29. もこもこ
何か企んでいないはずがない。根拠はというと、連絡手段を持たないのに、再合流の方法の相談さえなかったからだ。
決して、ちゅってされたからというだけではないのだ。飛逆がうっかり彼女の行くに任せてしまったのは、行くにしてもちゃんとそうした相談をしてからだと思っていたからだ。
ここで待っていろということなのだろう。逆に言うと動くなと。
まあ、気配感知はモモコに任せればいいし、飛逆は迷走、もとい瞑想していればいい。何も問題はないのだが、正直気が散って仕方がない。ヒューリァがどういうつもりなのかということが気になる。
彼女自身の安全はそれほど心配していない。彼女は賢いし、強い。おそらく素体としての才能は飛逆よりも上だろう。なんだったら竜人だった頃よりも理性の割合が大きい分、小規模対人戦に限定すれば、今のほうが強いのではなかろうか。
無自覚に彼女の頭を押さえるようなことをしていた飛逆だ。その反省のため、彼女に自重するよう促すことに抵抗がある。だからこそ心配はしていない。自重しないなら、ヒューリァは滅多なことでは死なないだろう。
正直、剣鬼を倒した時点から、飛逆は自重する理由を見つけられずにいる。暴動が起こったことにも違和感こそあれ、不都合だとは感じていないのだ。
もう魔王でいいや。
そんな気分だ。
その過程で何人もの、最悪何万もの人を殺すことになるだろうが、塔下街を支配下に置いて、残した人々に許可制で原結晶の採集をさせるという手もある。根絶やし方針からの妥協案、『易しい魔王化(続)計画』だ。(続)ってなんだ、という向きもあろうが、魔王状態を維持するということで続らしい。言うまでもなくミリスのネーミングだ。
これがミリスの描いた次善の絵図だ。根絶やし方針よりも成算が見込めると思いきや、なぜ次善なのかといえば、これではミリスが解呪できない上に、そうなったとき暗殺を受ける危険が一番高いのが、戦闘力に欠ける彼女だからだ。
解呪できないのは、単純にリスク分散のため、【全型】はできるだけ大勢いたほうがいいからだが、飛逆とモモコの二人でも間に合うとは言える。しかしそれではミリスはヒトの身で魔王の配下的ポジションになるわけで、それこそ暗殺されてしまうだろう。ヒトがヒトに向ける憎悪のほうが怪物に対するそれよりも大きくなるのが大衆心理というものであるとか。
ミリスが描いた絵図にも関わらず、彼女が一番報われない提案しかなかったというのだから悲しい話である。
でもそんなこんなは関係なく、ヒューリァが本気でわからない。
強引に別行動に出てまで、なぜモモコと二人っきりにさせたのか。
モモコなど昨晩で味を占めたのか、それとも遠回しの許可だと思ったのか、持ち前の隠密スキルを活かしてこっそり、結跏趺坐する飛逆の膝の上に頭を載せてきている。
ちなみに樹上でのことだ。飛逆は器用にバランスを取って枝の上で結跏趺坐しているのだ。そんな飛逆の膝の上とかどう考えても寝心地はよくあるまいに。
撫でろということだろうか。撫でるけど。
昨晩のハーレム発言といい、ヒューリァは何を考えているのか。最前の行動からして別段飛逆を嫌いになったとか見切りをつけたとかそういうことではなさそうなので、余計にわからない。わからないが、まあいいか、という気分になってきた。
なんであんなに高い防御力を持っているのに、こんなにもこもこして柔らかいのだろう。髪はサラサラだが、なぜか吸い付くような手触りでもある。獣耳の付け根はふわふわとふにふにが混在しているので、ちょっとヤバイ。飛逆の頭が。
【炎竜馴致ルーチン】の作製に悪影響があるかというと、そうでもない。何かこう、共鳴するものがあるのだ。表出するカタチこそ違うが、モノは似たようなものだと言っていいわけで、ある意味当然なのだろう。
更に、現在の飛逆は言ってしまえば【吸血】が常時半起動しているようなもので(クリーチャーを喰いすぎたために)、油断するとモモコに憑くソレに吸い付こうとする感覚がある。初めはわからなかったのだが、撫でることに魅せられているのはどうもそういう理由らしい。
つまり、非常に危険な綱渡りなのだ。このモモコを撫でるという行為は、お互いにとって。
共鳴することで飛逆の中の【紅く古きもの】を浮き彫りし、モモコに吸い付こうとする【吸血】欲求に抗うことで自分に追い込みをかけ、馴致が捗っていく。
どれくらいそうしていたのか、時を忘れて没頭していると、不意に指先に触れたモモコの獣耳がピクリ、と反応した。
深層に足がかりを付けたところだったから、結構な時間が経過しているのだろう。足跡を記銘して、意識を浮上させる。
モモコもなんだかフルフルと毛並みを震わせながら気怠そうに面を上げて、耳をぴくぴくとさせながらその音源のほうに顔を向けた。
単に暴動がこちらにも波及してきたというだけだったら、やりすごすという一手に尽きたが、どうもそういう気配ではない。
音を探るのはモモコに任せて、飛逆は視力に頼る。
そして舌打ちした。
「トーリか……」
彼のことを完全に忘れていたわけではないが、優先順位が低かったのは否めない。
この状況で彼が現れ、しかも追われているとくれば……彼を預けていたミリスに何かがあったのは間違いないところだった。
色々と気になることはあるが、とりあえず俄に包囲されていく彼をどうにかすることが先決だった。
飛逆が森の中というフィールドで隠密に徹しながら奇襲すれば、追っ手の彼らがどういう素性の者かは知らずとも、物の数ではない。基本三人一組で動いていた彼らの悉く、悲鳴を上げる暇さえ与えずに昏倒させた。
モモコは力加減が下手なので、うっかり殺してしまわないために自重してもらった。
別に殺しちゃってもいいんじゃないか、という気分もなかったわけではない。トーリが追われていた理由が何にせよ、飛逆たち【全型】のことが関係していないということはないだろう。つまり最早、露出は避けられない段階に来ているということだ。
けれど、そう。本当に色々と気になることがあるのだ。
たとえば、
「その褐色幼女、何さ」
手近な三人組から一人を尋問用に引きずってトーリのところに顔を出したところ、彼が連れていたその褐色肌にアッシュブロンドの、年端もいかない少女は、飛逆が現れる前からその方向に膝を突いて、拝むように手を組んでいた。
「■■■」
天使様――と、祈るように呟いていたのだと、後で知った。




