26. 思い出し笑い
普通に考えたら死んでいる。
呆然からどうにか立ち返った飛逆は、それでも警戒を怠らずにじっと煙の向こうを睨み付けていた。
飛逆が狙ったのは、剣鬼の持つ長剣の護拳部分だ。飛ばせるのはせいぜい【焔珠】くらいの威力の火弾くらいのものだろうと思っていたために、それを掻き消された勢いのままモモコを斬りつけられては拙いと思っての判断だ。防がれることは前提で、少しでも斬りつける角度をズラさせて威力を殺すつもりだったのだ。
まあ、結果を見ればなんか、最低でも音速は超える速さで突っ走ったレーザーちっくな攻撃により、これで倒せたとしても不思議ではないものになってしまったわけだが、飛逆の狙いがズレていなかったとしたら、直撃したのはその護拳部分と片手首くらいまでだろう。
オリハルコン製の装備がどの程度の耐久性を持っているのか不明のため、もしかしたらあの光撃にも耐えられたかも知れない。
少なくとも小爆発には耐えただろう。あれはただの余波だ。そもそも爆発というのは空気の急膨張に過ぎず、熱波の危険はともかく開けた空間での殺傷力はそれほどでもないのだ。爆弾が怖いのは爆風に巻き込まれて飛んでくる硬い物体だ。だから大抵の爆弾というのは釘などを混ぜ込んである。
ただ、二次爆発には耐えられたかどうか。壁に当たっての爆発だったため、瓦礫が巻き込まれている。オリハルコン装備は平気でも、その継ぎ目などから生身に当たったりしたら、充分致死レベルだ。というか大分抉れて壁が大きく崩れてもいたので、壁方向に吹っ飛ばされた彼は圧死しても不思議はない。
結論を言えば、死んでいるはずだ。
けれど飛逆は、死んでいないことを期待していた。
期待だ。希望に近い。
別に、彼の技量は殺すのに惜しいとか思っているわけではない。敬意を懐かないでもないが、だからといって飛逆に彼を殺さないという選択肢はない。
彼はヒューリァに致命傷を負わせ、あと一歩のところでモモコを殺していた。奇襲だろうとそれは尋常な戦術の一環であると思う飛逆だから、その手段に憤っているわけでもない。むしろ、その立ち回りにはやはり敬意さえ懐く。かといってヒューリァ及びモモコを傷つけたことに憤りがないわけではないが、それとは関係がない。
もちろん、『人殺しをしたくない』なんてことを思っているわけでもない。彼が死ぬのは最早飛逆の中では確定事項だ。
そう、殺すのだ。
そう決めた。
明確な意思を持って殺すために、彼に生きていて欲しいと願った。
だから、薄くなった煙の中に淡い燐光を発見したときには、思わず口の端が吊り上がった。
朧気だが、間違いない。あれは『修復』の光だ。面積が、煙でぼやけているにしても大きいのは、おそらくプレートメイルにインジェクトして発動させているからだろう。
なるほど、そうすれば任意に念じるだけで広範囲の修復が始まる。中々どうして便利(《チート》な装備だ。べらぼうに高価なだけはある。
「にゃ!?」
モモコも気付き、素早く臨戦態勢に戻るが、
「モモコ、……」
【言語基質体】を上書きしたことを忘れていた。喋れたはずの言葉が出てこないという奇妙な感覚には未だに慣れない。仕方ないので身振りで「ヒューリァを頼む」と示す。言い換えれば、「邪魔をするな」と。
なぜか怯えたように耳をぺたんと閉じて、そそくさと放り出されたままのヒューリァのところに駆けつける。なぜかはいはい走りだった。
まあ、いい。どうでもいい。
今なら、またあのレーザーもどきを喰らわせれば倒しきれるだろう。だが使う気にどうしてもなれない。また思い通りに放てるという確信もない――言い訳だ。放てるだろう。自覚的にやればもっと強力で、無慈悲な威力を出せると、なぜだか確信できる――いや、識っている。
やがて煙が晴れてきて、片手を肘まで失った剣鬼ががしゃり、がしゃりと具足を鳴らして姿を現す。
『修復』でも部位欠損は治らないようだ。あるいは治るのかも知れないが、相当の時間がかかるのだろう。
そんな有様にも拘わらず、彼は凄絶な笑みを浮かべていた。
(なんでこう、戦闘狂ってのは、笑うのかね)
他人のことは言えないが。
笑みとは本来、威嚇のために歯を剥き出しにすることから派生した表情だと聞いたことがある。そう考えると笑みとは総じて何らかの誤魔化しを含んでいるのだろうか。
追い詰められては笑い、追い詰めては笑う。そう考えると、戦うことで笑うのは、きっと自然なことだ。
敏捷で勝るこちらが先手を取るのも自然なことだ。
視認さえ難しい踏み込みを、けれど剣鬼は逆手に持った長剣を盾にすることでこちらの撃ち込み範囲を限定させ――もちろん飛逆はそんなものに釣られず長剣ごとへし折るつもりで撃ち込むが、そのほんの幽かな、あるかないかの紆余で体軸をずらして躱す。長剣はどこかへと飛んでいった。拳の衝撃波でやや広がった間合いの分を使って剣鬼は具足に仕込んでいた短剣を抜き、予めインジェクトされていた風の衝撃弾を放つが、飛逆は軽く振った裏拳で無効化する。あまりにも軽すぎる手応えに一瞬の虚が生まれ、その隙に剣鬼は、風を自らの腕に纏わせ、後方に噴射。反作用で、短剣での突きを心臓目がけて放ってきていた。
「――は」
あっぱれだった。それは最早、彼が自分の体を自由に動かせないほどに消耗していることの証左だった。あまりにも見え見えなその攻撃は、あまりにも剣鬼らしからぬ脆弱さで、そして素直だった。
だからといって受けてやる義理はなく、ガントレットの隙間部分を狙った手刃で腕を斬り飛ばす。
返す左手で、がら空きの剣鬼の頭を捕まえた。
最期まで剣鬼は凄惨なまでに獰猛に、笑っていた。
――いただきます。
その絶叫は、やっぱり哄笑のそれとしか聞こえなかった。




