37. 「できるのにやらない子」ポジを目指したいんです~
気絶したヒューリァをシェルター内のハンモックに横たえてきて、シェルターの外でミリスに連絡を取る。
〈おつかれで~す。えぇ~、ホントに~。いろんな意味で~〉
いわゆるゲスな調子で応答があった。
「前から気になってたんだが、お前の感知はその人形からどの程度の範囲まで及んでるんだ」
扉は開いていたとはいえ、内外と隔たりがあったにも関わらず、ミリスは見ていたらしい。
〈範囲はそれほどでもないですよ~。ただ~……ご自分じゃ気付いてないんでしょうけどぉ、スゴイ、音がしてました~〉
何か誤解があるようだ。だがどういう誤解なのかを問い詰めるのは地雷の気配がしたのでスルーだ。
〈まぁ、強いて言うなら~この人形型だと感知力がただ原結晶に植えただけのときより強いっていうのはありますよ~。たぶん~、ヒサカさんの言うところの『意識の投影』ってのがしやすいからでしょうね~〉
異能を扱う際にそのイメージの具体性は極めて重要だ。イメージができていなくても扱えることは扱えるのだが、あるのとないのではその威力や精度がまるで異なる。
「まあ、それはいい」
〈じゃぁ~、どういうご用件で~?〉
「実際の所を聞きたい。お前はヒューリァの提案のとおりにしていいのか?」
ヒューリァの提案は、それほど難しい話ではない。要は呼び込んだ『奴隷』どもに首輪を付けようということだ。
それは文字通りのチョーカーであり、ただし原結晶とミリスの髪が仕込まれている。不穏な動きがあればすぐにわかるし、外されたらすぐにミリスは感知するため、ディストピアを作るには有用な道具だ。
ただし、ミリスの負担がかなり大きい。数十人なら問題はないだろうが、数百人となると厳しいのではないだろうか。
〈お気遣いいただけるとは思ってませんでした~。でも大丈夫ですよ~? 限定的な条件を設定してそれに反応するようなルーチンタスクを作っておけば~、まあ数千人くらいなら~? むしろそれとちょっとした連絡係しかしなくていいなら楽でいいですね~〉
「なるほど。やっぱお前も……」
〈まぁ~、ある程度なら思考領域を操れますよ~。そういう化生なんですね~。というかそうでもなければ~、数万の髪を個別に操るなんてことに耐えられません~。脳が痒くなりますよぅ。あれは、キツイ、なんてもんじゃないんですから~〉
飛逆のそれとは種類が違うようだが、やはりミリスも思考プログラムを構成することができるらしい。
「ただ、俺が危惧しているのは、」
〈はいまぁ~、わかってます~。でも誤解があるようですけど~、ワタシはヒューリァさんのこと嫌いじゃないんですよ~?〉
「……」先回りされてしまった。
飛逆が懸念しているのは、何百もの人間を管理するミリスが、ヒューリァの暗殺を企てやしないかということだ。あっさり自分の負担となることを了承したことに違和感を懐いたのだ。
〈確かに怖いんですけどね~。苦手と好悪は別ですからね~〉
「隙あらば殺りたい、とかではないと?」
〈行動原理がはっきりしてて~、どちらかというと好きな部類ですね~。本当に酷いことは言いませんし~、実際に何か~酷いことされたわけでもないですから~〉
そうか? 大分酷いと思ったのは飛逆だけなのだろうか。まあ酷いのはヒューリァの話術であって、彼女自身の言葉の内容ではないと言えなくもないが。
「でもこの路線で行くと、お前は解呪できないってことになるが、それは?」
〈それは一瞬考えましたけど~……多分~、大丈夫です~。解呪するってことはぁ、【能力結晶】でワタシの能力が再現できるってことですから~〉
「いや、それは俺もわかってた。問題は、お前の能力が【能力結晶】だとどんな形になるのかがわからんってことだ。俺もそうだが、お前のって意味不明だろ? 俺やお前なら使いこなせるが、俺たち以外だと下手したら自滅するだけだぞ。リバウンドもどうなるか想像できない。ヒューリァたちのは、わかりやすいけどな」
〈そういえば~……そうですねぇ〉
考えていなかったらしい。
「前から思ってたんだが、【能力結晶】って種類が少なすぎやしないか? 俺たちは複数喚ばれてるし、過去もそうだったなら、計算が合わない」
確定しているだけでも四体、おそらくでいいなら五体が召喚されている。これが過去四度、同じ数が召喚されているなら、最低でも十六種類の【能力結晶】がなくてはならない。けれど実際にはおよそ一度か二度の召喚分しか【能力結晶】に種類がない。
〈つまりぃ……相当の数の【全型魔生物】の【能力】が【結晶】化されても何らかのぉ……たとえばインジェクトするだけで自滅するとかで使い道がなかった……ってことですか~? ありえますねぇ……〉
「そう。俺みたいにヒト型だったとかでスルーされたとしても、半分は利用されていないってことになる。俺たちみたいのがその枠だとしたら、納得できるんだよな……」
他にも可能性はあるが、一番納得しやすいのがこの理由だった。運動能力増強の例を見てもわかるように、その能力単体では使いこなすことが困難な場合というのが存在するためだ。
〈なんかぁ……見た目まで怪物化しているヒサカさんに言うことじゃないですけどぉ、解呪に関してワタシばっかり割を食ってる気がします~……自縄自縛とか~……ワタシらしすぎて笑えません~〉
ミリス人形はショックを表すためか、五体投地した。
ディストピアを運営していくなら、ミリスの能力は不可欠だ。
暗殺というのは、どんなに警戒してもやられるときはやられる。させないことでしか防げない。さもなければ飛逆やモモコのように完全に隙を見せないで力で圧倒するかしかない。そしてミリスの性格上、たとえその力があったとしてもそのように気張り続けなければならない状況は御免被るだろう。
「本当なら良制を敷くことでそのリスクを軽減するっていうのが一番なんだが……」
〈ホントですよぉ……ヒサカさん何やってくれてんですかぁ~……〉
どんなに良制でも、街の半分を壊滅させた飛逆、延いては【全型魔生物】に対する恨みは打ち消せない。そんな者は必ず存在する。
まあそれを言えばそもそもの原因はミリスなわけだが(ミリスも暴走時、何気に数十単位で殺している)、上書きするにしてもやりすぎてしまったのは確かだった。コミカルなそれだが、本気でショックを受けているミリスに指摘するのも酷だ。
「そこで提案が二つある」
〈はぁ……〉
「一つは多分、お前にしか頼めないことなんだが……ちょっとお前、ヒューリァに師事してくれないか?」
〈……意味わかんないですけど、さっきまでの前振りはこのためですか~……。というか~、ヒサカさん、事後のくせに平常運転ですね~……〉
「事後とか言うな」ちょっと乱暴なキスしただけだ。
〈その提案っていうのは~、ワタシにとって利があるんですよね~? もちろん~〉
スルーされた。
「まぁ。ただ、あくまで可能性で、どんだけ時間がかかるか読めないところが痛いけどな。長期的に見れば……」
素材もあるし、資源はこれから飛逆がいくらでも集めてこられる。
〈なんで歯切れが悪いんですか~……。一体何を教われと~? 戦い方とか言われても無理ですよぉ~? ワタシの運動神経、本気で壊滅的なんですから~〉
思考の反射速度が高く、精密な感覚で以って精密な操作をこなせるくせに、運動となると本当にミリスは駄目なのだという。飛逆に言わせればやる気の問題なのだが……まあ、複雑に思考しながら精密かつ素早く、そして強く身体を動かせる飛逆がおかしいという説もある。
「ヒューリァみたいな天才肌に戦い方を教われなんて言わないって」
それは無茶ぶりが過ぎる。
〈意味わかんないですけど、もういいですよぉ~。こうなったら~、なんだって来いです~。当たり前ですけどぉ、この世界もワタシに優しくないんですから~〉
ホント、言うまでもなく当たり前のことだった。
「じゃあもう一つのほうを先に言うと、最初の『奴隷』はトップランカーにしようと思うんだが、どうだろう?」
〈あぁ~……なるほど~。最初に著名な塔下街の戦力を軍門に下すことで~、後から来るヒトたちの反抗心をへし折ろうってことですか~〉
「ああ、ゾッラだけじゃ弱いからな。というかあの幼女は旗頭にするには、不安定すぎる」
〈相変わらず変なところで気遣いしますよね~〉
まあ、どう思われようともいい。飛逆は失敗することがわかりきっているのに挑戦するような芸人体質ではないのだ。それに、低年齢組はモモコとミリスに一任したいところの飛逆だ。
〈いいと思いますけど~、どうしてそれをワタシに~?〉
「実際に管理するのはお前だからだ」
〈ベッキベキにへし折っておいてください~。『説得』はヒューリァさんに任せると素晴らしいかと~〉
お前ホントにヒューリァのこと嫌いじゃないのか? と飛逆は疑問に思った。
「それで、そろそろ何があったのか話す気になったか?」
相談が一段落ついたところで、いよいよ切り出した。
暴走に至った動機は概ね飛逆の想像したとおりだろう。知りたいのは、ゾッラたちの逃走とそれがどう関係しているのかということだ。
〈大したことじゃ~、ないですよぉ。カストに裏切られたってだけです~〉
殊更感情を出さないようという調子だった。
「ふむ……まぁ、意外でもないか」
カストの記憶は、ミリスが【全型魔生物】なのではないかと無意識では気付いていたところで留まっていた。何かのきっかけでそれが表出したのだろうと推測できた。
〈もともとあの教団は~、カストみたいのと繋がりがあったんですね~。だから伝手があって、まぁ~、もう推察されているとは思いますけど~、ゾッラに人形を届けるなんてことができたわけです~〉
そこも飛逆の推測通りだ。
〈怪しい気配は~、感じていたんです~。だから電池切れになったとき~、カストじゃなくてトーリくんに頼んだんですけど~……〉
「手遅れだった、と」
〈はい~。カストも、まぁ、ワタシを売るのがギルドじゃなくて教団だったってことで~、そこまで恨んでませんけど~。色々間が悪かったんですね~。ヒサカさんたちがあんなことになって、カストたちのほうに注意を向ける余裕がなくて~、……ワタシの秘密があの人形にあるとでも思ったのか~、カストはワタシの人形をゾッラから奪った挙げ句~、交渉を持ちかけてきまして~〉
「人形を人質にしたと」
シュールな構図だ。
〈いくらでも替えが利くっちゃ利きますけど~、解析されたらワタシの能力モロバレですからねぇ……。非力なワタシには割と致命的です~。ちなみにゾッラの誘拐を企てたのも似たような理由だと思います~。ワタシの秘密をあの子なら知っているとかそういう~。他にも教団上層部で何か目論見があったんだとは思いますが~、そこまでは把握していません~。探ってる余裕もありませんでしたから~〉
「そしてトドメに俺たちが全滅したと勘違いして、自棄を起こした、と」
その『目論見』とやらが気になるが、おそらくはもう消し飛ばしてしまったのでどうでもいいことではある。〈まぁおおざっぱには~、そうです~〉
「あんまり益のある話じゃなかったか」
何もわかっていないのと同じだった。
〈ワタシにしたらそれどころじゃないんですけどね~……まあ客観的に観れば~〉
「じゃあ実のある話をしようか。結局、お前はなんだって暴走したんだ? あと、装甲車とかをどうやって作った」
〈装甲車は~、この世界にもある技術の寄せ集めですよぅ。いざとなったら~って時に備えて~、カストたちに組ませてました~。大砲筒も同じですね~。一応ひな形というか~、あっという間に廃れた技術として~、空気砲ってのが昔あったらしいんですよ~。それよりヒトにインジェクトしたほうが小回りも利くし早いってことで~、見向きもされてなかったのを発掘してきました~。オリハルコンの大盾は~、途中でどこかのお店に飾られていたのをちょっぱってきました~〉
「……やっぱり、あれはオリハルコンなのか?」
〈大盾以外のソケットだけはそうですね~〉
「それは納得した」
自分たちが見ていないところで色々やっていたということも含めて。というか資金が思うように集まらなかったのはそのせいなんじゃなかろうか。ミリスは横領していたのだ。
「けど、暴走した理由にはなってない」
〈……ヒントは~、飛逆さんが解析したことですよ~〉
「俺が?」
〈ワタシの髪は~、周囲の情報を読み取るだけじゃなく~、導線になるってことです~〉
「導線……って、マジか?」
その言葉で、ミリスが何をやらかしたのか把握して、飛逆は軽く目眩を覚えた。
〈しかも無線化の触媒にもなるって~、ヒサカさんが解明したんですよ~〉
「いや、わかった。わかったが、普通やるか? いや、自棄になってたんだったか」
〈まぁ、あんなに酷い負担が来るとは、ちょっとは思ってましたが~、舐めてました~。痒いなんてもんじゃなかったですね~……。
具体的には~、ルナコードそのものにワタシの髪の一端を浸して~、もう一方を大量の原結晶に接続しておくと~、あら不思議~。とんでもない量の情報と~、エネルギーが~、サーバーであるワタシの頭にぶちこまれて駆け巡ります~〉
「その挙げ句に八体の大砲と、装甲車に髪で接続して操作って……お前よく復帰できたな」
焼き切れても不思議はない負担だと、想像はできる。
〈自分に直接インジェクトしなければ~、化生のほうが負担してくれるかな~、って一応楽観してたんですけどね~……〉
「いや、お前の暴走があんだけで済んだのは間違いなくそのおかげだろ」
〈ですかね~、やっぱりぃ……〉
「しかし、そうか……その手があったか」
今度は確かに益のある話だった。組み合わせ次第で、色々と調整すれば、思ったよりもずっと早く完成にこぎつけるかもしれない。
「……何かすごく~、いやぁな予感がしますね~……。誰か~、ワタシに楽させてください~」
ミリスがその気配だけを察して、悲嘆に暮れていた。




