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35. せめて信徒とか、オブラートって知ってるか?

 飛逆は塔下街に終末をもたらした。


 そこまでやる気は、正直無かった。


「噴火っていう災害を、正直舐めてた」


 水蒸気爆発によって、地面に穿たれた孔は極大にまで広げられ、その広がった孔から気化したマグマが噴き出して、散らばった鉱物類は気候を激変させ、降り注ぐ火山灰は塔下街全体の様相を一変させた。というか小規模なカルデラが形成されたため、その周囲から人工物の形跡は消し飛び、地形そのものが変わっている。塔下街の半分は完全壊滅状態で、半分の半分も残骸化、残りも地震と火山灰の影響でまったく無事ではない。


 人口が半分以下に落ち込み、火山灰を初めとした二次災害によりこれからもっと死ぬだろうことを鑑みるに、塔下街は真実終末に見舞われたのだ。


 戦争では戦闘員の半分が死亡すれば全滅だという基準からすると、明らかにやりすぎ、全滅以上のことをしでかしてしまったわけである。


 塔下街が元々【能力結晶】によって整備されてきたことを鑑みるに、新たな原結晶を得られる見込みがない現状、塔下街はもう終わりだ。再建の見込みは零である。


 【全型魔生物】がすべて死んでしまわない限りは。


 今頃は貯め込まれていた原結晶(噴火の範囲に巻き込まれていなければ、相当量が貯め込まれていたというのがミリス情報だ)の使い道を、生き残りたちでどうするかを話し合っているだろう。話し合いで済むとは思えないので、直に内乱が始まる。


 だが決して【全型魔生物】を狩ろうという者は多くないはずだ。天変地異を単身で起こせる存在を、ただのヒトが打倒できるなどと、どうして考えられようか。少なくとも【能力結晶】を用いずしては不可能だと誰にでもわかるだろう。内乱などで消費している余裕は決してありえない。それなのになぜ諍いが起きると断言できるかというと、彼らは現実逃避がしたいに違いないからだ。極めて馬鹿馬鹿しい憂さ晴らしだ。絶望は容易く合理性を投げ捨てさせる。


 それほどに、一応飛逆の狙い通り、塔下街の生き残りたちは、間違いなく畏怖を植え付けられている。


 そのためにわざわざ疑似太陽を形成してみせるなんて派手な真似をぶちかましたのだ。火山を作るだけならわざわざあんな制御の難しい火球を作るなんてことはしなくてもよかった。


 ただ火山を作っただけでは、彼らはもしかしたらこれを自然災害だと思うかもしれないと思い、あえて雲を押し退けて空に孔を穿った。生き残りたちもそれを目撃して、天から何かが降ってきた――天の裁きだと、あの一瞬の露出でも思ったに違いない。


 だから効果としては狙い通り。


 問題なのは、今回の規模が予想以上に大きかったため、壊すべきではないものまで壊してしまったかも知れないことだ。


 具体的にはルナコードの研究施設と、あとはオリハルコンの製造ノウハウを持つ鍛冶・練成者など、飛逆たちにも有益な情報を持ち合わせている者たち。


 ついでに、火山灰などの被害によって外は容易く出歩けない状態になってしまったこともそうだ。


 飛逆が畏怖を植え付けようと考えたのには、ゾッラの存在が念頭にあったからだ。


 絶望に彩られた塔下街に現れる聖女――などという絵図を目論んだ。【全型魔生物】を『天使』と崇める聖女の台頭により、内乱の勢力構図を単純化し、政治的に塔下街を掌握する端緒とするつもりだったのだ。


 だが塔の外は現状、ゾッラには刺激が強すぎる環境となってしまった。気候の激変などもそうだし、絶望に触れたゾッラが錯乱して使い物にならなくなることは目に見えている。


 あらゆる面で見込みが甘かった。ある意味で『病弱』なゾッラは適切な環境で適度な演出の下でしかそのカリスマを発揮できない。予想して然るべき事ではあったが、前述したように、飛逆にもここまで環境が劇的に悪化するとは想像できなかったのだ。


 思考力が減退していたというのも理由の一つではあるが、最も大きいのは、ヒトの域を超えてからまだ経験が浅い飛逆には『自然現象に干渉する』ということの大きさを実感するに至れていなかったというところだ。あらゆる事象は有機的に繋がっていて、強大な一つを起こせばその他の事象をも大きく狂わせてしまう。そのことを、頭でしか理解していなかった。


 ヒューリァだけを連れて視察に出た飛逆は、未だに激しく濃煙を上げるカルデラ火山を眺めながらそんな反省を得てすぐに塔内に帰還した。


 ヒューリァが火山灰を含む雨によって健康被害に遭うことを厭ったのだ。


 五十階層という低い階層だ。万が一にも塔内に未だ存在するだろうトップランカーに出くわすことはないし、クリーチャーも。図体はそれなりだが、極めて柔い。野生の草食動物よりも弱いのではなかろうか。ヒトを殺せるだけの力はあるが、それだけというように、いかにも『調整』されている印象を受ける。


 なるほどクリーチャー。弱さからして『まっとうな生き物』ではないところが滲み出ている。


「――そんな感じなわけだが、これからどうしようか」


 装甲車を傍付けしたシェルターにて、怪物だけのミーティングを開始した。


 ゾッラも近くに控えているのだが、にこにこして口出しはしてこないし、ノムは元より口が利けない。トーリは飛逆の塔下街の様相の語りで顔を青くしている。


「うにゃ……。やりすぎだにゃぁ……」獣耳をぺたんとさせてモモコが。


「それは認める。どうせここまでやるんだったら根絶やしにしたほうがマシだったな」


〈バランスブレイカーは言うことが違いますねぇ~〉


 呆れきった調子で言うミリスだが、彼女は自爆による気絶から回復してからずっと、髪で編んだ繭の中に引き籠もっている。これでマシになったほうだ。回復した当時は殆ど没交渉で、未だに暴走前に何があったのかは聞き出せていない。


「というか正直にゃ……ウチら、あの剣鬼はともかく……別に塔下街の誰かに何かされたってことも特になかったからにゃぁ……」


 因果応報とも言えないことで、罪悪感があるらしい。


 モモコは未だに誰も手を掛けていないのに、と飛逆は内心で首を傾げる。


〈それに関しては~、……なんでもないです~〉


 概ね消し飛ばしてしまったために最早どうでもいいことではあるが、やはりミリスは塔下街の誰かに何かをされたらしい。その顛末があの暴走だったのだろう。


「……やっぱり痛いのは、解呪の術まで消し飛ばしちゃったかもしれないってことだよね」


 何事かを考え込んでいたヒューリァが、モモコもミリスも無視したかのような調子で飛逆を渋い顔で見詰める。


 飛逆の挙げた議題にまともに考えを返したわけだが、モモコなどはやや顔が引きつっている。大量殺戮などどうでもいいという態度がモモコの価値観からするとズレすぎているのだろう。


〈まぁ~、見方を変えれば~、もう塔下街のことは無視しちゃっていいってことですよね~? 少なくとも復興の兆しが見えるまでは~〉


「ミリス。貴女の能力で解呪のことだけでも探れない?」


〈……〉


 ガン無視されたミリスは絶句したようだ。


「何?」


〈いえ~……そのぉ……〉


「貴女が先走ったのは確かに不可抗力かも知れない。でもひさかがああしたのは誰のためかわかってる?」


 ヒューリァはすべて承知した上でこんな態度なのだ。彼女たちが交わしたであろう『約束』はその後の色々なことのため、最早無効ということを示しているのだろう。つまりヒューリァとミリスの力関係は相変わらずだ。


「それに貴女だって、解呪したいんじゃなかった?」


〈ぅ、で、でもでもっ、こんな状況で解呪したって~……ワタシが死ぬ未来しか見えないんですけど~〉


「わたしの知った事じゃない」


〈ひ、ひどぉっ! っていうかむちゃくちゃすぎます~っ!?〉


 確かに酷かった。すでに説得ですらない傍若無人ぶり。説得の体裁を一瞬でもなそうとしただけでも評価したくなるレベルだ。


「まあ、ミリスのことはさておいても、少しは人間的な生活ってものを過ごせる環境がほしいところではあるよな」


〈さておかれました~……そろそろ泣きますよぉ?〉


 飛逆は主にヒューリァのために環境を整えたい。怪物を宿したままの飛逆たちはぶっちゃけ今の環境(『衣』が鹵獲した装備の使い回しで『食』が狩猟採集、『住』が簡易シェルター)が苦にならないのだ。それは飛逆やモモコに比べれば脆弱なミリスでさえもそうなのだ。繭に籠もったミリスはこの階層であればそこらに転がしておいても死にはしない。髪は束ねると意外に頑丈なのだ。肉食獣の牙くらいだったら防げる。


 絶大な戦闘力を持っていてもヒューリァは一応ヒトなわけで、飛逆としては彼女に『安全で文化的な生活』をあげたい。それは塔の中では果たせない。文化とは一定以上の人がいなければ成り立たないものだからだ。飛逆が群発火山を作って塔周辺を人が住めない土地に仕立て上げない第一の理由である。


「天使様」と突然ゾッラが「差し出口をしてもよろしいですの?」


「そのやたら堅苦しい言葉遣いをどうにかしたら、いいぞ」


 というか今の会話を聞いていて、未だに『天使』と呼ばわるというのはどういう思考回路なのだろう。反射的な苛立ちを隠さずゾッラに応じながら、色々と疑問に駆られる。今飛逆は『人間的な生活』などとほざいたばかりなのだが。


 ゾッラは困ったように小首を傾げて、それでも許可を得たと思ったのか、続ける。


「生き残った者たちを、この塔の中に誘ってはどうですの?」


「獅子身中の虫をあえて飼えと?」


 飛逆たちにとっての最大のアドバンテージである、自由に行き来できるのは【全型魔生物】だけという条件を、塔内に人を誘い込めば捨て去ることになる。採集の許可制度の案は、最悪、塔内にいる者だけを殺してしまえば飛逆たちにとっての安全圏を確保できるという条件があるからこその立案だったのだ。


 塔の中はクリーチャーが徘徊し、決して安全ではないが、人のように知恵を使った暗殺などは企てない。


 飛逆とモモコは平気だ。まず隙らしい隙がない。けれどミリスは危ないし、ヒューリァも危険だ。


 それに、そんなことをすればますます解呪が遠ざかる。


 この状況に於いてわざわざ弱体化する必要性を飛逆は消し飛ばしてしまったので、自分が解呪することに魅力は感じていない。兄のことはさておいても、せっかく組んだ【炎竜馴致ルーチン】が無駄になる。無駄は好きではない。


 けれどミリスは必要性云々以前に渇望しているし、ヒューリァは、先ほどのように飛逆から【紅く古きもの】を取り祓うことにご執心だ。


 飛逆の優先順位は無駄を嫌うよりも、ヒューリァの願いを叶えることのほうが高い。


「難しいことは存じませんけれど……人は天の裁きを目の当たりにしてもなお、そのような反骨の心を持つことができるものですの?」


「少なくとも俺だったら、神ないしはそれに準ずる存在だと自称するヤツが目の前にいたら、とりあえず殴るだろうな。恨みがあるなら尚更だろう」


 それがどんな強大な力の持ち主であれ、反射的に拒絶するだろう。胡散臭すぎる。


 そして復讐のためなら、たとえ趣旨を変えてでもそれを果たそうとする人間というのはどこの世界でも必ず存在するのだ。


「希望する者だけ、というわけには参りませんの?」


 何気に飛逆の応答はスルーだ。なんというご都合主義的な耳だ。そういえば子供だった。


〈というか~、それだったらゾッラも~……いえ、なんでもないです~、はいぃ〉


 獅子身中の虫を疑うのであれば、ゾッラとノム、ついでにトーリも念のために疑うべきだ、と言おうとしたミリスは、けれどヒューリァの一睨みで口を閉ざした。


「数人、せいぜい十数人くらいまでだったら、目が届く。だから君らは俺たちに信用されているってわけじゃなくて、裏切られても取るに足らないってだけだ」


 いや、トーリはモモコに信用されているだろうが、あくまでも二人が例外なだけである。


「問題ないよ、ひさか」ヒューリァがうっすらとした笑みを浮かべながら言う。


「俺が心配しているのは主に君なんだが……」


 四六時中、たとえ生理現象の処理の間さえもずっと飛逆と行動を共にして暗殺に備えると言うのなら確かに問題はないが……まさかそういう意味じゃなかろうな、と戦慄する飛逆である。


「うん。わかってる。でも、それでも大丈夫。ちょっとコストが嵩むけど、何も問題なく奴隷を飼えるよ」


 大量殺戮者が言えたことではないが、あえて明言を避けていた『奴隷』という表現をあっさり口にするヒューリァに脱帽だった。

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