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108. 敵の敵は敵

 元・蜃気楼の塔攻略筆頭組(トップランカー)であるところのイルスたちの立場は、飛逆がクランをヴァティから引き継いだ形になってからというもの、非常に微妙なものだ。


 そもそも飛逆がイルスとその仲間たちを生かしておいた理由のほとんどは、わざわざ殺す必要がなかったということに尽きる。強いて言うならば組織運営のモデルケースにするという利用価値があったというもの。けれどそれはクランを実質支配した今となってはまったくの無価値である。そこをミリスが巨人兵パイロット候補として拾った形になるわけだが、予想以上にパイロットに必要とされる能力が高すぎるなどの問題のせいで、実に宙ぶらりんな状態だったのだ。


 そもそも巨人兵はミリスの個人的趣味というか、当時彼女に足りていなかった戦闘力の獲得という目的のためにあった。ミリスが飛逆の眷属となり、赤毛狼演算システムを実質掌握した時点からその必要性はミリスにとってさえ激減していた。


 しかも――ゾッラによって改変されたオートマトンだが、これはヒト用に最適化されたということであって、搭乗式巨人兵に適用できるものではなかった。むしろ巨人兵用としては遠ざかったと言っていい。


 操縦の問題は重量や重心バランスの違い、それに巨人兵が【能力】によって動いているというところに集約される。単に姿勢制御するだけでも、内部に発生するノックバックが複雑に絡み合って、下手をすればヒトを即死させかねない衝撃にまで発展することがあったのだ。シミュレータ経由でミリス以外が遠隔操作しても、内部に致命的な損壊が発生するなど、開発は難航していた。


 操縦士のドーピングの上に巨人兵構造自体の調整に調整を重ねた結果、ようやく普通に動く分には問題なくなっていたが、戦闘行動などを執れば相変わらず自滅しかねない状態だった。そこにきて積み重ねたオートマトンの調整をゾッラによって台無しにされたのだ。


 飛逆の中で巨人兵開発はさほど優先度が高くないせいで、バックアップされているデータは大分古いものである。復旧は不可能だった。


 きっかけはどうあれイルスたちは、巨人兵開発を楽しんでいた節がある。精神感応性兵装の扱いに慣れるための強化外装による対人訓練も、元々戦闘廃人だった彼らにとって悪くないものだったはずだ。そもそもが千五百階層でクリーチャーの狩りなんぞを延々と繰り返してきた彼らは、そうした生産性の低いルーチンに対して苦痛どころか快感さえ覚えるヘンタイなのである。そうして考えると彼ら元トップランカーは研究開発向きの人材と言えたかも知れない。研究開発者がヘンタイだとは言っていないのであしからずお願いしたいが、実際ブレイクスルーを得るまではひたすら地道な積み重ねなのだ。元大学院生のミリス曰く「それを逆手に取って~、予算獲得のために先の見えない研究をぶち上げる教授とかけっこーいましたしね~」余談である。「まあそんな研究テーマで予算獲得できるってことで~、教授に求められるのって研究能力よりもそうした資料作成やプレゼンの巧さとか政治力なんですけど~」


 ともあれ、だからこそ――その積み立てた物が否定されたとも取れる改変に遭い、挙げ句には復旧が不可能と来たものだ。ちょっとした絶望である。


 ミリスなどは思わず同情していた。セーブデータ全消しの憂き目に遭ったことのないゲーマーはいない。本格的な開発に乗り出してからまだそう日が経っていないわけで、彼女に言わせれば「まだまだヌルいです~」ではあったが。


 結局の所、この巨人兵開発は、同じ要因によって浮上することになる。


 イルスたちの受難はまだまだ序の口だった。


 ゾッラによってヒト用に改変されたオートマトンが、巨人兵開発を完成させてしまったのだ。自分たちの研鑽をぶちこわしにしてくれた技術が、自分たちとはまるで関係ないところで開発対象を完成させたという事実は更にイルスたちを打ちのめした。地道にレベル上げしていたところにバグ技とかチートを持ち込まれたに等しいっていうかそのままだ。「アレ、萎えるんですよね~」とは再び同情していたミリスの言である。


 しかもそれは、飛逆をしてもちょっと引いてしまうくらいにありえない方法だった。まあそのための道具を作ったのは飛逆なのだが。


 名付けるならばその道具とは、脳反射回路転写装置である。強制学習装置と言った方が良いかもしれない。【能力結晶】の仕組みを流用したこの装置によって、ミリスの操作技術を一時的に誰にでも付加することが可能になったのだ。


 前述したように、巨人兵はミリスならば自壊させることなく操ることが出来る。しかも巨人兵に【眼】を付けたことによって、演算システムを中継させて外部敷設コンソールによる遠隔操作を誰でも行うことができる(もちろんセキュリティロックはかけている)ようになっているのだ。この時点で積載容量を食うばかりの直接搭乗者(パイロット)は不必要になった。距離を無視して情報を伝達することができるようになった時から、戦闘の渦中にわざわざヒトを送り込む意味はなくなっていたのだ。強いて言うならば人員含む物資の運搬に使えるかというところだが、輸送目的ならばわざわざヒト型にする意味がそもそも無い。


 ともあれ、別にこれだけならば、【能力結晶】を用いることには全く抵抗のない元トップランカーである。飛逆などは今となっては、よくもまあ怪物の欠片(こんなもの)を使っていたなと自分に呆れるくらいなのだが、その辺を感じるにはイルスたちは最早摩耗しきっている。


 しかしながら、その研磨された鈍感力によってさえ、ゾッラが見いだし、ミリスが考案し、飛逆が完成させたその技術がもたらした精神的打撃は無視できなかった。


 言ってみればこの技術は、多重人格を故意に引き起こすというものだ。【言語基質体】のように『知らない言語を操れる』という程度の物とは訳が違う。


 解離性同一障害――多重人格とされる(学派によっては統合失調症として一纏めにされる)その症状のほとんどは、それぞれの人格で記憶は独立している。そのため主人格にとって身に覚えのないことをいつの間にかしているという、それも恐怖ではあろう。けれどこの技術によって引き起こされる解離性同一障害は、記憶が独立していない。忘れることができないというのは、自分が操られる記憶が連続的に襲ってくるという、また質の違った恐怖がある。


 この技術でやっているのは、元の人格を参照(キャプチャ)した仮想人格(アバター)を【眼】の視界から参照した基底現実と重なり合う仮想空間に作製し、そのアバターの設定が『ミリスの操作技術』を再現できるように適応して、そのアバターを基底現実の肉体に憑依させるというものだ。この元の人格の参照は【電子界幽霊】の能力で一時的に脳タスクを分割させて、その分割タスクの一部を仮想現実空間にまるごと反映させることで為される。この仕組みが彼ら普通の人間にも思考タスク分割に耐えうるようにしているのだが、つまり厳密には元の人格というものはそのアバターに存在せず、彼らのアバターは『意識だけ怪物憑き』なのである。挙げ句にはミリス操作技術を適応されてしまうわけで、これはもう確かにまったく別の人格だ。元の主人格よりも遙かに優れた『意識高い系』アバターは、そのせいで元の主人格を下に見始める。人格統合どころか乖離と隔絶が深まっていくのだ。


 この辺りが飛逆もちょっと引いてしまったところだ。元の人格が『一度死んで』『眠っている』植物人間たちならばともかく、健常とは言い難いながらも健康な人間に施すにはちょっと人格というものを軽視しすぎている。有り体にはしっぺ返しが予想された。仮想現実空間からの反逆とか、割と洒落にならない。


 こいつはヤベェと思った飛逆はいっそのことイルスたちを本当の意味で自分の眷属にしてしまおうかと思ったくらいだ。【悪魔】現象に依らない、掌握できる範囲に落とし込めば、別に連中の人格くらい蔑ろにしてもいいと思う辺りが飛逆が飛逆たるの所以である。オリジンの創造の手懸かりが付いたせいで、飛逆にとって眷属の『特別性』が薄れ、インスタント的な量産はともかく多少は心理的ハードルが下がっていたのだ。


 飛逆の眷属であるということに特別性を見いだしているミリスは、それを察して、一度アバターを削除した上で対策を考案した。


 一つは、参照するタスクを限定させることでアバターの主体性を抑制するというもので、もう一つは、アバターを作製する際に『自分が思っている自分』以外の視点を入れるというものだ。


 内観だけを参照するから主人格を脅かすのだというのがこの考案の元である。基底現実の彼らを知っている者の視点から見た彼らを人格に反映させることで、暴走を抑制する。要するに『他人の眼を気にさせた』のだ。


 人間には『求められた役割を演じようとする』習性があるためだろうか。これは思いの外上手く行った。


 少ないとはいえ集団で開発を行っていたことが幸いしたとも言えるだろう。彼らはごく小規模ながら密接な社会性を形成しており、それによって相互的に『自我』を補完・固定し、無闇に乖離・隔絶することを免れた。


 それでもまあ、いわゆる人格を浸食されていることには変わりない。【オルター・エゴ】と名付けられたこの仮想人格(アバター)は、初期のそれが強烈だっただけに、未だにイルスたちには恐れられている。


 しかし彼らはもうこの操縦士としてしか生きる道がない。とっくに取り返しの付かない領域にいたわけで、それが単に浮き彫りになっただけなのである。


 そしてイルスたちは戦場に赴く。意識だけとはいえ、その手でヒトを殺しに行く。


 イルスを会議に出席させたとは言え、元より彼に拒否権はない。

 それは飛逆が強制するからというのだけではない。


 塔の中で、彼らは自らの同胞を犠牲にして生き残った。そこには不自由ながら選択肢はあった。飛逆がその不自由な状況を作ったのは確かだが、それを選んだのが彼らであることもまた確かなことなのだ。


 だから彼らは征くのである。

 飛逆に強制されたから、それに従うことを選んだから。


 自分の意志で、借り物の意思を駆って、征くのだ。



 

――つくづくブラックな組織を構築してしまったものである。

 飛逆はちょっぴりだけ反省しながら彼らの意志を載せた巨人兵団を大神樹の上から送り出した。




〓〓




 飛逆が求めるあちらの降伏条件は、【悪魔憑き】をすべて塔下街に差し出すことである。【悪魔】現象について説明したわけでもないので、実質これは人口を寄越せという要求に他ならない。

 他にも、北大陸からの侵攻が予想される海岸線の全面封鎖とその近郊の明け渡しなどがあるが、それらは結局【悪魔憑き】に餌を与えないということに集約される。

 海運と漁業、そして奴隷売買が産業の中心を占める帝国飛び地は、これらの要求を呑むことはできない。そもそも北大陸との連絡を封鎖しろというのは、本国との連絡を絶てという要求であり、それは主権の放棄を要求されているに等しい。


 予め決まっていたことだ。


 クランによる要求通達は実質的に宣戦布告であり、塔の出現によってすでに侵攻体勢を整える軍備を進めていた帝国飛び地は、開戦に踏み切った。




〓〓




 開戦が成立する頃、飛逆は海上上空にいた。背部に翼を展開し、高速飛行をしている。


 【悪魔】現象発生の前後に出航した船を止めるためだ。


 なぜ【眼】付きの種ミサイルで遠距離射撃をして沈めないのかと言われれば、ヒトが少なく【眼】の視界が及んでいない地域、つまり海に『精気を溜め込んだ種』を沈めることをしないためだ。


 その環境は炎龍ゾンビが出現したときの条件と近い。


 もちろん魚がいるから、超好熱菌以外に生物が皆無だったあの火山周辺とは異なるが、結局今をしてもあれの出現条件は絞り切れていない。そもそも条件が揃えば出現するというわけではなく、何もかもが偶然だったのかもしれないので、この警戒は無意味かもしれない。


 ただ、塔の動向も気になるし、そもそも【悪魔】現象への対策が完成しない内はその検証もできないので、結局できる範囲で警戒を続けるしかないのだ。


 帝国飛び地を征服し、南大陸を掌握して、北大陸の脅威に対抗できるように軍備を整え、それからようやく検証に乗り出すことができる。せめてその足場が少しでも整うまでは全力で変異情報源の現出は回避したい。


 しかしながら【悪魔】現象の根絶は最早北・南大陸を滅ぼさない限り不可能だ。解明して、上手いこと共存できるような体制を作り上げることでようやく『対処』が完了する。


 気の遠くなるような話だった。

 つくづく失敗した。


 どう考えても飛逆だけの手には余る。【悪魔憑き】の台頭を抑えた既存の国家などに技術供与して独自に対抗・対処してもらうことになるわけだが、そうすると外交などでタスクが割かれる。クランに大部分を任せるにしても、クランの人員だって無限ではない。そもそもクランが折り合いを付けるために出す案を実行するのは飛逆たちなのだ。


「ただでさえ時間圧迫されてるってのにな……」

〈正直もう~、上手くやるのは諦めたほうがいいと思います~〉


 海上を飛んでいると、飛逆の呟きを拾ってミリスが言う。何があるかわからないので回線は開きっぱなしだ。


「認知限界を超えることはどうしても出る――というか、在る。だからある程度は成り行きに任せなきゃいけないってのはわかるけどな、最初から上手くやることを意識しないのは俺には難しいんだよ」


〈だからってやること一つ一つに全力を傾けていると~、取り逃したものにいつか追い詰められますよ~〉


「だが全力でやらずに取り逃すものが増えても結局同じ事だろ」


〈それも~真実ですねぇ……〉


「まあ、だから価値の優先順位をはっきりさせないとダメなんだよな。それは俺の中ではっきりしてるつもりなんだが、どうしてもその優先順位とやるべきことの順番が一致しない」


 優先順位の高い事物を護持するためには足場を固めなければならないが、その足場を固めている間に失われる物もある。その喪失が最優先の事物でない保証はない。


「つくづく思うが、やっぱり俺は組織のトップとかには向いてないんだ。どうしてもその順位と順番の乖離が免れないなら、その状態でも折り合いの付けられる範囲に自分を置くしかない。それは大局を見るべき立場でないことだけは確かだ」


 簡単に言えばやりたいこととやるべきことが一致しない。だからやるべきことが発生する範囲を小さくする。

 おそらくそれが正解なのだとわかっている。


〈だからって~、ヒサカさんの現在の立場を代われるヒトだっていないんです~。ワタシは~、僭越ですけど~、支えることはできているつもりですが~〉

「感謝してる」


 それが心苦しくもあるのだが。


 実際の所、飛逆が自分に組織のトップの立場が不向きであると感じるのは、この性格が主な理由だ。支えてくれる者にそれをさせてしまうことに引け目を覚える。自分の我が儘に付き合わせてしまっているという感覚が、どうしても湧いてしまうのだ。


 例えばミリスにこれを言えば「好きでやっていること」という答えが返ってくることも、飛逆はわかっている。だが、それは『好きなことをやっている』という意味ではない。そこが飛逆には引っかかる。


 例えば飛逆がいなくても、ミリスは同じ事をするというのであれば、まあそれはいい。むしろ推奨したい。それは『好きなことを好きでやっている』ということだからだ。

 けれどそうでなかったら? 『好きではないことを好きでやっている』としたら?

 無意味な仮定ではある。現実なんて大概がそんなものだ。理想的な状態――『好きなことを好きでやっている』――ではないからといって、それを気にするのは傲慢というものだろう。大体、今まさに自分がそんな状態なのだから、他人のそれを気にしている場合でもない。


 そんな話をしている間に、船団に追いつく。


 交渉するのも面倒なので、船員が気付く前に高度上空から近づき、赤毛狼を顕現し、船上に降り立たせ、船員を全員麻痺毒で沈黙させる。


 一隻だけ飛逆に気付いて、弩弓か何かで紐付きの銛や普通の矢を飛ばしてきたが、普通に旋回して避ける。通常攻撃が効かない赤毛狼を投入し、やっぱり全員沈黙させた。


 そして赤毛狼で船員を捕縛運搬。全員区別無く転移門で塔に放り込み、終了だ。


 船自体はもう面倒なので、積み荷をすべて赤毛狼に喰わせるか運搬させるかをしてから、船底に穴を空けて沈没させた。


「こっちはこれでいいだろ。そっちはどうなってる?」


 区切りが付いたところで、聞いてみる。第三の眼で見ることはできるのだが、未だに飛逆はミリスほどには分割思考に慣れていない。空を飛んで引き返すという別の操作をしながらだと少々面倒なのだ。


〈なんかもう~……かわいそうになってきました~。リアルな俺TUEEEって、無慈悲にも程があって直視できません~〉


「……あっち側にも【能力結晶】はそれなりにあったと思うんだけどな。そこまでか?」


 気になったので、ちょっと無理をして、大神樹の上部の望遠タイプの【眼】の視界を頭の片隅に投影した。


〈だって~……あっちにしてみれば巨人兵って動く要害ですよ~。そんなのが~、上空から突然、背部翼状装甲から炎を噴射しながら降ってきて~、巨大な剣を打ち下ろすわ鉄鋼散弾をばらまくわ、しかもそれが高速で動き回るわ、ですよ~。破城鎚でもなければ有効な攻撃にならないっていうのに~、そもそも当てられないんですからね~……。土石操作で壁や溝を作ったり鎚を造ってそれを飛ばしたり、とか~、割とがんばった指揮官もいましたけど~、まあ一跨ぎだし一撃粉砕ですよね~……。ワタシが設計しておいてなんですが~……アレは非道いです。この世界にいきなり投じるべき戦力じゃありませんでした~〉


 ミリスが言っているのは、帝国飛び地の陸戦主力に投じられた巨人兵の蹂躙の様子だ。飛び地は塔下街から来るとすれば湖側からか、東側の山岳からかと予想していただろうが、まさか湖を飛び越して直接その山岳の麓にやってくるとは思いも寄らなかっただろう。まあ、奇襲であるかどうかなど、この場合大した問題ではなかっただろうが。


「……【悪魔憑き】だけ始末させたら赤毛狼に切り替えさせとけ」


 植物に寄生し、それらを喰らって発生するタイプの新型赤毛狼の種を巨人兵には持たせてある。緑っぽかったり白っぽかったりすることもあるので、赤毛じゃないわけだが、今更別の呼称を考えるのも面倒なので保留にしている案件である。ミリスが呼ぶみたいに『アカゲロウ』とすれば別に違和感はないので、以後はそう呼ぶ。


 そんなことはともかく、イルスたちが『殺せる』ことが判明した時点でもうわざわざ殺戮させる必要はない。【悪魔憑き】にはおそらく精気でできているアカゲロウの攻撃はほぼ効かないから、やっぱり始末してもらうしかないわけだが、その絶対数は小さい。後は麻痺させて捕虜にしてしまえばいい。


 アカゲロウに任せた後は、巨人兵はそこを森にするために動いてもらう。そのための種は渡してある。彼らがやるべきは、殺戮ではなく人工物の破壊と水場の確保だ。ブルドーザーの所業といって構わない。巨人兵を回収するのは面倒だと思った飛逆は、そこをエネルギーストックポイントにしつつ、巨人兵の駐屯地の一つにしてしまうことを計画したのだ。巨人兵は飛逆が種から育てた植物からエネルギーを吸収して稼働することができる。元々無人であるため、そこに放置して必要なときに再稼働させればいい。


〈了解で~す〉


 そっちは片付いたことにして、クランが受け持っている湖での水上戦へ視線を向ける。


 こちらは、巨人兵による蹂躙に比べればまだ穏当だ。

 ただし、一方的であることには変わりない。


 この世界での水上戦というものは、銛や錨などを船に突き刺して船同士を接続し、相手側の船に乗り込んで乗っ取るというのが主流なのである。【能力結晶】が自由に使えるのはこの南大陸だけなので、圧縮空気の大砲など、発想はあっても実用レベルにまで発展させるには場数が足りない。小競り合い以上の戦争が長い間なかったせいだ。奴隷が武勲を立てて出世することもある仕組みである帝国では、個人が武勲を立てる機会が小さくなり得る兵器の開発などに積極的ではなかったことも影響しているだろう。【能力結晶】の実践使用の機会の少なさと、帝国の体質の両方が技術促進を妨げていた。


 尤も、仮にそれらが解消され、戦争の技術が向上していたとしても、どうしようもなかっただろうが。


 滅多なことではどんな攻撃も通らない種皮に包まれた小型潜水艇がジェット噴射しながら五十隻からの帝国船団に突っ込んでいくのだ。


 ピラニアに集られるかのように下から突っ込まれ、船底に穴を空けられた帝国船団は湖の真ん中で、何もできずに沈んでいく。辛うじて流体操作で対抗しようとした船もあったが、自船の近くで潜水艇に対抗できるほどの攻撃をしようとすれば自滅するだけだ。


 飛逆が確認したのは、小型潜水艇に遅れて北上してきたぐねぐねと異様に動く巨大な船が、蔦を伸ばして落水した帝国兵を回収していくところだった。


 その蔦には当然麻痺毒を分泌させる機能が付いている。つまるところその船はアカゲロウ混合植物が寄り集まってできているわけだ。


 あまりにも圧倒的すぎた。

 予想できていたことではあるが、『戦争』にすらなっていない。

 ヒューリァを塔下街内の陸地防衛ラインの最前線に置いたり、モモコを飛び地内に潜入させて要人を監視させたりといった『念のため』はこれでは出番がないまま終結するだろう。


「こんなんで『外敵による結束』なんて図れるんかね」


 それだけが飛逆の不安だった。




〓〓




 開戦からの数時間で、帝国飛び地は降伏勧告に従った。


 それを受けて東側連合国内部で分裂が始まることが予想されるため、その外交折衝のためにクランはフル稼働することになる。もちろん帝国飛び地内の平定もそこには含まれる。


 飛逆の懸念は杞憂に終わる。


 明確な敵よりも、敵でも味方でもない連中への対処のほうが面倒であり、それがクラン内部へ緊張感をもたらす。


 初めから帝国飛び地との戦争など問題ではなかったのだ。

 長い間で停滞していた南大陸のパワーバランスを崩すこと自体が問題であり、帝国飛び地との戦争はその開始点でしかない。


 クランは内部で共通の目的意識を持つことに成功し、結束を固めたのだった。




〓〓




 クランとは別に、飛逆たちにはまだまだやるべきことがある。

 一つは、帝国飛び地内に【悪魔憑き】の侵攻に対処しうる防備を建設すること。


 これはあえて飛び地内の人員を導入して行うことになった。もちろんそれなりにこちらから技術供与するし、重要なポイントには飛逆が直接赴くが、要は仕事を与えるためだ。奴隷制度をいかにするかなど、まだ完全に決定はしていないが、【悪魔憑き】に餌を与えないためには飛び地自体の軍備を縮小させる必要がある。漁業と海運の撤廃もあるために、人員はひどくあぶれるわけで、こうした公共事業は必須だった。

 他にも様々な公共事業(基本はインフラの建設)を設定するつもりだが、その資本は塔下街から供給する。最低でも奴隷身分であるときよりも潤沢な供給にするつもりだ。いずれは農業などの一次産業を発展させて飛び地内だけでそれを賄わせるつもりだが、この時点でもすでに帝国飛び地にとって、一部支配層を除いて得しかない。戦争に負けてよかったと後に云われるようにするのが理想だが、まあその辺はクランに一任だ。飛逆にとっては飛び地の具体的な内政は重要なことではない。


 もう一つのほうが、飛逆たちにとっては問題である。

 予想はしていたが、なるべく眼を背けたかった問題だ。


 野生動物の【悪魔憑き】。

 魔獣への対処である。

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