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12. 交渉

 というわけで、念願の宿である。


 もちろん金品は先の連中からかっぱらってきたものを充てた。

 シャワールーム付きのそこはかとない洋風の部屋で、本当に久しぶりに人心地付く。


 ちなみにこの宿は糸目の男の案内だ。あまりグレードは高くなくともいいから湯浴みができて、余所者でも安心、男女が一緒の部屋でも詮索されないという条件だとこうなった。やはり地元民の案内があるとずいぶんと便利が違う。もうこれだけで糸目の男を捕まえた甲斐があったと言うものだ。


 なんでも、元々糸目ことカストはいわゆる裏町の何でも屋みたいなことをしていたらしい。

 その何でもの中には、特定の店に余所者を案内して、その余所者と店の両方から案内料と紹介料をいただくようなこともあったとか。

 つまりはこうした宿に顔が利くということ。

 おかげで真夜中だろうが部屋を取ることができて、しかもそのカストを部屋に連れ込むこともできた。


 つまりカストが意外なことに飛逆たちに協力的なのは、そうした事情だ。本来カストは、直接的な暴力に関わるような人種ではないのである。だが、そうした人種に顔が利くことは事実であり、そこに目を付けられた。『計画』を持ちかけられたのだ。


 『計画』の内容は、概ね飛逆が推理したとおりのものだ。すなわち、『異世界人を捕らえて塔の中に這入り、【能力結晶】を独占的に手に入れる』。


「欲が出ちまったんですわ。少し考えりゃ分不相応だってわかるってもんでしょうにねぇ」


 自分に呆れる、と明らかに年下の飛逆に対しても殊勝な態度のカストである。なんか目が覚めた気分らしいが、まだ眠ってないか? と飛逆なんかは思うわけである。


「まあそれはいい」

 どうでも。

「その『計画』は当てがあったのか? つまり実際に【能力結晶】を生産して、それを流通に乗せることができそうだったのか、ってことなんだが」


「はぁ。そこのところはまあ」


「つまり作れるってことだな?」


「……えぇまぁ。コードさえありゃぁ、素人でも道具と時間かけりゃぁできまっせ?」


「なるほど、何気にキモは、ミリスがコードを手に入れているってことだな」


 コードがなんなのかもわからず、とりあえず話を進めようとしたのだが、


「……なぁヒサカさん、あんたぁ、もしかして【魔生物】なのかい?」


 どうやらコードというのは、手に入れようと思えば難しいものではなかったようだ。『子供(トーリ)』は知らないが『余所者』でも知っていることというのは思いの外多いようだ。


「……これが結局答えになるんだろうけど、訊くが、【魔生物】ってのは?」


 飛逆の言うところの『異世界人』であることを察しつつも、念のために確認した。


「あんたさんが【扉】って喩えた生き物のことだ……」


 案の定だった。

 あっちゃー、と言わんばかりにカストは片手で額を押さえつけて、呻くように続ける。


「正式には【全型魔生物】。【不全型魔生物】と違って知能を持ち、死んでも蒸発しねぇ肉体があるっつー話だったけどよぉ。まったくまんまじゃねぇか……。人じゃねぇか……」


「まあ、俺が特殊なんだと思うぞ? 今のところ俺みたいな完全なヒト型は他に見てないし」


 というか、そこはそんなにショックなことなのだろうか。たかが見た目が同じようなヒト型であることが、それほどまでに?

「というか、つまり一般的に【全型魔生物】ってのは異世界からなんかの拍子に迷い込んできたヒトだってこと、知られてないんだな。クリーチャーの上位互換ってくらいの認識か」


 それはつまり、この世界の住人のほとんどは、【全型】のそれぞれに人生があって、なんの因果か異世界に飛ばされてきた存在だと知らないということだ。


 考えてみれば当たり前のことなのだが、怪物としての自覚がヒト型の見た目に反して強すぎる飛逆には中々実感できないことだった。


 これまでの自分たちの生活の基盤がヒトを生け贄にすることで成り立ってきたことに気付くことが、衝撃を伴うようなことだなんて、ちょっと想像が難しかった。思いつきさえすれば理解はできなくもないのだが。


 そんなの、どこの世界でも同じ事が行われているのに。


 それこそ当たり前に。


(案外、トーリはこれを知ったから、どうにかしてこの世界の常識を壊そうとしたのかな?)

 ありそうな話だった。世の中の欺瞞が許せない感じの年頃らしいし。


 飛逆も彼と二、三歳しか変わらないのだが、まあ以下略。


「それはともかく、カスト。あんたはそれを知ってどうする気だ?」


 予定外だったが飛逆は焦らない。【吸血】すればカストのこの記憶を食うことができるので、まだまだリカバリ可能なのである。


「俺と組んで商売しようってつもりがあるなら協力してもいいけど?」


「……やめてくださいな。そう大それた事、オレにゃ向いてねぇって自覚したばっかなんで」


「【魔生物】の隠避は協力や利用に比べれば大それた事じゃないって? というか俺があんたをこのまま見逃すと思ってんの? まだしもあんたが俺を何かに利用しようとしてくれたほうが信用できるんだけどな?」


「参ったな……」


 本当に困ったというようにカストは視線を泳がせて自分の耳の裏をこりこりと指で搔く。


「というかどうも気付いてないみたいだから教えとくけど、ミリスは俺の同類だぞ」


「……へぇ?」


「俺より先にミリスと話しておきながら、俺と話して初めて【全型魔生物】が『人』だって実感するのも変な話だからな。気付いてないんだろうとは思ったけど……ってことはあんた、やっぱりミリスと直接顔を合わせたことがないな?」


「あぁ、……そういうことで。そんとおりです。オレが知ってんのは、声と呼び名くらいなもんで」


「そして【魔生物】をもう捕獲してあるってミリスの言葉を鵜呑みにしたってわけだな?」


「へぇ。そうです。まさか本人が『それ』だなんてのぁ、ちとオレにゃ想像付かなかったってぇか……今思えば気付いてたって部分もあるんでしょうけど、見て見ぬふりしてたってぇのが、たぶんホントウですわ」


「だろうな。薄々疑ってないと俺が【魔生物】だって発想にすぐには至らない。


 俺が言いたいのは、あんたはとっくに深みに嵌りすぎて、今更『何も知らなかった』で通らないってこと。


 ミリスの目的は、ざっくり言えば『生き残り』であって、具体的なことを言えばこの世界での地位を築くことだろう。あんたたちにしてみれば俺らは『死ななければならない』対象である以上、その仕組み(システム)自体を変えないと遠からず追い詰められるからな」


「仕組み自体を、変える……ってぇと?」


「この都市の統治の仕組みを変えるって事。つまりは現在の権力者に成り代わるってことだな。もしくは自分の自由に動かせる人間をその権力者に据えてもいい。静的侵略って奴だ。【能力結晶】を独占して資金を集めるのはその足がかりであって、ミリスの目的そのものではないのは間違いない」


「んな大それた事……」


「無理でも無茶でもやらなきゃ生き残れない――そうだろ? ミリス」


「へぇ?」


 突然あらぬ方向に声をかけた飛逆にカストは首を傾げるが、


〈ウフ、あはぁ、気付いてましたかぁ~。おっそろしい感覚と洞察力ですね~〉


 服をかけておくハンガーから、当のミリスが応答した。


 カストは思わずといった感じで腰を浮かせるが、飛逆はそれに頓着しない。


「最初からな」


 蟻の這い出る隙間があればどこだろうと髪を忍ばせることで情報収集が可能なミリスが、カストの顔が利く宿を調べ上げていないはずがない。跡を着けられた形跡はなかったが、予め行き先の目星が付けられていたなら、彼女がそこに文字通り網を張っていないとは考えづらかった。そのため飛逆は感覚を部屋中に張って、虫を探すようにして、不自然な動きをする細長いものを、カストと話し始める前から見つけていた。


〈放火魔さんをお風呂に入れて~、この場から離しているのも計算ですかぁ~?〉


「ああ、ヒューリァがいないほうがあんたが声を出しやすいだろうと思ってな」


 劇的なまでに火(というより熱だろう。髪は温度変化に非常に敏感だ)が苦手なのは明らかだったので、その使い手がいないほうが話がしやすそうだと思ったのだ。


〈お気遣いありがとうございます~。余計なお世話ですけどぉ~〉


「そうか?」


〈何か言いたいことでも~? そんな余計なお膳立てまでしたのは~、ワタシと手を組みたいからですよね~? なのにぃ、ワタシの居場所がわからないから~、少しでも歓心を買おうってことでしょぉ?〉


「概ねそのとおりだが、解釈が違う。俺があんたの歓心を買う必要はない。あんたは俺らと協力するしかないんだからな。


 【言語基質体】の存在を知っている俺たちは、官吏に捕まったら当然、あんたのことを話す。一方的に狩られる場合でも、最後の嫌がらせくらいはできるからな。『【魔生物】が社会的に浸食してきてますよ』って密告書を常にどこかに忍ばせておこうか? 俺たちの死体はレアな原料だからな。たとえ体の中に隠しておいたとしても発見してくれるだろうな。


 あんたの強みは情報収集と、その際に本体を隠せるってことだ。そして後者は、人海戦術で来られたら酷く脆いアドバンテージでしかない。だからこそ正体の秘匿性は俺たちよりも重要にならざるをえない。ではその正体を知っている俺たちは、あんたにとって味方でいてもらうか、もしくは死んでもらうしかない。けど俺たちは二人組で、しかもどちらもあんたが暗殺するには難しい相手だ。味方にするしかないんだよ」


 言いながら飛逆はカストの顎に掌底を叩き込みつつ「んぐぅ!?」口を塞ぐように鷲摑みにして、片手でその体を宙に浮かせる。


 そして【吸血】――


〈……〉

「これであんたの正体を知ったこの世界の人間(カスト)はここしばらくの記憶を失った。俺はそういう【魔生物】だ。死体や行方不明者なんかを出して事件性を嗅ぎ付けられたくないあんたに都合がいいな?」

 ぺいっとカストを床に放り出して、肩を竦めてみせる。


「さて、どうする? 『お膳立て』はこれ以上必要か?」


 そっちから頼み込め、と言外に促す。


〈嫌な、ヒトですね~。セーカク悪すぎですぅ……〉


「いきなり顔も見せずに『自分の物になれ』、とか言う不躾な奴に言われたくないな」


〈はぁぁ~、わかりましたぁ。顔を見せろってことですよね~〉


「ああ、だが今じゃなくてもいい。場所を知らせてくれればこっちから出向く。あんたは俺らと違って、姿を見られたら一目瞭然ってタイプなんだろ?」


〈わかりましたぁ。でもぉ、そういうことならぁ、一つお願いがあるんですけど~〉


「なんだ?」


〈ワタシと直接対面するのはぁ、放火魔さんだけってことにしてくれませんかぁ? それを以て『顔を合わせた』ことにしていただければと~〉


「……?」


 下手に出るから何かと思えば、奇妙なお願いだった。


〈別にヒサカさんをのけ者にしたいってわけじゃないんですよぉ~? ワタシの髪を介して会話を相互中継しますし~、何かあったらすぐ駆けつけられるところに控えててもらっても構いません~〉


「ますます意味がわからんな。相性的にヒューリァのほうがあんたにとって苦手だろ?」


〈ええとぉ、……他意がないから余計わからないんですかね~。そのぉ、要するにぃ、恥ずかしいんですよぉ〉


「……俺は異形とか割と見慣れてるし、気にしないんだが。それを言うならヒューリァに見られるのは構わないのか?」


〈同性ならぁ、ギリギリって感じです~。そりゃぁ、できれば見られたくないですけどぉ。というかぁ、こんなこと言えるのも、ヒサカさんと直接お顔を合わせないって思ってるからでぇ、お察しいただけませんか~〉


 これまでヒューリァにモモコと、見た目こそ怪物だが、どちらかというと美麗な異形しか間近で見ていないため、『見られたくない』ほどの異形というのが想像できなかった。だからこそそれがミリスにとってどれほどのことか量れず、下手したら逆鱗なのかもしれず、下手に突けない。


 はっきり言って何一つ信用できないが、自分で指摘したように、ミリスがこちらを敵に回す理由がない。無根拠に疑い掛かっては築ける信頼も築けないという判断の下、


「了解だ。じゃあそういうセッティングができたら、またそっちからコンタクトしてくれ。できれば明日の昼くらいに連絡をくれると助かる。


 ああ、もちろん【言語基質体】はそっち持ちで頼むな。代わりといっちゃなんだが手持ちの原結晶をまるごとそっちに差しだそう」


 飛逆は信用できない相手に譲歩させることが目的なのであって、彼女の姿が見たいわけでもない。それほど興味もない。せいぜい密告書を作製できるだけの姿形の情報が手に入れば充分だ。ヒューリァだけに直接相対させるのは少々不安もあったが、それもヒューリァがうっかりミリスを焼いてしまわないかという不安であって、彼女がどうこうされるということはあまり心配していない。


〈わかりました~。では細かい協定は後ほど~、そのときに~〉


 言い置いて、気配が遠ざかる気配がした。


 気絶したままのカストを持ち上げて口に酒を含ませてからテーブルに突っ伏した体勢にさせ、まるで酔いつぶれたかのような体裁にする。


 一瞬しか【吸血】しなかったので、うまく行けばカストは『飛逆たちを宿に連れ込んでから記憶が飛ぶほど飲んだ』ということになるだろう。【吸血】による体の修復はともかく、記憶の削除は飛逆自身にも加減がわからないので、うまく行くかはわからないが。


 きっちり着替えたヒューリァがバスルームから出てきたのはそのときだ。


 ヒューリァは酔いつぶれた体のカストを認めて、なぜだかがっくりしていた。けれど気を取り直して、妙に執拗に飛逆を風呂に入るように促してくる。


 訳もわからず言われたとおりにした飛逆だったが、その意図に気付いたのは風呂から上がり、カストの姿が部屋に見当たらず(無理矢理叩き起こして追い出したそうだ)、そして代わりとばかりに妙に服を着崩したヒューリァがベッドで待ち構えているのを見たときだ。


 頭を抱えた飛逆は、懇切丁寧に『この宿はミリスの監視下にあり、今もどこかでこちらを見張っているに違いない』という推測をでっちあげて事なきを得た。


「二人のみ→郷愁・願望」


 しゅんとするヒューリァに、いい加減、彼女の好意がガチであることを認めざるを得ず、飛逆は大変困惑したものだ。


 何もしなくてもいいから、せめて眠るまで傍にいてほしいとお願いしてくるヒューリァに、飛逆は、


「ヒューリァ、話しておきたいことがある。今後の方針に関わる、重要なことだ」


 彼女の好意が本物だとして、これを黙っておくのはフェアじゃないと思い、数日前に塔の中で気付いたある可能性について、彼女に打ち明けた。


 するとヒューリァに泣きながら怒られた。

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