表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/124

10. 迷走と説得

 別にトーリに頼まれたからというのではなく、飛逆は【蜃気楼の塔】を登るつもりだった。


 現状、あの街で安穏と暮らして行く手段はないことが明らかになったし、トーリに匿ってもらうことも不可能だ。なぜなら飛逆の考えでは、トーリはとっくに指名手配されている。それはあの庭でドンパチしたからというだけでなく……そもそも盗みに這入った時点で彼はもう彼の日常に戻ることはできなくなっているのだ。


 飛逆がトーリからあの街の成り立ちを聞いたとき、まず思ったのは、ある意味で関所のような位置づけである【能力結晶】の店舗の警備が、トーリごときが盗みに這入ることが簡単な程度であるとは考えられないということだった。


 トーリによれば、彼の境遇のため、親に連れられてあの店に訪れる機会が他に比べて多かったため店舗内の隙を突けたと言うことだったが、それならそれで、『どんな人物』が盗みに這入ったのか簡単に見当が付けられてしまう。


 つまりトーリのような、身内の裏切り者をあぶり出すために、ワザと盗みに這入られる隙を作っていたのだろうというのが、飛逆の見解だった。


 おそらく過去、トーリのような『異世界人』への協力者が存在したのだ。そしてそうした輩が取る行動は大抵似たり寄ったりで、まず必要なのは【言語基質体】である。生産ラインのどこかに関わる職業だったとして、身内では基本的に必要のない【言語基質体】を求めることは周囲から疑われるに十分な理由になりえる。だからなるべく自分がそれを求めていることを隠そうとする。そこに【言語基質体】を取り扱う店の隙を見つけたら? 『異世界人』を匿おうなんて街にとって反社会的思想を持つくらいだから、盗みに這入るくらいはやってのけるだろう。やってしまう、というのが正しいが。


 巧く行ったとしても、それはただ『異世界人』のいる場所に案内してもらうために泳がされているだけなのだ。おそらくだが、飛逆たちが使用した【言語基質体】には追跡される何かが仕組まれている。精密機械に類するものを見つけられていないから、発信器などではないだろうが、たとえば嗅覚の能力だとか、そういうので特定できる何かだろう。


 その意味で、トーリは飛逆たちに見つかって非常に運がよかったということだ。追っ手が突然押しかけてくる前に塔の内部に逃げ込むことができたのだから。


 もしくは異常に運が悪かったのかも知れない。まだしも『モモコに脅されて』と言い逃れられる可能性が閉じてしまったということだから。


 尤も、トーリにその気はなかったようだが。初めからモモコに伴って自らも塔に突入するつもりだったのだ。


 かといって飛逆はまだ、トーリがどうしてそこまで【蜃気楼の塔】を制覇することに意気込んでいるのか、まだ納得したわけではない。


 知れば知るほどトーリは『普通の少年』だった。この世界において些かばかり珍しい境遇ではあるらしいが、珍しいだけで『特異』ではない。少数派であることの劣等感が理由にしては意気がまっすぐすぎる。


 その決意に至るまでの背景が読めないのだ。


 そこらへんを問い詰めておきたいところだったが、その時間がない。【言語基質体】の効力にも数にも限りがあるため、より実際的なことの話を詰めておかなければならないからだ。


 可能な限りの【能力結晶】についての知識、塔の情報、『異世界人』に対する扱い等々。上記はトーリの境遇及び年齢が理由で大したことは聞けなかったが、他にも、戦闘時にどのような役割を各々が担うか、そして緊急時の合図などの取り決め等々。特にこれは意思疎通が可能な内に何度かの実戦を経て詳細を詰めていかなければならないため、とてもではないがトーリの動機など、比較的優先順位が低い事柄を納得いくまで話すというわけにも行かなかった。


 そうこうする内にタイムアップだった。これだけのやるべきことがあると、十時間近くあってもあっという間に過ぎてしまう。もちろんモモコとの例の話も宙に浮いたままだ。


 ちなみにクリーチャーの肉やらなにやら、食えそうなものはきちんと火を通して、備蓄の塩や乾物などと合わせて調理した上で食した。悪くない味だったことが逆に怖かったが、少なくとも体調に異常はでなかった。


 クリーチャーとの戦闘は、基本的にモモコ一人でどうとでもなるので、彼女一人がガンガン前に出て殲滅し、討ち漏らしをヒューリァか飛逆が相手をするという形式になった。


 トーリは基本的には護られるだけだが、いざというときの回復役ということで、一応役割は与えた。とはいえまず傷を負うことがないモモコ、多少の傷なら問題にしない上に自前で回復できる飛逆、そして遠距離が基本のヒューリァとなれば、トーリは本当にお飾りでしかない。

 モモコが無双してくれるため目立った問題にならないが、不意打ちを警戒して、クリーチャー相手にはかなり無理ができるために強戦力と言える飛逆が彼に付いているため、前衛の攻撃力が減って実に足手まといですらある。


 実際問題、ここはすでに踏破されている階層にしても結構低いか、せいぜい中層だろうと推測された。


 根拠はシェルターがクリーチャーに乗っ取られていたからだ。かなり歩き回って二つほど見つけたが、その二つもやはり穴が開けられていて、一つは化けネズミに、残りに至ってはなんか虫っぽいのに乗っ取られていた。甲虫とかでなく、ムカデ系だ。


 モモコはともかくヒューリァは、森の中であれだけ色々な虫に囲まれていたのに、実は結構無理していたのだろう。うぞっ、という感じで穴から出てきたムカデ系の姿に絶叫を上げて、範囲内にモモコがいたにも関わらず【轟炎華】を繰り出して焼き払った次第であった。

 もちろんシェルター内部にも火が行き渡り、しかも続けざまの【焔珠】でシェルターは全焼した。

 多分、【能力結晶】と共に残る『肉』か何かを見たくないがための確信犯だった。恐慌による暴走にしては【焔珠】を繰り出したタイミングに余裕があったのでほぼ間違いない。

 飛逆も実際『何』が残るのか想像できないだけにうすら寒い感じを覚えないでもないが。


 いやはや、飛逆が森の中でいざとなったら虫を食おうと考えていたと知ったらどうなることだろうか。

 ちなみに飛逆がそれを敢行しなかったのは、例えばムカデだったら毒の牙とかがあり、それを食っては死なないまでもなんらかの症状に見舞われるため、毒の有無や部位がわからない異世界の虫を軽々しく食う気になれなかっただけで、もし安全だとわかっていたら問題なく食していた。貴重なタンパク源であるから、自分が毒味したらヒューリァに無理を強いてでも食べさせていただろう。


 ヒューリァは何気に危機一髪だったという話。


 閑話休題。


 この階層が低いということは、上に行けばより敵が強くなることは簡単に想像できる。この階層でさえたまにいる結構な大型クリーチャーはモモコでも僅かながら手を焼く。大型が大挙してくるようであれば、いつまでもモモコが無双していられるかわからないということで、そうなったとき、トーリが足手まといでは困ることが予想された。


 接近されて困るのはヒューリァも同じであるため、どちらかを選べと言われれば飛逆はヒューリァを護る。当然だ。現状は、実質的に二組のパーティが協力しているだけという形なのだから。


 ヒューリァはある程度独力で対処できる経験と能力があるため、すぐには致命的にならないが、トーリの場合は護るこちらに連携事故でもあればあっさり死ぬだけでなく、こちらにも被害が出かねない。


 一人だけあまりにも戦力が低すぎるのだ。【能力結晶】で強化して対処させるにしても、仮に範囲浸透攻撃でもされてしまえばやはりトーリだけ死ぬだろう。


 トドメの話として、【能力結晶】は手持ちだけであり、補給される目処はない。原結晶だけあってもそれを利用できるのは飛逆だけだ(試しに【吸血】したらできてしまった)。


 【能力結晶】に加工するためには専門知識が必要で、おそらく特殊な道具や触媒も必要だ。それらのどれも、誰も持ち合わせていない。


 食料が手に入る今、何日どころか何ヶ月、何年だろうと潜っていられるというのに、彼一人のために立ち往生せざるを得ないのだった。


 これでトーリがこの面子の誰からも信用を得ているならどうにかしようもあっただろうが、このままでは確実に、ヒューリァの不満が爆発する(飛逆の影響を受けてか段々小賢しくなっているので、ワザと状況を追い込んで見捨てるとかしかねない)と見込んだ飛逆は、


「下に向かおう」


 と結論せざるを得ないのだった。





「【能力結晶】の専門知識が欲しいんだよ」


 もちろん下に向かうことに渋ったヒューリァを説得する意味で、この階層の外周を一通り回ってからのミーティングでそれを切り出した。


「ひさかは充分強いじゃない。しかも原結晶のままで自由に回復できる」


 言外に「なんだったらひさか独りでも上に行けるくらいじゃない」と若干非難がましく抗弁してくるが、


「問題はそう単純な話じゃないんだ。【能力結晶】の仕組みが俺の【吸血】に似通っているってのは前に説明しただろ?」


「だから?」


 言外に、「説得されてやるもんか」という意思を込めてのヒューリァの反問。


「逆に考えると、だ。その仕組みを解析すれば、【紅く古きもの】を【能力結晶】という形で俺から抜き出すこともできるかもしれないってことだ」


「……っ!」

 もうそれでヒューリァに否やは無くなった。


「もちろん、現状の手段ではおそらく俺っていう『モノ』ごと抜き出す……つまり殺す方法しかないだろうけど、俺の【吸血】と合わせれば、狙った『モノ』だけ分離する方法はおそらく生み出せる。実例があるんだからな」


 念のため説明を付け加えた。いざその知識が役立たずだったとしてもヒューリァが失望したり激昂したりということがないように。


「それでなくても、【能力結晶】を生み出せるようになれば戦術の幅が広がるからな。この先どうなるにしてもその知識は手に入れていて損にはならない」


「う、ぅ~……、で、でもそれでどうして下なの?」

 それは純粋にわからないという、ただの疑問だった。


「このまま上に向かえば……おそらくこんな不完全な状態で、あの剣鬼と再会することになるからだ」


 たったあれだけしかやりあっていないが、飛逆はあの剣鬼の技量を、ともすればモモコをも討ちかねないレベルだと評価していた。


「剣鬼? ……って、ああ、あの……」


 ヒューリァも飛逆が木っ端とされた光景を思い出してか背筋を震わせた。


「あの街の連中は俺たちがこの塔にいる限りは手を出せないだろ? けど街の今後の趨勢がかかっているのに、俺ら『異世界人』がクリーチャーごときに倒されるのを待つってわけにもいかないはずだ。俺が思うに、あの剣鬼は俺らがこの世界に現れる前からずっと、この塔の中で待ち構えている刺客……番人なんだと俺は考えている。そう考えると逆に、この塔の外で手練れに出くわさなかったことに得心行く」


 今思えば、あの剣鬼が飛逆たちとの遭遇直前に戦っていた相手は『異世界人』だったのではないだろうか。もはや確かめようがないが、飛逆のような見た目『ヒト型』であるほうが珍しいことはヒューリァとモモコの例を見ればわかるので、可能性はある。


「ここがあの剣鬼が待ち構えている階層からどれくらい離れているかわからないし、番人があの剣鬼だけとも考えにくい。ローテーションで別の階層にも見回りしているかもしれない。正直あのレベルを相手にするのは現状のままでは不安だし、可能な限り離れて力を蓄えつつ、一旦外に出ることを試みたいというわけだ」


「で、でもひさか強くなってるし、あの時わたしも本気出してなかったから……」


「本気を出させない戦い方ができるほうが強いって、いい加減学習してるだろ? 結果論に見えてるんだろうけど、あの剣鬼は自らも本気を出さずに、そして俺らに本気を出させないように立ち回ってたよ。手加減されてあの様だったんだから、レベルが違うって奴だ」


 割と無茶な理屈で説き伏せた。嘘は吐いていないが、言うほどかの剣鬼と実力差があるとは飛逆も考えていない。巧く立ち回れば倒すこともできるだろう。まあ、彼以外にもいるだろうことを鑑みるに、できるだけ近づきたくないというのは正真正銘の本音だが。


「下に行くのは、モモコの助力を得て、より勝算を増やすためでもある。ここまで言えばもうそれがどうしてなのか、理解できるよな?」


 言わずもがな、トーリという足手まといを抱えたままではモモコが十全に力を発揮できないから、トーリを少しでも鍛えつつ安全な領域で連携を磨き、そして【能力結晶】の生成法を探るため、ということだ。前者が本題であるのだが、まあ話術トリックという奴である。


「うぅぅ、丸め込まれてるってわかってるのに反論できないっ」


 トリックがバレても問題ないのがこの話術の卑怯なところである。よくよく考えなくてもヒューリァにとっての本命とはあまり関係ない行動指針であるにも拘わらず、そうしなければいけない道理は理解させられてしまっているのだ。ヒューリァがこれを否定したいのであれば一番最初に『それとこれとは話が違う』と突っぱねるのが一番だった。


 人を説得するときは納得できるところから順に話していきましょう――兄の教えである。


(それに、安直に上に向かうのはおそらく今までの『異世界人』がもう試みたことのはずだ)


 これまでに何度も挑戦されてきただろうことを素直になぞって上手く行くはずがない。プラスアルファが必要だ。現役の【能力結晶】の採集者と同じだけのプラスが。


 連携を組める仲間を集めるというのもその一つだが……。


 今わかっている【能力結晶】の威力は、さほどの物とは思えないというのが実際的な所感だ。確かに回復や修復は、飛逆の元の世界の基準からすると素晴らしいまでの効力だが、使用制限があまりにもきつすぎる。実践的じゃない。竜人のヒューリァやモモコが『異世界人』の基準だと仮定して、果たして何度となく『異世界人』を一人残らず狩り尽くすなどということができただろうか。現在得られている情報では、それは疑わしい。従って、それを可能にする、子供のトーリには明かされていない【能力結晶】の秘密があるはずなのだ。


 竜人であった自分を仮にも負かした相手だからか、妙に飛逆の強さを盲信しているヒューリァには言わないが、【能力結晶】について調べを進めたいのはそのような理由もあった。


 誤魔化しているという後ろめたさがヒューリァの頭を撫でさせる。


「うぅ、ちゃんと言葉が通じなかったときはあんまりだったけど、なんか、恥ずかしい……」


 接触過剰気味だったヒューリァがあまり近づいてこなかったと思えばそんな理由だったらしい。てっきり他の人の目があるからだと思っていたのだが。


 けどヒューリァは拒絶せず、恥じらいながらも大人しく頭を撫でさせてくれた。





〓〓 † ◇ † 〓〓




 そんなわけでパーティは一時解散ということに相成った。


 どんなわけかといえば、階層を移動しようとして見つけたのは、上に登る転移門と、下に降りる転移門と、外に出る転移門の三つだったからだ。踏破された階層だけあって、ご丁寧にトーリが読める案内プレート付きだった。下と繋がっている転移門の傍には最初からここを見ればよかったんじゃないかと思うようなマップまであった。


 この塔はあまりにも高い。それを鑑みれば当然と言えば当然だった。現在踏破済みの階層は実に千五百階だとか。


 いくら案内図があり、移動に手間が掛からない転移門だとはいえ、千何百と繰り返していては気が滅入るだろう。一度に外に出られる方法がなければ【能力結晶】の商売あがったりだ。きっと踏破済みの階層であれば任意に移動する方法も、『消失中』でなければあるに違いない。


(というか実際のところ、本当にこの塔は、『塔』なんだろうか……)


 その姿が消失してしまっているという【蜃気楼の塔】をこの目で見ていないせいか、そんな疑問が飛逆の脳裏をよぎった。


 空間から空間に跳んでいるのでは、本当に『登っている』のかどうか、確かめようもない。


 さておきパーティの一時解散の理由だが、それは外に出る方法が見つかったため、トーリを鍛えるよりもやるべきことがあるからだ。


 かといってトーリを外に出すわけにも行かない。それは本人もわかっているとおり、外では素性の知られた重要参考人ないしは指名手配犯であるし、聞き出せるだけのことは聞き出してあり、彼が現地住民であることのアドバンテージは最早ないため、いっそ邪魔でさえある。


 そしてそんなトーリは引率役が必要で、その役目は当然、異形を隠せないモモコになる。


 実は飛逆とヒューリァは面が割れていないので、街中でもある程度は自由に行動できるのだ。


 本当はヒューリァも置いて行きたい、というかどうにか彼らとの仲を良くさせたいところだったが、ヒューリァが飛逆との別行動を認めるわけもないのだった。


 逆に、トーリの師匠役としては異能がなくても戦える飛逆が最も適任であるので、残りたい気持ちもあったがまあ消去法である。【能力結晶】の調査をできるのはどう考えても飛逆だけだからだ。


 飛逆の戦い方は一朝一夕で身に付くものでもなく、トーリの戦闘力強化は【能力結晶】の真の使い方を学ぶほうが手っ取り早そうなので、結果的にはそちらに注力するのが合理的だろう。トーリはそれまでの間に強くならずとも、実戦の空気に触れて慣れるだけで充分だ。


 その他いくつかの打ち合わせの後、飛逆とヒューリァは三度森の中に降り立った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ