113.今更?
反乱があったからといってすぐさま本拠地である塔下街に戻るわけにもいかない。
反乱の首謀者のことが気にならないわけではないが、優先度はあまり高くないのだから仕方がない。働き者だったウリオが抜けた穴を埋めるのはどうせミリスだし。
〈あのぉ~。ヒサカさんワタシに仕事集中してるの慮ってくれてませんでしたっけ~?〉
ちらっと思念が漏れ伝わったのか、当のミリスからツッコミが入る。
〈それはこういう時にこそお前に働いてもらいたいからだな〉
〈おおぅ……相変わらずさり気に鬼畜ですよね~……〉
〈冗談だ。何か考えるからそっちに戻るまでは頼む〉
本当に冗談だ。ミリスが多忙を極めている今の状況は本気で心苦しく思っている。そんな状況をどうにかしたいと思い始めてから、改善するどころか悪化の一途を辿っている現状は、ミリスへの遠慮を措いたとしても不本意極まりない。
〈とりあえずもう下のほうはいいから反乱の背景洗うとかの作業に回ってくれ〉
ミリスに地上で行われているアカゲロウの操作を引き上げさせて、調査に回ってもらう。
改めて考えても、ウリオが今のタイミングで事を起こしたのはどうにも違和感があるのだ。
ウリオは飛逆と似たような思考回路であり、時として不合理な選択肢を敢えて選ぶようなところはあった。それでも最優先事項を見失ったような行動は決して執らない。そのはずだ。
彼の最優先事項は、ヴァティの復活だ。それ以外にはない。今回の反乱がそこに繋がるというのであればまだしも分かるが、どう考えても繋がらない。先がないのはわかりきっていたはずなのだ。
ありえない仮定だが、ミリスからシェルターの権限をすべて奪ったとして、その後をどうするつもりだったのか。
考えられるのは、シェルターの権限をミリスから奪うことでヴァティを復活させることができるとウリオが誤解していた可能性だ。
だとすればそこで話は終わりだ。ウリオがバカだったというだけの話になる。
けれど、やはりそれはありえない。
ヴァティは飛逆の中にいる。彼女を復活させるためには、大前提として飛逆をどうにかしなければならないのだ。シェルターは確かに重要ではあるが、飛逆にとっては結局のところ、代替可能な一部品でしかない。交渉材料として挙げられれば、考えはする、くらいのものだ。シェルターの権限を奪ったところで、飛逆自体をどうにかすることはできないし、さすがにそんな大前提を忘れて行動にまで出たということはありえない。
「ってことは……結局あれか……」
考えれば考えるほど、一つしかない。いや、可能性としてはもう一つだけあるが、結果から逆算するとやはり一つしかありえない。
ウリオは何も間違えなかった、ということだ。
「やっぱりあいつは嫌いだ」
地上の魔獣残党を作業的に殺して殺し尽くすころに、溜息交じりに呟く、と。
自分担当分が終わって飛逆のところに寄ってきたヒューリァがジト目で顔を覗き込んできた。
「ひさかって嫌いな奴のこと好きだよね」
あたかもハーレム系主人公のことは何でもわかってる系正妻みたいなこと言いだしたぞこのヒロイン。
まあヒロインなんだけど。飛逆がハーレム系主人公かどうかはさておき。さておこう?
さておけば、存在感アピールなんかして、何か焦るようなことでもあったのかと邪推してしまうではないか。
「どういう哲学だ、それ?」
「……念話、わたしにも付けられない?」
飛逆が混ぜっ返そうとするのを無視して要求を述べてくる。
否定させる気が一切ない辺り、正妻である。
奴のことを好きとか言うのはまるでナルシストみたいになるので本気でやめてほしいのだが。
言っても無駄なのでそれはともかく。
「可能不可能で言えば、おそらく可能なんだが……」
あまりやりたくない。以前にも検討して、同じ結論を出している。というのも、飛逆が誰にも秘密で画策しているのは、ヒューリァを眷属でなくした上で強大な存在に昇華させること、なのだ。より正確には眷属でなくしたいというよりも、飛逆が彼女に力を与えるという形式を取り払いたい。その上で彼女が眷属として自分の傍にいるというのであれば、一切不満はない。
要は順序の問題なのだ。
ヒューリァが飛逆に依存せずに第三の目――というか念話の能力を身に着けるというのであれば、むしろ歓迎するところだ。
「遠距離通信だったらその翼状外装でもできるし、むしろ念話なんかよりも間接的である分だけ、セキュリティ的にも安全だし、勝手に頭の中に話しかけられることの不快感もないぞ」
そういう問題ではないのだと、察しつつも一応言っておく。
「……ひさか、ミリスと念話してて不快そうにしてるのあんまり見ないけど?」
どうやら藪蛇だった。
親密でない相手だと念話は不快だ。第三の目を植えたウリオと試験的に念話を繋いだ時の不快感は只事ではなかった。思わずカウンターでウリオの意識を灼いてしまうところだった程だ。ハルドーとでも、我慢できないほどではないが、不快だった。意識深層でヴァティと対話したときのそれに近い。
要はどれだけ相手を感情的に受け入れているかどうかがこの不快感の程度を決定する。眷属としての距離で言えばウリオたちやミリスとの間にそれほど差がなく、理性的にはハルドー相手なら不快が生じないはずだからだ。おそらく相手側の感情も関係しているだろう。
つまりはミリスや、実質的にはミリスと変わらないゾッラに対して、飛逆は感情的に受け入れているのだ。そしてうっかり思念が伝わってしまうことがあるほどに、ミリスには寛容という始末だ。更にはそれを自覚してからというもの、ますますミリスを受容する方向になるという好悪の付け難い循環である。いや、快不快を言うなら明らかに快適なので、好循環とするべきだろう。客観しづらい感情が可視化されるとそういうフィードバック効果がある。
これはもう言い訳できない。
正直な話、仮にミリスが自分以外に靡くようなことがあれば、その対象を生かしてはおかないくらいにはミリスに対して愛着と独占欲がある。そんな自分がミリスに諦めろとは言えないわけだ。余りにも傲慢すぎるし、ミリスを蔑ろにしすぎている。それを自覚してしまっている。
というかそもそも、こうした感性的な方面でヒューリァを誤魔化そうというのが無理な話なのだ。むしろ飛逆自身よりもミリスへの感情を把握しているのではなかろうか。
その上でこの態度だとすると、むしろヒューリァにしては手緩いくらいだろう。今のうちにこちらから折れていた方がよさそうだ、と。
「……まあ、仕方ない。単に第三の目を植えるんでなく、念話の【能力】を付けられないか試してみよう。よく考えたら、君の場合、第三の目を付けられないかもしれないし」
そう。実行するとなって改めて考えてみると、ヒューリァの場合、【神旭】を身体に埋め込む禁術によって、飛逆の血に依存しながらもある意味では怪物の天敵というややこしい存在と化している。飛逆の血を飲むことと同様、飛逆の【能力】の塊である第三の目を植えても、還元・吸収してしまって根付かない可能性がある。というかそうなるとしか思えない。
そうなった場合、第三の目を植えるために頭蓋に穴を空けたのが無駄になるわけだ。いくらすぐさま再生するからといって実験したいとは思えない。
というようなことをヒューリァに言って聞かせると、最初は訝し気にしていたヒューリァは呆然としたように目を瞬いた。
「……」
そして無言である。
「……ああ、そういう……」
ややあって納得した風に頷いた後、地に落ちそうなほど気落ちした様子で肩を落とす。
第三の目を付けられないかもしれないというだけにしては凄い落ち込みようだ。この一連の流れは実際のところ、念話ができるようになりたいわけではなく、飛逆への当て擦りのようなものだったはずなのだ。
「どうした?」
「ううん……。えっと、もういいや。ごめんね、変なこと言って」
「いいならいいんだが……」
撤回するということは、ヒューリァはやはり第三の目を植え付けても還元されてしまうと彼女も判断したということだ。
ただ、それだけ、という気がしない。けれど藪蛇かもしれず、突っ込めない飛逆である。
そんなもやもやを抱えながらも、モモコとゾッラの複体が待つシェルターへと向かうことにした。
せっかくここまで来たので本当は地下にシェルターを作っていきたいところだったが、それだけの手間はかけていられない。
一気に上空に飛び上がり、そこから廃墟の街の中心部に目掛けてモンロー効果を狙った杭状の種ミサイルを撃ち込み深いクレーターを作成、続けざまに放った高リソース含有の種を地下深くに植え込む。その種は南大陸に作成した迷いの森(対魔獣用の森)の中心核となるようにプログラムされた種だ。一週間もあれば近くの植物を取り込み、この辺り一帯を森にしてしまえるだろう。
そろそろゾッラの複体も完成しているだろうし、モモコも回復しているだろう。
のんびりしてもいられない。リスクはあるが、このまま文字通り飛んでいくことにする。
翼状外装から蔦を伸ばして、地上のアカゲロウの残骸に接続し、纏めて形状を変えながら引き上げる。
再利用だ。これらアカゲロウはエネルギーが切れているだけで素体としては残存している。さすがに炭素製素材をゼロから創造するのは飛逆をしても骨なのだ。無駄にするのももったいない。
これらを使って適当に空気抵抗が小さくなるような形状を作り上げる。
要は風除けだ。飛行を安定させるために翼も形成する。螺旋回転しては、一人ならばともかく、さすがに堪ったものではない。
そうして翼状外装を機体背部に接続し、爆炎を高出力で噴射。
飛逆とヒューリァを取り込んだアカゲロウ簡易航空機は、正しく一直線に北大陸上に初めて形成したシェルターへと吹っ飛んでいった。
慣性対策も何もしていないので酷い乗り心地だったが、それだけに早く到着した。航路上で何回か何か撥ねたような衝撃があったが、視界は殆ど取っていないのでわからない。軌道制御は目的地のマーカーに向けて自動で行うようにしていた。ミリスのオペレーションがない飛行などこんなものである。
ずどん、と地面に斜めに突き刺さった筐体がばらけ、飛逆たちの姿を露にする。
ヒューリァはQ、と言わんばかりに目を回している。
彼女の場合、包有する精気自体は飛逆の半分にも迫る(限定状態の飛逆よりも上)が、頑丈さという面では随分と落ちて三分の一にも満たない。何故かと言えば、それも彼女の精気精製の仕組みのせいだ。より正確には、彼女の身体に埋め込まれた刻印に、身体機能増強の機能が備わっていないためである。
ヒューリァの身体機能がヒトに比べれば高いのは、精気それ自体が持ち主を強化する性質を持つために過ぎないのだ。言うなれば余剰でしかなく、同様のリソースを用いて指向性を持った【能力】に及ばないのは当然のことである。
つまりヒューリァは、火力特化の紙装甲(怪物基準)という、ある意味彼女らしいことこの上ないピーキーな性能なのだった。
回復力はかなり高い(痛みを感じる前に回復するレベル)ので結果的には頑丈ではあるが、継続的にダメージを受ける状況だと、ダメージを受けて即回復、というサイクルに精神的な負担が嵩んでいく。
結果、このように可愛らしいことになるわけだ。
Sッ気があるつもりはないが、ヒューリァのこういうところに可愛らしさを感じてしまう飛逆である。実際、ヒューリァはけっこう天然だし。
そんなヒューリァを、内心機嫌よくなりながら抱きかかえてシェルターに降りる。
「お待ちしていましたの」
ちょこんとカーテシーを決めるカチューシャ付きエプロンドレス姿のゾッラが出迎えてきた。
「……今日のコスプレはメイド服か」
なんかもう慣れてきたとはいえ、ゾッラのキャラクター像がいまいち定まらない。見る度に傾向の違う服装のせいだ。ヒューリァのマイナーチェンジまでしか許されない衣装を少しでいいので見習ってほしいところだ。ヒューリァは普段着までそんななんだぜ? ……いい加減なんとかさせたいが相変わらず飛逆は自分でデザインはできないのだった。デザイン出来たら、3Dプリンターで立体裁断も真っ青な服飾を実現できるのだが。いや、そもそも外装にコードを収納するだけでいいのだが。
「こちらにはノムがおりませんので、せっかくなのですの」
「ああ、君自身が選んだんだ?」
てっきりミリスに指定されたのかと思っていた。
ていうかキャラ被りとか気にしてたんだな、と。
「はい、ですの。どうですの?」
カーテシーからくるりとスカートの裾を翻して回りながら感想を求めてくる。
「どうもこうも……」
似合っているとも言えるし、これまでの衣装と何も変わらないとも言える。逆に言えば、ゾッラには何でも似合うし、どれも彼女にはしっくりこないのだろう。何物にも染まるが何者にも属せないのがゾッラという存在だ。
「残念ですの」
言いつつも微笑で固定された表情を変えはせず、回る動作から手を伸ばして飛逆を奥へと招き入れる。飛逆が先に進むと、そのやや斜め後ろを付いてきた。
というのも、飛逆がここを作った時と構造が変わっているからだ。
全方位視覚を持つ飛逆は斜め後ろだろうとゾッラがどこに案内しようとしているのか把握できる。
「この短い時間でやったのか?」
複体がこちらで完成したのがいつなのかはわからないが、仮に飛逆たちが発ってからすぐだったとしてもそれほど長くはない。ただの通路をまるで高級ホテルの廊下のような構造に作り替え、いくつもの区画や階段、部屋を作るまでには、ミリスクラスの情報処理力が必要だろう。実際には複体ができるまでの時間はそれなりに長かったはずだから、ゾッラはミリスよりも情報処理力を持ち合わせていることになる。
「こちらの管理者としての権限を得たことで、わたくしは実質的にこのシェルター全体の演算力をわたくし自身のものとして用いることができますの」
「ああ、なるほどね……」
譬えるならば、このシェルター全体がゾッラの脳なのだ。情報処理力=脳の大きさではないが、アカゲロウシステムとゾッラの組み合わせの場合は殆ど=になる。距離を無視して情報伝達するアカゲロウシステムだが、オペレーションティングシステムの問題で、理論値には到底及ばないレベルの処理速度しか普段は出せていない。ミリスも頑張ってくれているのだが、彼女にしても全く未知のハードウェアのOSを組み上げ、問題なく運用できているだけでも奇跡レベルの腕前なのだ。
しかし、アカゲロウシステムと同化したゾッラは殆ど理論値の情報処理力を持ち得る。出力系の問題でそれを表に出すことはできていないようだが、事実上、今のゾッラは飛逆の全能開放状態に匹敵する情報処理を実現可能なのだ。
つくづく反則的だ。
これでゾッラは飛逆の眷属ですらないのだから。
権限を得たとか言っているが、それは彼女がこれまで自発的に制限していたのであって、本当は飛逆やミリスがそれを与えるまでもなく、いつだってその気になればできたのだ。
もちろんそんなことをしたならば、飛逆は即座にシステムごとゾッラを消去しただろうが。
未だに彼女をこのままにしていいのか迷いがあるが、今更感もあって様子見を継続することにしていた。
「ところでモモコの様子はどうだ?」
とっくに回復しているだろうと思いつつ。
「それが……あまり回復しているように見えませんの」
「なんかしたのか?」
「わたくしは特に何もしていませんの。百虎様も、ずっとあの状態でしたの」
「……」
足を止めて、考える。
モモコの首輪からの取得情報の過去記録にアクセスし――やはり、おかしい。記録と参照して、いくらなんでも回復が遅すぎる。それほど深く消耗していた様子でもないのに。
そもそも回復傾向にあったことはここを発つ前に確認しているし、何らかの原因があるはずなのだが、思い当たるものがない。
いや――過去にもこうしたことがあった。
当時とは断絶と言っていいほど飛逆のスペックが異なっているせいで、思い当たるのに時間がかかってしまった。あの時分にはこんな記録を取ることはできなかったし、そもそも飛逆がそれを観測する術がなかった。
随分と古い話になるが、剣鬼との戦いの後のことだ。
精神的に落ち込んでいたことに起因していたと記憶しているが、モモコはあの頃かなり戦闘力が落ちていた。それも長期間に渡ってのことだ。あれは結局のところ、消耗から回復していなかったためだとすれば、今の状況と合致する。
「というか、もしかして最大値が下がっているのか?」
回復はしていたのに、記録にある最大値に至っていないというのは、そう考えるのが自然だろう。
纏めると、モモコはその精神状態によって精気の最大値が変動する、ということだ。しかもその振れ幅は激しい。
これがモモコ特有の性質なのかどうかは判然としない。飛逆は最大値が大きすぎる上に簡単に上がるせいで多少の前後は判別不能だし、ヒューリァは初期のころから解呪されていて比較対象にできない。ミリスはその強みが自体の精気の多寡では左右されづらく、やはり対象にできない。
逆に言えば、否定できる根拠がない。
「……えっと、それって何か問題なの?」
思索に耽る飛逆に、お姫様抱っこされたままだったヒューリァが疑問を呈する。
「いや……」
言われてみれば、不可解と言うだけで何か特別な問題というわけではない。
「ただ、そうだとしたらただ時間経過で回復を待つだけじゃダメだってことだな」
「え? 最大値が下がっているならそれが最大だから回復なんか待たなくてもそのまま実験すればいいんじゃないの?」
ヒューリァ先生は相変わらず思考回路に容赦のルートが存在しないようです。弱体化した状態で同期実験なんかしたらモモコが取り込まれる可能性がありすぎる。
「あ、ちがくて。転移門開けるかどうかの検証実験のほうだけだよ?」
さすがにシェルターアドミニストレータ:ゾッラと同期させる実験のほうは見送るしかないだろうが、転移門が開けるかどうかに関してはリスクはないのだから、やるだけやってみればいいのでは? ということだったらしい。
容赦の回路も存在したようだ。逆にびっくりした。
「で、それが開けられるかどうかは関係なく、ひさかは一度向こうに戻って、猫被りはここに残って回復を待つなりその方法を模索すなりすればいいんじゃないかなって」
問題があると解決することをまず考えてしまう飛逆だが、言われればそれが適切な順番であることは納得できる。
当初はモモコが転移門をこの北大陸で開けなければ、モモコを連れて帰る予定だったが、モモコがこのシェルターでしかできないことがあるのであれば話は別だ。
モモコだけなら【悪魔憑き】からの脅威を、最悪でもやり過ごせる。危険だったから回収するつもりだったクランメンバーも、当面の脅威はつい先程に飛逆たちが殲滅してきたから猶予はある。文句を付けそうなウリオは自我凍結中だ。
二度手間になるかもしれないが、モモコが転移門を開けなくとも彼らを北大陸に置いておくことの問題はその二度手間くらいのものだ。
その方針で行くことにした。
怠そうなモモコを外に連れ出して、転移門を開けるかどうかを試してもらう。
因みに、転移門をうっかり開いてしまう可能性がある飛逆は、
紛れを防ぐため、その場には立ち会わなかった。
大方の予想通りにモモコは転移門を開くことができなかったという報告を受け取り、モモコと入れ替わりにシェルターの外に出て、転移門を開いて塔内を経由し、本拠へと帰還した。
†
やはりというかなんというか、ウリオはやっぱりウリオだった。
クランにおける執政実働面でのトップであるウリオがあの様だというのに、クランに混乱が殆どなかったのだ。それをざっと確認するなり飛逆は察した。やっぱりだ、と。
「あの後~、ワタシもすぐに察しました~」
呆れたように溜息を落とすのは、ウリオの反乱により生じる混乱に忙殺されているはずだったミリスだ。すぐに察した癖してそのことを知らせなかったのは、飛逆の帰還を促し、こうして直接対話する機会を設けるためだろう。ちょくちょくこういう小細工をしてくるのである、この娘は。
まあ、嫌ではないのだが。
「事前に根回ししていたんですね~、あの男。逆に感心しますよ~。すごく上手く失敗する~、そのためだけにワタシに感知させないでここまでのお膳立てをすませるんですから~」
「まあ、理由としては『事後に俺たちに察せさせるため』だろうな」
「ああ~……そ~いう。大概捻くれてますねぇ、あの男」
というかまあ、飛逆に面と向かって『反乱を起こした理由』を話すのが嫌だったのだろう。飛逆でも嫌だからわかる。だからこんな回りくどくもわかりやすい状況をわざわざ設定したのだ。
「閉じ込めてた連中は?」
「全員閉じ込めておいたままです~」
「そうか」
返答を聞くなり、出入り口のない部屋に閉じ込められていた連中を全員発芽させる。
部屋は埋まり、彼らはシェルターと同化し厚い壁そのものとなった。
尋問を予定していたが、ウリオのセッティングのおかげでその必要がなくなったのだ。
殺さないのは単なる慈悲だが、一度完全に発芽させられてしまえば、自我が戻るかどうかは現時点でも不明であり、反乱の処罰としては妥当なところだろう。死に対して鈍感なクランの連中にしてみれば、よほどリアルな処刑だという理由もあるが。
端的に言えば、ウリオは反乱分子を一纏めにして摘発させるために今回の反乱を起こした。
敢えてこんな迂遠なやり方をしたのは、彼の性格と飛逆との確執のせいである。
ウリオは自分でこの反乱を鎮めるわけにはいかなかったのだ。なぜなら彼がここまでクランで独裁状態を揮っていられたのは、侵略支配者である飛逆への対抗という名目が存在したからであり、この反乱を抑えるにせよ鎮めるにせよ、その名目に無理が生じてしまう。
元々無理があったのに重ねて無理が生じれば瓦解はあっという間のことだっただろう。
それはウリオの準最大目標である『ヴァティのクランの存続』の失敗を意味する。ウリオとしてはなんとしても避けたかっただろう。そうなるくらいならば、不穏分子を生贄にしてもいいくらいには。
ただし、ただ単に生贄にするだけでは、その裁量を飛逆に渡すに等しい。それでは結局、ただクランが残っているだけ、とウリオは感じたのだろう。体裁しか残っていない現状、それさえも繕えなくなればその目標を失敗したに等しい、と。
そこで選んだのが、自分がいなくてもクランが自主的に存続できるように根回しした上で、自身ごと反乱分子を一斉に摘発させるというものだったわけだ。
元々ウリオはしたくて独裁状態を行っていたわけではないはずだ。けれどここまでそれでやってきたのだから、一時的に彼が独裁を止めたところでしばらくすれば結局元の木阿弥となってしまうだろう。現状のクランはそういう構造になってしまっているのだ。主に飛逆のせいで。
だからウリオは自分を凍結した。
そういう構造になったことの責任を取るということを飛逆に示した上で、クランの意識に自主性を持たせるために。
俄かには認めたくないことだが、こうまでされてしまえば飛逆もその意志を尊重したくなる。その辺りも織り込んでのこの仕儀に違いなかった。
「さてしかし、どうしたもんかな」
急いで帰ってきたというのに、概ね問題は解決して(されて)しまっていたというこの状況、どうしたものだろうか。
今回の件での収穫は、モモコには北大陸で転移門を開けないというネガティブな結果と、向こうにもシェルターを作成できたということくらいだ。
一応、山賊やそいつらが使役していたと思しき魔獣などの掃討も収穫と言えば収穫なのだが、それらは元々、何か利益を見込んでのことではない。本来の目的であるところの、北大陸中南部へ派遣したクランの連中を回収は結局、取り掛かることもなく中座した形である。
「あの~、ヒサカさんにやってみてほしいことがあるんですが~」
ぽっかり空いた予定をどうしたものかと思案しているところに、ミリスが何やら提案してくる。
「言い訳になりますけど~、ヒサカさんが帰ってこなくてもいいって状況だとすぐに気づいたのに~、連絡しなかったのには~、一応ちゃんとした理由があるんです~」
「へぇ?」
「いくらワタシでも~、優先順位くらいは弁えてますよぅ。ヒサカさんとちゃんと顔を合わせて話がしたいって~、くらいで~大幅に時間を取らせるようなことは~しません~」
「マジで?」
うっかり驚く飛逆である。ミリスならそれくらいやるだろうと疑問にも思わなかったからだ。
「ホントウですよぉ。だって~、『ワタシのために時間を取らせる』っていうんならともかく~、今回のは単に実務上の都合じゃないですか~」
「うん? 違いがわからん。俺がさっさと戻ってきたのはお前の負担を軽減するためのつもりだったんだが?」
「それは嬉しいですけど~、違うんです~。女が意中の男にワガママ言うのは~、自分が優先されているっていう実感が欲しいからです~。今回のはあくまでお仕事のことであって~、『ワタシのため』ではないですよね~。こういうところでワガママ言っても~、嫌われるだけです~」
飛逆にはやっぱりその違いはわからなかったが、『ワガママ言う場面』を打算的に図っているところはいかにもミリスらしかったので、「そういうものか」と納得してしまった。
「まあ~、そういうわけで~、やってほしいことなんですけど~、今回の遠征で~、『上位の【悪魔憑き】は下位の【悪魔憑き】を従えることができる』っていうのが~、あったじゃないですか~」
「ああ。それはあの百頭近い混成の群れを見るに、間違いないと考えていい」
種族が違うというのに、たった一頭の巨大な魔狼によってあの群れは統率されていた。通常なら在り得ないと断言してもいい事例である。
「それでも疑問はあるんです~。というのも~、『どうやって上位が決まっているのか』ということなんですけどね~」
「成長した度合いじゃないか?」
「いえ~。確証はないんですが~、違う可能性があります~。あの群れは~、確かにあのおっきなオオカミに統率されていたと思いますが~、あのおっきなオオカミは~、あの山賊たちに従えられていたと見るのが自然ですよね~?」
「……ああ、なるほど」
ミリスが何に疑問を持っているのか、飛逆も理解した。
「はい~。客観的な指標がないので確実ではありませんが~、あのおっきなオオカミのほうが~、山賊たちよりも強かった~気がするんですよ~」
飛逆の戦闘記録を参照した結果、その疑問に至ったようだ。
「ああ……けど、それは元々、肉体的な強度で言えば野生動物のほうが強いし、従えられた時にはまだ山賊を超えるほどではなかったって可能性もあるよな」
「はい~。ですので確証はありません~」
「けど、その前提での仮説があるんだな?」
「はい~。それでも確証が得られるわけではないんですが~、この仮説通りだとすると~、ちょっとばかり~、ややこしいことになる~かも~しれません~」
なんだか歯切れの悪い文脈で、ミリスはその仮説を述べた。




