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99. ワーカホリック

 ヒューリァを説得するかどうかというところから考えながら、飛逆は通路を歩く。


 彼女が検証に付いてくることは別に、問題が無いといえば問題はないのだ。


 ヒューリァは飛逆に準じる頑丈さを持っていて、加速度によるノックバックに耐えられる。酸素は必ずしも必要ではない身体だし、高高度上空を飛んでいくことも問題はない。【神旭】による翼で自身を浮遊させることもできて、上空に放り出されても対応できる。突発的な低気圧(嵐)にぶち当たったりすることもありえないではないが、高高度ならばその影響は少ないし、前述した彼女の防御力ならば放電現象などに当たってもなんとか耐えるだろう。


 いやまあ、落雷級の放電に当たったら飛逆でもちょっと危ないのだが。抵抗電圧による熱は飛逆たちには通じないにしても、その際に生じる生電位の乱れと電圧による衝撃が怖い。あまりにも速すぎて、思考演算速度が跳ね上がっている飛逆の反射速度でも、熱現象支配による運動量操作によって緩衝できるかどうか、未知数だ。一応それ専用のタスクを分割思考領域の一つを費やして作っておくつもりだが、そのタスク作製のため、実際に反応自体を観測してみなければ。一度落雷をアースがない状態で浴びてみるしかない。


「そんなわけで、ちょうどいい。暇ならちょっと俺に雷撃してくれないか?」


 振り向きもせず、背後に忍び寄っていたモモコに告げる。

 今や全方位視覚を有する飛逆には、彼女の気配遮断は通じない。


「その前に、何の用かって聞いた方が良いか?」


 一応振り向いて首を傾げる。


 別に彼女は飛逆に奇襲を仕掛けるために気配遮断を行っているわけではないだろう。単に飛逆に話しかけることに及び腰で、いつでも気付かれずに立ち去れるようにとそうしていたのだろう。


 このシェルターに拠点を移してからというもの、飛逆はモモコには部屋を与えてからずっと放置してきたのだが、これまでもコソコソと飛逆から隠れようとしているところを見かけている。


「にゃ……」


 モモコは気付かれてむしろほっとしたようで、観念したような、複雑な表情を浮かべる。


「聞きたいことがあるにゃ」

「なんだ?」


「……ヒトを呼び込もうとしているって、聞いたにゃ」

「ああ」


 取り立てて防音をしていないから、彼女の聴覚ならいくらでも盗聴し放題だろう。


 クランの連中も含めて、飛逆がフォーマットを調整した(赤毛狼演算システムを使用させるため)【言語基質体】はオートメーションで各部屋に支給している。いずれは【言語基質体】の基となる【能力】自体を眷属全員に付加しようと目論んでいるが、今は他にやることがありすぎる。


「それが?」

「そのヒトたちは……ヒサカの眷属にするのかにゃ……?」


 その疑問は、モモコらしいと言えばその通りだったが、その様子が期待と不安が半々というのが気になった。


 不安はわかる。だが何を期待しているのか。

「どうなって欲しいんだ?」

 わからないから聞いてみた。


「どうなって……って、どういうことにゃ?」


「そういえば俺は君から具体的に『どうしてほしい』とか『どうなってほしい』ってことを聞いたことがない。又聞きばっかりで、君自身の口から要求されたことがない」


 その大部分の理由は遠慮だろうと想像は付く。彼女の要求をいちいち飛逆が聞き入れていられる状況ではなかった。下手な気遣いが得意なモモコのこと、勝手に察していたのだろう。

 けれど今は、多忙でこそあるが、切迫した状況ではない。


「まあ俺が勝手にそうだろうって決めつけてきたのも悪いんだろうが」


「うにゃ……」

 するとモモコは困ったような顔をする。


「それに不思議なことはもう一個ある。なんで君は解呪される順番が、君に何の断りもなく後回しにされたのに、むしろ安心してるんだ?」

「ふみゃ……っ!?」


 どうやら図星だったらしい。ミリスが飛逆によって解呪されたことを知っているはずなのに、それについての話題でなかったことからの推測だった。


「まあ不思議なのは、これ自体というより、君が本当は『解呪されたくない』ってことを隠したがるその理由なんだが」


 ミリスの例から、彼女たちが自らに憑く化生に依存していることは、別に意外でもなんでもない。


 むしろ心の底から拒絶しているヒューリァがおかしいのだ。その存在が成り立っていたというところから、原理的に考えて不思議だ。彼女の元の世界での技術で無理矢理に彼女に縛り付けていたとか、そんなところだとは推測できるが。

 そしてそんなヒューリァと最初に出逢っていたせいで、飛逆に先入観があったことは否めない。彼女たちが解呪されたいのだと決めつけて、常にその前提で話をしていた。飛逆がそのような態度であれば、彼女たちは本心はどうあれそのように話を合わせる。そういう力関係が自然と出来上がっていたし、ミリスの場合は自分の外見に不満があったので、解呪されたかったのも本音だっただろう。ただ、その【能力】自体は受け容れていたし、依存していた。


 結局の所、解呪されたいのもされたくないのも、どちらも本心なのだ。


「正直人手は今、いくらあっても足りない」


 愕然とするモモコから目線を外して脈絡がないようなことを、飛逆は言った。


「君を遊ばせておく余裕がないって言った方がいいか。だからといってやりたくないことをやらせるのも非効率だ」


 食品開発なんてものを公共事業にしたのも、そうしたモチベーションを向上させる目的だ。その重要性は思いの外大きい。


「だから聞きたいんだが、どうしたいんだ? どうなって欲しい?」


 正直、モモコに宛がうべき仕事というのも思い付かないのだが。


 どう考えてもモモコの持つ【能力】は戦闘向きであり、極論、暗殺向きだ。

 ただ、そうした技能を駆使してまで排除すべき対象が今のところ見当たらないし、いたとしても飛逆が直接手を下した方が早い。


 だからといってモモコに利用価値がないのかと言えばそういうわけでもない。

 憑依した化生を、【吸血】に依らずに剥がす術は、彼女がいなければ最終確認ができないからだ。


 この辺り、失敗したと思っているところだ。

 ミリスをその場の空気に流されて【吸血】で剥がしてしまったせいで、怪物の【魂】を持った者がモモコしかいなくなってしまった。

 おかげで飛逆がこの解呪法研究をする最大の目標であるところの、『自分自身から怪物の【魂】を狙って剥がす』という手段の確立が遠のいてしまった。

 さすがにこの目標は眷属での実験では物足りない。なんだかんだで怪物(オリジン)の【魂】というのは特別だからだ。

 今回のサバイバルゲームをまだ終了させられないという事情もあるし、解呪後の『意思』を復活させる手段もまだ確立していない。だからいずれにせよ後回しだったとはいえ、サンプルが一つしかないというのは実に問題である。解呪の過程で何か問題が発生すれば、モモコならばいざ知らず、飛逆の場合どうなってしまうことやら。最低でもこの辺一帯――ともすれば眼を生やした北大陸を含めたすべてが――原始の海と化すことは疑いない。


 だが、そのモモコに残った必要性は、彼女自身には全く関係がない。彼女にできることの多くは代用可能であり、彼女にしかできないことというものは非常に少ない。


 飛逆としては彼女が生きていれば事は足りる。本当のことを言えば、彼女を遊ばせておく余裕は、それこそ余っているのだ。


「わかんない、にゃ」

「……」


 自分でも自分の望みがわからない。

 それは不思議なようでいてありふれている。ありふれているからこそ、クランでもモチベーションの獲得、向上、維持が問題となっているのだから。


 彼らは結局の所、縛られることに不満を感じつつも、自分に動機を与えてくれる社会に属したがっている。ヴァティの求心力がそれほど強かったわけでもないのにクランが成り立ってきたことがその証拠だ。

 与えられる動機とは、縛られることに他ならないというのに。


 飛逆は溜息を落とす。


「不自由な自由を求める、か。それは俺も他人事じゃないけどな」


 言いながら壁を操作して枝を生やし、果実を成らせて種を作る。その種を赤毛狼合成による樹脂で作った首輪に嵌め込み、モモコに放って渡した。


「その首輪は装着者の精気を吸収して稼働する」


「これを……どうするのにゃ?」


「もちろん君が付けろ」


「……にゃ?」


 意外でもないだろうにモモコは首を傾げる。


 さもありなん。

 認証破壊毒やら吸収能力やら寄生能力やらを合成して作製したその首輪は、呪いのアイテムと言う以外にない代物だ。意外な使い道であってほしかったのだろう。


「それがあれば限定的にだが、俺がどこにいようと君がいるところで俺の【力】を発現できる。これからクランの連中はこの大陸上でヒトの誘致を始めるところだから、それに参加してくればいい。実際に活動することで君の望みが見つかるかも知れない。移民をどうしたいのかってことも含めて、やりながら考えろ。行き詰まったら、その首輪から俺かミリスが介入するから気負い無くやれ」


 ウリオには言っておく、と言い置いて飛逆は踵を返す。


 正直言って、モモコが参加することで効率の悪い方向に行くことはあっても、良くなる見込みは薄い。

 けれどそれはそれだ。周辺国から移民を募るのは、飛逆の中では優先順位が低い。失敗しても構わないし、これで多少はモモコが使えるようになるならそれが何よりの成果だ。


 モモコに利用価値がなくなっても、彼女を始末する気のない飛逆にとっては、価値のある投資である。


 飛逆が立ち去ってから程なくして、首輪は稼働しはじめた。




〓〓




 うっかりモモコに雷撃を見舞ってもらうことを忘れてしまっていたことに気付いた。


 まあ別に彼女にやってもらうのが手っ取り早いというだけで、空中放電くらいは自前で再現できる。わざわざ発電コイルやタービンを作らなくとも、導電性物質の塊に温度差を設けて自由電子に偏りを作って電流を作り、コンデンサで電圧を溜め込めばいい。


 ついでに言えば、わざわざ飛逆が自ら浴びてみなくても、適当な眷属に放電してその様子を測定すればいい。そしてそれを緩衝する演算タスクを構築させて、ネリコンにそのタスクを実現できるようにコードを内蔵させれば耐電防具が作れる。


 ミリスとの共有スケジューラーにその実験予定を書き込みつつ、ヒューリァのところに向かっていると、不意に耳が奇妙な音を捉えた。


 普段は鋭敏すぎる感覚のレベルを落としている飛逆の耳に届いたそれは、旋律だった。


 つまりは音楽だ。

 音色からすると楽器は笛だろう。


 けれど妙な感じがする。

 なんというか、音楽的な旋律というには少々かっちりしすぎているというか、規則性がありすぎて楽曲ではないという感じがするのだ。


 そもそも誰が何のためにこれを奏でているのか。

 音源に顔を出してみると、奏でているのは知らない顔だった。


 その周りには知っている顔もいる。

 ハルドーとヒューリァだ。その二人はシェルターから伸びた蔦に纏われた意思無きヒトの様態を観察しているようだ。

 飛逆が配給したモニターにその波形化されたバイオリズムが映し出されている。

 彼らが一緒にいることは不思議でもない。最近のヒューリァはハルドーのやっている研究、即ち『ヒトの意思を呼び戻す』ことの研究に従事している。


「あ、ひさか」

 ヒューリァはすぐに気付いた。


「何してるんだ?」

「何って、実験?」


 なぜ半疑問形なのか。


 ハルドーを窺うと、彼は一つ頷いてから説明を始めた。


「つまりは音楽が呼び水とならないかということの実験ですな。音楽がヒトの感情を揺さぶることがあるというのは、ご説明するまでもないことでしょう」


「いや、それは大体予測できたんだが、何か細工してるだろ。何をしてるんだ?」


「おわかりになりますか。一つは、この旋律は貴方様からいただいた計測器による脳波とやらを参考に作曲してみたものですな。この間にご報告したとおり、一度発芽してしまったヒトの脳波は皆似通った波形をしております。そのため単調であり、楽曲として違和感があるのでしょう。二つ目は、ただ音を聞かせただけでは影響が観られなかったため、工夫した結果、音のの密度というべきものが厚くなったためではないかと」


「ああ……その笛、精神感応性素材でできてるんだな。『流体操作』で脳波に影響しやすい可聴域外の超音波を選択的に抽出・強調してあるんだな?」


 可聴域外の音が脳波に影響することは様々な実験によって明らかになっている。


「そのようですな。正直を申し上げれば、仰る理屈を上手く理解できてはいませんが……同期性を生み出し、そこからあえてズラしていくことで揺さぶることができるのではないか、という段階にまで来ております。楽器の種類を増やせばより複雑な方向性を持たせることができるでしょう。難を言えば、我々施術者までが眠くなってしまうというところですかな」


 気の利いた冗談を言ったつもりなのか、ハルドーは相変わらずの似合わない好々爺然とした笑みを浮かべる。


「なんか洗脳音波とか、目的とは違うのができてしまいそうな気がするが……アプローチとしては間違ってない、のか? ヒューリァはどう思う?」


「正直、わかんないけど、交霊の儀式には音楽が使われてたよ」


「ヒューリァ様の意見も参考にして作曲されております」

 ハルドーが付け加える。


「ふむ……」

 ハルドーが音楽で意思を呼び覚まそうなんて考えたのは低侵襲での手法の確立を目指したからだろう。

 音楽といった芸能分野について飛逆は無知であり、その妥当性を判断できない。けれどヒューリァがある程度の根拠を以てこれを一つの手段と認めたならば、可能性はあると見るべきだろう。


「聴覚特化の共感覚者にそういう異能を使うのがいたような気がするな……確か音波が物質の固有振動数に干渉して分子配列をある程度操るって仮説だった気がするが」


 音を浴びせたら傷が治ったり、植物が成長を促進させられたり、そうした現象を実際に観測してはいたが、どれだけサンプリングレートを増やしてもデジタル解析ではその正体を科学に落とし込むことが出来ていなかったために、飛逆はその実在を疑っていた。


「デジタルでも効果があったのって言ったらベートーベンの交響曲で知能指数が一時的に向上するとかいうのがあったが……」


 もちろん飛逆はその交響曲の音律すら覚えていない。


「まあ、俺がこれについて助言できないってだけで、多分効果はあると思う。演奏者はそこの奴だけか?」


「彼はクランの中でも珍しい吟遊詩人でしてな」


 珍しいということは、つまり他にいないということだ。


「クランに入った時点で吟遊でもないだろうにってツッコミは措いても、詩人なのに笛なのかよ……」


 それでは音楽と共に詩を詠えないだろうに。


「詠う相棒は貴方に殺されましたので」


 しれっと話に毒を混ぜてきたのは、演奏者だ。


「楽団を作ることも検討するか。どのみち文化的発展には音楽も必要だし」


 飛逆はスルーした。

 ミリスとの共有スケジューラーの移民の条件項目に書き込んでいく。

 そんな飛逆をヒューリァはじとっとした眼で見ている。


(というか相変わらず、なんでわかるんだか……)


 つまりはヒューリァは、飛逆とミリスのコネクションが距離を超越していることが気に入らない。

 実際、その気になれば飛逆とミリスはいつだって会話ができる。会話というより、念話が。

 四六時中そんなでは双方の負担が大きいので、共有スケジューラーというクラウド領域を作ってそこで一旦情報の送受信を留め、任意に接続して情報共有するように設定した。


 しかしヒューリァにはそんなことは関係がない。

 彼女が問題にしているのはおそらく、飛逆と最も近い眷属という地位が自分からミリスに移ったかのような状態であることなのだろう。


 以前飛逆はヒューリァに、『眷属であることなんてどうだっていいこと』であると言っている。だから表立って現状への不満を訴えてこない。飛逆がこの『距離感』が彼女たちとの関係性におけるそれとは別の話だと考えていると知っているからだ。


 けれど不満は確かにある。


 元々【紅く古きもの】のことでちょっとだけヒューリァと距離が開いたような状態だったこともあって、飛逆としても彼女の不満を解消できるならしてやりたいのだけれど。


(かといってヒューリァに【電子界幽霊】を憑けるってのもなぁ。なんかミリスとの対立構造を煽ってるみたいで嫌だし……)


 ヒューリァに第三の眼があろうが飛逆は彼女を愛することに何のためらいもない。 


(ヒューリァを『端末』にするのも嫌だし)


 ヒューリァには『どうだっていいこと』だと言いはしたものの、彼女を自分の付属物であるかのような状態に置きたいとは、やっぱり今でも思えない。


 むしろ、ヴァティという反面教師に出遭うことで、よりその気持ちは強くなっている。今からでもヒューリァを自分の眷属ではなくしてしまいたいとさえ、考えるようになっていた。


 ヒューリァから【力】を奪いたいわけではない。彼女が死なないように強くなってくれること自体はむしろありがたいことだ。


 故に、いずれ彼女には独立した怪物として存在できることが理想的である。


 怪物(オリジン)の創造――


 そんな大それたことを飛逆は、密かに目論んでいた。




〓〓




 ヒューリァに研究を一旦切り上げてもらって、北大陸に渡るための打ち合わせを始めた。

 まずは最初の行き先だ。


 モニターに簡易的な平面地図を写しだして、ポインタで行き先を示す。


 月光の射程距離を測ることが今回の目的であるため、塔のある位置から最短直線上にその行き先があることが望ましい。種ミサイルを撃ち出すのはなるたけ高空からが望ましいために、大神樹の頂上付近から撃ち出すことになる。つまり塔と大神樹と北大陸上の点を結ぶ三角形の鋭角が最も大きくなる位置にひとまずは向かうことになるわけだ。


 そうしたとき、何気にそのポイントは帝国領土内ではないことになる。


 帝国は北大陸上の更に北部に位置しており、東の海側を南下する形でその領土を拡げている。そのため北大陸の西南部はほとんど帝国の手が及んでいない。


「まあそれも時間の問題だろうな。塔を手中に収めたら、こっちの飛び地からその南部を侵略するつもりだったんだろう。その目論見が上手く行かなかった今、なるたけこの飛び地から近い南部を手に入れようって考えに今は移行しているはず」


 だから帝国から奴隷を買うというのは難しいという話なのだった。


「まあそんな事情はどうでもいいと思うが、何か質問はあるか?」

「海側の様子って、ひさかもほとんど見られないんだよね?」


 ないだろうと思って一応確認したのに、ヒューリァはすぐさま質問してくる。


「そうだけど?」


 海岸付近は観察できるが、まだ海草類に取り憑けるような寄生植物を生み出せていない。実際には作れはするが、陸と違って海では中々上手く寄生させるための種を届けられないのだ。


「だったら……その帝国ってつまりは海軍が強いってことだと思うんだけど、違う?」

「ああ……なるほど。さっき俺が言った予想が、ちょうど俺たちがそこに着いたときに実現されるんじゃないかって懸念か」


 実際、帝国は海軍が強力であるためにそんな侵略をしてきているのだと想定できる。であるならば、ヒューリァの懸念はそう的外れではない。


「そこまでは思ってないけど……仮に北大陸で転移門が開けなかったときって、海を南下するしかないんだよね? だったら、海上で遭遇することって、あると思う」

「なるほど……」


 射程距離を測ることが目的であるため、北大陸までは飛んでいくにしても、復路は船で徐々に試しながら南下していくことになる。そのため、ヒューリァが言う可能性は充分にありえた。


「そうなったときどうするのかなって」


「そうだな……。その海軍を全滅させることは難しくないが、その場合、それをやったのはその南部国ってことになるわけで……なんか問題あるか?」


「ひさかは北大陸から誘致することが目的なんだったら、転移門が開けなかった場合、その南部の国を橋頭堡にするんでしょ? だったら初めからその国を侵略しちゃえば良いんじゃない?」


 確かに、その南部の国で開けなかったなら、一旦その国の港にヒトを集めて船に乗せ、その途中の転移門を開ける海上にまで運んで、そこから転移することになる。


「いや、でもな……仮に海上では開けなかったり、開けてもすでにこっちの大陸と近い場合、もう北大陸から誘致するのは諦めたほうがいい気もする。まずはそっちを確かめてからじゃないか?」


 必ず海上で帝国海軍と遭遇すると決まったわけでもない。

 飛逆はそもそも侵略に関して今のところ消極的だ。いずれにせよ時間がかかるのなら、大使を送り込んで橋頭堡にすべく工作するという手段を選択する。なぜなら戦争することになれば飛逆が出張るのが最も早いため、そうせざるを得なくなる。今以上に時間を圧迫されたくないので人任せにしたいのだ。


「わたしがそこに残って、ひさかはその検証をすればいいと思うんだけど」


「……」

 この期に及んで、ようやく飛逆は認めた。


 ヒューリァが言うのは、仮に北大陸上で転移門が開けなかった場合、自分が残って侵略を始めておくということだ。


 彼女は戦いたがっている。

 それを飛逆は認めざるを得なくなった。


 可能か不可能か、効率的か非効率的か。その観点でいえば、可能だし、あるいは効率的かも知れない。

 彼女に必須の飛逆の血を貯蔵して渡すことができるのはすでに実証済みであり、彼女の単体戦闘力はこの世界の文明水準では一国家を相手にして余りある。現地を支配しておけば後から必要に迫られて侵略するよりも時間の節約になる。仮に必要がなくなっても、統治しようとするから面倒が生じるのであり、ただ一時的に支配して後のことは素知らぬ顔で放置すれば何も問題はない。ただ無為に人が死ぬという結果だけが残る。それだけのことだ。


 それだけのことなのに、飛逆は彼女のその提案を受け容れることをためらった。


「なんてね。侵略はわたし一人で充分でも、時間がかかるし、占領状態を続けるのはさすがにわたし一人じゃ無理だよね」


 飛逆が却下する言葉を探している間にヒューリァは自分で撤回した。


 実際その通りではある。一国を消滅させるつもりでなければ、占領するしかないが、ヒューリァ一人では無理だ。けれど、そこにミリスと飛逆の助力があれば、彼女の言った問題は解決する。それは飛逆たちがその場にいなくとも、可能な手段があるのだ。


 けれど飛逆はそれを提示することなく、今のヒューリァの提案は冗談のそれだとして表面上は受け流した。


「まあ、全部、転移門が繋げなかった場合だ。試してから改めて検討しようか」 


 デメリットが少ない以上、侵略戦争を仕掛けること自体にはさほど抵抗はない。飛逆の嫌いな『無駄』になってしまうかもしれないという抵抗はありはするが、無視しても構わない。

 それでも――もし提案してきたのがヒューリァでなければ、飛逆は受け容れたかも知れない。結果的に無駄になるかもしれない布石なら、今までも打ってきた。いくつかは実際無駄になっている。

 飛逆が今、問題だと感じているのは、戦争を求めるヒューリァの精神状態のことだからだ。

 飛逆の元いた世界では、快楽殺人者に女性は少なかった。


 ヒューリァがその希少な例であるとは、思っていない。彼女の殺傷行動には温度が感じられないからだ。


 ではどうしてそんな状態を望むのかと言えば、それが彼女の『いつもやってきたこと』だからだろう。

 ヴァティを倒したことで、眼に見える脅威はなくなった。彼女にとっての『いつも』ではない状態になってしまったのだ。

 それが不安なのだろう。


 脅威が失せたことで不安を感じる。

 それは別に珍しくもなんともない。ワーカホリックとほぼ同じようなものだ。けれど珍しくないからといって問題が無いわけではない。やがてはブレーキの壊れた自動車と同じ末路へ向かうことになるのだから。


(かといって……俺はヒューリァにどうなってほしいんだろうな……)


 一番の問題は、ヒューリァのそれにとっくの昔から気付いていながら飛逆が自分の態度を決めかねていることなのかもしれない。


 彼女を強くしたいとか、自分の眷属ではなくしたいとか、そうしたことは考えているが、それはあくまで形式的な、彼女の表面でしかない。それに包まれた彼女自体が、どんな風になってほしいのか、それを飛逆はまったく考えていなかった。


 不意にそれに気付いた飛逆は、しばし呆然としながら答えを探した。

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