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15. 彼の思うソレ

 昨晩のこと。

 ……。

 飛逆たち【全型魔生物】が全滅しない限り【蜃気楼の塔】は消失から回復しない。


 これが事実であるとしたら、少し辻褄の合わないことがある。


 それに気付いたのは、【全型魔生物】だけが塔の中に侵入することができるという点からだ。 確かに塔の中には怪物がひしめき、トップレベルの採集者の刺客も潜んでいて生きやすい環境ではない。だが逆に言えばそれさえクリアしてしまえば【全型魔生物】は充分に塔の中で生活できる。これは【全型】に有利な条件だ。結束した【全型】が籠城すれば採集者は手を出せないのだから。


 過去に召喚された【全型】たちにはそうした情報が手に入らなかったのだとすれば、あえて籠城しようなどとは考えないだろうから、これは単なる杞憂なのかもしれない。だがそれは本当に? 【言語基質体】の存在がその楽観を否定する。過去の【全型魔生物】がその存在を知らなかったという可能性は充分に高いが、そもそも【言語基質体】のコードがどのようにして得られたのかを考えれば、かなり低い可能性だと断言できる。


 【能力結晶】が付加するのはあくまでも『能力』だ。では【言語基質体】とは『異言語を操る能力』の改造版だとしか考えられない。つまり元となった【全型魔生物】の能力は『異言語を操る能力』だったに違いないのだ。そんなコミュニケーションを前提としたような能力の持ち主が、果たしてそんな重要な情報を手に入れることを怠るだろうか。かなり疑わしい。


 結論を先に言えば、飛逆は【全型魔生物】が全滅するような仕組みが、現地住民にも知られていないだけで確実に存在すると見ている。少なくとも塔に籠城することを防ぐシステムが必ずある。


 もちろんそれは飛逆が確信しているだけで、確証があるわけではない。その飛逆にしてもいくつかの楽観的可能性についても考えている。


 例えば、【全型魔生物】を召喚した何モノかは、むしろ【全型】に塔を制覇して欲しいのだという可能性だ。


 トーリなどはそうだと考えたからこそ飛逆たちにそれを提案した。少なくとも当人はそう言っている。


 彼曰く、そして飛逆にとって案の定、塔下街の連中はある時を境に、塔の攻略を止めた。千五百階層というのは現時点で最高の攻略階層であると同時に、ここ十年近く変わっていない最高でもあるのだ。


 塔下街の連中は、塔を攻略しきってしまうことを恐れているからだ。制覇したとき【能力結晶】が手に入らなくなる可能性を恐れて、攻略を止めてしまった。塔の頂上に何があるのか不明な癖に、攻略を止めてしまったのにはその懸念のためのみならず、千階層辺りから採集者の死傷者数が跳ね上がったこともその決定を後押ししたらしい。


 塔に意思らしきものがあることは最早飛逆には疑いようもなく、その意思が異世界からの有力な生き物に塔を登らせようとしているのだとして、まあ不思議はない。だが、それはやはり楽観的で、飛逆としては『攻略さえしてくれればどっちでもいい』んじゃないかと考えている。そしてどっちでもいい以上、どちらかに有利な条件というのは組まないんじゃないかと、やはり考える。


 楽観的に考えてさえそうなるのだ。よって【全型】に不利になるような条件を考えなければならない。備えるために。


 例えば、【全型】は同士討ちするように仕組まれている、と言った条件だ。飛逆が度々感じる作為が、根拠の一つだ。怪物同士はなまじ人であるために、同じ異形を必ずしも仲間と見なさない。同族嫌悪というやつだ。確実に殺し合うわけではないが、その微妙な案配が逆に『らしい』気がした。必ず殺し合うのだとしたら今度は現地住民に有利だからだ。ヒトのメンタリティを持つ者がたった独りで怪物どものひしめく塔の中で暮らせるはずがなく、遠からず心まで完全に怪物となり果てて、籠城するといった知能など無くしてしまうだろうから。


 だが、そうと考えたとき、飛逆はうっかり気付いてしまった。


 同類同士で不和を助長するとしたら、飛逆ならどうするかということだ。


 仲間外れを混ぜればいい。意味軸は奇しくもミリスが言った――『同じなのに、違う』。


 つまり【全型魔生物】でありながら一見して異形を持たない飛逆は、殺し合いを助長するパーツであると、その可能性に気付いてしまった。


 過去に異形を持たない【全型】が確認されていないというのは、この仮説に矛盾しない。なぜなら殺されてもその死体から【全型】である根拠を見つけることができないのだから。元々他国から採集者を希望してくる者が多い中、身元不明の死体などいちいち詳しく身元を調査するかと言えば、否に違いなく、そして【全型魔生物】がヒトであると認めたくないこの塔下街の連中は、薄々勘付いても目を反らすだろうから。というより、統治系組合の一部上層はすでに知っていてその情報を隠蔽している可能性が高い。


 そういったことを昨晩ヒューリァに話したのだが、根拠はさておき『飛逆が仲間外れで仲間割れを助長するパーツ』という部分は通じたと思う。


 ヒューリァはもちろん「それがどうかしたか」と首を傾げたが、飛逆としては「だから俺と一緒に行動することはその仲間割れに巻き込まれるリスクがある」ということを言いたかった。同時に「俺は最も狩られやすい【全型】なのだ」ということも。


 それでもやっぱり首を傾げるヒューリァに、「君はもう、狙われる必要がない可能性がある」ということを話した。そして「俺がこの塔下街の権力に食い込もうとしているのは、実は君たちだけでもこの世界で生きていけるような足場を作るためなんだ」と。


 言うまでもないが飛逆たちがこの世界に召喚されたのは、何らかの『化生』をその身に宿しているからだろう。ではそれを飛逆によって喰われたヒューリァは、果たして『死ななければならない』のだろうか。


 確証があるわけではないが、おそらく違うだろう。ヒューリァが遣う【古きものの理】はあくまでも、彼女が巫女として【紅く古きもの】をその身に宿して制御するために修行して手に入れた、彼女自身の力だ。ではなぜヒューリァは元の世界に帰還していないのか、という疑問はあるが、それについては別途考えることにして、これは一つの重大なことを示唆している。


 今いるすべての【全型魔生物】を飛逆が喰うことで一つに纏め、飛逆が死ねば塔は消失から回復するのではないか、と。


 実はそれも視野に入れて、すでにモモコにはそれに気付きうるような情報を与えて検討の打診をしているんだ――と言ったら泣かれた上に怒られた。


 いやもちろん飛逆としてはこれは最悪の事態――何らかのどうしようもなく行き詰まったときの最後の手段として考えているだけなのだが。というかヒューリァだけはどうあっても生き残って欲しいと自分が思っているという飛逆なりの、好意への返答のつもりだったのだが。まあ我ながら理屈っぽすぎて迂遠すぎる告白だとは自覚していた(問題はそこだけではないと気付かないのが飛逆だ)。


 挙げ句に、おそらくミリスはこのことを同盟の条件として組み込んでくる、という予想を話したら――「■■仮■行(そうなったら)■炭化■(消し炭にするね)女■■(あの女)」泣いていたのが嘘みたいに平坦な表情で、ヒューリァはそんな決意というか宣言を表明したのだった。




 ……という顛末だったから、飛逆はむしろヒューリァにしては穏当に済ませてくれたな、と安心していたのだが、まさか消し炭にされそうになったミリスにその心境を共感できるはずがない。


 飛逆に姿を晒すことを忌避していたはずなのに「お願いですから決してヒューリァさんと離れてワタシの前に立たないでくださいぃ~」と懇願してくるほどの怯えっぷりだ。ヒューリァを止められるのは飛逆だけだというのは、まあ今のところ確かな話である。


 ミリスも同盟の必要性に関しては、もしかしたら飛逆以上に認めているところだろうから、どうしたって対話は必要になる。飛逆としては最早、手元の人形で連絡を取り合う形でいいかと思っていたのだが、ミリスはそこに頭が回らないほど何か恐慌を植え付けられてしまったらしい。



 そうして仕切り直して、ようやく飛逆はミリスの姿を実際にこの目で見た。


 彼女が自己申告したとおりの姿だった。目も鼻も、あと口端も縫い付けられていて、喉には大きな十字の、入れ墨じみた縫合が目立った。ミリスには悪いが本当に出来の悪い呪い人形のような有様だ。元が整った顔立ちなのだと想像できる分だけ痛々しい。何故か黒い拘束衣(髪で編まれているらしい)のようなものを着込んでいて素肌は殆ど晒されていないが、やはり申告通りあらゆるところが『パッチワーク』のような有様なのだろう。【つぎはぎだらけの吊り人形】と呼ばれていたようだが、飛逆の印象では【フランケンシュタインの怪物の花嫁】といった印象だ。


(見ない方がよかったかな……)


 飛逆自身は別にミリスの見た目に引いたりしないのだが、彼女がそこまで気にしていることと、気にするだけのものだと理解できる分だけ、解いてあげたいと思ってしまう。そんな感情が、要らないことを問いかけさせた。


「それ、何が憑いてるんだ?」


〈さぁ~? ワタシも元の世界ではこの呪いの正体を探りましたけど~、今となってはどうでもいいことですしね~。判明したところでもう解くための手がかりにはなりませんし~〉


「いや、そうだな。悪い……こんな引いてるみたいなこと訊いてしまったことも含めて、悪いな。単に疑問だっただけなんだが」


〈構いませんよ~。というか、気にしないヒトのほうがおかしいんですから~……そこの放火魔さんみたいにぃ〉


 怯えている割にはヒューリァに皮肉を言うなど、いい度胸だった。


 そしてそのヒューリァはといえば、知らぬ顔で飛逆の隣で大人しくしている。


〈さっきの今ですみませんけど~、じゃあヒサカさんは何が憑いてるんですか~?〉


 本当にいい度胸だった。おそらくヒューリァがどこまでを許容するのかというラインを見定めようとしているのだろう。


〈に、睨んだってダメですよぉ。こっ、ここここれは『貴方方の関係の詮索』じゃないんですかかぁら~〉


「調子に乗るな、って言えばよかったかな」


 吃音気味に慌てるミリスに、ヒューリァは冷酷そのものの声でぽつりと。


「……ミリスが聞かれたくないだろうことをあえて言ってしまった俺のほうに非があるから、詫びってことで教えとくか」


 見定めようとしているのは、飛逆がどの程度までヒューリァを御することができるのか、ということもだろうと思いつつ、ヒューリァの頭を撫でながら嘆息気味に応じる。


「ただ、ヒューリァのは教えないぞ? 個別に聞くのはそれはそれで抵触するからな」


〈はい~。了解です~〉


 さて、と前置いて、飛逆は少し考える。ヒューリァが火炎遣いであることを見せてしまったから、飛逆に【紅く古きもの】が憑いていると教えるのは、たとえすでに暗黙の了解だからといって、最後の一線で確証を与えるのは巧くない。主にヒューリァに対して。


「……まあ、俺の形を見てわかるだろ。俺に憑いてるのは、ヒトだ」


 だから正直に、飛逆がこの世界に召喚されることとなった理由を答えた。


「へっ!?」なぜかヒューリァのほうがミリスよりも先に驚きの声を上げる。


〈ヒト、ですか~?〉ヒューリァの声はスルーして、ミリスは首を傾げる。




「正確には、俺の同族にして同種。……俺は、俺の兄上を継承したんだ」




 同種喰らい――飛逆が自らを怪物(ひとでなし)だと殊更に自覚するのは、それが理由だった。


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