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103. 地獄の門

〈考え直しましょうよ~〉

 となおも言ってくるミリスに、道理を説く。


 塔下街は現在のところ、資源は有り余っている。どころか増え続けている。これは不良在庫を無限に抱えていることと大差ない。地上に生やした神樹のエネルギーリソースの結構な部分を使った冷凍シェルター区画で保存をしているが、食材などはもう肥料にするしか使い道がないほどだ。

 これら食料は移民が増えることを前提に保存しているわけだが、これを無制限に移民に対して供出するのではクランの二の舞になりえる。かといって前述したように、制限してしまえば文字通りただ腐らせるだけだ。

 もちろん資源が余っているというのなら、赤毛狼に塔内での狩りを制限させればいいし、肥料はいくらあっても問題はない。

 けれど、いずれはそうするにしても、住人が移植してからしばらくは、彼らを養わなければならないために、今すぐに狩りの制限をするのは賢明ではないし、肥料は今のところ必要がない。赤毛狼がいればほとんど時間を掛けずに肥料にすることができるために、これも今すぐに決断すべき事ではない。

 従って、移民には労働に対する対価としての食糧供給という体裁が必要なのだ。


 かといって遠い異国の地で、食糧生産・流通・販売以外の労働と言われても、彼らはすぐに順応することは難しいだろう。衣料品などの生産技術を持っている者はすぐさま適応するだろうが、彼らだって生産するためには素材が必要であり、その素材をこちらから供出するわけで、これも無制限では腐ってしまう。何より移民内で格差ができてしまうことが問題だ。


 そこで教育機関である。


 こう銘打ってはいるものの、たとえば初等からの教育学園を設立しようというのではない。移民の中に必然的に含まれる子供たちはそのような学園に通わせることを親に義務づけるとしても、さすがに幼い子供が戦力になるまで育つのを待つほど悠長なことは想定していない。これはクランに任せていい。


 大人たちに対する教育機関として想定するのは、言ってしまえば職業訓練所だ。

 すでにクランで職業斡旋の部署はあるが、そこに組み込む。そしてここで研修する間の衣食住を保障するという形にするのだ。


 これで少なくとも彼らの職業機会の均等を演出できる。実際にどうなるかはやってみなければわからないが。


〈問題は~、誰がそこの教官をやるか~ってことなんですが~〉

〈まあ、俺とお前しかいないよな〉

〈それが問題なんですぅ。そんなことやってる暇がどこにあるんですか~? すでにいっぱいいっぱいですよぉ〉


〈俺たちが移民の教育を受け持つんじゃなくて、俺たちが育てるのは教官だ。ハルドーはすでに自主的にやっているわけで、他のクランの文官にも適正がある〉

〈それでも~……うぅ……〉


〈実際、時間がないのは確かだし、短期的に成果を得ることが難しい分野ではあるから、学習アプリでもお前、作れないか?〉

〈無理、ではないですが~……時間的に無理~、としか~〉

〈前々からお前一人にプログラム開発させてるのが無理あったんだよな。だから〉

〈わかってますよぉ! ていうかだからこの方向に持っていきたくなかったのにぃ! ヒサカさんなら学習アプリとか適性診断アンケートとか、そういう案を出すのはわかってましたぁ! でもってワタシに部下を作れって言うことになるのもぉ!〉


〈そんなに自分の弟子を取るのが嫌か……〉

〈……少しは予想していると思いますけど~……ワタシ、大学院の研究室にいたんです~。ゼミで後輩を受け持ったとき……もう二度と自分が教え導く立場にはならないぞって決めたんですっ!〉

〈非常にコメントが難しい〉


 飛逆は大学院の研究室がいかなる環境であるのかさっぱり不明なのだから。そもそも彼女の元の世界の大学がどんなところなのかも想像が及ばない。ていうかあの外見で大学院所属とか。

 というかこんなところから彼女のトラウマが掘り出されるとは予想していなかった。


〈つまり学習アプリを作ってしまえばいいんですよねっ!? それなら後は丸投げで良いですよねっ!? やったろうじゃないですかぁ!〉

〈ま、まあ。確かにそれさえ作ってしまえば後は専用の部門を作ればいいだけだが……ホントにやるのか? お前、検索プログラム開発、本拠シェルター区画整理、内外を問わない監視・監督、俺とクランの情報中継、巨人兵開発、他あらゆる機器のマニュアル作製、軌道エレベータを初めとするシミュレータ開発、【影操作能力】の推定理論構築……すでにこんだけ一人で受け持ってるんだが〉


 羅列してみて、ぞっとした。

 どうしてこれで曲がりなりにも回っているのか。

 ミリスの有能さは疑うべくもないが、それ以前に仕事が集中しすぎだ。


〈ふっ……そこに『教育』が入ってくるよりはマシです~。デバッグを除けば大体の軌道には乗っているので~、作ろうと思えば余裕は作れますから~〉


〈……戻ったらお前の仕事を部下を育てる以外の方法で分散する手段を考えよう〉

 どう聞いても強がりだったので、飛逆のほうが折れた。


〈……助かります~〉


 やっぱり強がりだった。




〓〓




 まだ陽が昇る少々前にヒューリァが目覚めて、移動を再開する。

 先ほどまでの豪雨で水嵩が大分増した川沿いを進み、目的地に到着する。


「これって……湖?」

「そう。天然の貯水湖って言った方が近いけどな」


 そこでは流木や土石、粘土などが上手いこと重なり合って川が堰き止められている。それが結果として大規模な水溜まり、つまり湖を作っていた。


「こんなところでどうするの?」

「この先に砂漠の国があることは前に言ったと思うが、ここは彼らにとってかなり重要なポイントなんだ。彼らがそのことを知る由はないけどな」

「あ、わかった。大分前に言っていた、『肥沃な土を運んでくれる川の氾濫』を、この湖が担ってるんだ?」


「……そんな前のことをよく覚えてたな」


 驚嘆すべき記憶力である。言われなければそんなことを言ったことを飛逆自身が思い出さなかった。


「ひさかが言ったことは大体覚えてるよ」

「正直言って、怖いんだが」


 彼女に何を言ったか、思い出すと顔から火が出そうなセリフはいくらでもある。

 ともあれ彼女のそれは『飛逆の言ったこと』に限らないに違いない。基本的に彼女は頭がいいのだ。それも、ある観点での彼女の怖さだが。


 ふて腐れるでもなくニマニマと笑うヒューリァの反応でますます背筋が寒くなる飛逆だった。


「ともあれここをどうするかって話だ」


 他にもいくつかの支流で似たような状況になっているが、ここが決壊することが呼び水となって大規模な氾濫に繋がっている。


「『大災害』なんだよね?」

「そう。砂漠の国に限らず、その手前の国にとっても、人死にが毎年避けられていない。手前の国にとってはここら辺で起きる鉄砲水の危険のせいで、村や町を作ることが出来ていない」

「でもここで氾濫が起きなかったら農作に致命的な影響が出るってことだよね」

「そういうこと。ただ、手前の国にとっては鉄砲水が起きなくなれば使える領土が増えるってことで基本的に得しかない」

「だから、どうするか、なんだ」


「一番具合がいいのは、ここを俺のエネルギーストックポイントにしつつ、ダムにして川の水量調整を行うことだ。管理しないといけないから、……またミリスの仕事が増えるんだがな」


 差し当たりは飛逆が自分でやるつもりだが、いずれは管理システムを組み上げなくてはならないため、それはおそらくミリスの仕事として回ることになるだろう。


「それだと砂漠の国で餓死者が続出するんじゃないの?」


 ミリスの過労に関しては触れないヒューリァである。


「まあそうだな。すると小競り合いってレベルじゃない戦争が起きることはほぼ間違いない」


 略奪しなければ立ちゆかないとなれば、元々好戦的な砂漠の民は、本格的に戦争に乗り出すだろう。


「何もしないか、やって戦乱を起こさせるかって選択かぁ……」


 砂漠地帯の人々を救う方法はある。ただ、そんなことをした影響がどこにどう現れるのかがわからないため、手を出す気がないことは先述したとおりである。


「でもやるんだよね?」

「まあ。単に戦争を起こさせるってだけじゃなく、これも後から来るクランの工作員に持たせる交渉カードにできるから」


 昨晩の内に選出した工作員を、すでに種航空機で送ってこさせている。


「砂漠手前の国にとっては、ここが氾濫することは災害って面しかないから、いつでも水害を起こすことが出来るぞ、っていうのは結構強いカードだよな」


 飛逆たちほどの武力がない工作員にとってはこうした威力交渉用のカードはあればあるだけいい。


「でもまあ、ヒューリァの意見も聞きたい。俺としてはやったほうがいいと思うが、君はどう思う?」


「うーん。とりあえず、ダムとかいうのを作るのはやるとして、砂漠の国と近隣国との戦争って起こることで何かいいことある?」


「そりゃまあ、戦争難民が発生するよな」


「でも、たとえば難民を誘致したとして、この場合って戦争を引き起こしたのがわたしたちってこと、勘のいい奴は気付くよね」


「まあ、その可能性はないわけじゃない」


 低いが、完全に否定できない。しかも知識水準の引き上げを行おうなんてことを昨夜ミリスと画策したばかりだ。気付かれる余地が増える。


「そういうの、後々のことを考えると拙くない?」


「つまり……砂漠の民を飢えさせない方法を考えるべきってことか?」

「そう」


「川の氾濫を抑えつつ、砂漠の民も救う、と。……正直言って、意外だ。そういう案を君が出すことが」

「っていうのもね、どうせってどうなるかわかんないことを考えるより、わかっていることを進めた方が良いんじゃないかなって思ったんだ」


「どういう?」


「このままだと砂漠地帯に入って、ひさかは砂漠の緑化をしないつもりなんだよね? どんな影響が出てくるかわかんないから。でもその影響は測りきれない。もしかしたらいい影響しかないかもしれない……まあそんなことはどんなことにもないんだろうけど……。ならもうそれは無視しちゃって、わかっていることをとりあえず対処した方が良いんじゃないかなって」


「思い切った考えだな。俺としては、何が起こるかわからないことのほうが手を出したくないんだが」


「読み切ったって思ったことで想定外のことが起きることのほうが、多いよ。そしてそっちのほうが痛いの、大抵」


 理屈ではないところで説得力が半端ではなかった。


 差し当たり、ヒューリァとしてもここにダムを形成することは賛成ということなので、実行する。


 砂漠緑化計画に関しては、保留にした。




 緑化計画に関して前向きに考えはするものの、やはりすぐにどうこうできる問題ではない。


 行き倒れを助けたり、難民キャンプに炊き出しをして移民希望者を募ったり、山賊や盗賊を討伐したり、川に支流を作ってなるべく均等に水が行き渡るようにしたり、野生動物を保護したり(植生を拡げる役目を持っているため)、そうしたことを繰り返しながら北上を続ける。


 じきにサバンナ地帯を越えて、砂漠に至った。


 いちおうサバンナ地帯で深く根を張る種類の植生を拡げて地下水を汲み上げ蒸散を強化したり、一応の緑化は進めるようにしたが、砂漠自体の緑化の目処は立っていない。


「砂漠を迂回するのも検討してたんだけどな」

「そなの?」

「言ったように、【眼】が極端に少ない。おかげで砂漠内部の地理や情勢がいまいち把握できてない。観察漏れの集落も多分相当ある」


 あと、砂に足を取られて赤毛狼の消耗度も比較的大きくなる。

 直射日光や照り返しの光、砂の熱さ、そもそも気温などは飛逆たちにはどうということもないのだが、赤毛狼にとって気温の高さは消耗度に割と影響してくる。


 今現在は、真夜中。砂漠の夜はところによっては氷点下を下回る。おかげで赤毛狼はさほど消耗していないが、日中は困りそうだ。

 よほどに消耗が激しければ徒歩で進んだほうが速いということになるだろう。

 進路自体は、別の場所の【眼】との相対距離で割り出すことで見失う危険は小さい。

 いずれにせよ、実際にこの眼で見てみないことには緑化計画を検討することも難しいということで、結局進行してみる。


 そしてやはり見逃していた集落(遊牧民族らしく、誘致を持ちかけると一も二もなく了承した。遊牧民としてのプライドはないらしい)を一つ越えたところで、想像だにしなかったものを発見した。



 圧巻という他ない。

 雲の上の風景にも匹敵する幻想感というか、非現実感。おどろおどろしさで云えばこちらのほうが圧倒的に上である。


 遠目から煙が上がっているのがなんなのかと思えば、それは溶岩湖だった。


 つまり火山である。


 標高は高くない。海抜から数えても山という基準を満たしていない。遠目からは陽炎と砂丘に隠れてしまうほど。けれど活火山だ。以前に噴火してからまだ数年と経っていないだろう。


 砂漠の中にこんな火山があれば、周りに植生があるはずもなく、事前にこれを察知することは不可能だ。


「ちょっとこれは、予想してなかったな」


 有毒ガスが現在進行形で噴き出す中、ヒューリァには解毒薬を飲んでもらい、近づいてから、一頻り圧倒されて呆然として、呟く。


 自分で溶岩地帯を作り出したことのある飛逆だが、それはちょっと塔の中に引きこもっている間にヴァティによって森林に作り直されてしまったし、落ち着いて見たことはない。未だに赤く熱を発する溶岩の湖はそれなり以上の壮観だった。


「わたしが言うのもなんだけど、何か出てきても不思議じゃない感じだよね、怪物とか」

「地獄の門って、そういえばあったな、俺の元の世界にも。してみると、出てくるのは悪魔か」


 地獄に棲むのは悪魔だ。

 その前に出てくるとしたら地獄の番犬だろうか。赤毛狼とかそれっぽいので一体三頭にして出してみてそれを写真記憶でストレージに保存してみようか、などと。


 ちょっと珍しい光景に心浮き立つ飛逆である。

 これまでも元の世界では見る機会のなかったものならいくらでもあったが、これは想定外からの発見である。


 すでに目的が変節気味の移民誘致計画だが、観光旅行にするには飛逆の第三の眼が趣旨を台無しにしていた。その第三の眼の視界が及んでいないところでこんな圧倒的な発見だ。飛逆ならずとも沸き立つものがあろう。


 そう思ってヒューリァを窺うが、彼女は実につまらなさそうな顔である。


(……ああ、そりゃそうか)


 何か出てきそう――と言えば、彼女にとっては【紅く古きもの】が真っ先に想像されるところであろう。飛逆のイメージではどちらかというと太陽の紅炎などがモチーフになっているが、八岐大蛇などに代表されるように、炎の蛇といえば火山から想起されるものだ。


 言うまでもなく彼女にとって面白いイメージではない。

 さもありなん。


 納得と同時に飛逆も若干醒めた。


 赤毛狼を顕現させるが、それは静止画イメージを撮るためではない。この周囲を【眼】を付けた彼で探索させるためだ。


 数十体を方々に散らして探索した結果、目的のものは案の定遠くない位置で発見された。


「やっぱり泉水が湧いてる」


 硫黄臭から連想したのだ。温泉が湧いている。砂漠であっても地下深くには水源がある場合が多い。そしてこれだけ地表に近いところでマグマ溜まりがあるのだから、その地下水も温められて噴き出ているのではないかと当たりを付けたのだが、どうやら的を外していなかったようだ。


 ただし、泉質はかなり危ない。いわゆるミネラルは元より放射性物質を多分に含む。そしてもちろん温度は九十℃以上だ。とても通常生物が利用できるものではない。植生が皆無なのも道理だった。


 さて、材料が揃ったところで選択しなければならない。


「大神樹をここに生やすかどうか」


 渡りに船と言える。今回の予定行路上に活火山は存在しなかった。そのため考えていなかったのだが、発見してしまったからには選ばなければならない。


 砂漠の緑化計画の一助にもなる。さすがにこんな環境では通常植物に分類される種類の眷属植物では生育が不可能だ。しかしここで問題なのは生物が安全に使用できる水源がないことと、もちろん地温と気温の高さだ。ヴァティが根本から改造し、飛逆が熱耐性を付加した眷属であれば、むしろ生育しやすい環境である。熱エネルギーをほぼそのまま活動エネルギーに変換できる。その眷属によって地下水を生物が安全に使用できるように濾過しつつ汲み上げ、地表に保水して、蒸散で周囲の気温を下げてやれば、通常種でも生育できるようになる。もちろん土壌に関しては赤毛狼が活躍する。放射性元素はまだ弄ったことがないが、おそらくなんとでもできるだろう。【紅く古きもの】との合成能力なのだから、彼は素粒子の塊みたいな存在である。彼と本当の意味で親和した今、できない可能性は非常に低い。

 エネルギーストックポイントを作るという目的に適う上に、砂漠緑化の目処も立つ。


「やらない理由を探すほうが面倒か」


 それだけ大規模な緑化を行えば何かしら相応の環境変動が引き起こされる。それがいいことばかりではないのは間違いない。ただ、ヒューリァに唆されるというのではないが、それはその時になって考えればいい。


 本当は、彼女に話したそれ以外にも懸念はあるのだが、それも同様に考えるだけ無駄なことかもしれないと開き直る。


 一応ヒューリァにも最終確認をしてみるが「いいんじゃないかな」と軽い感じで同意が返ってきた。


 そういうわけで、大神樹の基と成る種を作る。

 具体的には今現在飛逆が装備している衣類の一部に精気を送り込んで、枝を生やし、果実を成らせ、その中から種を取り出す。

 この衣類は元トップランカーであるイルスどもに支給した植物操作能力とネリコンを合成した新しいタイプのネリコンである。イルスたちに支給したのには人工筋肉が内蔵されているが、これにはない。あれは全身を隈無く覆う必要があるので邪魔なのだ。そもそも飛逆には補助が必要ない。自前のそれを強化すれば良いだけの話だ。人工筋肉によるパワー補助がなければこれはただのネリコンと性能的には大して変わりないのだが、その代わり飛逆が着ると自在にその形状と質量を変化できる。

 なんのことはない。つまり独自に生きている眷属なのだ。


 おかげで植物の一片もないこの辺りでもいつでも種を作り出すことができる。本来、さすがに完全な無から植物を生み出すことはできないため、こんな不毛の環境では重宝する機能だった。強いて欠点を言えば代謝しているために放っておいても質量が増えていくことと、そのためのエネルギーを常に飛逆から吸い取っているところだろうか。どちらも普段は休眠させているので極微量であり、気にしなければ気にならない。


 飛逆の第三の眼を中継して塔下街地下シェルターの演算システムストレージから大神樹のデータを参照し、種に生育条件を書き込んでいく。エネルギーストックとしての機能も持たせたいため、高さは自己生産エネルギーが余る程度に抑え、この砂漠環境での最適化も行う。


 本当はミリスにもこの緑化計画用のシミュレータを作製・運用して補助して欲しいところだが、昨晩更に仕事が増えたところにこんなものを加えては、いくらなんでも倒れるに違いない。おそらく発狂が先に来るが。


 本当、彼女に使える部下を育てて欲しいところだった。この『できる者のところに仕事が集中する』という環境の改善は急務だと思う。あんなに怠惰志望だったミリスが頑張りすぎなくらいに頑張りすぎているというこの環境、あまりにもブラックすぎる。


 本人もいつか気付くだろう。ユニークであることは決して喜ぶべき事ではないということに。別に彼女がユニークでありたいから部下を持ちたくないわけではないはずだが、これは飛逆の自戒である。愛人を扱き使うブラック社長のような現在の自分の立場は、客観的に省みて容認しがたい。


 ミリスは愛人ではないが、愛人にさえしていないからこそ。そんな仮初めの報いさえもないのにアイツ働き過ぎじゃね? と、自分で描いた人参に向かって走っているような彼女を見ていると背中が寒くなるのだ。何か出所のわからない不安を掻き立てられる。

 あるいはそれが彼女の狙いなのではないかと勘ぐりさえしている飛逆だ。


 この胸を締め付けるような不安感は、切なさに似ている。

 形を変えた吊り橋効果であった。


 まあそんなどうでもよくはないが、それこそ考えても仕方のないことは脇に措いて、種への改造処置は終える。


 大神樹を生やしてしまうつもりなので、種一つに付き樹木百本分の精気を篭めた。

 それを十個、火口からやや離れた位置から火口へと投げ入れる。


「……」

「……」


 何も起きない。突然大質量が発生することに身構えていた二人は顔を見合わせた。


「あれ?」


 何か間違えただろうか。

 だとしたら洒落にならない。樹木千本分の精気だ。そんなもので失敗したなら何が起こるか――


 地鳴りが響いた。


「な、なんか拙くない?」


 立っていられないほどの地揺れだ。ヒューリァの言うように、拙い。

 ひとまず背中に植物でできた翼を展開し、炎の噴射で推進力を得る。ヒューリァを抱え、後方上空へ向けて飛んだ。


 この翼は種航空機から何らかの事情で高空に放り出されたときに備えて形状情報をインプットしていたのだが、まさかこんなところでデコードする必要に迫られるとは思わなかった。


 ひとまず中空ほどの高さで滞空し、地上を見下ろす。

 砂の海が荒れ狂っている。圧巻と言えば圧巻だが、浸っている場合ではない。


「もしかしてあの種が呼び水になって噴火が誘起されたのか?」


 離れてしまうと、火口は赤い光が灯っていること以外には煙に隠れてよく見えない。


 第三の眼を全開にして、同時にミリスに念話を繋ぐ。


〈はいは~い、ってぇ!? 何が起きてんですかぁこれぇ!? 砂がのたうってますけどっ!?〉

〈何が起きてるか、そっちで解析できないか? 何をしたらこうなったかはスケジューラに上げといたから〉


 飛逆は噴火に備えて防御に全力を傾けるため、解析処理に割くリソースがない。


〈確認しました、が~。コンパイルしたコードに問題は見当たりませんし~、この事象との因果関係が思い当たりません~。強いて言うなら精気を篭めすぎたかもってことくらいですが~……というかそんなにエネルギーを篭めたのに、その種自体の精気反応が見当たらないんですが~〉


 確かに、それがおかしい。飛逆が抱いている違和感の最大原因だ。

 あれだけの濃度で精気を篭めたのだ。離れていようが、たとえ種自体が小さかろうが、その反応を検知することは容易いはずなのに、まるで感じ取れない。


 まるで、溶けて消えてしまったかのような。


 疑問がありすぎる。


 やがて――噴火が始まった。


 火砕流。マグマや火成岩が亜音速で飛んでくるのに対処しなければならない。とりあえず上空へと避難する。


 めまぐるしく展開する状況と数多の疑問のせいで、飛逆は見逃した。

 ヒューリァの顔が真っ青になって、その全身が轟音による振動とは関係なしに震えていることに、気付かなかったのだ。

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