33. 俺たちはヒーローじゃない
あちこちで爆発が起こっている。
それは人払いをするためにヒューリァが起こしている爆発、ではない。
火災が起これば消火するために水を持ち出してくるのは、順当な発想だと言えるが、ヒューリァの……正確には【古きものの理】による火炎に対して水を使うのは愚行としか言えない。
火の付いた油に水を投じればどうなるかという話だ。水の沸点は百度前後であるが、火の付いた油の温度は三百度を優に越えるわけだ。そんな油と接触して急激に気体となる水はその体積を猛烈に増やす、つまり爆発する。いわゆる水蒸気爆発だ。油の場合は火の付いたそれが飛散して悲惨なことになる。
油ではないが、炎の見た目でその実体は熱の権化――酸素を要せず物質を強制的に高温にする――という【古きものの理】による火炎にとって水は、爆発の材料以外の何者でもないのだ。
そのため、あちこちで起こる爆発の中には、火だるまになったヒトの体が四散するという悲惨なものも含まれている。四散までは行かずとも、火炎への接触面積が少なかった者が、高温の水蒸気を浴びてしまったり、爆発に吹き飛ばされて炎に突っ込んでしまったり、壁などに強く打ち付けられたり、壁が爆散してその瓦礫に穿たれたり……救うつもりで『流体操作』によって引っ張ってきた水をかけた者たちは、その自分が引き起こした惨劇に恐慌を来したり、あるいは茫然自失に陥ったり……どこもかしこも悲惨の一言だった。
「いやはや、胸が痛むね、まったく……」
相変わらずの笑みを浮かべて、心にもないことを言っているわけではない。飛逆は殺戮が好きというわけではもちろんないのだから。単に胸が痛もうが、後悔があろうが、それで殺戮の手が鈍ったり、止まったりするような感性を持ち合わせていないと言うだけの話だ。
「つまらないことをさせちまったな、ホント」
自分がやる分には、そもそも胸が痛むこともあったかどうか。少なくとも自覚できるほどではなかっただろう。
我ながらまた勝手な言い分だが、彼女にはこんなつまらない真似をさせたくなかったのだ。
彼女が大先輩だからこそ。
解呪されても同じ事をさせてしまうとは。
どのみちいつかは避けられないとしても、せめて飛逆の言われたとおりにしただけという『言い訳』くらいは用意するつもりだったのだが――それもまた『呪い』だ。
こういう身勝手で押しつけがましい精神性を何というのか、飛逆は兄の教えで知っている。
救世主症候群だ。
殺戮をして救世主を気取ろうというのだから笑わせる。
そういえば、百万人殺せば英雄だったか。残念ながら塔下街にはそれほどヒトはいないが、元々それほどの殺戮は統計上の数値でしかないという意味だったはずだから、たった一人、多くても数人のために、人々をただの数、記号にしてしまうのだから、仮に十人でも『英雄』になれるだろう。
自己満足で英雄になんかなってどうする、という話だ。
相変わらずヒューリァは寝惚けた飛逆の頬を引っぱたくようなことをしてくれる。なんとも頼もしいパートナーだ。
少しは目が覚めた。
「お前もそろそろ目を覚ました方がいいぞ~」
ミリスのビット砲台からの集中砲撃を震脚で迎え撃ち、とりあえず声を掛けてみる。
〈アヒャハハ!〉〈ごめんなさ〈こ、この気は……っ!〉いごめんなさいごめんな〉〈化けて出るの〈さい〉が遅すぎですよ~?〉〈ゆーれーなら〈きひ〉大人しく〈た、たすけっ……!〉成仏してください~〉〈とい〈けひけひ〉うかもしかし〈ひ、ヒサカさん!?〉て生き〈し、死んだはずだ……っ!〉てます~?〉〈きひクス〉〈な~んちゃってぇ〉
「ううむ。煩わしいな……」
同じ声紋の音がそれぞれのビット共と本体の装甲車から響いてくるので、頭が痛くなってくる。しかもそれぞれでテンションが違うのだ。そのテンションも一定ではなく、まるでリレーでもしているかのようにコロコロ入れ替わる。しかもそれとこれとは別だと言わんばかりに、ビット共は懲りずに攻撃を仕掛けてくるので、それを飛逆は軽くあしらっているが、うざったく思わないわけでもない。
正味のところ、ビット共を潰し、装甲車を剥いてミリスを出すだけならさほどの手間でもないのだが、これらの砲台や装甲車を破壊してしまうのは惜しいか、とここに来て思ったのだ。
何かイカサマがあるらしいのは確かなのだが、これはミリスの火力のなさを補える、実にいい手だと言える。飛逆には通じないが、ここまでミリスが単身で塔下街の連中を蹴散らしてこられたように、今の飛逆が常軌を逸しすぎているだけで、充分な戦力だ。後に再利用できるなら前向きに検討したい。
それに、どんなイカサマをしたのか解析するために、証拠物件としてできるだけそのままを押さえておきたいという思惑もある。ミリスに後で聞けばいいことではあるが、彼女がきちんと正気に戻れる保証もないし、戻れたとしてその間の記憶があるかどうか、怪しいものだ。というかミリスの場合、忘れたふりをする可能性、大である。
なんとか破壊せずに動きを封じたいものだが、人間と違って意識を奪うということができないために中々の難題だった。
「ま、贅沢言わなければいいだけか」
八つあったビットの内、二つだけを残すことを選択する。
反作用で後ろに逃げるビットを、左腕で衝撃弾を掻き消した勢いのまま突っ込み、赤竜の腕から炎熱を伸ばして、その灼熱剣と呼ぶべき炎で両断する。ビットは、でろり、と液状化して二つの液溜まりになった。
(……柔いな)
まるでただの鉄か銅、せいぜい鋼鉄くらいのような感触だった。オリハルコンはこんなに簡単には融けないような気がしたのだが。この炎熱で切り裂くことはできても、その余波の熱だけで全体が融けるとは考えていなかったのだ。
それはともかく、炎熱で充分に証拠隠滅が図れることが明らかになったので、もう面倒なことはせず、抑えめの右腕での『遠当て』で残り五つの形を消滅させる。軽く蒸発しているようにも見えたが気にしない。
二つであればもう、飛逆への有効な邪魔はできない。
常人では目にも留まらぬ速さでそれらをこなした飛逆は、同じ勢いで装甲車に肉薄する。常人ではありえない感覚値のミリスは一応、捉えていただろうが、
〈けひっ〉〈ついにっ!〉〈これを遣う〉〈ときが来たんですね~!〉
相変わらずラリったテンションでミリスが何か叫んでいるが、煩わしいので意識からカットしている飛逆は気にしない。逆カクテルパーティ効果である。
不格好な装甲車の継ぎ目に右腕を差し込む――
〈ぽちっとな~!〉
ドパンッ! と装甲車自体が震動した。
全方位振動波だ。
それなりに巨大な装甲車が発したそれは、飛逆に一瞬手を引っ込めさせるだけの威力があった。熱い物に手を触れたときに反射的にしてしまうそれだ。一応三半規管にも多少のダメージが入ったが、それだけである。いやまあ、ヒトならショック死してもおかしくない衝撃ではあったのだが。
「……?」
改めて解体に入ろうとした飛逆は、違和感に首を傾げる。
振り返ってビット共を確認する。
装甲車含め、完全に沈黙していた。
「ま、まさか……」
事態を把握して、飛逆は唖然とした。
常人ならショック死しかねない威力ということはつまり、怪物でも多少はダメージが入るということで、ミリスが振動の反響する装甲車内部の対策をしていないとしたら……。
「ミリスのヤツ……自爆しやがった」
これだからラリったヤツは信用ならないのである。




