具体的には塔下街の生き残りたちに飛逆たち【全型魔生物】の実情を流すとか。


 まあ流されても困ることはないのだが。


 その場合の問題は、それこそトーリをどうにかしないといけないことだ。ディストピアを作るのなら例外を作ってはならない。敵対行動を取ったトーリを処分しなければ示しが付かないということだ。


 いちいちそんなことでモモコの心情を窺わなければならないような真似をするのは面倒だという話なのである。


「だからそういうことをしたいんだったらまずはモモコに相談でもするんだな。モモコなら、もしかしたら君を支持して一緒に敵になってくれるかもしれないぞ?」


「はは、そうなるのはいいんですか……」


 トーリは力なく笑う。


「俺にとってモモコは記号じゃないからな。敵になるなら彼女なりの意志を認めてやれる。それなら仕方がないって諦めも付く。ケンカだってできるさ。一方的な処分じゃなくて、な」


 飛逆にとって敵とはそういうものだ。元よりその傾向はあったが、力を過剰に持ち得た今となっては、記号には敵という符号さえ付かない。それこそゴミも同然になる。


「考えてみます……」


 何を、とは明言せずに、トーリは仮設住宅の資材切り出し作業に戻った。


 ちなみに当たり前だが、この会話はモモコに筒抜けだっただろう。彼女の耳は地階のほぼすべての音を捉える。


 これで彼女がどう転ぶのかはわからないが、その判断材料くらいは与えることができただろう。最近落ち込んでいるのは、そろそろ彼女自身が自分の動きが硬くなっていることを自覚しているためだろうが、トーリによそよそしくされているのも一因しているだろうと思ってのことだ。


 徹頭徹尾飛逆は、トーリ自身のことがどうでもいいのだった。

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