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悪食吸血鬼の異世界魔王化(続)計画  作者: 久図鉄矢
弐章 ふうりんかざん
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21. カルネアデスの問い



「ヒューリァ」


 意味もなく、その名前を呼びかけていた。続けるべき言葉を、咄嗟には見つけられない。


(なんだ、この違和感……)


 違和というなら、いくらでも挙げられる。逆に言うと多すぎる。


 ヒューリァは待ち構えていた。逃げるのを止めたということだ。それだけならまだしも、彼女はどうやら周囲のクリーチャーを過剰に殲滅しておいたようだ。


 邪魔が入らないように、ということだろう。


 雰囲気からわかる。誰も出血していないのに、空気に幽かな鉄の味がする。それは興奮性の分泌物の匂いだ。


 ヒューリァはここで飛逆と戦うつもりだ。出し抜くのも二度は通じないと判断したのだろうか。それはありえる。一度戦闘不能にする気だ。だがそれにしては、位置がおかしい気がする。


 脳内マップを参照する。シェルターとも離れていて、外への転移門とも離れている。


 ここで飛逆を戦闘不能にまで追い込めば、その後はどうするつもりだというのだろう。


 まさか放置?


 いくら飛逆でも、それほどまでに痛めつけられた状態で塔内に放置されれば、確実に死ぬ。


(そもそも俺を負かせると、ヒューリァが考えてるってことがおかしい)


 自惚れではなく、客観的にヒューリァでは飛逆を倒すことはできない。それは(レベル)が上がっていない状態の飛逆が相手でも同じだ。


 殺すつもりなら、わからないが。


 殺すつもりなら、辻褄が合う。合ってしまう。


 モモコやミリスから色々と話を聞いた。色々とありすぎて、飛逆はもう何が正しいのかわからなくなっている。


 だからいつもなら即刻棄却するその可能性を、捨てられない。


「ヒューリァ……ミリスに何か言われたのか?」


「……?」

 空気ばかりが緊迫する中でヒューリァは小首を傾げる。それだけの反応だが、それだけで飛逆は、ヒューリァに言葉が通じていないのだと察した。切り替えて、『古い言葉』で改めて問いかける。


 違和感といえばここに来て、ミリスの態度にも妙な引っかかりを覚えたのだ。ヒューリァの考えだと称して自分の意見を主張してみたり、恩を売りたい飛逆に対してあからさまなはぐらかしをしてみたり。前者はともかく後者は、ミリスらしくない。その意図は思い付かないが、それでもミリスがヒューリァを唆したのだとしたら、なんだか辻褄を合わせられる気がする。


「無関係」きっぱりと「此処至る=←思考わたしのみ。ひさか→……←打倒。→覚悟←願い」


「……本当にそれが狙いだっていうなら、覚悟を迫るなよ。不意打ちでもなんでもすればよかったんだ」


 けれどヒューリァはクスリと笑った。


「無意味←ひさか『=感知莫大』←←奇襲。できる、これのみ←疲労←誘導」


「だったらそれは失敗だな。疲労どころか……手加減が難しいレベルだぞ、これは……」


 跳ねないように調整して床を踏みつけると、そこは蜘蛛の巣状にひび割れて、陥没した。この膂力で肉体的には柔なヒューリァを殴れば、それだけで殺してしまいかねない。


「無念<、→無変化←必須事項……■■(それに)……ッ!!」


 それは唐突に。


 赫怒という言葉が相応しい。ヒューリァは叫び、

「|■■わたし■死■■為■《わたしの為に死なれるくらいなら》、死■■次善■■(死んだ方がマシ)!!」

 その慟哭の一端を発露した。


 まるでその赫怒に煽られたように、飛逆の斜め下から炎が、爆発じみた勢いで噴出する。


(設置型とか!)


 本当に、ヒューリァは多芸だった。あるいはこれまではリソースの問題で繰り出せる術式に限りがあったのかもしれない。


 そんな分析は後回しだ。避ける。それ自体は難しくない。けれど、咄嗟だったために意識が完全に逸れた。その死角から二発の火弾が飛来する。触覚でそれを察して手刃で払おうとして――嫌な予感に手を引っ込めて、体勢が崩れるのも構わず、むしろ積極的に転がって大きく避ける。


 火弾が着弾した場所では、爆発が起こり、壁が、そして床が破裂する。


 自身の判断を褒めている暇もなく、次々とその爆裂弾は飛来する。破裂した壁や床の破片が飛逆の露出した部位をビスビスと貫き、熱波が血肉を焼いていく。


 位置を誘導されているということはわかっていたが、さすがにこの速度で連発されると、初見のこれへの有効な回避方法を割り出せない。しかも、爆裂弾だけでなく火柱を上げる例の種類も、見た目は同じものとして、混ぜられている。


 あっという間に視界は火の海と化した。爆裂により陥穽さえ出来上がって足場も悪い。


 視界が悪く足場も悪いとなると、事故が怖い。速度を出せない。しかも、


故■■ひさか(なんでひさかまで)■■言■(そんなこと言うの)……っ!? わたし■■■再■(わたしは二度と)……!!」


 爆風と熱のせいで、ヒューリァの位置を見失う。「■悟■■(決めたのに)……■■■定(決めたんだ)!!」何かを言っているが、聞き取ることができないのはもちろん、その発生源を割り出すことさえできない。


 彼女が広間を選んだ理由はこれだった。通路などではどうしても位置が限定される。その点、縦にも横にも広いこの場所は、炎の迷路を作り上げたヒューリァが自身を隠しながら縦横から、囲い込んだ獲物を狙撃できる。


 これこそ炎の竜人だったヒューリァの真骨頂だ。本来の姿、と言うべきか。


 誰も触れられず、ついには誰からも姿を隠す孤高の陽炎。


 だが――


(つーか、本気で死ぬ気か!?)


 殺す気か、ではない。


 これではヒューリァ自身が危ない。竜人だった頃との決定的な違いは、彼女自身の耐炎の有無だ。どれだけ耐炎ローブが優秀だとしても、露出した部分は焼けて、籠もった熱は容赦なく体温を上げる。


 それに、いかにこの炎たちが『燃焼』ではないとしても、過剰な熱量を有するこれらは容赦なく空気の組成を毒のそれに組み替えてしまう。幸か不幸か天井の高い塔内ならば、その毒が熱による上昇気流に乗るために中毒を起こす可能性は低いが、それでも『状態異常さえも回復』できる飛逆に対し、ヒューリァは徐々にではあるが確実に、ダメージを蓄積していくだろう。


 ヒューリァのためにも、早いところ無力化しなければならない。


 けれど彼女を殺さないようにと思えば、たとえば闇雲に突っ込んで周囲を炎ごと薙ぎ払うといった行為は選択できない。事故が怖い。今の飛逆がそんなことをすれば、ヒューリァの肉体など掠めただけで致死レベルだ。


(相性が悪すぎる……っ!)


 正確には、戦う相手としては関係性が悪すぎる。


 護りたい相手が命を懸けてくると、ここまでやりづらいのか。


 飛逆とてノーダメージではない。どころか、この時点でも結構な損傷である。


 裂傷創傷熱傷は元より、喉は棘でも飲んだように痛み、肺腑がやられたのか満足に息もできない。眠りを忘れて気絶もできない体だとはいえ、いつまで気力を保てるだろうか。少なくとも思考力は現時点でもガリガリ削れている。それが一番怖い。打開策を考えられない。思い付けない。


 時々思い出したように追加される火弾や火華を、何に由来するのか不明な勘だけでどうにか躱し、時には拳圧で作り出した衝撃波で炎を払いながらも、原結晶は着実に減っていく。


 追っているつもりで追い詰められていたのは飛逆だ。それはきっと最初から。


 手加減が難しいと聞いてヒューリァは内心、残念無念どころか、ほくそ笑んでいただろう。それは逆に言えば、ヒューリァは手加減しなくてもいいということなのだから。


 そして別に、ヒューリァは手加減されなくてもいいのだ。


 ――死んだ方がマシだと、言っていたのだから。確かにそう言っていた。


 彼女はどこまでも本気だった。


 ――ふざけるな。


 ふざけるな、と思う。実に戯けた話だ。


 何がふざけているのかと言えば、ヒューリァも飛逆も、お互いが同じ事をしようとしているからだ。『できれば自分も生き残る』という方針までもが同じだ。


 カルネアデスの板の問題のようだ。ただし意味はまるで逆だが。


 ここに来て飛逆はついに、ヒューリァの思考を掴むことに成功した。難しいと思っていた共感さえ果たせた。同時に、なぜ彼女の考えが読めなかったのかも理解した。


 同じだから、目を反らしていた。


 モモコの意見も、ミリスの意見も、正しく、そして結論だけが間違えている。結局は、彼女は飛逆と同じだったのだ。異様なまでに鋭い彼女の直感も、それで説明できる。同じだから、考えるまでもなくわかったのだ。


 死にたくはない。それは多分、赦されないことだから。


 けれど、何かを遺して死ねば、赦される気がしていた。


 お互いがお互いに、自分の命を相手に仮託していた。いつか彼女/彼に遺すために。


 やられてみてわかる。なんてふざけた考えだろう。


「ふざけるな!!」


 煤の混じった呼気を肺腑から絞り出し、掠れた声で叫ぶ。


 そして震脚――地面に向けての浸透勁。


 範囲五メートルほどの空間が、爆ぜた。床は飛逆を中心にクレーターが形成され、その衝撃と化した震動の余波で八メートルほどの半径空間で炎が掻き消される。


 これくらいは、簡単なことなのだ。今の飛逆ならば。


 激情に駆られてついやってしまったが、これだけの広範囲だと余波だけでヒューリァを殺してしまいかねない。この場合の余波というのは、炎と瓦礫を巻き込んで飛ばしているためにまさしく爆風になっているのだから。


 幸いにして、ヒューリァはぎりぎり耐えられる範囲にいたらしい。


 爆風の反射から、方向を割り出して――彼女を視認する。


 咄嗟にか、顔を両腕で庇った体勢で――火傷で爛れた腕を下ろした彼女の顔には、驚きと、そして歓喜が浮かんでいた。


「……■■■力■■大(やっぱり強いね)、ひさか」


「もうやめようぜ、ヒューリァ。不毛だ、こんなの……」


 自覚してしまっては、自分がどれだけ馬鹿げたことを考えていたのかを実感せざるを得ない。


 誰でもよかったわけではない。彼女だから遺したいと思った。


 けれど、そう。やられてみてわかる。これは呪いを押しつけるようなものだ。


 決して、ヒューリァにしてはいけないことだった。


 ヒューリァは激怒していたのだ。今、飛逆が燻ったそれを抱えているのと同じように。


「……」


 ヒューリァはうっすらと笑う。


 その凄艶な笑みを、飛逆は『わたしの気持ちがわかったか』という嫌味か皮肉と受け取った。


 勝ち誇られて、思わず顔をしかめる飛逆に、しかしヒューリァは、


■■失■■機(もう遅いよ)、ひさか」


 飛逆が読み取ったのとは別の方向で勝ち誇っていた。




「うにゃ」




 最近聞き慣れたその声を、耳元で聞いたときにはもう遅い。


 ひくり、と頬が引きつった。ここから反応しても間に合わないと悟ったからだ。今の飛逆でも、彼女からは。


(なるほど、これは俺の完敗だ……)


 ヒューリァの講じた策の全貌を察した瞬間に、それは飛逆に降りかかった。


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