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悪食吸血鬼の異世界魔王化(続)計画  作者: 久図鉄矢
弐章 ふうりんかざん
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27. 覚者な主人公など存在しねぇ!!

 右腕が熱い。


 いや、右腕そのものは熱いと感じないのだが、生身の部分が熱いのだ。


 ただでさえ痛いところに脳が痒いとでも言うべき不快感を我慢すれば、鱗が発する熱を抑えることはできるのだが、それはそれでやっぱり辛い。物理的な痛みのほうがマシだが、それではところ構わず灼いてしまうわけで、やっぱり我慢するしかないのだった。


(専用のサブルーチンを構築しないとな……)


 無意識の領域に空きを作ってそこに自動制御プログラムとでも言うべき構成を埋め込まなければならない。

 ただ、それをするにはちょっと時間と状況が許さない。いくらある程度、意識を制御する技術があると言っても、簡単にそれが為せるわけでもないのだ。具体的には三日程度飲まず食わずで滝に打たれながら瞑想を続けるくらいの追い込みが必要だ。ぶっちゃけ仮死状態に入らない限りは、そう易々とは。


 覚者足りえない飛逆では、深層領域は深く広大に過ぎて、まだまだアクセスも難しいのだ。ホント、(ニューロン)ネットは広大だわ、なのである。折を見て少しずつ進めていくしかないだろう。


 そしてまだまだ基底現実領域でも悟りが遠い飛逆には、ヒューリァがなぜこう、百面相しているのかわからないわけだ。


 飛逆の顔を、恨めしそうにじとーと睨んできたと思えば、赤トカゲの腕を見ては悲しそうに顔を歪ませ、改めて顔を見たと思えば深々と溜息を吐く。そして思い悩むように遠くに目線を遣るのだ。


 多分、何か言いたいことがありすぎてまとまらないのだろう。


 ヒューリァは、飛逆が剣鬼と衝突した頃には、朧気ながら意識が戻っていたらしい。そりゃあ、ものすごい爆音が響いたわけで、目も覚めようというものだ。単に飛逆に投げ出されたときの痛みで起きたという説もある。


 それ(ら)が関係しているのかどうかは不明だが、その繰り返しを目の前でされるのはとても居心地が悪い。正直、不快感と戦ってそれどころではないのでやめてほしいのだが。


 体力までは回復してくれない修復なので、ヒューリァは未だに安静を必要とする状態だ。なのに、シェルターに着いてからこちら、ずっとそんな感じなのだ。


 ついでに、モモコもしょげかえっている。


 こちらはわかる。今回モモコは色々と判断ミスをやらかしすぎた。決して頭が悪いわけではないモモコは振り返って、自分がやらかさなければ飛逆がここまでのことになることはなかったのだと、反省したのだろう。一番危なかったのはヒューリァだが、後遺症という面での被害が一番大きいのは飛逆だ。


 けれど全部が全部、モモコが悪いわけではないと飛逆は思う。剣鬼の立ち回りが壮絶すぎただけの話だ。彼の話を伝えてはいても、その脅威を充分に伝えられなかった飛逆のせいだと言うこともできるし、そもそもあの状況自体を招いた原因はヒューリァで、そのヒューリァを駆り立てたのは飛逆の態度だ。


「……ミリスは大丈夫かね」


 原因がヒューリァというところで思い出した。モモコはもちろん、ミリスも彼女に荷担していたのは間違いない。ミリスがどこまでこちらの状況を把握していたのか、わからないので、もしも剣鬼に追い詰められているところまで『観て』いたのなら、彼女はどう出るだろうか。色々な意味であの髪憑きは信用できない。何かやらかしてないか、とても不安であった。


 そんな内心にも関わらず、その呟きを聞き取ったヒューリァがギッ、と睨み付けてくる。


「ひさか、……」


 何かを言おうとして、言葉に詰まったように口を開けたまま固まり、また肩を落とす。そうしてから改めて、


「ひさか=→願望有り? ←酒池肉林(ハーレム)


「……」何言ってんだろうこの娘。


 飛逆は真剣に悩んだ。もしかしたら彼女が『古き言葉』の語彙を間違えて覚えているのではないかと思ったのだ。だが飛逆の中の【紅く古きもの】の知識情報に、間違えそうな語彙で、この状況で出てくる必然性がありそうなものが存在しない。


「ちょっと待とう、ヒューリァ? 何言ってるんだ? 本気で。いや、というかあれだ。【言語基質体】をインジェクトしてからにしよう。なんか多分、俺たちの認識には大いに齟齬がある。ないと困る」


 しかし困ったことに、【言語基質体】は切れている。一応念のため常備するようにはしていたのだが、色々(特に爆発とか崩落とか)あった間に、他のいくつかの装備と共に紛失してしまったのだ。それはヒューリァたちの装備も同様で、現在飛逆たちが微妙な雰囲気になっていたのもそれが理由の一端だ。ヒューリァとは辛うじて、モモコとはちっとも会話ができないために、反省やら相談やら謝罪やらができない。


 全員が動けるのにシェルターに籠もっているのは、ヒューリァの影にインジェクトされた『運動能力増強』の効果が切れるのを待っているためだが、いつ頃付加したものかわからないため、おそらく後四半日はここで足止めだろう。ちなみに『運動能力増強』の暴走は、動かずにいれば大した物ではないらしいが、下手に動くと体のバランスが取れずに転倒したり、酷いときには骨折、脱臼、筋繊維断裂などと割と洒落にならないそうだ。


 そんな事情のせいで、ヒューリァの真意が掴めず、だからといって割と致命的な匂いのする齟齬を放置したまま話を進めるのは拙いと判断した。


 やがて疲労に耐えかねたヒューリァが再び眠りに就いて、モモコは相変わらずしょげている。


 言葉が通じないというのは実に厄介だった。


 急先鋒のヒューリァが眠っても、非常に空気が重い。特にモモコとは何気に何度も腹を割って話したことがあるだけに、具体的な意思疎通ができない状態が辛く感じる。


 仕方ないので飛逆は、いつまでも気にしてないでもう眠れ、というつもりでぽんぽんと軽く頭を叩いてから撫でる。ボディーランゲージは概ね通じるとわかる程度には、お互いのことを知っているからだ。


 モモコはびっくりしたように飛逆を見上げる。


 しおれた耳がしおれたままながらもピコピコ動いているのだが、わからない。どういう感情表現だろう。


 そしてなぜかモモコは眠っているヒューリァをチラ見して、まるで彼女が本当に眠っているかどうかを確かめるようにしてから、飛逆の「眠れ」のジェスチャーに従った。


 いつかのようにその場で丸くなった。


「……」

 その場というのはつまり、飛逆の膝を枕にすることになるのだが。


(落ち込んでるのは、怖かったからってのもあったのかもな……)


 なんとか理由を付けてみる。彼女はその内心を言葉では訴えられないから、仕方なく、そう仕方なく態度で甘えを示したのかもしれない。


 実際普段はヒューリァが目を光らせているし、そうでなくとも、彼女の見た目は仲間内で誰よりも年上だ。若く見積もって、少女の自称が許されるのがギリギリなところだろう。外見が大人びた少女っているよね、みたいな。そんなだから、年上としての自覚が甘えは許されないとか思わせていたのかもしれない。


 飛逆でも女性に歳を聞くのはタブーだということくらいはわかっているので確かめていないわけだが、実際この女性たちはそれぞれ一体いくつなのだろう。


 モモコはどこか、このように普段は無理をして老成した風を装っているところがあるし、ヒューリァは今し方のように飛逆からすると突飛なところがあって、その精神年齢を飛逆には推し量れない。


 彼女たちの元の世界での基準や、一日の時間単位、年の数え方などがわからないので、今は確かめようもないわけだが。


 そもそも、化生に憑かれて肉体が歳を取るのか、というところが疑問だったりする。


 加齢はヒトのそれと同じである飛逆の血族はさておき、【紅く古きもの】なんてのは古きものとか言われているだけに、ある意味不老不死だろう。そんなものが半分以上を侵した肉体が、そうそう老いという衰えを許される気がしない。実は百歳以上なんです、と告白されても飛逆はあまり驚かない自信がある。


 精神年齢なんてのは畢竟、他者からの評価によって照らされた自覚で象られる幻影だろうから。その他者だって自らが思う『大人』を基準に評価しているわけで、ある程度以上自意識が固まったヒトの精神に年齢を問うなど無意味である。


 つまり気にするだけ無駄だということだった。


 時に、膝がぐるぐるという細かい震動に見舞われているのはなんだろう。


 思って、気付いたが、知らないうちに飛逆はモモコの頭を撫で続けていたらしい。眠れぬ夜の手作業と同じ感覚でやっていたためにほぼ無意識だった。


 毛の薄いモモコの獣耳の内側が真っ赤になっている。喉を鳴らしてしまったのがよほど恥ずかしかったのだろうか。


 本気で嫌がっているわけではなさそうなので、気付かなかったふりをして、毛繕いに没頭しはじめる飛逆だ。いや、精神集中するのに都合のいい手作業だったので。


 モモコは必死で喉が鳴るのを抑えようとして、ますます小さく丸まって震えていた。


 


 ヒューリァが目覚めたとき、彼女はモモコの毛並みがいつも以上に輝いていることに気付いたのか、怪訝そうな目をして、そして飛逆を見て溜息を吐いた。


 怒っているというのとはちょっと違った。


 それはどこか、仕方ないなぁ、とでも言いたげな苦笑の雰囲気だったので、飛逆こそ怪訝に首を傾げる。あまりにも飛逆の知っているヒューリァの反応とかけ離れていた。どちらかというと生温かい感じなのに、なぜか背筋が寒い。


 彼女との認識に何か致命的なズレがある。だがそのズレが何なのか、確かめる術はない。あまり思考リソースに余裕がない飛逆は、仕方なく棚上げにした。


 荷物を整理して外に出る準備を進める。紛失した装備の代わりと言ってはなんだが、剣鬼が装備していたオリハルコン製の武具がある。残念ながら誰ともサイズが合わないため、装備は不可能なのだが、何かの折に使えるかもしれないので持って行くことにしたのだ。


 ちなみに長剣は行方不明だ。おそらく瓦礫に呑まれてしまったか、壁にめり込んでしまったのだろう。どうせ長剣なんて、刀であればまだしも、飛逆にも扱いがわからないので、やっぱり誰も使えないわけだが、少し惜しい。鋳つぶして再利用できただろうに。その代わりというか、唯一彼の装備で使いこなせそうな短剣だけは飛逆が装備して、ばらけたガントレット片手分(片方は光撃で消し飛んでいた)はヒューリァに装備させようと思ったのだが、断念しかけた。ガントレットは、どうも彼の腕を斬り飛ばしたときに内部の機構を壊してしまっていたらしく、使う予定のない『土石操作』の【能力結晶】をインジェクトしても上手く行かなかった。一応反応はするのだが、ヒューリァ曰く「伝達不備?」という感じらしい。サイズが合わないガントレットなど動きを阻害するばかりで何の役にも立たない――と思いきや、ヒューリァが試しにとやってみたことで少々驚かされた。


 【古きものの理】が、念じるだけで発揮できたのだ。【精神感応合金】の名は伊達ではなかったらしい。


 出力こそ原結晶でブーストしていないときのものだが、それもサイズが合わない分に原結晶を詰め込んで改めて試したところ、【焔珠】が大砲だった。着弾した壁が融けて抉れてガラス質になっているのだから相当だ。


 とはいえ、魔方陣を描く手間がなくなるだけで、実際には頭の中で構成を描かなければならないので、描くのに熟練したヒューリァにとってはあまり速射性には影響しないそうだ。

 ガントレットの重さで腕を動かしにくくなったことを考えれば、速射性がイーブンだとしても照準などの点でむしろデメリットのほうが大きい。けれどヒューリァは気に入ったそうだ。


「強化←安易」


 なんでも、原結晶でブーストする場合、例の燐光を発する指に直接原結晶を触れさせなければならないらしく、描くときに割とコツが要るらしい。これなら構えるだけで強化版を撃てるため、ずっと楽なのだとか。


(ヒューリァがどんどん『チート』になってくなぁ……)

 他人のことは決して言えないはずの飛逆は思った。



 正確には【古きものの理】のポテンシャルがヤバイ。


 材料が手に入った今、彼女に合わせたオリハルコン性の武具を揃えたら、彼女が竜人だったときと遜色ないレベルに立ち返るのではないだろうか。火力で言えば原結晶があれば充分にそのレベルだし、耐炎ローブの素材を使った防具などを装備すればもう完璧だ。


 これをチートと呼んでいいのかはともかく、ヒューリァが強くなるのはいいことだ。


 いいことなのだが、飛逆は胸騒ぎを覚える。


(なんか、色々忘れていることが、あるようなないような……)


 ないはずがないのだが、それを具体的に思い出して考察できるほどの思考リソースに余裕がない。


 すぐに思い出せる心当たりは、結果としてこれらの装備を手に入れることのきっかけとなった出来事つまり、ヒューリァが飛逆を越えるだけの能力を手に入れるとヤバイということでそれがファイナルアンサーだった。


 早いところ自動制御プログラム――【炎竜馴致ルーチン】とタグした――を構築しないと色々な意味で危なかった。


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