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悪食吸血鬼の異世界魔王化(続)計画  作者: 久図鉄矢
弐章 ふうりんかざん
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18. カルチャーギャップ

 転移門を開くための条件は、自覚してしまえば意外と簡単だ。【能力結晶】の能力を発揮するときと同じようなもので、できるとわかっていればそれは意識するだけで開く。


 潜り抜けるや飛逆は周辺の気配を探る――やはりヒューリァの気配は見つからない。


 改めて周囲を観察するが、見たことのない雰囲気だ。


 やはり千階層付近ではない。


 そうと覚るや飛逆は『運動能力増強』の【能力結晶】を自らの影に落として、疾走を開始する。音を置き去りにする勢いだ。ローブのフードに引っかけたミリス人形が〈あ、あははぁ、ホントにこれで人間ベースのヒトガタ憑きなんですか~……〉〈っていうか速さはともかく、どんな感覚器官してたらこの速度で制動が利くんですか~……〉とかなんとか言っている気もしたが、無視だ。というか運動エネルギーのロスを減らすために殆ど揺らさず滑るように疾駆する飛逆の真後ろでその速度を実感できるミリスの測量感覚も大概だ。


 けれど確かに、飛逆は自分の記憶しているよりも身体機能が増強されている気がしている。『運動能力増強』の効果がなくとも、総算すると二倍近い感触だ。それは元々このサイズの人間の限界値に近いまで鍛えられていたことを考えると、リミットカットを除いたとしても、すでに人の範疇にないとさえ言える。


 最初は、異世界召喚に伴う『置換』のせいだったり、【紅く古きもの】のせいだったりするのかと思っていたが、それにしては増強されだしたタイミングの辻褄が合わない。モモコに能力値の変化があるか聞いたが、ないという。


 一番心当たりがあるのは、様々な『検証』をしてからだ。


 それはともかく転移門らしき行き止まりに着く。案内プレートを探し、二百階層という中途半端な行き先を見て舌打ち、引き返す。


 クリーチャーには出遭っていない。この階層には出ないのか。


 広間に出る。


 その円形の広間を中心にそれぞれの階層への通路が伸びている。迷わず千階層へと向かう。


 門を見つけて躊躇無く潜る。


 千階層だ。転移門は一方通行だったが、見覚えがあるので間違いない。


 ヒューリァと別れたのは千五十階層。全員で外に出るということで採集効率を上げるために登ったのが徒となってしまった。


モモコなら足手まといのトーリを連れても五十階層を八時間で移動できるが、それでも遅すぎる。足手まといがいないと考えても六時間はかかるだろう。


〈今思ったんですが~、距離比例の仮説がほぼ証明されたんですから~、一旦外に出て移動した方が早いんじゃ~?〉


 ミリスの言うことは尤もすぎる。だがここから外に出るには脱出用の門まで行かなければならない。焦りすぎた。時間のロスも甚だしい。言ってる傍から妙に腕の長い熊型のクリーチャーと出くわす。


 煩わしい。


 飛逆を発見するなりプロペラみたいに腕を振り回し始めるその間抜けな姿が癪に障る。


 苛立ちを紛らわすための八つ当たりとばかりに一瞬で懐に飛び込み、無造作に一撃を入れてから【吸血】する。


 化け熊が跡形もなくなったところで少し頭が冷える。


 検証漏れを一つ思い出す。


 塔の中で門が開いたことがあった。剣鬼と出くわしたあの時だ。


 開く。開け。念じる。


 ちりっ、と頭に不快な感覚があった。塔の中で開くのはイレギュラーなのか。門は出現したものの、何かが消耗したような感触だった。いや、削れたような?


 厭う余裕などない。ミリスが何かを言っているのを気に留める余裕もない。


 崖の上に出る。中から開くときはここが定位置なのか、それとも事前のイメージのためか、どうでもいい疑問が湧くが、かかずらうことはない。


「ミリス、トーリの家の位置はわかるな? わかるなら直線方向を割り出せ」


 フードから人形を取り出して指示する。


 ミリスの空間把握はその髪を長距離から伸ばして操れるだけあって、莫大な領域を網羅している。方角を割り出すくらいは余裕のはずだ。




〈え? あ、はい~。お待ちを~………………………………あっちです~――ってぇ~っ!?〉


 人形の腕がその方向を指し示すや、飛逆は崖から飛び降りた。ミリス人形が何か叫んでいるが、崖や谷の上から飛び降りるなど、昔はよくやったことだ。怪我を最小限に抑える術くらい心得ている。


 ただし、今回はひたすらに速度重視である。


 正確に言えば飛逆は、崖から飛び降りたというより、跳んだのだ。斜面の凹凸やしぶとく生える草木を利用した減速などできないほど、遠くへ。


〈このヒト、人だってうっそだぁ~〉


 崖から優に50メートルは離れた木に頭から突っ込むとき、ミリスが何か呟いていた。




〓〓 † ◇ † 〓〓



〈ヒューリァさんが何を思っているか、ですか~?〉

 進むべき方向が定まっている今、可能な限り最速で動く以外にやることがない。もちろん足は動き、進んでいるが、悪路走破など飛逆にとっては意識を集中させる必要がないほど容易い。時には蔦や枝に手を引っかけて、(ましら)よりも速く木々を抜けていく。


 崖から跳んだときにできた骨折や裂傷は当然、原結晶を消費して回復してある。


 全力を出せども余裕がある。そうすると今度は焦りが思考を浸食する。


 急がば回れという。焦りのために飛逆はすでに何度も判断ミスをしている。少しは気を落ち着かせなければならない。だから少しでも建設的なことを考えて、気を紛らわせたかった。


「ああ、追いついても、このままじゃどうやってヒューリァを説得すればいいのかわからない。心当たりがあるなら、教えてくれないか?」


〈そうですね~……まあ、ワタシなりの分析でいいんでしたら~〉


 天敵だからこそヒューリァのことを分析するのだと言っていたミリスならあるいは、という期待がある。


〈まぁ、カルチャーギャップのせいだと思いますよ~〉


「……、は?」


〈ヒサカさんがどうしてヒューリァさんのことがわからないのか~って話なんですけどね~。確認しておきたいんですけど~、ヒューリァさんってモモコさんと同等の戦闘能力があったんですよね~?〉


 意味がわからなかったが、悠長に考察できるまでには余裕がない飛逆は、とりあえず話を進めるよう促した。


〈だとするとヒューリァさんって元の世界だと多分~、決戦兵器とか、そんな扱いだったと思うんですよ~〉 


 その推測はおそらく正しい。だがまだ話は見えてこない。


〈そうすると~、おそらく~、ヒューリァさんにはワタシたちの合理性が理解できません~〉


「合理性が、理解できない?」


〈ワタシたちにとって、暗殺やら強盗というのは~、非合理だからやらないんですけど~、ヒューリァさんにはその合理性が理解できないってことです~〉


 たとえば戦争での常識しか知らないのであれば、殺人は元より、糧秣の現地調達に必然的に発生する強盗略奪も、その是非を問うまでもない。それはその常識に於いては合理的なのだ。


 つまり、合理の捉え方が異なる。どちらが合理であり非合理だという話ではないのだ。


「それはなんとなくわかるが、それが?」


〈つまり~、ヒューリァさんはどうしてヒサカさんが殺人を避けているのか、理解できないんですよ~〉


「……別に避けているわけじゃないんだが……?」


〈ヒサカさんがどうって話じゃないんです~。ここまでにヒサカさん、誰か殺しましたか~?〉


「いや、そういえばやってないな」


〈つまりそういうことですよ~。『敵』を殺すことに躊躇がないヒューリァさんの目から見て~、どうしてヒサカさんほどの合理性を重んじる人が殺人を回避するような指針ばかり立てるのかってぇ、矛盾を感じちゃうんですね~。するとぉ、ヒューリァさんは、ヒサカさんが慈悲深いからそんな非合理なことをしているって考えると思いませんか~?〉


「……なんだその誤解」


 確かに飛逆は無為に人殺しはしないが、別段忌避感があるわけでもないのだ。そんな感性は兄を喰らったときに跡形もなくなり、その以前から、潰されている。


〈だからカルチャーギャップなんですよ~。ヒューリァさんにとり~、あえて『敵』を殺さないのは~、極めて非合理的なことなんです~〉


「……だから俺を見捨てた、と?」見切ったというべきか。


〈実はバカなんですか~?〉


 割と素な感じで罵倒された。


〈まぁ~、ワタシの分析が必ずしも正しいとまでは言いませんけど~、その結論はさすがにあんまりだと思います~。ワタシでさえヒューリァさんに同情しちゃいましたよ~〉


「……」他の結論が思い付かず、けれどおそらくミリスのほうが正しいのだと思い、飛逆は考え込んでしまう。


 おかげでうっかり木の枝を避け損なってしまった。


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