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14. メタ生産

 ミリスから拝借した髪を、手作り人形の端から端まで行き渡るように内部に埋め込む。そして心臓と脳の位置に原結晶を埋め込んで、


「どうだ?」


〈〈……リンク、しましたぁ。……って、〉ちょっと、これ、嘘ですよねぇ~?〉


 半信半疑というように飛逆の言われたとおりにしてみたミリスが、最早どうやって何に驚いたらいいのかという風にうろたえた――その動作は人形がこなした。


〈な、何がどうして? 意味わかんないです〉


「音声中継の無線化ができれば御の字と思ってたが、予想以上だな。依り代をヒトガタにした甲斐があった」


 この発想は、元の世界での呪術に由来している。髪→呪いの人形→式神、という連想だ。


「髪ってのは最も基本的な触媒だから、燃料さえあれば可能だとは思ったんだ」


〈え、えっとすみませんごめんなさい。一から説明してくれませんかぁ? 何がどうして、こうなるって……〉


「気になったきっかけは、音声の伝達速度だ」


〈は、はい~?〉


「例えば、ヒューリァの声があんたの髪を介するほうが、ヒューリァが直に発した声よりも早く届いてる。つまり最低でも音速よりも速いんだ。おそらく有髄神経の伝達速度よりも速い」


〈は、はぁ……っていうかこの壁を通して聞こえてたんですか~。……というかこの距離で音速とかを測れるってどんだけ分解能高いんですかぁ……〉


 ぶちぶち言っているが、説明するのに気を取られて飛逆は聞いちゃいない。


「昨晩話してるときから気になってたんだ。あんたは相当長距離にいるはずなのに、レスポンスがよすぎるってな。最低でも光速じゃないと説明できないレベルのレスポンスってところで違和感が確定した。あんたの髪の末端と、あんた自身とは、実のところ物理的に繋がっているわけじゃないんじゃないかって、こう思ったわけだ。しかしあんたはその末端と切り離されてはその髪からの信号を受け取れないらしい。つまり物理的に繋がる必要性は存在している。ではそれは何かといえば、エネルギーに違いない。機能とエネルギーは大概別々だってのはどこの世界でも常識だ。あんたという本体から供給されるなんらかのエネルギーが途絶えると、髪の末端はその得た感覚を本体に送ることができなくなるんだと俺は考えた。そこで、原結晶だ。加工前のこれは、要は異能の素みたいなもんだってのが俺の解釈でな。ではこれとあんたの髪とを繋げてやればどうか? ヒトの意識を乗せるものをヒトガタにするのは、まあ俺の世界では割と常識というか、わかりやすい話だった。人形ってのは自分の意識を投影するものとして作られるからな。そういう条件を整えてやれば、元々遠隔操作なんだから物理的に離れていても『リンク』は通ると踏んだ……って、理解できるか?」


〈わ、わかりません~〉


 人形だけにコミカルな動きで困惑を表現するミリス(式神)に気付いて、途中で説明を切り上げる。


「むう……。やはり俺に説明の才能はないな……」


〈そうだけどそういうことじゃなくてぇ……フツー、見聞きして一日足らずの異能を拡張? するなんてぇ、ありえないっていうかぁ……当事者の面目丸つぶれっていうかぁ?〉


「そうか? フツー、自分の忌み嫌ってる異能の使い道なんて試行錯誤しようなんて思わないだろ。当人じゃないからこそ思いつけることって意外に多いぞ」


 まあ、長年異能に取り憑かれていると妙なプライドが芽生えて『自分が一番~』と意気込んでしまうことはあるかもしれないが。


 飛逆は訊かれたから答えただけなのに、ミリスは微妙に違う方向で受け取ったらしい。


〈だから仲間が必要なんだって、説教ですか~?〉


「ん? ああ仲間にはそういう利点もあるかもな」


 一切他意なく意見を言っただけの飛逆は、やっぱり何の気なしに頷くが、ふと、


(もしかして仲間とか、あるいは友人とか、人間関係にコンプレックスがあるのか?)


 その可能性に気付いた。


 信用したい、信頼したいのに、どうしても信じ切れない心の傷があるとしたなら、ミリスがこれまで妙に揺さぶりをかけてくることに説明が付く気がする。


 ミリスは搦め手タイプだ。自らの力を効率よく発揮しようとすれば他者の力を利用しなければならない。ヒューリァやモモコのような、他人の力を必要としないタイプとはまた抱えているものが違うというのは、予想してしかるべきだった。


(まあ、予想できたとしても俺にも他人をどうやって信用したらいいのかなんて、わからない……知らないんだけどな)


 兄から教えてもらったのは主に、自分の在り方をどう考えるべきかということだけだ。ヒューリァに懐かれた……好意を抱かれたのは、未だ以って飛逆にはその理由がわからないが、つまりは結果論であって、特別好意を得ようと考えてのことではない。


「考えてみたら俺がヒューリァと一緒にいるのは別段利点とか考えてのことじゃないし……」 つまりはやっぱり知らないのだ。ヒューリァのことは殆ど無条件なまでに信用しているが、それは能力的な意味ではなく、性格的な意味では感情に任せやすい彼女をむしろ信用していないとさえ言える。ただヒューリァがやることなすこと、飛逆に反しようとする意思がないと認めているのだ。やはりほぼ無条件に。


 思惟に気を取られて思わず漏らしてしまった独り言だったが、ミリスが微妙な気配を発していることに気付く。


 多分拙い気配だ。


 飛逆としてはもちろん、これが説教だったり説得だったりしたつもりはない。単に、盲点というのは意外に多く、こんな簡単な発想で裏技が発見できたりするという一例を提示したに過ぎないつもりだったのだ。それを以って『【能力結晶】の仕組みから自分たちに憑いているモノだけを分離できる』ことの可能性を間接的に証明したはずだったのだが、なんだか話が別方向に転がってしまった。


〈さっきから同じ表現ばっかり使っててすみませんけどぉ~、正直言って、わからないのは貴方方の関係なんですよね~〉


「俺とヒューリァの関係ってことでいいのか?」


〈はい~。まあもちろんモモコさんでしたっけ~? 彼女とのそれも気になりますけど~〉


「あんたの認識での仲間って言葉に当て嵌まらないってことか?」


〈告白してしまえばぁ、ヒサカさん~、貴方の能力が記憶操作とか洗脳とかじゃないかって思ってました~〉


「……そういえば、そう受け取れることしか言ってないな。ってことは、あれか。あんたが警戒してたのは、俺に近づかれて記憶を操作されたり洗脳されたりすることか」


 ヒトの頭部を掴んで僅かに能力行使した後で『これで記憶を失った』とか言えば、なるほど本命が記憶操作の能力であると勘違いしても不思議はない。飛逆にとって対象から記憶が失われるのは副産物でしかないために、思い至らなかった。


〈よく考えるとおかしいのはわかります~。自由に記憶を操作できるであれば~、わざわざ街中で『釣り』をする必要なんてありませんからね~。囲まれたときにまず『交渉』に出た理由も意味不明です~〉


「でも次に元々あんたを狙い定めた『釣り』なんじゃないかって疑ったってわけか」


 思考が噛み合った。


〈はい~。そうするとすっごく上手く嵌るんです~。ワタシの髪を初見で見破ったことなんかも~。けど~……どうやってワタシのことを嗅ぎ付けたのか、そこがまったく不明でした~〉


「ここまで状況証拠が揃うと、偶然だって言う方が胡散臭いな」


 偶然なのだが。あるいは【全型魔生物】を引き合わせる何かの力による必然だが、その存在は未だ確然とはしていない。


〈けど、偶然なんですよね~?〉


「どうしてそう思ったのか、聞かせてもらっていいか?」


 ミリスのことを予め知っていたとしたほうが『無線化』のアイディアを思いつけたことに筋が通ると思うのだが。


〈ヒサカさんが提示した、これが決め手ですかね~。ヒサカさんくらい洞察力のあるヒトがぁ、今のタイミングでこれを提示することがぁ、何を意味するのかわからないはずがないので~、ではワタシの前提が間違っているんだなぁ、ってわかったんです~〉


「なるほど」


 苦笑した。要は飛逆の洞察力に一目置いたことで、そうすると逆に状況証拠が簡単に集まりすぎると不審に思ったわけだ。


〈そうするとぉ……じゃあヒューリァさんは洗脳されてないってことになりますよね~? そもそもそんな力はないってことになります~。ごく簡単な手段でできるのにそれをしないほど、ワタシたちの状況に余裕はありませんから~〉


 ここで最初の問題に行き着くわけだ。『二人の関係がわからない』。


 内心で舌を打つ。


 ミリスはもう、限りなく確信しているのだろう。『飛逆がヒューリァに憑いているモノをいかにしてか取り払った』ことを。そしてそれによりヒューリァが飛逆に恩を感じていることを。少なくともそれがヒューリァとの関係のきっかけであったことは間違いないため、飛逆にも否定できない。けれど、


〈……〉


「……やめとけ」


 と一瞬のミリスの逡巡の隙を衝いて、飛逆は小声でミリスを制止する。壁向こうに音声を届けないようにという身振りをしてから、


「それに気付いているって、ヒューリァにバレたらあんた、焼き尽くされるぞ」


 それを予測したから逡巡したのだろう。


〈やっぱりですか~……なんでっていうか、いえ、その前にむしろ助けてください~。なんかもう放火魔さんが放火魔さんの顔になってるんです~〉


 ミリスも壁の向こうに届かないように、人形からだけ小さな声で助けを訴えてくる。


〈「ひさか、わたしあんまり頭よくないけど、さっきからなんかこの女すっごくムカつくこと言ってるってのはわかるんだけど……焼いていい?」〉


 巫女としての修練に古代語の習得などという難易度の高いものがあったヒューリァの頭が悪いわけもないのに。


「うわぁ……」


 ヒューリァは『飛逆との関係がわからない』と言われた辺りからすでに怒髪天を衝く勢いだったことがわかるボルテージの上がり方だった。おそらく大分前から我慢している。


 ヒューリァは怒り始めは無言で、限界突破してから可笑しそうに喋り出す傾向にある。


〈「洗脳? まあそれもいいけど……ひさかになら。でも他人に言われると、ふふっ、面白いの。大体他の女なんて要らないのに、ひさかが必要だって言うから仕方なーく同情してあげてるのに、ふふっ、調子に乗ってくれちゃって、ホント、おっかしいの。そもそも久しぶりの二人っきりに無粋な目を寄越すとかしてくれちゃってるデバガメ女に、わたしどうすべきかなぁ……もう焼くしか」〉


〈ヒィッ!? なんか身に覚えのないことでまで逆鱗に触れてます~っ!?〉


「ああうん。元竜人(ヒューリァ)に逆鱗ってのは言い得て妙だなぁ」


 っていうかそこからなんだ、と飛逆は得心半分、誤魔化し半分という感じで苦笑し呟く。


〈な、何を暢気に!? ど、同盟相手が黒こげになってもいぃんですかぁ!? 火は、火はホントダメなんですぅ! アフロは嫌ぁ~ッ!!〉


 目の前で悲鳴を上げているのは自分製の人形だ。その人形がアフロとか言い出せば、そりゃ真剣に対処する気も失せようというものだ。


〈「アフロって何? ひさか」〉


「ん? ああ、日光照射が厳しいところの民族って髪が縮れがちになるんだけど、その縮れ毛を泥とかで故意に付けて逆立てたりしてボリュームを出して強調した髪型のことだな」


〈「そう……。つまり、炙ればいいんだ? それくらいならいいよね? ひさか」〉


 壁越しに問いかけられるが、飛逆は少し考えて、


「悪くない落としどころじゃないか? 火事にはならないように気をつけてくれれば」


 いくらでも髪を伸ばせるミリスだし、ヒューリァの気がそれで済むならいいか、と考えてしまう飛逆である。昨晩泣かれたことにちょっと引け目を覚えているのだ。


〈あ、あのぉ、冗談、ですよね~? 同盟を有利な条件で組むための示威行為っていう?〉



 その目的が飛逆にないと言えば嘘になるが、ヒューリァには、


〈「うん。もちろん、これは冗談だよ? ――【弧狐(こっこ)】」〉


〈目がマジですけどぉ!? っていうか指から火ぃ出てますしぃ!?〉


〈「え? 冗談で済ませてあげようっていうのに、まさか不満なの? 丸焼き(ほんき)希望?」〉


 薄々感づいていたが、ヒューリァはドSだった。少なくともその素質がある。


〈未だ以ってワタシがそこまでの何かしたのかわかんないんですけど謝ったら許してくれますかぁ!?〉


〈「わたしたちの間を詮索するな……理解した?」〉


〈――しましたぁ! すみませんでしたぁ!〉


 一方的な威力交渉。どうしてもこちらの意図が筒抜けになるのであまり飛逆の趣味ではないが、この場合は仕方ないと諦める。


 ヒューリァがここまで過敏になるのには、飛逆の身を案じてのことなのだから。

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