16. 女心はわからない
飛逆からの要請を受けてミリスが調べたところ、採集者の異常な強さの理由は、思ったよりも単純だった。
とはいえ飛逆も、宿に泊まり、シャワーを浴びた段階で多少は想定していたことだ。
機械がないというのは飛逆の勘違いで、この世界では【能力結晶】を動力源かつ性能とした機械みたいなものが存在したのだ。
〈まぁ~、考えてみればどうしてカートリッジにしたのかって話ですよね~〉
単純にヒトにインジェクトするだけなら、【能力結晶】の形に規格を設ける必要がない。特に薬莢などが残るのは、小さいとはいえ数があると荷物になるので面倒だ。そこはてっきり薬莢自体に意味があるのかと思っていたが、単純に、器具に差し込む形状として利便性が高く、円筒状なのは角を無くして結晶の欠損をなるたけ防ぐための形だった。
ちなみにシャワーの仕組みは、『流体分子の運動量を操作する』という能力を付加したボイラーで水という流体の熱量(分子運動量)を操るというものだった。本来は『風を操る』類の能力だろう。この世界の住人も、漫然と【全型魔生物】から採取した能力をそのまま流用するだけではないことの一つの証拠だった。
〈もっともぉ、色々試したらたまたまできたってだけって感じみたいですけどね~〉
ミリス曰く、そこまで物理学などは発展していないとのこと。
原理を理解せずに大衆が道具を利用するのはどこの世界でも共通らしい。
〈ただ~、錬金術みたいな鉱物に関する研究はかなり進んでいます~。これは~、どうやら【能力結晶】の効力を発揮できる金属などを編み出そうとした結果として発展したみたいですね~。順序としては~、その研究を進めていたところに~、『土石を操る』能力のコードが手に入ったことで飛躍的に発展した~、という感じのようです~。
どれくらいの発展かというと~、ワタシの前いた世界ではびっくりな~、【精神感応合金】なんてものができちゃってるくらいです~。これがあるから【能力結晶】を発揮する機械なんてものが実現可能になったんですね~。
ただし~、【精神感応合金】はその生産に非常にコストがかかるみたいです~。ただでさえ各種希少金属を使わなければならないため~、その金属を集めるために『土石操作』を使わなければならなくて~、更に集めた希少金属の加工に~、『土石操作』と『流体操作』に完熟した職人がこれまた大量に使わなければならなくて~、挙げ句に加工時に膨大な燃料まで必要で~、果てにはそもそもレシピに原結晶が大量に必要なんだそうです~。ちょっと具体的なことを言えば~、駆け出しの採集者が千日休まず働いて短剣一本分くらいのコストですね~。ちなみに生活コストは計算に入れていません~。
街中に普及している程度の器具なら~、カートリッジを挿入するスロットル部分だけとか~、競合しない金属の混ぜ物をして水増しして使うとか~、繊維状にして布に編み込むとか~、セラミックスや合成樹脂に混ぜ込むとか~、そうした極限までのコスト削減をしてなんとか回しているみたいですけど~、ぶっちゃけこの塔下街でしか普及不可能ですね~。トップレベルの採集者は~、そんな【精神感応合金】をフルで使った装備で固めて使いこなしているわけですから~、強いに決まってますよ~〉
「でも、それだけか?」
誰にでも使用可能なものであれば、どうにかして盗み出せばいい。習熟に差は出るだろうが、殊更この塔下街に有利というほどではない。
〈さすがですね~。実はまだあります~。これは盲点というかぁ、ワタシたちからすると反則なんですけど~、……あの動かない二つの月がヒントです~〉
さすがにわからなかった。
〈気付きませんでしたか~? あの月はぁ、影を作るんですよぉ。遮蔽物があろうとなかろうとぉ。さすがのヒサカさんもぉ、ご自分の影には注意を払っていませんでしたか~〉
「は? 影?」
〈あの月はぁ、光に似た何かを放出しています~。それは生き物だけが遮断することのできる何かなんです~。見えない光が影を作るっていうのも変な感じはしますが~。
影はもう一人の自分~……なんて理屈なんでしょうかね~。その影はぁ、【能力結晶】を飲み込みます~。そしてその能力を本体に及ぼします~。その影はぁ、塔の上層に行けば行くほどその時に飲み込める【能力結晶】の絶対量が増えるらしいです~。種類は増えなくても、発揮できる力が強くなるんですね~。翻すにぃ、あの月の放つ何かはぁ、射程距離があるってことです~。遠くへ行けば行くほどぉ、減衰するんですね~〉
「なるほど……。理解した。他国は、攻め込めないんじゃなくて、攻め込まないんだな……」
〈そういうことですね~。あまりにも塔の周辺に特有かつ有利な条件が多すぎてぇ、遠くの土地にとってこの土地を独占する理由があまりないんです~。もちろん独占する意味はありますが~、それは他国に睨まれるので~、それまでの領土を捨てて塔の周辺に自国の本拠を移す覚悟が必要です~。下手に辺境貴族なんかを仕立てれば~、領地独立を宣言されて元の木阿弥ですからね~。それくらいなら名目上独立を認めておいて~、自分たちの息が掛かった者を送り込んで~、【能力結晶】の輸入優先権を獲得するよう働きかけたほうがずっと利口です~〉
「困ったな……。予想以上に上層にいる連中が強そうだってのもそうだけど……」
案の定、あの剣鬼は本気の一欠片も出してはいなかったようだ。見た目ヒト型の二人連れが【全型魔生物】だとは、最後まで彼は確信できなかったのだろう。だから逃げ切れたのだ。
〈はい~。困りましたぁ。他国をけしかけて塔下街の治安情勢を【全型】を追うどころじゃないようにするって案が~、これで使えないことが判明しましたぁ……〉
「できなくはないだろうけど、工作に時間がかかるし、人手も足りないな……」
〈今のところ何とかなってますけど~、このままじゃ原結晶を卸すのも行き詰まりますね~。市場のほうは足が付かないように工夫してますけど~、経済を牛耳ってる商系組合が在庫から放出してる原結晶の減り方なんかを調査されたら~、そろそろ嗅ぎ付けられても不思議はないです~。製品レベルに仕上げた【能力結晶】のほうに半分切り替えて時間は稼ぎますけど~、やっぱりこのままじゃ限界がきます~。保ってあと十日前後ですね~〉
「資金はどれくらい貯まった?」
〈カスト他に支払った報酬などを差し引くと~、平均的採集者の五十日分くらいですかね~〉
物価の相場がわからない飛逆にはわかりやすい表現だったが、
「心許ないな……」
実質五日で稼いだと考えれば相当の効率だが、これは採集に必要経費が殆どかからない飛逆たちが、ほぼ休み無く、千階層前後という高階層で採集を続けた結果と考えれば若干少ない。
ちなみにモモコたちと合流してからこちら、飛逆は小休憩を除いてずっと働いていたので、さすがに体力というか気力が限界だった。無心でできる手作業など、あれは精神安定によかったのだと改めて思うくらいだ。
今は全員がシェルターで休んでいるところ、飛逆は眠れないついでに塔の外で活動しているミリスと人形を介して(塔の内外でも彼女の能力は通じた)連絡を取り合っているわけだ。
〈やっぱり足跡を消すために経費かかるんですよね~。他国に卸そうかとも考えてたんですけどぉ、直での密輸は難しいですね~。卸先の一つにしてる他国からのスパイに継続的に当たってますけど~、今のところ脈無しです~〉
「輸出入はある意味塔下街の生命線だからな。仕方ない。
とはいえ、マジで困ったな。さすがに具体的な成果がこの期間で出るとは思ってなかったけど、何らかの目処は立てられると見込んでたんだが……」
このままではミリスが嗅ぎ付けられる前に、【全型】を追う者たちが方針を変えて来ないとも限らない。あるいはすでにそれは迫っているかもしれないのだ。
〈やっぱりぃ、コードを研究している機関に潜入するのが先じゃないですか~?〉
そうなのだ。正式名称をルナコードという、【能力結晶】の内容を決定するそれ自体は、金銭で簡単に手に入れることができた。手に入るだけの種類はミリスに揃えてもらったが、そのコード自体の製法は、ミリスをしても探れない完全な機密だった。これは探れば大抵の情報は手に入る塔下街の情報規制の傾向からは実に珍しい。それは逆に、製法を知れば簡単に複製できるということを示唆している。【精神感応合金】や【能力結晶】と違い、製法を知っても特別な材料が必要なそれとは異なる可能性が高いのだ。まあ、一般公開するにはえげつないことをしているから隠している可能性もあるのだが、いずれにせよいつかは探らなければならない事項ではある。
「けど……なんか知らんけど、ヒューリァがな……」
当初飛逆は、その事項が機密であると知った時点で多少強引なことをしてでも探ろうとしたのだが、実に意外なことにヒューリァがそれを強硬に反対した。
本当に意外だった。飛逆よりも余程に【紅く古きもの】を祓いたいと願っているというのは、飛逆の勘違いだったのだろうか。
どうもそうは思えない。相変わらず、眠っていない飛逆に渋い顔をしたり、モモコと話したりしたら怖い顔をしたり……まあ以前より妙によそよそしい態度だったりもするが、それも含めて総合的にヒューリァのことがわかりにくくなった。
なんでだろう? 飛逆には本気でわからない。
〈どうでもいい、と言いたいですけどちっともどうでもよくないんでぇ、言わせてもらいますけど~、ヒサカさん、ヒューリァさんに甘過ぎじゃないですか~? 『お二人の関係を詮索しない』とは言いましたけど~、いくらなんでもちょっと目に余りますよ~。理由は聞きませんから~、どうにかしてください~〉
「甘い、か……。そうなんだろうけど、俺はヒューリァを頭ごなしに押さえつけるようなことはしてないし、したくないんだ」
これまでは、誤解はあっただろうが大まかにはヒューリァのことが理解できたから、多少は強引だったにしろ説得できてきた。けれどわからないから、どうやって説得したらいいのかとっかかりも掴めない。
相変わらずヒューリァは『気付くと傍にいる』くらいに飛逆にひっついてくるくせに、何か話をしようとしたら微妙な態度で、時にはあからさまに逃げる。
(なんでこんな切迫した状況でまるですれ違いのカップルみたいな……)
いやそれがまんまなのだが。他に形容しようのないくらいに。
(だとして、このまますれ違いをこじらせて別れるとか、割とシャレにならなくね?)
いや付き合っているわけではないが。それどころではないし、というのが飛逆の心境だが、そこからすでにすれ違っているという気もしないではない。お互いを想う気持ちはお互いが持っていると認識しているが、だからといって即恋人ではないと、形式に割と拘る飛逆だった。
〈完全に他人事だったら~、生温かい目で見守るのも吝かではないんですけどぉ~。もうお一人でどうにかしちゃったらどうですか~? ワタシのバックアップがあれば~、できなくはないと思いますよぉ? いざとなったら【扉】を開いて脱出すればいいだけですし~〉
戦力的な意味でヒューリァを伴いたいわけではないのだ。むしろ潜入作戦となればどうしても派手になるヒューリァは連れて行かない方が良いくらい。危惧しているのは、ここですれ違いを放置したまま、一時的にせよ彼女と別行動を取ることなのだ。何か色々と致命的なことが起こりそうで。
もしかしたら飛逆よりもそれがわかっているかのようにちくちく言ってくるミリスに、眉をひそめて遺憾の意を示すくらいしかできない。
そんな二人(人形だけれど単位は人でいいのだろうか)に、不意に、
「うにゃ。あんまし他人が突っかかることじゃないにゃ。にゃんならウチが行くけどにゃ?」
飛逆をしても気配を感知させないモモコがいつの間にか飛逆の隣にいた。
「聞いてた……、というより起きてたのか」
「ウチは夜行性だって言ったにゃ?」
だからそれはあまり関係ないのだが。
「まぁ、正確にはどんなときでも浅い眠りってことなんだけどにゃ。いつでも眠れるし、眠ってても半分は起きてるようなものにゃ。この躰になってから肉体的疲労とは無縁にゃし、すんごく耳がいいのにゃ、ウチ」
「それはなるほど」
猫らしいというか。
〈……ともあれ、モモコさんがヒサカさんたちの代わりに潜入工作をするってことですか~〉
「要は見つからなければいいってことにゃ? にゃらウチのほうがヒサカより向いてるんじゃにゃいかにゃ? 難しいことはミリスに任せて、ウチはミリス人形の運び役ってことにすれば充分に用を為せるにゃ」
〈確かに……〉
けれど飛逆にさえ感知させない隠密スキルのあるモモコという手札をどうして使おうと考えなかったのかといえば、
「まあ、それも実は考えたんだが、本当は俺とモモコが行くのが一番確実なんだよな。というか正確には、トーリ以外の全員で行くのが」
〈ワタシもです~?〉
「ミリスは人形でいい。むしろそうなったら安全な場所でトーリを預かっていて欲しい。俺が言いたいのは、塔の中に戦力が分断された状態で留まることが危険だってこと。特に戦闘力で言えば俺たちの中で最高のモモコと分断されて留まるのはな。
確かに五百階層は充分に離れているって言えるけど、それでもトチ狂った採集者が見回りに来る可能性はなきにしもあらずだ。警戒だけはしておかないと。
そして最高機密の施設を警備するのが、一般クラスの戦力だけってありえないだろう。下手したらトップランカーたちに匹敵する戦力がいるかもしれない。でなくても当然【精神感応合金】で装備を固めているだろうし、やっぱり戦力分散して攻めるなんて愚行だ」
「うにゃ~……それは違うんじゃにゃいかにゃぁ。最も見つかりにくくて最も強いのがウチだったら、逃げ足が一番速いのもウチってことにゃ。やっぱりウチだけを潜入させて、ヒサカたちは安全な場所で隠れているのがいいと思うにゃ。別にそれは塔の中である必要はにゃいんじゃにゃいかにゃ?」
〈潜入作戦ともなれば~、ワタシも神経使いますしね~。本体周りの警戒が弱くなるかもしれませんので~、できればワタシの本体の護衛が欲しいところですし~。全面的にモモコさんに理があるように思えますね~〉
完全に正論だった。飛逆の反論がないと見て、ミリスは、
〈ただやっぱりその場合~、全員の意思統一が不可欠ですね~。ここでヒューリァさんの意見だけを無視してっていうのは~、今後のためにもよくありませんし~、彼女の場合~、勝てないとわかっていてもモモコさんを力尽くででも止めようとすることもありえます~〉
「……ありえる。というかよくそこまで天敵のことがわかるな」
〈天敵のことを分析しないのは馬鹿げてますから~。天敵だからこそ、ですよ~〉
さすがに諜報系特化型だった。
「結論するに、……どのみち俺がヒューリァを説得するしかない、というわけだ」
〈がんばってくださいね~。じゃあワタシはもう休みますので~〉
言い置いて、人形はぱたりと倒れた。ミリスの制御が離れたのだ。
その人形を、なぜかモモコは動力源である原結晶を抜いて完全にミリスの意識が届かないようにして、改めて飛逆に向き合った。
「ごめんにゃぁ。援護するつもりだったんにゃけど、ちと考えが足りなかったにゃ」
「援護って?」
「ミリスのことだから結果さえ手に入るようにゃらヒサカたちのことも放っておいてくれるかにゃと思ったんにゃけど……ヒューリァに黙ってちょちょいっと盗み出してくるってわけにも行かにゃいのにゃぁ」
「すまんけど、意外だ。というより、どういうつもりなのかがまったくわからん」
「ウチには難しいことはあんまりわからにゃいけど、なんとなく、ヒューリァが何を怖がっているのか、わかるのにゃ」
「……怖がっている?」
「あの炎の女が怖がることって、ウチは一つしか知らないにゃ」
「長くて蠢く物か?」
誤魔化すように言うが、わかっていた。長くて蠢く物に抱くのは嫌悪であり、ヒューリァが怖がることは『飛逆を喪うこと』だ。自惚れみたいで、認めたくなかった。
飛逆が茶化すのを無視して「あんまり女の直感を侮らないほうがいいにゃ。ヒューリァが、ヒサカが生き残る気がないことに、気付いていないと思わないことだにゃぁ」
「……生き残る気がないわけないだろ?」
何を以ってそう思ったのだろう。パーティ内の誰よりも慎重に事を進めているつもりの飛逆のどこが?
「にゃら聞くけどにゃ? ヒサカは仮にウチらの呪いを外せる方法が見つかったら、それを自分に使うのかにゃ?」
「当然だろ?」
「嘘だにゃ。ああ、違うにゃ。嘘じゃにゃいけど、本当でもにゃいにゃ。
ウチはこう訊いたんにゃ。ヒューリァに憑いていたのじゃにゃくて、ヒサカの呪い……アニさんを自分から切り離す気はあるのかにゃ、と」
「……」
決して侮っていたつもりはない。けれど、モモコがそれを知る理由が不明だった。
「にゃんかこっちに戻ってきてから変だと思ってヒューリァに訊いたにゃ。そしたら言ったにゃ。ヒサカに憑いているのはアニさんだってにゃ。それ以上は、どうしてってこと言わなかったけどにゃ。
ウチはヒサカがアニさんを慕ってるってのを知ってたにゃ。だからすぐわかったにゃ。ヒサカは自分の中のアニさんを殺せにゃいって。道具にされることを望まにゃいって。
ヒューリァが欲しがっていたはずの、呪いを解く方法を見つけさせようとしにゃいのは、ヒサカにアニさんを殺させないようにって思ってるのかもしれないにゃ。別の理由かも知れないにゃ。もしかしたら自分でもわからないような理由かもしれないにゃ。迷っているから時間が欲しいだけなのかもしれないにゃ。
けど、ヒサカに自分自身が生き残ろうとする気がにゃいことに、絶対に気付いているにゃ。関係がにゃいとは、ウチには思えないのにゃ」
それは泣いて怒られたあの晩に、『飛逆はともかくヒューリァだけは生き残ってほしい』と伝えてしまったから。
飛逆が慎重なのは、あくまでもヒューリァを生き残らせるためなのだと、わかってしまうのか。
ああ、だからヒューリァは、飛逆に憑いているモノを聞いて驚愕していたのか。飛逆がどうしてそんな自身を顧みないことを言うのかを、直感して。
今更のように得心し、項垂れながら弱々しく笑う。
「わからないんだよ、俺にもどうしたらいいのか……」
生き残る気がないわけがない。でなければこの五日間で他に【全型】に出遭っていないことから、もう彼女たちだけだと判断して、彼女たちに憑くモノを喰らい、そしてトップランカーに単身で挑むなどの自殺行為に出ている。
ただ優先順位があるだけだ。その第一がヒューリァを生き残らせることであって、ヒューリァと共に生き残ることではないだけだ。
「……ウチはヒサカにどうこう言うつもりはないにゃ。ヒサカが最大限ウチらを生き残らせようとしているのはわかるからにゃ。それがヒューリァのついでだとしても、にゃ」
その通りだった。モモコたちに憑く化生を取り除こうというのは、彼女たちがそのまま生きて塔の回復を妨げたとき、ヒューリァの追われる可能性が増えるためだ。
「ならヒューリァを責めるのか?」
自らを蝕む呪いを祓い、この異世界でにせよ生き残る術を探ることを妨げるヒューリァは、モモコたちに糾弾されても文句は言えないだろう。
飛逆が兄と別離することを拒否することで塔の回復、つまり【全型魔生物】が追われずに生き残るための必要条件を満たすことを妨げていることと同じように。
「それもないにゃ。ウチにも何が正しいのかにゃんてわからにゃいから。ただウチらが口を出すのは違うって思うだけにゃ。結論は二人が出すべきにゃ」
「口出す権利はあると思うけどな?」
飛逆は自らの死さえも視野に入れて覚悟しているだけだ。その覚悟が傲慢であると指摘されれば反論はできない。覚悟なんて言えば聞こえはいいが、ただの我が儘でしかない。
「……ウチらは誰もが権利とかいうのに呪われてきたと思うにゃ。少なくともウチは……やっぱりそれを盾にするのは違うと思うにゃぁ……」
権利に呪われるとはまた、聞いたことのない表現だった。
ヒューリァやミリスに比べてさほど自身の異形を気にしていない風のモモコも、やはりどうしようもない何かを抱えているのだと、そう実感した。




