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114.ある意味既定路線

 ――なるほど、確かにややこしい。



「これは……どう考えたらいいんだ?」


 別にマイナスというわけではないのだが、この事実をどう受け止めていいのかわからない。

 そのせいで飛逆は、あたかも久しぶりに会った主人にするかのように自分の顔を舐め回す犬(、、、、、、、、、、)をどうすることもできず、ただ抱えているしかない。

 正直、獣臭さが不快だし、そもそも飛逆は犬があまり好きではない。

 血族の修行として山に一人放置されるというものがあったのだが、その時に遭った野犬の群れの厄介さといったら只事ではなかったからだ。何しろ血族でなければ飛逆は生き残れなかっただろう。間違いなく、食い殺されていた。アカゲロウをむしろ気に入っているのはその反動のようなところがあり、自分に従順な犬型というのがカタルシス染みたものを覚えさせるからだ。

 そうした経験のせいで警戒するのが犬に伝わるのか、飛逆は犬によく吠えられたものだった。

 それが、この有様だ。


 とはいえ、飛逆が困惑するのは、会ったこともない犬に突然に懐かれたからではない。


 その犬が、【悪魔憑き】だからだ。


 精気反応に対して攻撃的になるはずの魔獣が、気配遮断をしていない飛逆を前に、懐いている。初対面としては異常なほどに。振り回される尻尾は千切れんばかりだ。おかげで飛逆の外乱遮断の謎オーラを貫通してくる犬の涎で顔はべっちゃべちゃである。


 これまでの大前提が崩れ去る事実だ。


〈やっぱり~、そういうことだったんですね~。ヒサカさんとの相似性が~、【悪魔憑き】に於ける序列を決定するんです~。その理屈で行けば~、ヒサカさんは最上位ってことなんですね~。なんせ大本なんですから~〉


 別の場所からモニターしていたミリスから念話が入る。

 確かに、飛逆はこれまで【悪魔憑き】にあまり攻撃されていなかった。そもそも【悪魔憑き】と対峙したことが少なかったわけだが。


〈……いや、けどこれまで、全く攻撃されなかったわけじゃないぞ〉


 攻撃だったかどうか判別しがたかった粘菌スライムの飛び付きはともかく、山賊による礫や巨大狼による喰い付きなど、明確な攻撃行動がある。


〈はい~。それも仮説があります~。そのイヌ一旦離してください~。……はい~、その状態で~、精気遮断してくださ~い〉


 言われた通りに一旦犬を無理やり離して(首根っこを掴んで放り投げた)、精気遮断を発動する。

 すると、


〈どういう理屈なのかは解りませんが~、彼ら【悪魔憑き】は~、ヒサカさんの精気反応を含む~何かを以て~ヒサカさんを最上位……主上と認識するんですね~〉


 犬は先ほどの喜びようが嘘だったかのように、自身を放り投げた飛逆を見据えて唸り声を上げた。

 先ほどとは違う意味で今にも飛び掛かってきそうな犬に、飛逆は精気遮断を解く。すると途端に耳をぺたんと畳んで首を竦めて伏せてしまった。『許して』と言わんばかりに上目遣いに「くぅ~ん」と鳴く始末である。

 本当に、どういう理屈なのだろうか。

 【悪魔】と【悪魔憑き】の間に前後はあっても上下はない――はずなので、これは飛逆が【悪魔】であるために生じた主従関係ではない。もちろん、そのルールも元より仮説であるので、飛逆が【悪魔】であるためという可能性は残るわけだが。


〈まさか……全く逆の対処が有効だったとはな……〉

〈いえ~、ヒサカさんに引き寄せられてくる~ってところは同じなので~、例えばヒューリァさんが傍にいるときに~、ヒサカさんが精気遮断しなきゃいけないことには~変わりありません~〉


 それに、こうまで従順になるとさすがの飛逆も攻撃しづらい。従順な犬は嫌いではないのだ。伏せる犬の頭を撫でくりながら思う。数を減らす目的の【悪魔憑き】狩りには、結局精気遮断していくことになっただろう。


〈――いや、俺に従うってことは、俺が抑えればヒューリァ……というかお前たちを襲わなくなるんじゃないか?〉


〈……〉そっと目を逸らす気配がした。


〈その可能性も思いついてたな、お前?〉


 なぜミリスがわざわざ例えにヒューリァを出したのか、ちょっと引っかかった飛逆はそれでその可能性に思い至った。それは検証しなければならないが、ミリスは自分がその検証に付き合わされることを忌避して言わなかったのだ。ヒューリァを例に出したのも、対象を自分から逸らすためだろう。

 要するにミリスは例によって自らの墓穴を掘った。


〈……大型犬は~、苦手なんです~……。っていうか~……単純に、怖いです〉


 真顔で言っている気配がする。


〈シェルター内ならヒューリァより強い奴が何を言ってる〉

〈魔獣には効かないじゃないですか~〉

〈例えば生やした枝を燃やしてぶつけるとかでも有効だぞ。他にも、この程度の成長度なら単純に周りの空気を無くすとかでも殺せるだろうし、周囲を極低温にして凍結してもいいな。一番簡単なのは魔獣が壊す余裕もないほど一気に珪化させた枝を生やして圧殺とかな〉


 シェルターの中ならどれもミリスが容易く実現可能な方法だ。


〈……いえ~、言われてつくづく思うんですが~、ワタシって戦闘向きじゃないんですね~。なんていうか~、思考回路が。

 よくそういう発想がポンポン出てくるな~って思いますもん~。

 離れたところからだったら~、確かに~ワタシもそういうこと思い付いて実行できるとは思いますが~、それでもワンテンポ遅いでしょうし~、現場に出たら~間違いなくテンパって~思いつけないし~実行できません~〉

〈それは、……そうかもしれないな。なんかお前がシェルター内だからって無双している光景がイメージできない〉


 想像するに、検証する以前に焦って無暗矢鱈と大技を連発し、大惨事になる光景ばかりが浮かんでくる。


 だからこそ練習すべきだという向きもあろうが、それを危険を伴うこの場面で実施すべきではない。ミリスは他の面が有能すぎるくらい有能なのだし、そこまで求めなくてもいいとも思う。


〈と、なるとヒューリァしかいないか……〉

〈ヒューリァさんなら万が一もないでしょうし~、精気反応はヒサカさん以外ならぶっちぎりでトップですから~、ヒューリァさんで大丈夫なら他も大丈夫って断言できるかと~〉

〈逆に言うと、ヒューリァでダメだったとしてもお前でもダメってことにはならないんだけどな〉

〈う˝〉


 ヒューリァで飛逆の抑えが利かなかったからといって、より弱い精気反応のミリスでも利かないと判断はできない。ついでに言えば、魔獣の攻撃衝動が精気反応の多寡で決定されるということも証明されていない。この分だと『【能力】的にどれだけ飛逆と相似していないか』ということが攻撃衝動の強度を左右していることもありうる。

 とはいえ、現状飛逆に準じる精気反応を示すヒューリァから実験してみるというのはアプローチとして間違っていない。


〈ま、まあ~、とにかくヒューリァさんで大丈夫なら~、ワタシでもきっと大丈夫なので~〉

〈強化ガラスとかアクリルなんかの透明な仕切りで隔てて安全を確保してからお前でやるって手もある。この程度の成長度ならその程度でも充分安全だろう〉

〈うぅぅ~ヒサカさんがイジメる~〉


 だからこれは単なるミリス弄りだ。


〈まあ、逆に言えばその環境を作ってからヒューリァで実験しない理由もないからな。作っとくからヒューリァ呼んできてくれ〉


 万が一に備えるなら、ヒューリァにだってその備えをしておくに越したことはない。しかしミリスは眷属植物を自由に操って形を作ることはできるが、素材そのものを加工して道具を作ることはできない。眷属植物だと結局、精気遮断を付与しなければ【悪魔憑き】の攻撃衝動を惹起してしまうので、手作業で工業なみの速さで素材加工ができる飛逆が作るしかないのだ。


〈はぁ~い……って、そういえばヒューリァさんどこにいるんですか~?〉

〈なんか帰るなりハルドーのところ行くって言ってたな〉


 何か意思組成開発のことで思うところでもあったのだろう。出先でインスピレーションを得ることは、こうしてミリスが新しい法則を見出したことでもわかるように珍しくない。そう考えて飛逆は特に気にしていなかった。


〈わっかりました~。じゃあ~行ってきます~〉


 普段なら面倒がってわざわざ呼びに行くなんてことはしないミリスだが、この場から一旦逃れたいという意識があったのだろう。アナウンスやらシェルター内連絡内線やらを使って呼び出すことをせず、ヒューリァがいると思しき医局へそそくさと向かっていった。




 結論から言えば、『飛逆は【悪魔憑き】に命令権を持つ』ということで間違いなさそうだった。

 いくら成長しているといっても獣相手にどうやって命令するのかといえば、それは言葉ではなく(【言語基質体】で言葉を通じるようにしては、という案も出たが、無理だった)、精気(オーラ)だった。

 アカゲロウにコマンド入力するときの要領で飛逆の精気を食わせてやることで、命令することができる。


「こんなの気付くわけねぇ……」


 【悪魔憑き】への対処法が決定しつつある現在、こんなことが判明しても今更といえば今更過ぎるが、飛逆が気付くのは厳しい条件だった。


 まず以て【悪魔】と【悪魔憑き】に上下関係はないとミリスから聞いていたというのに、【悪魔憑き】に序列があることに気付かなければならなかった。

 けれど矛盾ではないのだ。

 あくまでもこの序列は飛逆が感染媒介した【悪魔憑き】のルールであって、【悪魔】と【悪魔憑き】との関係性から必然的に成立するルールではない。仮に飛逆以外が感染媒介したなら、このような序列(ルール)にはならなかった可能性があるということだ。上下関係が必然的に生じる怪物でもある飛逆が感染媒介したからこそのルールなのである。


 精気を隠した状態では【悪魔憑き】の序列最上位に認識されない、というところがポイントで、そこが判明していたおかげで『命令方法』についてはさほど苦労せず正解に至れた。

 とはいえ、命令する度に【悪魔憑き】として成長させてしまうのはあまりいい情報ではない。しかも命令したとしても、アカゲロウと違い、自壊因子を組み込めるわけではない。命令に逆らった【悪魔憑き】に無条件でペナルティを与えることができないということだ。命令権とか云いつつ、単なる餌付けに近い。

 まだ実験していないがおそらく、成長すればするほど『命令』に必要な精気量は増えていくだろう。すると命令する度に命令の利きが悪くなっていくわけだ。しかも命令権が効かなかった時のセーフティがない。

 結局のところ、この情報は早期に発覚していたとしてもこれまでの方針はさほど変わらなかっただろうということだ。


「なんなんだろうな……この、別に損をしたわけでもないし、一応プラス要素なのにがっくり来るこの感じ」


 一通りすぐに試せることを試した結果を受けて飛逆は溜息を吐く。


「ヒサカさんって~、なんだかんだで自分に好意的な相手に甘いですからね~。そのせいかと~」


 割とあけすけに飛逆に好意を示してくるミリスが言うと説得力がある。そんな飛逆に付け込む形でここまで飛逆に踏み込んできたのがミリスだからだ。

 つまりはこのことが判明したことがどうのというより、その内容が『【悪魔憑き】が飛逆に実は好意的な存在である』という事実が、飛逆にとって面白くないことだというのだ。倒すべき相手が敵対的であったほうが心情的に楽だから。


 実際その通りだとは思う。

 思うが、お前が言うなというかお前が言って大丈夫なのかと不安になる発言である。

 何しろヒューリァが聞いている。


 そう思ってヒューリァを窺うが、しかし彼女は無反応だ。

 というか実験しているときからどうにも気が(そぞ)ろというか、何か別のことを考えている様子が見られた。

 今も、どうやらミリスの発言を聞いていなかったようだ。


 珍しい――わけでもない。ヒューリァは割とこういうところがある。

 ちゃんと気を向けさせれば普通に会話もするし、行動にミスが出たりするわけでもないのだが、どこか自動的になることがある。


 今回の場合、敢えてミリスを危地に追いやりたい(基本的にヒューリァの勘気は飛逆以外の周囲に向かう)わけでもないのでこの話題を蒸し返すことはしないが、その様子が気にはなった。


「ヒューリァ、どうかしたのか? 何か気になることでもあったか?」

「ん――結局さ、【悪魔】現象ってなんなんだろうって思って」


 あたかもそのことを考えていた、というようにヒューリァはその疑問を口にする。

 違和感。

 ヒューリァのそれは自然な返し方だったが、直感で、飛逆はヒューリァがそれを本気で疑問に思っているわけではない――そのことを考えていたわけではないとわかった。


「ワタシたちが怪物(オリジン)って呼んでいる~、つまりワタシたちに憑いている存在は~『不確かな事象にヒトの想念が形を与えたもの』でしたっけ~? ヴァティが云うには~」


 その違和感を問い質すか迷っている間に、ミリスがこれ幸いと(言ってから拙いと気付いたらしい)ヒューリァの疑問に乗っかかる。


 因みに怪物と書いて『オリジン』と呼ぶようになったのは、ヴァティが怪物のことを【起源種(オリジン)】と呼んでいたからだ。より正確には、その彼女を喰ったことで飛逆の記憶が混線したためである。他にもそうした概念の呼び方が微妙に変わっていることがある(精気(オーラ)など)。クラン構成員を含めた周りの連中には基本的にその飛逆の認識を基にしたフォーマットの【言語基質体】が支給されているため、ミリスは呼び方が変わっていることに気付いていない。

 ヒューリァにしてみればいつの間にか呼び方が変わっている状態だが、飛逆も記憶が混線していることを自覚していないせいで特にフォローはしていない。因みに飛逆が【言語基質体】のフォーマットに選んでいるのはヒューリァの母国語である。いつでもフォーマットを変更できる自分たちがヒューリァに合わせるほうが効率的と判断してのことだ。

 そのせいでヒューリァがちょっと首を傾げるので、飛逆はますます違和感を強める。これに関しては誤解なのだが。


「色々と違いはあるんですが~、怪物と【悪魔】って似ていますし~、その辺り~実は共通なんじゃないか~って、なんとな~く感じてるんですよね~」

「不確かな事象に想念で形を与えられたもの?」

「なんていうか~、ベクトルが違うだけ~っていうんですかね~」

「ベクトル……?」

「この場合は~、力の方向性って意味ですが~……なんかそう云うと当てはまらないというか~、ニュアンスが違いますので~、やっぱりベクトル、ですね~」


 けれど何だか飛逆も興味を惹かれることをミリスが云うので、飛逆は違和感をとりあえず棚上げにした。

 話に乗っかかる。


「実数と虚数みたいな違いってことか?」

「ええまあ~。それに近いような~? ただ~、そもそも感覚なので~、あんまり~当てにされても~困るんですが~」


 ミリスはそういうが、彼女は【悪魔】現象について最も長く関わっている。元の世界からのことなのだから。その経験からの感想ならば、少なくとも一考の余地はあるだろう。


「ただまあ、何を言っても机上の空論だからな……。しかもお前の言う通りなら、考察すればするほど、裏返りやすいってことなんだし」


「ああ、だからひさか達、珍しくあんまり小難しい理屈をこねくり回してたりしなかったんだ?」


 ヒューリァにはそこまで伝わっていなかったようだ。


「もちろん~、本質自体は~、どうあっても変質するわけじゃぁないとは思うんですけど~。それすらも~推測でしかなくって~……まあ、何もわかっていないってことです~」


 あ、コイツ、考えはあるのに解説するのが面倒になりやがった。

 というより、自分でも不確かだと思うことでこれ以上自分の発言に責任が生じることを厭ったのだろう。これまでの付き合いでミリスの性格を把握している飛逆はそれを察した。


 ただでさえ、この問題に関してミリスの発言は重きが置かれる。前述したように、彼女が最も長くこの問題に関わってきているからだ。けれど元々ミリスは責任を負いたがらない。それはずっと初期から一貫して露呈している彼女の悪癖だ。しかもそれを隠す気もない。悪癖と自覚しつつそれをむしろアピールするまでに、責任を負いたくないのだ。

 それなのに中枢システム統括管理者なんていう重責を負う立場をやってくれているのだから、飛逆としては改めろとも言い辛い。というか、これに関しては単に重責に自覚がないだけの気もしているので、言って自覚されても困るので言い辛いというのもある(こっちが本命だ)。


「そういうことなら、むしろあんまり話し合うべきじゃないのかな?」


 と、ヒューリァもそもそもそんなに気にしていたわけでもない。


 三者三様にこの話題を続ける理由がないので、さらっとこの話題は終了した。


 さておき【悪魔憑き】が実質飛逆の眷属という件である。

 前述したように、これが何かマイナスになるというわけではなく、これまでの行動指針が間違っていたというわけでもない。強いて言うならば、人間の【悪魔憑き】にもこの法則が適用されるのかどうかを検証する必要が出てきたというところだろう。

 

「もし適用できるのであれば~……ヒサカさんをトップとして~全【悪魔憑き】を統率することができるようになりますね~」


 そういうことだ。

 

 飛逆との相似性が【悪魔憑き】の強度や序列を左右するのだから、人間の【悪魔憑き】は基本的に魔獣に対して優位であり、彼らを従えることができる。即ち飛逆が序列の高い【悪魔憑き】を従えるだけで、それより下位の【悪魔憑き】を統率することが可能ということだ。


 もちろん下位にいけばいくほど飛逆の影響力は減っていくし、はぐれも出てくるから全てというのは言い過ぎではある。

 それでも多くの【悪魔憑き】を統率できるというのは大きい。

 飛逆が【悪魔】現象に対処しなければならないのは、身内に手を出させないためだ。従って、統率した【悪魔憑き】を身内から遠ざけるように配置すればいいし、直接従えた【悪魔憑き】には身内に手を出さないように命令すればいい。

 これは早期に発覚していても取れなかった手段だ。飛逆が直接出向かなければならない以上、手数はどうしても少なくなってしまうためだ。

 【悪魔憑き】が自発的に群れを作るほどの規模になって初めてこの手段が効果的になる。


 即ち、ただのはぐれ【悪魔憑き】が百以上もの数で群れを形成しているような、今だ。


 こうなると次に取るべき一手は絞られる。


「どうしても俺を魔王にしたいらしいな」


 これら一連の現象を誰かが仕組んでいるのであれば、どうやらそういうことになってしまう。


 もちろん、そうでないと思いたいのではあるが。




 【悪魔憑き】への対処法が決定し、その施策のための実験の積み重ねをしながら、もう一つのほうの問題について考えなければならなかった。


 というのも、ウリオの脱落の問題である。

 仲が良好ではなかったとはいえ、ウリオというクランの独裁者がいるという状態は、実のところ飛逆たちにとって大変都合がいい状態だった。

 何せ基本的にウリオにさえ指示方針を投げておけばクラン運営についてさほど気にしなくてもよかったのだ。

 その結果が反乱分子の蜂起であるわけだが、準国家組織の運営なんて飛逆はやりたくないし、クラン医局代表者であるハルドーも正直政治向きの指導者には向いていないだろう。ウリオも参謀というか宰相とか、そちら向きの人材だったように飛逆は評価しているのだが、実質的な最高責任者が他にいるという状態では最も適した人材だったのだ。

 いくらウリオがお膳立てして自ら脱落したとはいえ、最適任だった彼の代わりがいないというのはとても面倒なのである。なんだったらウリオはそれを目的にしていたのだろう。要は飛逆がクランの組織力を利用しづらくなったということなのだから。


 ヴァティとの契約によりクランを存続させなければならない飛逆としては、執りうる施策は『クランが潰れそうにない限り必要最低限しか係わらない』か『ウリオに代わる人材を登用する』しかなくなった。

 【悪魔憑き】の問題が解決していない現状――解決したとしても――クランという組織自体を利用できないのは正直面倒にもほどがあるので、飛逆が採択するのは『代わりの人材の登用』しかない。


「というわけで、適当な人材を紹介してくれ」


 記憶容量は莫大であるのに必要と興味がなければ覚えない飛逆はクランの人員を碌に覚えていなかったので、候補の選出をハルドーに頼む。

 ミリスに頼んでもよかったのだが、ハルドーは医者であり、どちらかと言えば精神医学のような分野が専門である。つまりカウンセリングなどの機会によって、クラン人員の性向を把握しているのだ。ついでに言えばミリスには【悪魔憑き】への対処法の検証を優先させたいので、あまり仕事を振りたくない。

 

「構いませぬが……。立候補者を募り、選挙のような体裁を採らない理由をお聞きしてもよろしいですかな?」


 ウリオのように独裁的な指導者に代わる人材を求めるならば、曲がりなりにも皆が選んだという体裁を執ったほうがよいのではないかとハルドーは言う。


「罰ゲームでしかない立場になりたがるような奴は、よっぽどの使命感があるか、俺たちに反旗を翻そうって野心を持つ以外ありえないだろ」


 反旗を翻すというと言いすぎだが、体よくこちらを利用しようとする可能性が高い。ウリオの場合はこちらへの反感はあれども、逆にその反感からあまりこちらに頼りすぎないようにしていた。


「ぶっちゃけ、俺らの中に為政者に向いているのはいないし、政治向きのことなんて本来なら関わりたくもないんだ。パワーゲームなんてのに付き合うのも御免だ。そういうのを仕掛けてこないような奴なら、正直誰でもいい」

「それは……難しいですな。やる気があるのに野心はなく、飛逆殿の意を汲めるほどには有能である必要がある、と」


 言われてみるとかなりの無茶ぶりだった。

 

「というか、あれだ。全然興味なかったから聞かなかったけど、お前らの給料形態というか、要職に就いてる連中の報酬ってどうなってるんだ?」


 衣食住は基本的に保証されていて、立場や働きによってそれらのグレードに差があることは知っている。ウリオから挙げられる要望に応じてそれらを植物操作の権限や塔からのドロップ品という形で提供していたのが飛逆だからだ。

 けれど普段の給料というか、貨幣のようなものに関しては全く関与していないので知らないのだ。


「ありませんな」

「マジで?」

「はい。【能力】の権限付与以外の報酬といったものは、ヴァティ様の時世に於いても特にはありませなんだ」


 どうやらクラン内での地位や名誉というもの自体が報酬という扱いであったらしい。


「まあ、貴方様にはピンとこないことなのかもいたしませんが、我々を眷属にしていただいたこと自体が最大の報酬なのですから」


 飛逆が呆然としているので、ハルドーは苦笑しながら最大の理由を述べる。


 実際のところ、彼らにとって貨幣で手に入るものは殆ど必要がないわけで、明確な寿命がなく不老の身体という、およそ古今権力者が最終的に手に入れようとするものはすでに手に入っているとなれば、あとは名誉や権力以外には欲求も特にないだろう。

 言われてみればわかる話だが、それもクランという内輪だけでの名誉となると納得いかない。


「そうは言いますが、当時は塔下街という権力を振りかざす場もありましたし、貨幣を手に入れようとすればそこでも容易なことでした。そもそも貨幣に頼らずとも欲しいものがあれば個人規模のものであれば手に入りましたからな。

 大規模な事業をしようと思えば塔下街の官僚組織であるクラン内での地位が必須であり、そのための権限を手に入れることが報酬となる、といえばお分かりになりますかな」


 なるほど、と納得のいく話だった。


「てか、状況が変わったのにその形態を維持してたからモチベーションが下がるだのなんだのって議題が前に上がったんじゃないのか?」


 クランをヴァティから引き継いだばかりの頃の話だ。ウリオから議題に挙げられて、クランに必須の不味い実を改良することでとりあえず問題解決ということにしたのだ。

 けれど今聞くと、そもそもの原因を根本的に見誤っていたように思える。


「私もそうですが、当時のウリオ殿にはその『状況が変わった』ということ自体が受け入れられないことだったのですよ」

「今だから言えること、ってか。いやわからんでもないが。というか、そうか……。だからウリオは、今になって、じゃなくて、今だからこそ、か」


 状況が変わったことが受け入れられなかったから、ウリオはまだ頑張れた。けれど変わったことを受け入れざるを得なくなったからこそ、ウリオは自閉するという手段に出たのだ。状況が変わったこと自体を受け入れないために。


 ハルドーは無言で小さく頷いて飛逆の推知を肯定した。

 それでなんとなく、ハルドーはウリオから事前にこうなることを聞いていたのだろうな、と察した。


「まあいい。これで問題ははっきりしたな。お前らには新しい報酬形態が必要だ。そしてこの罰ゲームみたいな地位についてくれるやつにその報酬を一等で与える。ではその報酬は何がいいか、というのが問題だ」


 まだまだ往時のレベルには達していないが、移民は増えているし、アバター付きの植物人間という住民もいる。帝国飛び地であった広大な領地もあるし、貿易も再開されている。塔下街という、当時のような『権力を振るう先』はあるのだ。


「すると、結局同じように権限付与が報酬ってことになるのか? あれ? 堂々巡り?」

「同じように、ではありませんな」


 とハルドーは断りを入れてから、第三の眼を軽く開いて見せる。


「ヴァティ様の時世にはなかった報酬が、増えております」


 第三の眼が報酬だと言いたいのではない。【能力】でできることが増えているということをハルドーは言っていた。

 それは言い換えれば――


「クラン内で、貴方様自身を主と仰ぐ者が出てきております」


 恩恵を目当てにクランに所属している者にとって、飛逆はヴァティよりも『良い主』だということだ。


「そうした者たちにとって、罰ゲーム、ではないのですよ。ですので、立候補を募っても、懸念されるような者が台頭するばかりではないでしょうな」


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