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幕間. 弟よりも優れた兄など

 飛逆が自らの生家を狂っていると思うのは、実はこの点だけだ。


 血を濃く保つとかいう理屈で、同種を灰になるまで喰わせる。


 その点を除けば、命に関わる実戦訓練(対複数訓練はもとより、碌な装備を与えられずに山中に放置されるのは序の口、荒縄の材料だけを渡されて十メートル級の崖から蹴り落とされたこともある)だとかは別に精神的には苦でもなかったし、それが狂っていると判断できるような知識がなかった。


 知識の教授は兄の担当だった。だがその兄にしても常識は持たなかった。八つ歳の離れた兄は、飛逆……彼も飛逆なのだが……に喰われることを受け入れていた。今にして思えば兄も狂っていたのだと思う。あれだけ心理学のような知識も持ち合わせて常識だけがないというのは、思えば奇妙なことだった。飛逆は伝授されていないが、もしかしたら【吸血】による記憶搾取を利用した洗脳や認識力封鎖(マインドロック)といった技術が存在したのかも知れない。


 訓練は放置系が多かったので最も接する機会が多かったのはやはり兄だった。その兄は自分が喰われる未来が決まっているのに、嬉々として(兄は大抵いつも笑っていた)、「同種を喰うことで血を濃く遺せるなんて事実は確認されていない」とか言うのだ。


「あくまで比喩なのだろうが。近親交配による遺伝子劣化を防ぐためにどうしても外からの血を取り入れなければならない。そうするとどんどん我々の吸血種としての血が薄まるという理屈自体はおそらく正しい。実際、伝承にある吸血種の力に比べて我々はひどく弱体化している。伝承が幾分か誇張されていると考えても、おおよそ三割減と言ったところだろうな。それも【吸血】や身体能力に限った話で、昔は自然現象に干渉するほどの能力さえ持っていたらしい。そうした特殊能力を失ったことを考えれば三割どころか九割失っていると言えるだろう。


 だからこの同種喰らいの風習は、血を濃く保つということにちっとも貢献していない。それは実に簡単な理屈だ。獲得形質は確実には遺伝しないからだ。少なくとも【吸血】によって獲得したものは、伝わらない。世代毎に薄まっていく吸血種の血を無理矢理濃くしたところでそれが次の世代に伝わらないのでは全くの無意味ということだ。


 それがどうしてこう何世代も続いているのか。それは個々によって理由は違うだろうが、最も多いのは、無知故だろう。だがいかに無知といえ、このやり方では力の保存は成らないと、いい加減気付いてもおかしくないくらいの弱体化であるから、無知と惰性というだけですべては説明できない。


 俺の考えでは、一種の儀式という意味のほうが大きくなってしまったためだろう。通過儀礼といえば聞こえの良い、つまり選別だ。血族の一員となるには、同種の命を奪い、その魂を重ねた存在とならなくてはならないと定めてしまったんだ。同種の命を吸ったことのない者は、まさしく半人前ということだな。共犯者を求めるありふれた心理であり、精神的な拘束だ」


 そんな兄に、飛逆はつい訊いてしまったことがある。どうして兄上は、そんな風に無意味とわかっていることを粛々と……いやいっそ愉快げに受け入れているのか、と。


「俺は、今よりもずっと幼いお前を見て、思ったのさ。ああ、俺が護ってやらなきゃいけないと。こんな無意味に満ちた世界で、お前を生き残らせることだけに価値があると思ったんだ。だからせめてお前にだけは俺が無意味にされたくない。せめてお前にだけは生きることに意味があると思ってもらいたい。意味がないとしても……価値を認めてもらいたい」


 幼い飛逆には理解できなかったが、兄は揚々と続けた。


「【吸血】を最後まで行ったとき、魂が継承されるという解釈は、実のところ眉唾だ。だが、それがあるとお前が思えば、それはきっとある。


 俺はお前に俺の考え方を伝え、知識を伝える。生き方を、遺す。今は理解できなくても、俺を喰うことでお前の中でいずれそれが具体的な形として蘇るだろう。お前は俺の魂をお前の中で生き返らせるんだ。


 これは祝福であり、呪いだ。お前が生きることを祝福し、お前が自らの生を放棄することを呪う。


 これはお前に生きろという俺の呪いなのだ。


 いずれ理解しろ。そのための下地は俺が作る。


 いずれ俺を呪う日が来る。なぜ自分たちは逆ではなかったのだろうと、思う日が来る。


 願わくば、その呪いが祝福と成らんことを……なんてな」


 

 家が取り潰されたのは、兄を喰らってすぐのことだった。


 どうしてもう少し早く……とは思わなかった。

 砦はその時にはすでに、『飛逆』だったから。


 それに心のどこかでは、幽かにわかっていた。

 血族が滅ぼされたのは、兄が事前に遺した計略によるものに違いないと。

 飛逆の中にいる兄がそれを認めるように笑った気がしたのだ。


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