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3. インソムニア

 脇目も振らずに走っていたら、スポーン、という感じで転送されていた。風呂場で石鹸を踏みつけたような感じだ。


 床が抜けたのかと一瞬思ったが、見上げればまた二つの月が浮かぶ空。転移させられたのだと理解した。


 転移する前が全力疾走だっただけに、足が地面が着いたときにはブレーキが利かず、つんのめって無様にヒューリァを抱えたまま転がる。


 最終的にはどういうわけか飛逆がヒューリァを押し倒しているかのような体勢になった。どういうわけも何も、このままだとヒューリァの後頭部が危険だと思った飛逆がほとんど無意識に彼女の頭を腕で抱え込んだことが原因だが。


「……えーっと……大丈夫、か?」


 目を白黒(虹彩が紅いので白赤だろうか)させていたヒューリァだが、覗き込んでくる飛逆の顔を見るなり、こくこく、と勢いよく首肯した――何故か両手で飛逆の頭を抱え込みながら。


(大丈夫ってそういう意味じゃねぇよ……)


 引き寄せられそうになるのを必死に抗いながら「頭沸いてんかお前はっ!」と叫んだ。


 実際、九死に一生を得た直後に何を考えているのだろうこの娘は。もしくはだからこその本能の暴走か何かだろうか。なんにしても自重してほしいところだ。


 どこかふて腐れたような態度のヒューリァに構わず、立ち上がってヒューリァの手をとって起き上がらせながら、辺りを見渡す。


 そして絶句した。


 そこは崖の上だった。もう少し勢いが付いていたら二人とも落ちていたかもしれないが、それは凌げたので別にいい。問題は、その眼下に人家と思しき明かりの群れが見えたことだ。


「というより、街、か……?」


 元の世界で夜に丘の展望台から見た景色がこれに近いと思った。そのときに見たそれよりも明かりの数が少ないが、差異はそのくらいで、規模としては同じくらいの街に見えた。


「……なんでこのタイミングで……?」


 もう確信しているのだが、飛逆たちは何者かの作為を受けている。故に、このタイミングで飛逆たちが街の近くに転送されたことにも何らかの意図があるはずだった。


(仮にあの剣鬼を倒させることが意図だったなら、むしろペナルティがありそうなもんだが)


 這々の体で逃げてきた飛逆たちに、まさかご褒美ということはないのではないかと、基本的に疑り深い飛逆は思うわけである。


「ひさか、ひさか」


 ぐいぐい、と腕を引かれる。


「ひさか、深謀遠慮←感心。<不可避<←見えざる手←考慮<→行動)推奨」


「『慎重なのはいいけど、考えすぎて行動できないよりはとりあえず動いてみよう』?」


 と言っているように聞こえる。『運命に任せてみるしかない』というようなことも言っている気もしたが、どうもやはりニュアンスに問題がある。


 そしてそれよりも問題なのは、こちらの言っていることがちゃんと伝わっているかどうかを確認できないことだ。


「だけどな、この規模の街なら間違いなく統治機構が存在するし、それは治安維持機構もあるってことだ。俺らみたいな不審者がどう扱われるのか、少しも読めないのはちと怖いな」


「……」まるっきり通じていないわけではないのだろうが、納得できないといった風情だ。


「……言いたくはないが」本当に「仮に不審者として捕まったりしたら、俺らはおそらく分けて収監されるぞ? 分断されたまま合流できないってことだって充分にありえる」


「……っ! 理解」


 これで説得されてしまうのも、飛逆的にはあまり面白くないのだが、仕方がない。


(この言い方だと俺のほうもヒューリァと別れたくないって告白してるようなもんだしな)


 その事情を盾にして説得することも、そして迂遠な告白じみた言い方になることも、どちらも飛逆にとっては不本意だった。


(出会ってまだ四半日と経ってないってのに……)


 逆に言うと、六時間と経たない内に色々なことが起きすぎたのだ。まるっきりすべてが未知である状態で行動を共にした相手に並みならぬ親近感や連帯感を抱くなというのも無理な話だ(人はそれをハリウッド現象と呼ぶ)。ただ、それに流されてしまうのにはちょっとした危惧もあり、何よりいい気分ではない。


「いずれにせよ、今晩はどこかで野宿しよう。体力云々以前に、精神的に疲れた」


 納得してもらえたところで、ようやく水場を探すという初期の行動に立ち返ることができた。




 少し奥まった森に小さな泉を見つける頃には空が白んでいた。


「……この世界の月は明るくなっても見えるのか……」


 まあそれは元の世界でもそうだった。ただ、ここに飛ばされて初めに見上げたときと月の位置が変わっていないように思えるため、あの月の周期はどうなっているのかと不思議になったのだ。そもそもこの世界が惑星なのかどうかもわかっていない。空間転移などという現象をさも当たり前のように許容する世界なのだ。ともすれば空さえも『飾り』である可能性だってある。飛逆の脳裏に浮かんだのは、まだ地上が丸いという常識が出来上がる以前の世界観だ。


(下手に知識があると色々考えちまって面倒だな……)


 そういうことはヒューリァにはないのだろうか。


 いきなり生水を手で掬って飲もうとする彼女を引き留めながら、ふと今更の疑問を覚えたが。


「せめて煮沸してからにしようぜ……」


 かなり曲がっているながら現代人である飛逆にはそれをヒューリァに問うよりも、水を汲むことのできて火にかけられる容器をどうにかすることのほうが先決だった。体が資本のこの状況で腹を壊したくはない。


 とはいえ容器というのはあれだけありふれていながら、実はかなりの文明の利器であった。


 土器を作ろうにも時間が掛かりすぎる。着の身着のまま無人島とかに放り出されたサバイバーとかはいかにして容器を手に入れたのだろうか。蒸溜したり濾過したりと、生水を飲み水にする方法は飛逆もいくつか心得ていたが、そのための道具の入手手段はさっぱりだった。


「現代人の限界だ……」


 道具があることが当たり前になりすぎていた飛逆の限界だった。やるべきことはまず水を見つけることより道具の確保のほうだった。これでは穴を掘るのも難しい。できなくはないが、そうした手間暇をかけるくらいなら街に潜入したい。木桶を作るのも同じ理由で見送る。


「何故→不可? 飲む水」


「あー……『ウィルス』とか『細菌』って概念がないのか。どう説明したものかな」


 そもそも『古い言葉』にはそうした語彙が存在しない。仕方ないので「目に見えないほど小さな生き物が生水には含まれていて、中には毒を出すタイプもいる。特にこうした流れの少ない水溜まりではその小さな生き物が大量に棲みやすいようになっていて、別の世界から来た自分たちにはほぼ間違いなくその毒に対する耐性がない。腹を壊すならまだしも最悪命に関わる」というようなことを頑張って説明した。細かいことを言えば間違いや不足もあるのだが、つまりは「毒かもしれない」ということが伝わればいいのでこれで充分だった。


「理解→困難……、<納得=←多少」


 理解するのは難しいが、なんとか納得はした、らしい。


「これじゃちゃんと水を飲むのは、街に潜入してからにするべきだな」


 あの規模の街なら水道は通っているだろう。それでさえ何の処理もせずに飲むことは危険だが、道具さえ手に入れば煮沸くらいの用心は簡単にできるのだ。蒸溜すればほぼ危険は消える。


 図らずもこれで潜入する必然性が出来てしまった。絶食はともかく絶水に耐えるのは、少なくとも飛逆は五日が限度だ。当面は、そろそろ朝露が出来はじめる頃合いなので、草葉に付いたそれを舐めて凌げるだろうが、量的に不足だし、浴びるほどの水を見た後では未練が残ってしまう、とここで思いつく。


「少量なら口に入っても危険は少ないから、水浴びくらいならできるはず。先に体流してきな」


 レディーファースト、と背を向けて木々の奥に行こうとするのだが、ヒューリァはにんまりと笑ってそれを引き留めた。


「順番←不要、沐浴機会←共同っ」


(……そうだった。この女、裸見せることに抵抗ない女だった……)


 竜人になっている間にそうした羞恥心をどこかに置き忘れてきたのかもしれない。考えてみれば、下手をすれば鉄をも融かす炎熱を纏う彼女は、衣料など余程の耐火を備えていなければ着ても無駄だったのだ。天然の鱗の鎧によって肝心なところは隠れていたとはいえ、本人の気分的には常に全裸状態だったに違いない。


 そうした経緯を推知した飛逆だったが、彼女には是非とももうそんな状態ではないのだと思い出して欲しいところだった。


 けれど飛逆はつい先ほど説明に苦労したこともあって、説得が面倒になり、


「わかった。じゃあ服着たまま入ろうか。洗濯も兼ねて」


「……」

 ヒューリァはふて腐れた。その反応から、自分の仮説にちょっとした重大な矛盾を発見しそうになったが、意図的に無視した。


「体冷やすといけないから、まずは火を熾して体を温めておこう」


 着々と準備を整えて、それ以外の選択肢はないのだとヒューリァに突きつけていく。


 だが飛逆はわかっていなかった。


 上着を一枚着ているだけのヒューリァが、水に濡れたらどうなるのか。

 張り付いた衣服が彼女の肢体の艶めかしさをどれほどに際立たせるのか。朝日という光源を得た今の時分にどれほど映えるのか。それらをまったく想像していなかったのだ。


 それらよりももっと致命的なのは、ところどころ焼け焦げている布が、水に濡れたらどうなるのかという話だ。簡単に言うと、溶ける。辛うじて繋がっていたような裾は更に短くなり、穴は拡大する。ここまで来ると、最早それは服ではなく、ただのボロ布であった。


 致命的な失敗を悟ったときには、時すでに遅く、ヒューリァの格好はとても人前に出せない状態になっていた。いやまあ、それ以前から大分人前に出すには憚られる状態ではあったが、より連れて歩く飛逆の犯罪係数(サイコパス)が増したというか濁りそうというか。

 顔を洗うくらいで我慢しておけば良かったと思っても後の祭りである。あるいは服を脱いで交互に水浴びしていれば、何も問題なかったのである。少なくとも被害は最小限に抑えられたのである。


 自分の先見のなさをまざまざと思い知った飛逆だった。



 飛逆が水遊びを迫ってくるヒューリァから視線を逸らしながら逃げるのにかなり苦労したことは言うまでもない。主に心理的な意味で。



 

〓〓 † ◇ † 〓〓



 

「どうすっかな、しかし……」


 簡単に組んだ石窯の中で揺らめくたき火を見るとはなしに眺めながらぼやく。手は裸足のヒューリァのために集めた、乾かした蔦でサンダル(草鞋に近い)を編んでいる。


 他にも、土器を作る用に笊を編み、泥を盛りつけて現在乾かしているところだ。ただし、使えるのは早くても後一日後なので、手隙の時間の暇つぶしでしかない。


 たき火の煙は簡便に作ったすのこと木々の枝葉が散らしてくれるように調整してあり、更に葉のある蔓を集めてカーテンにするなどして、遠目から自分たちがここにいるとはわからないようにしている。すぐには街のほうから見つかるということはないと思いたい。けれど距離的に、誰かがたまたま来ないとも限らない。水場の近くということもあって、野生の大型動物が訪れる可能性も懸念された。


 そんな条件下で、ヒューリァは飛逆に寄りかかって寝息を立てている。


(信頼されてるな……)


 その実感に、思わず苦笑した。何を今更、と思う向きもあろうが、飛逆はヒューリァがモーションをかけてくるのを、信頼の証などではなく、彼女なりの牽制なのだと理解していたのである。


 裸身を隠すものがない以上、男が求めてくる前に自ら誇示しようという、牽制だと。


 聞いたことがある。一概に言えないが、女性にとって「見せる」のと「見られる」のとでは雲泥の差があるのだとか。


 そもそもいくら彼女にとって恩人だからとて、ほぼ初対面の男に操を捧げようとするか?


 普通はしないだろう。彼女の貞操観念が飛逆の知る普通とは違う可能性は高いが、それでもそれはないと思っていた。今でもないと思っている。


 あれは試されていたのだと理解するのが正解だろう。飛逆があの剣鬼にしたことと同じだ。


 誰かの、他人の助けが必要な現況だが、だからといって無条件に助けを求めるのはリスクが高すぎる。彼女のように、自らの異形を嫌っていたというのなら尚更だ。その嫌う理由に、他人からの目というものがなかったはずはないからだ。それがすべてではないにしても、何割かは確実に。


 それは他人を無条件に信じることができない性質を生む。彼女は間違いなく、見た目の振る舞いほど奔放だったり無邪気だったりはしない。彼女にとっての呪いが解けたことで、はしゃいでいるというのは本当だろうが。


 ヒューリァは自らの躰を賭けてでも、飛逆を試さずにはいられなかったのだ。躰よりも譲れない『こころ』を護るために。


 その時は意識していなかったが、今考えるとそういうことなのだろう。


 あの時乗っていたら、今のこの寝顔はない。


 そう思うと飛逆は自分を少しは誇ることができた。


 いや、誇らしいというより、安らぎだろうか。不思議な感覚だった。もしかしたら飛逆は初めて名状しがたいという形容を実感したかもしれない。


(なんにせよ。考えないとな……)


 自分と彼女が別れず、あの街に潜入する術を、どうにか捻り出さないといけない。


 だがどう考えても、情報が足りない。今わかっているのはあの街の住民の何割かは明け方でも活動するという程度のことだけだ。


 これはあえてヒューリァには言っていないが、あの街が、人の集落ではない可能性すらある。建築を行いインフラを整備するレベルの共同性と知性を持った怪物たちの街だという可能性のことだ。いかにもヒト型であるほうが珍しい、なんてことですら、この未だまったく未知のこの世界では、五分五分というほどに高い確率でありえる。まあ、蓋を開けてみなければ確定されない事象はどんなものであれ、確率で言うとゼロではなく五割から始まるのだが。


 それくらい何もわかっていないということだ。夜の街の遠くからの景観という箱の存在しかわかっていないのだから。


(今、最も有効な判断材料が、何者……何モノかもわからないような奴の作為ってのがまずありえないほど条件が劣悪だ)


 今のところ悪意しか感じない、無形の作為から逆算して、あの街へとどうやって潜入するのかを考えなくてはならない。けれど、


(そもそも本当に作為的に俺たちは召喚されたのか? というか、悪意だったらもっとえげつないことはいくらでもできただろうし……)


 当事者としては、ヒューリァやら剣鬼やらと連続で戦闘してかなり酷い目にあったつもりであるわけだが……結果論として、飛逆は特に被害を受けていない。飛逆は今のヒューリァと比べてすら戦力的に脆弱であるのにも拘わらず、だ。


 竜人であったヒューリァを、傍目にはあっさりと降したように見えただろうが、本来飛逆の性能はあくまでも元の世界の常人を一対一で圧倒することしかできないレベルなのだ。人の範疇から外れた力を操る者との戦闘は賭けになる。嵌れば格上さえも喰らえてしまえる【吸血】という特性は、けれどかなりの制限が付いているためだ。

 具体的には、意識を集中させやすい箇所(代表として指と掌と口、次点で額)で相手に直接触れることが必要で、それをおよそ三秒から十秒――その時間は対象の触れた部位などで前後する――集中して続けなければ【吸血】は成立しない。例外としてヒューリァにやったように、相手の意識を一瞬でも飛ばすことでその必要時間は一秒以下にまで削れるが、そもそも通常の戦闘であれば、意識を飛ばした時点で決着している。同様に、三秒以上などという時間は、近接戦では気が遠くなるほどに長い。生得的に常人よりは打たれ強く、【吸血】が成立してしまえば大抵の怪我は修復できるとはいえ、それにだって限界がある……はずだ。その限界がどこなのか、飛逆の知識にはない。試せばその時点で再起不能なのだから当たり前だが。


 閑話休題。


(うん、シャレじゃなく、なんか憑いてるな……)

 自らの性能に見合わない結果を噛みしめて、何か自分の与り知らぬ作用が働いていることを確信した。

(マンガとかラノベで言うところの、主人公特性って奴じゃねーかこれ……?)

 これはシャレだ。そんな胡乱げなものでなくても心当たりはある。ヒューリァから喰った【ナニカ】だ。【紅く古きもの】だったか。それも充分に胡乱だが、その正体の一端が掴めているだけまだ説得力がある。何より意図的に考えないようにしていた、あの【吸血】の暴走がそれをいかにも示唆している。というか『古い言葉』を扱える時点でもう確定だ。


 つまりいるわけだ。飛逆の中に、ヒューリァが忌み嫌うモノが。


(ま、今のところ害はないからそれはいいとして)

 ヒューリァもそれは承知のことだろうから、禍根にはならないと思うし。


(問題は、ソイツと何モノとが干渉し合う関係にあるかどうかだな。具体的には空間転移の行き先を、ソイツが干渉しているのかどうか。もっとピンポイントで言えば、俺たちが街の近くに転移したのは、ソイツのせい、あるいはおかげなのか……まあ、確かめようがないから、やっぱり考えるだけ無駄か?)


 頭の隅に置いておくくらいは無駄ではないかもしれないが、今のところは何の役にも立たなさそうだ。


(オーソドックスに行くと……治安機構に見つからないように潜入して文化風習を調査、可能であれば衣食住を手に入れて潜伏する……やはり内側に協力者がどうしても必要だな。ということは必然、第一条件が街に縁のある誰かを拉致することになる。交易商人とかがいるならそいつがベスト)

 実はもう盗賊化(それ)しかないとわかってはいたのだ。もしも空間転移をこちらの都合で自由に操れるのでもない限りは、他にないと。


(できればそういうつまらないことはしたくないんだけどな……)

 それが本心だった。



 そして眠気が訪れないまま、たき火が消えて、自然とヒューリァが飛逆の膝枕で眠る体勢になって、やがて目を覚ますまで飛逆はつらつらと考え続けていた。


 ちょうどその頃には、自分に眠気が訪れないことにその思考が行き着いていた。


 まあ原因は、【紅く古きもの】とやらを喰ったせいなのだとすぐに結論したが。


 表面に顕れていないだけで、飛逆は確実に変質していた。


 いずれにせよ不寝番のつもりだったから、この場合は好都合だったが。


「ひさか→不眠?」


 目が覚めてそそくさと顔を洗いに行って戻ってきたヒューリァが心配そうに顔を覗き込んでくる。


(隠しても仕方ないか)

「ヒューリァは、【紅く古きもの】に蝕まれたときは不眠症になったりとかしたか?」


「……悪夢←有り。白昼夢←有り←半分。<不眠←→結末のみ」


「……、悪夢とか幻覚とかのせいで不眠症にはなったけど、眠気そのものが消えたってわけではなかったってことか?」


「是」


 やはりヒューリァは頭が回る。彼女が何を懸念しているのかというのは、飛逆のそれと同じだろう。


「ふむ……いずれ俺に角とか鱗とかが生えてくるかもしれないけど、少なくともヒューリァとは症状が違うってことか」


「……謝罪。予見→不可、否……楽観、願望」


 予見できなかった、というより、飛逆に特徴が顕れなかったことでてっきり呪いは滅ぼされた(消化された)と思っていた――ということらしい。


「自業自得だし、成り行きだから謝罪はいい。気にするなってのも無理だろうけど、逆に、無理に何かしなきゃって思い込むのだけはやめてくれ」


 というかこれからの道連れに見当違いの贖罪のつもりでいられるのはぶっちゃけ迷惑だ。【紅く古きもの】が宿っている飛逆をヒューリァが嫌悪しないのであれば、今のところ本気で無問題なのだった。


 怪物としての自覚がある飛逆だ。たとえ,見た目が異形に変じようとも割と今更な感があった。

 まあ、眠れないというのは精神衛生上困ることになりそうだな、と少し不安もあったが、その不安を裏返してヒューリァに当たったとしても気分を害するのは自分のほうだろう。そのくらいの分別はある。少なくとも今のところは。


(眠らなくてもいいのか、眠れないのか、どっちなのかもまだわからんしな)


 変な話だが、『その気』になれば眠れるかもしれないわけだし。


 楽観と言えばそうだが、飛逆は本心からどうということはないという顔をして見せた。


「……」

 ヒューリァは何を思ったのか、そっと飛逆の隣に寄り添うように改めて座って「わたし→身勝手」


 遠慮がちに飛逆の腕に触れてから、ぽつりと零した。


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