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悪食吸血鬼の異世界魔王化(続)計画  作者: 久図鉄矢
弐章 ふうりんかざん
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28. ……あれ?

 外に出ること自体は順調だったのだが、問題の種となりそうなことがなかったわけではない。


 モモコの動きが硬くなっていたのだ。


 動き出しに一瞬の間が生まれていて、繰り出す攻撃もどこか遠慮がちだった。それは反省の表れだろうが、あまりいい傾向ではない。技術の背景を伴わない思考は、それこそ下手な考え休むに似たりというものだ。明確な目的意識や実現のイメージを持たない訓練など、進歩にも向上にも貢献しない。


 モモコが覚えるべきは、相手を観ることだ。今から新しいスタイルを生み出すことなどできるはずもないわけで――いくら下地があったとしても今のスタイルに順応しているヒューリァが異常なのだ――今の技術のまま、それを突き詰めた方がまだマシなのである。使いどころさえ間違えなければ、今のままでも充分にモモコは強力なのだから。


 しかし例によって会話ができないので、そんな込み入った指導めいたことを伝えられるわけもなく、また森に降り立った。


「しかし、どうしたものかね」


 ミリスと合流するべきなのだが、それをどうやって? という問題がある。


 連絡媒介をすべて失ってしまったために、セーフハウスをいくつも用意していたミリスの所在が不明だった。彼女は飛逆が確認しているだけでも一日に一度はランダムに居場所を変えていたはずなのだ。ヒキコモリとは思えないフットワークの軽さだった。社会的な意味で露出を避けるからヒキコモリだという意味では正しい姿勢なのだが。


「モモコ」


 とりあえず最後にトーリを送っていったはずのモモコに案内してもらいたい。


「トーリ」と言葉に出しながら指で場所と示すことでなんとか伝えた。


 例によって伝わったかどうかを確かめられないのが不安なのだが。片言とはいえ固有名詞以外でも伝わるヒューリァが最初の同行者だったというのは、つくづく幸運だったと思う。


 いや、モモコに憑いているモノを喰らえば、彼女とも片言で意思疎通ができるようになるのだろうか。


 現状は固有名詞でさえ、何か「発音が違う」ような感じがするのだ。こういう緊急時というのが今後はないとは言い切れないので、備えとして仲間内での簡単な意思疎通手段というのは欲しいところだ。


(まあでも、ヒューリァが特殊なんだよな、やっぱり……)


 巫女としての修練というのが具体的にどのようなものであったかは不明だが、彼女は幼い頃から徹底的な訓練を叩き込まれてきた飛逆をして驚くべきポテンシャルを持っている。そんなヒューリァだから幸運だったのだ。


 おそらくモモコに憑いているソレを喰らっても、彼女が戦力として使い物にならなくなるという以外にはメリットがない。それをメリットと呼ぶべきかは、まだわからないが。


(というか何気に、モモコが一番、解呪後の生活が不安じゃないか?)


 駄目人間スメル溢れるミリスの影に隠れて忘れていたが。


 飛逆としては、モモコが戦力として使えなくなっても一向に構わない。それで見捨てるという根性の悪いことをするくらいだったら最初から見捨てている。ぶっちゃけると、ミリスもろともに殺すことだって一度は考えたのだ。


 【紅く古きもの】一つが、棚上げにして隔離してさえ完全不眠症という多大な変質を及ぼしたのだ。この上にそれと同等のモノを喰らえば、どうなるか。ヒューリァが彼女たちを警戒していた最も大きな理由はそれだっただろう。飛逆自身、それを歓迎しようと思わない程度には、持て余している。暴走でもしてヒューリァまで殺してしまったり、禍根を残したりしては元も子もないということで、単純に殺すか、という選択肢も浮かんできていた。


 選ばなかった理由は単純で、モモコを【吸血】なしで倒しうる手段が見当たらなかったからだ。恐ろしく耳が利いて、眠りが浅い彼女に奇襲は無意味。貫通・浸透系の一撃を入れることができれば【吸血】までは持って行けても、それ以外では、非力な頃の飛逆では、彼女を倒しきることはできなかっただろう。今なら余裕だが。


 そしてヒューリァの例を鑑みるに、彼女たちのソレを喰らえば【吸血】は暴走するわけで、彼女たちからソレを引き剥がしたところで飛逆は行動不能に陥ることになるだろう。それなら別に、解呪自体は望むところの彼女たちに素直に頼んだ方が遙かに話が早い。


 まあ一番誰も損はしないはずであるところの、『この世界に元々ある解呪法』を手に入れることに方針が定まって、考慮に入れる必要がなくなったわけだが。


 もちろん飛逆は、その存在が実は怪しいことを、忘れていなかった。




〓〓 † ◇ † 〓〓 


 


 そろそろ飛逆とモモコの異形をどうやって隠して街中に入るか考えるべきところまでやってきたときのことだ。


 ちなみにヒューリァに指摘されて初めて気付いたのだが、飛逆の左目は鮮血の色になっているそうだ。虹彩は琥珀色で眼球自体が鮮血色なので、オッドアイとは呼べない。それどころか、どんな病気だ、という状態だったりする。まあ布を眼帯にして腕も包帯布で巻けば全然隠せるが。閑話休題。



 道中、モモコがずっと耳をぴくぴくさせていたのだが、てっきりそれは周囲を警戒しているからなのだと思っていた。


 違和感に耐えかねたという様子でモモコはそこらにある背の高い木々を駆け上っていく。なんだろうと思って飛逆もヒューリァを片手で抱えて一足で、塩梅のいい枝に飛び乗る。


 そうして目を凝らして(飛逆の遠視はモンゴル人を凌駕している)街中を確認したのだが、


「あれは、もしか暴動か?」


 街の一角、繁華区画からやや外れた辺りが喧噪に包まれていた。




〓〓 † ◇ † 〓〓




 最初に思ったのは、ミリスが何かやらかしたのかな、というものだった。情報拡散させて誰が基かもわからない混乱を扇動するのは彼女の十八番だろう。


 この世界で遠距離通信技術なんて、流体操作と音感パイプを組み合わせて、同じ施設内であれば鮮明に会話が出来る、くらいのものしかない。ちなみにそれは大規模互助組合などでしか使われていない、公共限定の製品だ。


 飛逆たちがミリスから目を離した時間なんてそう長いわけではない。普通に考えて、彼女が味方を亡くしたと判断して行動に移したとしたら早すぎる。けれど、だからこそこの動きの早さはミリスの能力でしか説明できない気がした。


(思考力が削れてるときに厄介な……)


 元々飛逆は、秩序だった場面での思考――つまり限定的な状況でしか先読みといった頭脳内試行錯誤が得意ではないのだ。マクロな流れを見極めることが不得手だと言い換えてもいい。頼みの兄の教えも、彼はどちらかというと学者肌だった。学者は的確な助言を与えてはくれても、具体的な方策を施行する段階になってはあまり期待しない方がいい(というのが兄の教えだった。実際社会経験が希薄な彼にそこまでのことを期待する方が筋違いだ)。そこに加えて、現状多くのことを考えることができない。


 元々、しばらくは休養を取るつもりだったのだ。というか取らざるを得ない。だがそうしたことを仲間内で相談するためにも【言語基質体】が必要だ。つまり街中に入って、せめてルナコードを手に入れないことには休養することさえもできないということだ。


 足りない思考力を時間で補っていると、腕の中のヒューリァがトントンと胸を叩いて注意を引いてくる。


「ひさか、わたしのみ→潜入。目的=→調査」


「なんでやねん」


 意味がわからなさすぎて思わず元の世界の言葉を使ってしまった。こんなところでも思考力の減退が影響している。それでもヒューリァにはなんとなく伝わったらしい。


「ひさか及びモモコ→異様。わたしのみ→正解」


「確かに……怪しい風体でうろつき回ってたら要らん目を付けられるか」


 普段であれば、多少の怪しい風体でも目立たないが、この状況だと要らぬ憶測を呼ぶかも知れない。混乱に紛れられると考えるには、状況が不透明すぎる。怪しい風体のパーティが、騒動を遠巻きにしていたらむしろ目立って仕方がない。それとは別に懸念もある。


 あの暴動(?)がミリスの扇動によるものだとしても、彼女の狙いが今ひとつわからない。もちろん最終的な目標が彼女自身の生き残りであることは間違いないが、そのために現状の塔下街の統治機構を壊すのは、リスクに見合わない成果しか見込めないだろう。なぜなら現状の統治機構を打破したとしても、そもそもこの街は【能力結晶】の産出が第一義なわけであり、仮にこの街から住民を根絶やしにしたとしても、また別の土地から人はやってくる。終わりない防衛戦を覚悟しているならやる価値はある――ミリス曰く『魔王化作戦』――が、そもそも彼らの自滅を狙う方法では根絶やしにすることなどできはしない。ミリスには決定的に火力が足りていないのだ。だからこそ彼女は、飛逆たちとの同盟を求めたのだ。当初はそこまでやってしまうことも視野に入れて、単純な戦力を求めていた。その戦力を失ったとして動き出したにしては、この方法は自棄が過ぎないだろうか。


(なんか、忘れてることがあるんだよな……)

 それが何なのか、どうしても思い出せないわけだが。


 おそらくそれが複合的な要素から導き出される推論だからだ。結論だけを覚えるようにしていたら思い出せただろうが、結論だけだと状況が変化したり要素が加わったりしたときに即応できない。


「何にしてもとりあえず、あんまり君に俺から離れて欲しくないんだけどな」


 ちょっとしたトラウマなのだ。また何かやらかされそうで、目を離すと大変不安であった。


 ヒューリァは一瞬喜色を顔に浮かべたが、思い直したように苦笑して――ちゅ、と。


「……」


 飛逆の唇の端に何か柔らかい感触を残して、ヒューリァは腕から離れて枝を身軽に渡って降りて行ってしまった。


 くどいようだが今の飛逆は思考力が減退している。


 自分が何をされたのか、思考まで登ってくるのに大分時間がかかり、それを処理する間にヒューリァが独り駆けていくのを見送ってしまった。


「……にゃ?」

 モモコが首を傾げていた。


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