109. 自己鏡幻実体
そもそも変異情報源である炎龍ゾンビがヒトではない。
だからヒト以外にも感染してもおかしくはない――という理屈はおかしいが、南大陸の掌握を企図したときに、各地の【眼】でなるべく具に観察してみれば、案の定魔獣と呼ぶべき存在が確認された。精気が観測できないか、極小なのだ。
ただし、それらは何故かヒトの【悪魔憑き】とはどうも様子が違った。というのも、動物の枠から外れるほどに成長するはずのそれらは、何故か弱体化している割合が多かったのだ。
家畜や生態系の底辺であればまだわかる。家畜は基本的に『死んだ』物しか食べないし、生命体を殺すことで精気を喰らう【悪魔憑き】の性質での成長は見込めない。底辺も似たような理由だと思えば納得は出来る。植物だって精気を有しているために、底辺であっても『殺す』機会はあるわけで、考えればおかしいわけだが。
あくまでも仮説ではあるが、ミリスによれば、「情報感応耐性が低いせいでしょうね~」とのことだ。
「要はヒサカさんが投射した変異情報圧に耐えられないせいで~、変異が上手く行かなかったんです~。ヒサカさんが媒介して変質させた情報は~、あくまでも『ヒト用』ですからね~」
「つまり、ヒトほどの情報処理力が備わっていないせいでってことか? つまり【悪魔憑き】が成立するためには一定以上の知性が必要?」
「それはちょっと違うと思います~。あくまでもヒトの目線では動物は『知性が小さい』ですけど~、単純に比較できるほど『知性』ははっきりしたものではないですから~。あくまでも~、変異情報源やヒサカさんとの近似性がそれを左右しているって考え方です~」
「なるほど……だから爬虫類とかイヌ科の動物とか猿、あと植物では弱体化していない……【悪魔憑き】が成立している率が高いわけか」
それらは飛逆が自分の形質の一つだと認識しているモノばかりだ。ミリスの主観による解析分類のため、やや信用は置けないが、納得しやすい。
「後は一部の鳥類と蝙蝠なんかの哺乳類ですね~……おそらく『飛翔する』というところが若干近似による適応を作ったのだと思われます~。関係あるかわかりませんが~、爬虫類と鳥類はある意味親戚ですしね~」
仮説といったが、ほぼ間違いないだろうというくらいにそういう証拠が揃っていた。まあ親戚云々は進化樹形図で云うなら大概がそれに当たるので違うと思うが。
ただいずれの成立した魔獣であっても、動物はヒトのそれほどには成長著しいわけではない。まだ【悪魔】現象からそう日が経っていないこともあるだろうが、脅威度はそれほどまでに高くはない。
だが確かに成長しているし、ヒトよりも本能に忠実であるせいか、殺戮衝動とでも呼ぶべき性質が芽生えている節がある。捕食以外の目的で『精気を宿す物』を攻撃しているのだ。各地の【眼】は割と頻繁に攻撃を受けているせいで、北大陸では更に【眼】が減少傾向にある。追加で何度も送ってはいるが、種の時点で多くは捕食されるため、中々定着が難しいという厳しい状況だ。
ジレンマである。北大陸の情勢は把握しておきたいが、送れば送るほど動物の【悪魔憑き】が成長してしまう。そろそろ打ち切るか、別の手段を考える必要があるかもしれない。
南大陸では飛逆やその眷属、モモコや飛逆の生やした生産特化の森に寄ってくるため、逆に言うと対処しやすい。
現在は塔下街と帝国飛び地ではそうした【悪魔憑き】ホイホイの森を作製し、そこに殺傷性トラップや小型巨人兵を配置することで、イルスたちに駆逐させている。
東側連合国やその他の国では犯罪発生率の上昇や野生動物による人畜被害などが起き始めているようだが、成長率が低いためにいずれ駆逐されるだろう。元々人口密集地に狙って【眼】を付けることができていた南大陸に於いては、野生動物の【悪魔憑き】が少ないこともある。自浄作用にちょっと飛逆たちが力を貸すことを加えれば充分に対処可能だ。強いて云うなら生態系の乱れが心配だが、すぐさまどうにかなってしまうことはない。
やっぱり【悪魔】現象の問題は北大陸に集中している。
「それにしても、問題は鳥だな」
「ですね~……」
渡り鳥でもないのに海を渡ってくる鳥型【悪魔憑き】が出現する可能性がある。
「何にせよ、これら成立した魔獣を捕獲して、観察してみないとな」
動き回る上に観測のための【眼】を攻撃してくるため、その実態を詳細に調べることができていない。手元に置いて飼ってみるしかない。
「嫌~な動物園ですねぇ」
まったくもって本当にその通りだった。
何せその動物園には飼育員という名目でヒトの【悪魔憑き】も飼われることになるのだから。
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ひとまず――あくまでもひとまずではあるが、【悪魔】現象への対処は軌道に乗ったといえるだろう。システム化して、後は予想される北大陸からの襲来までにどこまで進めることができるかという時間の問題だ。
もちろんもっと上手いシステムがあるかもしれないし、追加の必要も次々と出てくるだろう。アイデアはあっても実現が難しいために保留にしているシステムもある。
それに、警戒すべきは【悪魔憑き】だけでなく、炎龍ゾンビのような存在の現出もそうだ。未だにアレが何だったのか、その正体を量るとっかかりさえ得られていない。正確には得られてもそれを漠然とした形以上には成らないように飛逆が留めている。
塔や月光との関係なども含めると、【悪魔憑き】のことが霞むくらいの重大懸案事項だ。
だから北大陸全土という贅沢は言わないので、多少でも情勢を把握しておきたいし、赴く際の足がかりが欲しい。
これに関しては、北大陸に渡ったクラン構成員がいた。そのことを飛逆は忘れていたわけではないのだが、彼らを使うという発想がなかった。未だに飛逆の意識がクランのことを自分の身内よりも外に置いているせいだろう。ウリオはともかくハルドーなどは身内にカウントされつつあるのだが。
ともかく、彼らクラン諜報員を介して、南部地域と密接な繋がりを持つことにした。南部地域でも天災被害及びその後の環境変動による農作物被害などが相次ぎ、【悪魔】現象の影響もあって、政治的不安が噴出してきている。そこに塔下街から資源を供出することで国交を密にしようというのだ。言い方は悪いが、政情不安定なところに付け込むわけである。航空輸送手段がある今、それ自体は簡単にシステム化できる。
元々豊かで闊達な気風(船乗り除く)の国であり、政情さえ安定してしまえば国内の【悪魔憑き】は充分に対処可能だ。【悪魔憑き】は総じて攻撃的気質を有するようになってしまうが、それは社会性によって抑制できないほどの衝動ではない。我慢できない者は結局のところ、元々社会性に乏しいのだ。そうした問題を起こす【悪魔憑き】は犯罪者として取り締まられることで抑制される。魔獣も飛逆がいくつか作ったエネルギーストックポイントに誘き寄せられて、罠やクラン諜報員及び現地協力者によって狩られ、その数が抑制される。
将来的に飛逆が計画する【悪魔】現象との共存形態のモデルケースとして中々に都合が良い。今や観測できない帝国本国との開戦は、あるいはこの南部地域が先になるかもしれない。利用価値があるので、こちらで軍備を進めて護るということになるわけだ。
ただ、正直もう手を広げすぎて面倒臭くなってきている飛逆は、システム案だけを提出して、やっぱりクランに丸投げにした。
そうすると今度はクランの人手が足りないということになってしまい、飛逆は自分的にかなり重大な決断を迫られていた。
眷属を増やすかどうか。
クランでさえ自分の身内として認めていない飛逆には、ハードルの高い問題だった。
正確に言えば、現状でも回らないわけではない。ただ、飛逆たちにもクランにも、バックアップがいないのだ。クランであればウリオが倒れれば誰も代わりができないし、飛逆たちはもちろん飛逆が倒れればすべてがお終いだ。けれどそういうことでもなく、純粋に、どこかに一つ穴が空けばそこから決壊しかねないほどに、余裕がない。
簡単に云うと、誰も彼もが休めない。ローテーションが組めないからだ。
「つまり休みが欲しいということなのか? それでこの会議招集なのか? キサマ舐めているのか?」
ウリオがキレ気味である。仕事が山積みのところを招集されて何かと思えば休暇の議題なのだから、気持ちはわからないでもないが。
というかそんなウリオを見ているせいで、飛逆は休みを作るべきだと思ったのだ。正確には休みを作る余裕を作るべきだと。こんな風に、会議をしながらも執務のために手元の端末を覗き込んだり覚えたてのタイピングで指示を飛ばしたりしないでもいいように。
基本的に発言しない幹部は会議に出るのも時間の無駄だということで各々の職場にいる。ウリオがそのように通達したのだ。まあ、飛逆も自分の仲間を同じ理由で出席させていないので文句はないが。
飛逆の場合は分割思考でタスクを分散することで、この会議も片手間で回せる。ウリオやハルドーに、この分割思考という【能力】を与えるべきかということも、目下飛逆が悩んでいるところである。慣れてくると本気で便利なのだ。慣れるまでは異様に疲れるし、むしろ非効率だったりするが。
すでに心臓に核を植えられている彼らでは、第三の眼を植えると容量が食われて戦闘力が落ちるだろうが、そこは元々、ウリオやハルドーに戦闘力は期待していない。もし余裕を作れるならば本気で検討してみるつもりだった。
ともあれ、この会議で決めたいことは、そんなローテーションを組むための余裕をどうにかして作ろうということだ。
「俺に休みが欲しいって話じゃない。全体の話だ。お前にわかりやすく喩えて言うとだな、今の状態はパーティメンバー全員が限界ギリギリまで自己治癒強化の【能力結晶】をインジェクトして高い階層で動き回ってるようなもんだ。怪我も滅多にしないってのにな」
自己治癒力強化は体力が奪われるという前提を知らないとわかりにくい喩えだった。
喩えを間違えたかも知れないと、言ってから思ったが、ウリオはやや考え込んでから、渋い顔をしながらも一理ある、と頷いた。
「つまり、少しは怪我=失敗する隙を作るべきだということだな?」
「あれ? なんか正しく伝わってないのに正しい意見のような気がする」
ウリオはこの喩えを『リカバリ可能な範囲で失敗をすることで、ドーピングの必要性を周知する』と云うように理解したようだ。
あくまでもウリオはこの漫然とした緊張感を保つべきだと思っているようだ。そしてその正しくないはずの意見に納得してしまいそうになる飛逆である。緊張状態なのに漫然としているという時点でその間違いは明らかだというのに。
「病理学的観点からも正しい意見ですな」
というのはハルドーの見解である。
「ああうん。確かに『病気に慣らす』っていう療法はあるよな。あえて軽い病気に罹ることでその他の病気に冒されることを防ぐとか……」
その病理学的観点をハルドーが学ぶための教材アプリは飛逆が内容を作ったので、彼の言うこともわかる。わかるのだが、何か全然間違っている気がする。
(あ、ヤベェ。こいつら俺の思考傾向に染まってきてる)
気付いた。何が根本的な間違いなのかということに。
ただでさえ物の考え方(思考の組み立て方)が飛逆と似ているウリオは元より、飛逆が知識を間接的に教授しているハルドーまでもが、飛逆の思考傾向に近づいている。彼らを見てこのままだと拙いと気付いたように、鏡として機能するから、悪いことばかりではないが。
ちょっと急ピッチで進めすぎたかも知れない。船頭多くして船山に上るよりはいいかもしれないが、視点の一極化は見落としを増やすことになる。軌道に乗りたての今だからこそ視点を増やして多角化しなければ。
「もうなんでもいいから休暇を取るのを義務に設定するぞ。俺たち側は俺とミリスが交代でしばらく回すから、お前らも自分が休んでもなんとかなるように幹部育成するか、現状でも使える連中を固めてお前らの代わりができるようにシステム化しろ」
要は船頭をシフト制にすることで視点の分散を図る。引き継ぎなどのシークエンスが増えることで進捗スピードは下がるだろうが、このまま一極化が続いて一点を衝かれれば瓦解する状態よりはマシだ。
認識の食い違いはあれども、休暇設定の必要を理解したウリオたちは一応了解を示した。
まあ、これを施行するためにまた仕事が増えるわけなのだが。
「で、どうしても人手が足りないようなら、クランの人員を拡充してもいい」
こちらが飛逆の本当に出したかった議題だ。
もう話は終わったと思っていたのか、端末に眼を落として上げなかったウリオがはっとしたように顔を上げる。
実のところ、クランの人員拡充に関して、飛逆よりも抵抗が大きいのがウリオだ。
理由はもちろん、ヴァティという正統支配者の不在だ。彼女がいない間にそうした組織内の変革を行っていいものかという葛藤がある。変革と言えば今更なことではあるが、ヴァティは元々クラン内の運営に方針を掲げる以上の働きをほとんどしていなかった。具体的な運営をウリオたち幹部が行う状態は、実のところ以前と大きく変わっていない。
しかしここに来てクランの人員を拡充するとなれば、それは明らかな変容だ。それに、果たしてその追加されたクラン人員は『ヴァティの眷属』と言えるのか。それは飛逆の眷属であり、クランの体質自体を変えてしまうのではないかという、そんな懸念があるのだろう。
ウリオが身を粉にして働く動機は、どこまで行っても『ヴァティのクラン』を護るためなのである。それは彼女の帰る場所を護持するためと言い換えてもいい。
所詮は形だけのこと。
けれど形というのは思いの外重大な問題なのだ。眼に見える象徴であったヴァティがいない今、ウリオにとっての拠り所がその形なのである。
「俺のところに組み込んだ人員を出向させるっていう体裁でどうだ?」
ここは飛逆が譲歩する。本当はクランにこそその体裁を取ってもらいたかったのだが、ウリオの反応が予想から外れなかったのですぐに提案した。
どの道人員の拡充は避けられない。それは予てからの問題だった。眷属を増やすというのはヴァティの復活を待ってからにするつもりだったが、実際問題、せめて眷属でなければ飛逆たちの仕事回転スピードに耐えられない。飛逆たち自体が割といっぱいいっぱいなために、部下の処理能力に合わせて仕事を加減するということができないのだ。知らず知らずの内に要求水準を上げてしまう。優秀な者が必ずしもトップに向いているわけではないという真理の一端がこれである。
「……当てはあるのか?」
なんとか自分の中での折り合いを付けたらしいウリオが、それでも苦々しく確認してくる。
「実験中の元塔下街住人のアバターが結構育ってきてる。クラン内の記録に残ってたギルド職員なんかをピックアップした。今足りないのは圧倒的に事務要員だからそっち系統をな。ちょっと強引だが、一度身体と切り離して仮想空間内時間を加速して学習させてる最中だ。最低でも知識面ではお前らの水準を下回ることはない」
問題はその学習させるための教材を作れるのが飛逆とミリスとハルドーしかいないということだが、逆に言うとその水準を上回ることがないため、セーフティとして働く。植物人間たちは身体的にはクランと同レベルなので、体力はあるし、後は自己判断力が足りないだけだ。システム化された仕事を回す分には使えるはずだった。
これが飛逆にとってのギリギリの妥協点だ。量産的な眷属を作りたくないから、すでにそうなっている者を繰り上げる。
それならば、とウリオは渋々ながら人員出向の体裁を受け容れた。
会議に出席していなかった飛逆の仲間たちだが、彼らも仕事がないわけではない。どころか激務である。
ミリスはもちろんのこと内部での技術発展構築など。
ヒューリァとモモコも、南大陸での【悪魔】現象に対処するために南大陸の方々へ飛んでいる。いずれ来る北大陸からの成長した【悪魔憑き】との戦闘の前哨戦のようなものだ。
復路の省略のため、転移門を開けるモモコとセットで動いてもらっているくらいだ。あの相性の悪い二人がコンビで動いているという時点でこれがどれだけ異常事態なのかを察して欲しい。
もちろん飛逆が一緒に行けばモモコとセットにさせる必要はないのだが、実はこれを言い出したのがヒューリァなのだ。
現実問題、飛逆が塔下街から動かない理由は特にない。飛逆の側からはどこにでも意識を飛ばすことができるし、ミリスを中継すれば大概の問題は離れたところから処理できる。だから行こうと思えば行けたのだ。
けれど、ヒューリァは「ひさかに万が一があったら終わりなんだから、一番安全なところにいてよ」と。
どこにいても同じだと言ってもヒューリァは首を横に振るばかりだった。
一応、飛逆が塔下街から動かないことに意味はある。飛逆が【悪魔】だからだ。また変異情報源が湧出する(今のところそうとしか表現できない)としたら、その原因は飛逆だという可能性がある。ミリス曰く『変異情報源と【悪魔】は第三者的観測視点では区別できない』ということであり、言い方を変えるとそれらは同時存在と謂えるのだとかなんとか。『それが中間媒介者である【悪魔】が【悪魔】と呼ばれる理由』だとかいうリリックじみたことの詳細な意味は理解できていないが、少なくとも、今のところ唯一の例の出現時に『在った』最大の要因が飛逆であることは間違いない。
なるべく固定された環境下に飛逆が留まることで変異情報源の発生を抑制する。そういう考え方ができないわけではない。
その考え方は理解できるが、可能性の話ばかりをしていても身動きが取れなくなるだけ――というスタンスだったはずのヒューリァが言う理屈としてはかなり違和感があった。
結局のところヒューリァは今までと違う事をしたい。変わりたいと、あるいは強くなりたいと。その手懸かりを得たいと思っているのだ。
それは戦闘力に限らず……かといってそれ以外の『強さ』とは何かわからない。ただ、今のままではダメなのだと、そんな内容のことを言っていた。
ヒューリァは炎龍ゾンビとの邂逅時に倉皇した失態――飛逆がそう思っているわけではない――が相当に堪えているということだ。
それを察した飛逆は引き留めることができなかった。
飛逆が一緒にいては、飛逆が彼女に力を与えるという形にどうしてもなる。
ヒューリァは独立的に『強く』ならなければならないのだ。
それは飛逆の望みでもある。
オリジンの創造計画で最もボトルネックになっていたのが、それだからだ。飛逆が『与える』という形式を、どうにかしなければならなかった。
「気持ち悪いな……」
このご都合主義と云える流れ。
意識してそう誘導していないのに、大切にしている何かが都合のいい流れに乗っていく。
「気持ち悪い」
自分に吐き気を催すほどに。
これが月光のせいかどうかはわからない。飛逆ではなくヒューリァが影響を受けているのかもしれない。どちらでもないのかもしれない。けれどそうしたご都合を自分が望んでいることは確かなのだ。
「天使様。ご気分が優れませんの?」
「……その呼び方、いい加減止めないか?」
どれだけ呼ばれても慣れる気がしないそれをいつまで経っても改めないのはゾッラだ。
他人の気持ちを人一倍以上に強く感知していても頓着しないその性質は、発芽する以前と変わらない。
ただし、今呼びかけてきた彼女の様相は、以前とまるで違う。というか一から十まで何もかもが違う。
まず明らかな違いと言えば、彼女の肌は眩しいまでの白皙だ。参照元の褐色肌とは違いすぎて、その造作の一切は変わっていないのに印象が一致しない。アッシュブロンドは黄色が強い金髪になっていることもその印象の変化に貢献していた。
けれどその違いは文字通り表面のことでしかなく、そもそも彼女は表皮を白色樹脂で象られたアカゲロウである。外は言うに及ばず中身の一切が元の彼女に由来していない。一応飛逆の血が入っているので、そこだけが辛うじて彼女を形作るヒト由来の成分だと云えるかも知れない。
生体素材によるアンドロイド。
自然な挙措を振る舞う、誰がどう見ても金髪幼女と見紛う異能化学物質の塊。
生体コンピュータ搭載の擬人。
未だ【魂】を取り戻さない本体の自己像復体。
――それが【未誕悪魔】ことゾッラの意思の在り処だった。




