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115.別に戦闘狂だからというわけではない(戦闘狂じゃないとは言っていない)

 ぶっちゃけて言おう。


「めんどくせ~……」


 頭を抱えるようにテーブルに突っ伏して、呻く。


 飛逆は本気で面倒がっていた。

 名目上ですら組織のトップなんて嫌だというのに、打算的とはいえトップとして認められるとか、慕われるとか、そういう感情を向けられるのは本当に面倒だった。

 

「別に~、そんな面倒な話ですかね~? 嫌ならこれまで通り~、技術やら方針やらを投げておけばいいって~、それだけの話じゃ~ないですか~」

「いや、そうなんだけどそうじゃないんだよ。これはな、【悪魔憑き】でもそうなんだが、連中に対して採るべき選択肢が増えるっていう話なんだ」

「どういう~?」

「これまでは、俺は連中がこちらに向ける行為に対して、放置か処断の二つしかなかったが、懐柔とか誘導という選択肢が入ってくるんだ」

「ああ~……なるほど~。ヒサカさんは~、そのほうが効率的だと考えたら~、そちらを選ばざるを得ない~っていう性格でしたね~」


 ミリスは理解したようだ。

 元々余人に対する興味があまりない飛逆は、対人的な行動にはある意味で自動的なところがある。余人に対して決まった反応する、という意味だが、その決まった反応をするための判断基準が『効率的かどうか』というところにあるわけだ。

 それは無意識のところにある判断基準なので、そういう感情を向けられた時点で反射的にその選択肢が浮かんでくる。そしていずれを選ぶべきか考えてしまうわけだ。

 考えるということは思考リソースを費やすということであり、それを飛逆はひどく億劫に感じてしまうのである。

 その挙句に、効率的であると考えたなら、その選択肢を飛逆は選ばざるを得ない。効率的と考えた時点で却下するための理由がないからだ。面倒だと感じているのは思考リソースを費やしている段階であり、その選択肢を遂行する段階ではないので、『面倒』というのは理由にならない。


「……言っちゃなんですけど~、ヒサカさんの思考回路(それ)自体がめんどくさいですね~」

「自覚はある。だが敢えて矯正するのは、それこそめんどくさい」


 元々意識階層を自身で構築している飛逆だが、それは無意識の内容を自由自在にできるという意味ではない。あくまでも、普通は無意識である段階を意識という段階に引っ張り上げることができるということであり、それは要するに『普通は自動的にできることをわざわざ意識して操作している』ということなのだ。

 そうしたほうが有益であることならばともかく、敢えて無意識にしている事柄を変更しようとしたなら、その無意識を『意識』にしなければならない。そうした上で、その無意識の内容を恣意的に変更しようというのだから、その面倒くささが伝わると思う。

 意識階層の恣意的構築というのは、脳反射を抑え込まなければ成立しない技を、脳反射がそもそも起こらないようにすることでシークエンスを省略化し、技の威力を最速・最大限に発揮できるようにする、といった使い道なのであり、端的に言えば戦闘技能なのだ。

 戦闘技能ということはつまり、一般社会活動に使われるような部分はむしろ圧迫されているまである。

 そんな飛逆にとって、


「正直なことを言うと、ヴァティとの契約と【悪魔】現象がなかったら、これだけでクランを消滅させるのに足るくらいの面倒くささだ」

「普通は準国家組織を消滅させる労力のほうが大きいんですが~……ヒサカさんの場合、そうなっちゃいますよね~」


 これも大きすぎる力を持った弊害というべきなのか、どうか。

 効率で考えたら、労力をかけないでクランの消滅を図れるのであれば飛逆はそちらを選んでしまうわけである。しかしそれができない縛りがあるので、ストレスを感じてしまうという悪循環だ。


「好意を向けると殺しにかかってくるとか~、クランも想像できないでしょうしね~」

「お前がそれいうか?」


 好意的な相手であるところのトーリとかいう少年を嵌めて実験台にしたミリスに指摘する。


「はい~?」


 なんのこと? と首を傾げるミリスに思い出させてやるべきか少し迷ったが、どうでもよさすぎて会話に挙げるのが面倒くさくなってしまった。あれの現状がどうのという話題が展開してしまうのも面倒だったのだ(飛逆も忘れているので記憶を探るのが面倒)。

 

「ああ~、はい~。まあ確かにワタシも~、危なかったわけですよね~。……っていうかマジで危なかったんですね」


 何か勘違いして顔面汗だくになっているが、確かに飛逆のこの性格の論理に従うと、ミリスは非常に危なかったことになる。さほど労力をかけずに排除できるという意味では、ミリスはそうだったからだ。

 尤も、ミリスは感情的な部分を除いても、利用価値の観点から排除を考えたこともなかったが。そもそも身内認定している相手にこの論理は適用されない。


 けれどこういう勘違いをするところがミリスの魅力だと思っている(ゲスな)飛逆は敢えて訂正しない。

 というのも、つい先だって飛逆に対して「なんだかんだで好意的な相手に甘い」と指摘したのがミリスなのだ。自分で言っていたこととの齟齬に気付かないのが、なんというか愛らしいではないか。


「さて」愚痴を聞いてもらいミリス弄りも終わったところで「北大陸に行ってくるかね」

「あ、はい~。いってらっしゃいませ~」


 確かにクランの統率者の決定は必要ではあるが、必ずしも急ぐことでもない。ウリオの置き土産として、大部分のタスクの割り振りは終わっているからだ。ならば優先すべきは北大陸に残してきたモモコとゾッラの実験である。飛逆がいれば【悪魔憑き】の脅威はなくなるとはいえ、飛逆がいつだって側にいられるわけでもないし、結局のところ気配遮断能力の道具での再現は必要なのだ。

 実際、モモコの気配遮断能力の複製量産が叶えば、【悪魔】現象への対処リソースを大分浮かせることができる。統率者が決定されるまでの猶予を稼げるわけだ。

 もっとも、複製量産が叶った後はクラン内への配備に始まり北大陸南部地域にまで普及させるというタスクが生じるため、その時までには統率者を決定しなければならない。

 準国家組織の頭領なんてことをやっていれば当然のことかもしれないが、なんとも忙しない。ミリスを弄って癒されでもしないとやっていられない。


 自覚しないままミリスを別宅の愛人のような扱いにしながら、速度重視の一人用種航空機に乗り込み、飛んでいる間に考える。


 ヒューリァのことだ。こちらでやることがあるといって今回は付いてこようとしなかった。

 明らかに様子がおかしい。

 きっかけは、やはり第三の眼をつける云々の辺りだろう。思い当たることは、もちろんある。ただ、俄には確信しがたい。どうしても別の事情ではないかと疑ってしまう。


「でもヒューリァ、割と天然だからな……」


 嬉しいようなそうでもないような、というより深読みしすぎな自分の性質に呆れるというか、複雑な気分で一旦は詮索をやめて、ヒューリァの判断を待つことにした。


 今考えるべきはモモコのことである。なんか他の女のことばかり考えているようでヒューリァには申し訳ないが、挙句にその内容はメンタルケアに関してである。


 彼女のモニターは続けているが、やはり最大値自体が下がっているようだ。

 前回の反省を込めて一応、源結晶は積んできているが、おそらく喰わせても回復しないだろう。

 少なくともモモコに関しては、怪物としての強度が精神状態にかなり左右されるという考えでほぼ間違いないだろう。


「おそらく、怪物性の肥大に対する防御、もしくは制限なんだろうな」


 ヴァティによれば、怪物は宿主の精神によってこの世に留まっている。逆に言えば、怪物にとっても肥大しきって宿主を乗っ取ってしまっては本末転倒なのだ。ヴァティの言を借りるなら「繋がっていられない」。

 故に自発的に最大値を減らすことで自身を抑圧し、その精神状態で宿主が扱える状態を保つのだろう。

 他の怪物憑きもそうであるのかは、エヴィデンスが足りなくて何とも言えない。なんとなく、怪物によってその辺は違うという気がするが、今はモモコに関してなので措こう。


「とはいえ、モモコの精神を回復させるって、どうすりゃいいんだか」


 ノーアイディア・ノープランである。正直そんなのは専門家に任せたい。考えてみればそれは飛逆がやるより確実な気がしてきた。ハルドーを連れてくるために戻るべきか。

 

 なんとなく身内のことは自分が解決しなけばならないと思い込んでいたが、むしろ身内のことだから専門家に任せるべきという向きもある。身内だからこそ目が曇るということは往々にしてあることだからだ。

 それに考えてみれば通信技術が確立された現在、わざわざハルドーを連れてこなくても、モニターで繋いでカウンセリングくらいは可能だ。薬が処方されたとしてもそれを現地で飛逆が作ることはできる。


「てか、考えてみれば向精神薬くらい簡単に合成できるよな」


 怪物に効くかどうかはわからないが、アカゲロウや植物操作による異能化学物質なら可能性はある。なんなら弱っている今なら可能性マシマシまである。

 

 光明が見えた気分になったが、ある意味で他怪物の『攻撃』に属する処置で精神が回復するかというと疑問である。単なる状態異常にしか怪物には認識されないのではなかろうか。というかそれ以前に、モモコは以前毒漬けにしていたせいでアカゲロウの毒に対して耐性ができていた。種類が違うから効くかもしれないが、効きが悪くはなっていそうだ。


 やはりカウンセリングが妥当か。


 結論した飛逆はアポイントを取るためにハルドーに繋いだ。直通の念話は双方に負担が大きいので、アカゲロウシステムを中継した単なる通話である。


 そうすると、


〈基本的な話となりますが、カウンセリングによるセラピーとはクライアントに話をさせることです。そのための技術といったものはありますが、まずは信頼関係を築かなければ文字通り話になりませぬ。それでも敢えて言うならば基本的には話をしやすいよう相槌を打ち、その内容に関して否定的なことは決して口にしない、というものになります。また付け加えるならば、決して急かさない、というものであり、そう、どのようにしても長期的な構えで向き合わなければならないということです〉


 要するに時間がかかることは避けられない。

 猶予を稼ぐために急いでいる実験のために時間をかけるしかないという回答である。背後関係から事情を察しているハルドーの婉曲的な依頼拒否であった。


「信頼関係、ね」


 残念ながらそんなものはない、と思う。


 ハルドーとの通話を終えて、飛逆は独り言て溜息を吐いた。





 北大陸に着いた時にはもう深夜もいいところだった。

 というかそろそろ明け方だ。相変わらずほとんど眠らない飛逆は時間感覚がズレているので、先程ハルドーに通話を繋いだのは非常識であることにようやく思い当たった。飛逆以外の怪物は普通に眠る。眷属であれば尚更だった。だから少しばかり話が性急だったのだなぁ、と。

 というか結果論とは言えどうせ益体のない思索だったのだし、移動時間くらいは眠っておけばよかった。

 後悔先立たず。

 機能的には眠りが必要ないとはいえ、本来あった生理機能を無視することで自覚できない歪が発生している可能性はある。


 けれど今回の一連の事情を鑑みてもわかるように、飛逆は本当に眠っている暇がない。今回のこれは極端にしても、基本的には分割思考を駆使してもせいぜい十日に一度ゆっくり眠れるかどうかという程度には忙しいのだ。


 それというのも、分割思考は物事を別個並列に考えることができるというだけで、決定は大本からしか行えないせいだ。簡単に言うとルーチンワークは回せるが、判断・決定を要する物事は捌けない。もっと簡単に喩えると、飛逆が何人もいるという状態が作り出せるわけではない。情報処理や演算にはものすごく有用ながら、そこは飛逆でなくても他に有能な人材がいる。飛逆でなければならない物事の多くは判断と決定なので、結果、飛逆は暇にならないわけだ。まあ、そこに研究開発事業立案などを自主的にやっているせいもあるのだが、そこは完全に自業自得である。


「お早いお戻りお疲れ様ですの」


 ゾッラに迎えられる。またコスチュームが変わっていた。私立小学校の学生服を思わせる帽子付きコスチュームだ。


「いやなんでだ」


 ゾッラのコスチュームチェンジはミリスの趣味だったはずなのだが。彼女がいないここでなぜ自発的にコロコロ変えているのか。


「リベンジですの」


 ぐっと握りこぶしを作って胸の前で両手を揃えるポージング。


「ああ……メイド服似合ってないって言ったからか?」


 いや、似合っていないとは言っていないが、似合っているとも言わなかったからのようだ。


「似合ってるかといわれれば似合ってるんだが、どうしても違和感があるって話なんだけどな」


 それこそコスプレ感がすごいのだ。年相応の格好をしてさえ。まあ環境や状況のせいもあるが。


「残念ですの」


 例によって表情は変えずに言いつつ、中に招こうとする。

 もはやただの挨拶のようなものとして受け取りつつ、飛逆は中に降りながら訊いた。


「モモコはどうしてる?」


 シェルター内の様子を飛逆はなるべく覗かないようにしている。プライバシーへの配慮もあるが、単純に、普段から取得情報が多すぎると負荷が大きいので制限しているのだ。

 この辺りのできることが増えすぎた弊害について今のところ解決手段がまったくない。制限については可変とはいえ、どうしても恣意的になるせいで必要な制限量というものが状況にそぐわない場面がどうしても出てくる。先の【悪魔憑き】との戦闘に際する奇襲への反応の遅れなどがいい例だ。


「丸くなったままでいらっしゃいますの」


 どうやら冬眠じみた例の状態のままらしい。

 まあモモコは基本的に仕事を与えないとずっと丸くなっているだけなので、いつも通りといえばそう。


「そういえば、今更だが君としては、モモコの眷属になるってことについてどう思ってるんだ?」


 ゾッラから言い出したとはいえ一応確認しておきたいところだった。一応モモコには聞かせないほうがいいと思って足を止め。防音の風を張ってから聞いてみる。


 問われたゾッラは、しばらく飛逆の質問の意図を考えるように首を傾げ、ややあって口を開いた。


「百虎様の眷属となること、それ自体には特にどうとも思っておりませんの」


 やはりか、という思いと、意外だ、という思いが同時に湧いてくる。

 要はゾッラは、徹頭徹尾『飛逆の役に立つ為』という目的以外を持っておらず、モモコの眷属となることはただの手段であって感想すらも抱いていない。

 ゾッラは最初からそうだった。飛逆以外の被召喚者を尊重する様子こそ見せるが、それは飽くまでも飛逆へのそれのオマケ程度のものだ。

 けれど逆に言うとそれは、飛逆以外をあまり重く見ていないということであり、飛逆以外に従属する形になることに関して何らかの感想があってもいいとも思っていたのが意外の内約である。


「いずれは天使様の眷属となることと変わらないからですの」


 続けられた言葉で納得と同時に、思い出した。


 モモコに憑くモノはいずれ飛逆に取り込まれる。それがどんな手段に因るものかは状況次第ではあるが、そこは確定している。あれだけ強力な怪物を取り込まない手はない。

 そのこと自体を忘れていたわけではないのだが、忘れていたのは、それをゾッラが当初から把握していたらしいということだ。


 ミリス曰くの『チュートリアル』、その仕組みを、ゾッラは誰に言われずとも知っていた。そうとしか考えられない。

 飛逆たちを召喚した何者か――あるいはその仕組み――とゾッラが無関係であると考えるのは、無理がある。それくらい、今となってはあからさまだ。

 けれどその関係が、どのようなものでどの程度かとなると途端に曖昧になる。


 今でこそ【悪魔】という属性を発現し、その特殊性を明らかにしているが、元々は年端もいかない幼女である。元塔下街の住民のアバターから情報を漁ったところ、ゾッラの生い立ちははっきりしており、両親は流民であったらしいが、出生は塔下街であって、つまりその経歴に特殊性はあっても不審なところはない。ゾッラが『そのもの』であるとも考えづらいのだ。

 たまたま交感能力のある【悪魔】の卵がその能力で以て『そのもの』と繋がり、本能的に知っていただけ。

 そう考えるのが一番しっくりくる。

 もちろん疑いだせば限がなく、経歴に不審なところがないといっても誤魔化す方法がないわけでもなく――例えば情報源がアバターであり、そのアバターを起こしたのがゾッラであることとか――現状では疑っても仕方がないからそう解釈しておくことにしている、というだけの話ではあるが。要するに根本が不審なのだ。


 こんな不審な存在に更に力を与えるようなこと、してもいいのだろうか。

 今更ながら、考えてしまう飛逆である。

 ただ本当に今更だった。現状でもすでにゾッラは力を持ちすぎている。飛逆に依存する形とはいえ、その軛をゾッラはいつだって自分だけで断ち切ることができる。


 それに、期待しているところもある。


 どのようなものであれ、ゾッラと『そのもの』には関係がある。であれば、なにかあれば、そこから手がかりが見つかるのではないかと。

 

 【悪魔憑き】問題が身内に限って言えばほぼ解決した今こそ、そこに手を伸ばしてもいいのではないかと、そう考えているのだった。


 そのためにも、モモコの精神を復調させなければならないのだが、正確には、最大値を戻さなければならないということであり、最大値の減少が怪物による自発的な制限であるというのであれば、案がないわけではない。


「というわけで、モモコ、戦おうぜ」


 どういうわけなのか、飛逆の思考を読まなければわからない(読んでもわからないかもしれない)だろうに、出し抜けにモモコに告げる飛逆なのだった。

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