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悪食吸血鬼の異世界魔王化(続)計画  作者: 久図鉄矢
弐章 ふうりんかざん
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17. 裏切り

 拍子抜けなことに、ヒューリァはあっさりと前言を撤回した。全員で塔の外に出て、モモコが件の研究施設に潜入することを承知したのだ。


 モモコと真剣に話をして、色々と説得を考えていたのがバカみたいに思えたものだ。


(でもまあ、よく考えたら、モモコの言うとおりだったとして、ヒューリァが反対する理由ってないんだよな……)


 説得が難しいと考えていたのもそれがためだ。


 ヒューリァが『呪いを祓う方法を探す』ことに反対する理由がわからなかった。


 モモコの提言によってようやく、その術を見つけてモモコらが呪いを解いたら飛逆が単身で自殺行為に走ると危惧しているのではないか、と当てが付いたのだが。


(もしそこまで考えてのことだったら……)


 ここで意見を翻したのには裏があるはずだった。


 例えば飛逆だったら、ヒューリァの立場であればまずその手段を手に入れる。そして無理矢理にでも飛逆から兄を抜き出すだろう。


 ここでそうなったということは、ヒューリァはじっくり考えた上でそれしかないと結論したのではないだろうか。反対したのは考えがまとまる前に事態が進んでしまうことを恐れたためだとすればまあ辻褄は合う。あるいは、一度反対することで飛逆がヒューリァの思惑に気付かないかどうかを確認していたのか。


 そうすると、飛逆は解呪法を手に入れた辺りで、ヒューリァを警戒しないといけないわけだ。


(なんだか変な話だが……)


 仲間が自分のためを思ってしてくれることを拒まなければならないわけだ。場合によっては力尽くで。


 完全に自分の我が儘だという自覚がある分、後ろめたい。


 モモコは中立で、ミリスは間違いなくヒューリァ側に立つだろう。確実ではないとはいえ、解呪することで塔の回復が成される可能性があるためだ。後顧の憂いを無くすためにミリスは確実に強制してくる。


(……詰んでるな)


 もちろん飛逆は解呪する以外の塔の回復手段を模索するつもりではあるが、心当たりはもう塔の制覇くらいしかない。そして飛逆の推測では、それはあまりにも無謀だ。これはトーリの願いに対する答えでもあったが。


 塔下街の連中はたかだか千五百階層でもう頂上に近いと考えているらしいが、飛逆に言わせればとんでもない。最低でも塔階層は一万階層を下回ることはありえない。そしてその通りだったとき、千五百階層などまだまだ中層にも達していないことになる。


 その推測の端緒は、塔の頂上を目視できた人間がいないことだ。色々と憶測は混ざるが、仮に塔が月に届くとした場合、そしてこの世界の月が動かないことから静止軌道上にあるとしても、すると頂上までの距離は三万八千㎞くらいになる。どんなに一階層毎の天井が高いと言ってもせいぜい一㎞か二㎞程度だ。床がどれだけ厚いとしても一㎞を上回るとは考えづらい。するとやっぱり一万階層を下回ることはありえないのだ。


 そもそも二千階層くらいとか、なんだか数が中途半端だろうに。塔下街の連中は単に千階層くらいから死傷者の数が増えたということで、自国を護るための戦力を失うことを危惧してそんな制限の理屈をでっちあげたのだとしか思えないのだ。


 翻すにそれくらい無謀だということだ。トップレベルの採集者が死なない程度の限界が千五百階層だということになるのだから。三千階層くらいでギリギリというところだろう。その三倍強を踏破するなど現実味がなさすぎる。


 従って、解呪による塔の回復に賭けるしかないわけだ。


 解呪したからとて確実に塔が回復するとも限らないが、その可能性を試しもしないのは馬鹿げている。けれど馬鹿げていることを承知で、そのお試し程度のことで兄を『殺』して『道具』にすることを、飛逆は選択できない。せめて確証があれば……どうだろうか。その時にならないとわからない。


 何も結論を出せないまま全員で塔外に向かう。


 何にせよすべては解呪法を手に入れてからだと、そう思っていたのだ。


 転移門を潜るその時までは。


 いつでも飛逆のすぐ傍にいて、転移門を潜る時には必ず引っ付いてきていたヒューリァがそっと、手を離したのだ。それどころか飛逆の背を軽く押しやった。


 塔外への転移門は一方通行だ。


 待てどもヒューリァは現れなかった。

 



 〓〓 † ◇ † 〓〓





 これまで飛逆は、予想を裏切られることがなかったわけではない。むしろ予測は外してばかりだ。


 だからその意味では意外でも何でもない。また外したというだけだ。


 けれど、狼狽することさえも忘れて唖然としてしまっているのは、事態が起きるに至ってもその意味がまったく、想像さえできなかったからだ。


「……え、えっと……?」


 トーリなどは何に驚愕していいのかわからないというように辺りを見渡し、ようやく欠員がいることに気付いたようだ。


「ヒサカ、どうするにゃ?」


 事態の把握はすんなり済ませたらしいモモコが問う。


「わかってたのか?」こうなると?


「そんなわけないにゃ。ただ考えても仕方ないってだけにゃ」


「……」


 事実だけを見ればいい。そうすれば選択肢は浮かび上がる。モモコの言うことは正しい。わからないことを悩むよりは冷静に、判断すべきだ。


「選択肢は二つ、……いや三つか。全員で塔に戻る。俺だけ戻る。ヒューリァを見捨てる」


 当然、三番目は飛逆の中にはありえない。ヒューリァはそれなりに強いが、それでも千階層前後を単独で生き抜けるほどではない。早急に戻って合流しなければ、彼女は死ぬ。


〈個人的には三番目を推したいところですけど~〉

「ミリス黙れ」

 バッグから顔を出したミリス人形を短く制する。


〈わかってます~。一度でも見捨てたら~、ワタシたち俄パーティなんて簡単にばらけちゃいますからね~。せめて放火魔さんがどういうつもりなのかってことぉ、聞いてからじゃないとワタシとしても見捨てる選択肢はありませんよ~〉


 全員が納得できる理由なんて、ヒューリァは持ち合わせていないだろう。一聞する限りヒューリァを見捨てないと言っているミリスだが、その本音はヒューリァが身勝手で協調性を著しく損なうことをしているのだという言質が取れればすぐにでも切り捨てるべきだと言っているのだ。


 ミリスとはそれぞれの元の世界の文明レベルが近いせいもあるのか、思考形態が似ているところがある。つまりはこの世界で誰よりも話が通じるのだ。その代わりというか、そのせいで、やりにくい。


「……いずれにせよ一旦、ミリスの本体の所に集合だ」


〈いますぐ戻らなくてもいいんですか~?〉


「……」


〈というかヒューリァさんがいないところでまで隠さなくてもいいんじゃないですか~? とっくに暗黙の了解なんですから~〉


「……」


〈ヒューリァさんのところに【扉】を繋げることができないんですよね~? ヒューリァさんが、もう【全型魔生物】のカテゴリから外れているから~〉


 その通りだった。


 広すぎる塔の中で、これまで何度も内外を行き来していながらモモコらと合流を果たせていたのは、【全型】同士を引き合わせる不可解な力を利用してのことだった。


 飛逆はこれまでの期間、情報収集をミリスに任せっぱなしにしていたわけではない。ミリスに任せたのは主に塔下街に関することであり、【全型魔生物】つまり自分たちに纏わることに関しては主に飛逆が情報収集と検証を行っていたのだ。


 その一つが、やはりすでにヒューリァは【全型魔生物】ではなくなっているということ。少なくとも飛逆とヒューリァは引き合わない。


 ミリスには隠して検証したつもりだったが、さすがに無理があったようだ。そもそも引き合うという性質が知られていないと考えていたため、飛逆もそこまで気をつけていなかったのだ。


「ヒューリァの性格からして、どう考えても上に向かうだろう。まずはそこにだ」


 この際なので明かすことにした。


〈……どうやってそこにぃ?〉


「この森からどの程度離れるかで繋がる階層が決定されるはずだ」


〈それは確かですかぁ?〉


「わからん。ただ、仮説はある。そこそこ森から離れているトーリの家で【扉】が開いたとき、千二百階層前後っていう微妙な階層だった。そのときには他の【全型】に出遭っていない。おそらく俺たちが引き合わされる力のほうが優先順位が高いんだ。だから全員で外に出たことがその一回しかない以上、検証のしようがない。ランダムって可能性も充分にある」


〈……月の光の件を鑑みればぁ、距離と比例って話もありえないじゃないですね~。でも、それなら今すぐ【扉】を開いて~、そこが何階なのかで検証できませんかぁ?〉


「……それもそうだな。ただその検証をするためには、階層を表記しているプレートを発見しなきゃならない」


 その時間は結構なものになるだろう。


〈あ~、それでしたら~、始めの階層には攻略済みの階層に跳べる仕組みが備わっているらしいですよ~。百階層ごとっていう大ざっぱなものらしいですけど~〉


「……ああ、それで二千階層が頂上って見込みになったのか?」


 謎が一つ解けた。百階層ごとにしか移動できないとしても二十+二個の転移門がある計算で、それらだけが発見されているのだろう。


〈そうみたいですね~。ただし~、ワタシはヒサカさんの推測に一票ってところですけど~。


 そんなの、二千階層が中継ポイントになっていれば何も矛盾しませんし~……というか確証が得られてから話すつもりだったんですけど~、どうもこの二千階層が頂上っていう説には~、色々な方面からの圧力が絡んでいる節があるんですよね~〉


「【能力結晶】や【精神感応合金】の値崩れを防ぐため、ってところか?」


〈間違いなくそれも絡んでます~。ワタシたちがこれだけの時間見逃されてきているのも~、元々の採集量が過剰だったからっていうのが大きいですし~。ワタシたちの尻尾を捕まれない代わりに、相場以上の値段で売ることができないことの原因でもありますが~〉


「他国に卸すとパワーバランスが崩れかねないから貯め込むしかなかったわけか……」


 貴重品のはずが不良在庫になるとはまた本末転倒の話である。この採集ができない時期で在庫をなるべく塔下街内だけで処理したいという思惑があるわけだ。


〈かといって買い取りを渋ったりしたら~、今度は採集者が貯め込みすぎて妙な色気出しちゃうって理由でしょうね~。彼らの生存率を高めるオリハルコンの製造のために在庫を放出しないのも~、似たような理由でしょうから~〉


 国外だけでなく、国内のパワーバランスさえも絡んだひどく複雑な背景のようだった。


「……話が逸れた」


 これで飛逆は焦っているらしい。優先順位をはき違えるほどに。


「それならすぐに――」


「いいかにゃ?」転移門を開こうとする矢先にモモコが「ウチはここで待機しとこうと思うんにゃけど、どうかにゃ?」


「……なんでだ?」


 トーリははっきり言って邪魔だが、モモコを伴えば1.5倍以上の効率が出せるのに?


「ヒサカ心臓うるさいくらい、焦りすぎにゃ。ヒューリァが時間差でウチらがいなくなってから出てくるかもしれないってのを忘れてるにゃ。らしくないにゃ」


「……」言われて初めて気付くが、その可能性は充分にある。ヒューリァだって独りで中に残るのが致命的だということくらい把握しているに違いないのだから。


「くそっ、ヒューリァが何をしたいのかがわからん」


 だから彼女がどう動くのかということが全く読めず、その焦りでますます思考が迷走する。


「まあとりあえず、にゃ。ウチの耳にゃらこの森の中だろうとヒューリァの気配をすぐに捕まえられるし、ヒサカは採集を考えなければクリーチャーにやられることはほぼないにゃ?」


 即死さえしなければ飛逆はクリーチャーを【吸血】すればいいので、防御放棄とリミットカットに加えて『身体強化』の【能力結晶】を用いればモモコと同等の殲滅効率を実現可能だ。


「ヒューリァと話し合うことも考えたら、ヒサカだけが行くのが正解にゃとウチは思うにゃ。……案外、ヒューリァはそれがしたいだけにゃのかも知れにゃいし」


 命を懸けてまで『飛逆に追いかけられたい』願望があるとでも? その動機がありえないと言い切れないところがヒューリァのわからないところだ。


〈あ~、でもワタシたちの連絡ラインが切れるのは歓迎できないので~、ワタシの人形(ぶんしん)は連れてってください~。モモコさんの本気速度で予備の人形を受け取って往復してくれればそれほど時間のロスにはならないはずですから~〉


「だにゃ。トーリ置いて行けばこの辺りにヒューリァが現れたらわかるはずにゃし……がんばれるかにゃ? トーリ」


 最近は荷物持ちとしてしか活躍できていないトーリが、久々に役立つときがきた。


 彼はそれがわかったのか、決然と頷いた。


 そんな様子が気に入ったのかモモコは一頻りトーリの頬を腕の毛皮で擦ったりして愛でてから、そして一陣の風を残してミリスの元へと向かった。


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