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98. 裏から支配してみよう

 塔下街を復活させるために人を他国から移民させるという計画だが、輸送の問題にはケリが付きそうだった。

 だからここでおさらいとして会議室にクランの有力者(といっても基本的にウリオしか発言しない)を集めてモニターに地図を写しだして改めて地理について確認する。

 北に巨大な湖を挟んで二カ国、東に一国、西に二国、南は海だ。


「隣国って言えるのは五カ国……って、意外と多いよな」


 ただし、塔下街は塔の周辺にしか人が集まっていなかったため、その隣国までは結構な距離がある。殊更に人を呼び込みたかったわけでもないヴァティが、わざわざ道を開拓するわけもなく、それぞれの国とは天然の要害と言える地理的障害がある。

 しかも、北の巨大な湖は言うまでもなく、東とは険しい山脈が間にあり、西は湖から海に流れる川と深い迷いの森がある。


「西側はヴァティ様が意図してそのような森をお造りになった」

 とはウリオによる注釈だ。


 そうした注釈を映像を操作して書き込んでいく。その内書記とかの役職を設けなければあらないな、と思いながらも確認を続ける。


「一番塔下街への流入が多かった国は?」

「北の西側、大きい方だ」


 なるほど、湖から流れ出る川を辿れば、西側の比較的塔下街に近い森の中に辿り着ける。巨大湖の大部分を支配しているのがその国であるようだ。


「なら西の南側は? 東も海路から比較的近づきやすいだろう」

「海流の関係で大回りに船を回さなければならないため、気安くは来られない」


 それも、なるほど。


「貿易はどうやってたんだ?」

「基本的に水運だ。同様の経路で搬入・搬出していた」

「ってことは港があるのか」

「ああ。しかし塔が隠れたときから運輸路共々封鎖されている」


「東側の国とは?」

「南東に少し行ったところに列島がある。そこの一つが交易拠点となっていた」


「西の二つは?」

「西南西側とは交易していない。西北西側は北西側を経由している」


 してみると、最も交流が深かったのが北西側の国ということだ。


「西南西側となんかあったんか?」

「愚かにもヴァティ様に刃向かった」

「わかりやすいな……」


「基本的に領土面積が軍事力と比例していると考えていい」


 すると、西は弱くて東と北西が強いということだ。


「つか、東がでかいな。なんだこれ。北西の湖の支配域を入れたら同じくらいだが、東に列島分を入れたらでかすぎるだろ」

「わかりやすく一纏めにしているが、これは連合国だ。一つ一つの州に分ければ西の南側と大して変わらん」


「すると北東のが妙に細長いのは」

「北西と東が裏で手を引いて設けている緩衝地帯だな。山岳部族が治めていることになっているが、国体としての意識が薄かったはずだ」


「つまり北西側が一つの国としては強すぎるってことか」

「帝国の飛び地だからな。本国は北の海を渡った大陸にある」


 つまり全世界で最も勢力の強い国の一部だということだ。


「つまり、現時点では北西側の国から誘致させるわけにはいかないってことだな」

「そうなるな」


 そんなところから人口を誘致すればなし崩しに帝国の一部にされてしまう。将来的には受け入れるにしても、流入する帝国民よりも塔下街の住人が増えてからにしなければならない。というか帝国とやらは明らかにそれを狙って飛び国なんてものを作っている。


「まあクランと俺らが残ってればどんなことになっても主権を奪われることはありえないんだが……せっかくほとんどゼロから始められるのに、一つの文化様式に染まるのは考え物だ」


 ある意味では、移植民の間で衝突が生じづらいというメリットもありはするが。

 そういう衝突はたとえ出身国が同じでもどうせ生じるのだから無視して構わないメリットだ。


「そもそも帝国は奴隷産出で財を積み上げた国だ。侵略以外の意図で人口を明け渡すことはないだろう」

「なるほどね」


 そもそも条件として不適格なわけだ。

 難民がそもそも出ない。奴隷にされるからだ。そして彼らは帝国にとっては財源の一つであるわけで、放出するわけがない。


「でもそれなら逆に、買えるっていうのは悪くないな。どうせ奴隷ってのは基本的に侵略した国からかっ攫ってきたんだろうし、多種多様な文化の出身を揃えることが出来る。飛び地じゃなく、本国のほうから買うことを視野に入れておくか」

「後でどんな難癖を付けられるかわからんがな」


 例えば奴隷の中に『手違い』を混ぜて、契約不履行だとか言って最初の要求よりも上乗せした資源を求めてくるとか。こちらが突っぱねるのは織り込み済みで、やりたいのは戦争なのだ。塔を狙う他の国への言い訳ができれば、名分はなんだっていい。通信手段が限られるこの世界では大国が言ったことが正義だ。彼我の戦力を人口でしか量れないような、有能だが常識的な者が王様やっているなら充分に可能性がある。


「それくらいなら最初から奴隷解放を大義名分にこっちから仕掛けた方が早いか。これは最後の手段にしておこう」


 戦争は面倒臭い。別に領土が欲しいわけでもなければ資源も余っているとくれば、統治すべき範囲が広がるのはデメリットしかないのである。


「すると東だな。北大陸からの侵略に抵抗するために手を組んだってところなんだろうが、当然、それぞれの州で温度差があるはずだ。内部軋轢は相当酷いことになってんじゃないか?」


「それは報告待ちだが、我々もそう予想している。東の南側は我々と交易することで潤っているが、その資源を北側に寄せることで帝国からの侵略に抗っている。それが現在停止しているのだからな」


「ああ、なるほど。東側に資源を送ることで帝国と東側連合とのパワーバランスを拮抗させてたのか」


「流通経路の都合上、帝国は我々からの資源を搬出することが難しい、という名目で帝国には東側に比べれば卸す量が少なくなるようにしていた」


 川の下流から上流に向かわなければならないからだ。


「ちなみに湖に港がないのは?」

「ヴァティ様が水草や水上樹を生やしてある。船が着けられないように」

「要するにワザとってことな」


 つくづく領土防衛にチートな能力である。


「そうなると西北西側が謎だな。どうやって帝国と折り合いつけてんだ」

「一つは、元々湖から流れ込む川を渡る造船と操船技術がこの国の部族にしかなかったからだ。帝国は海運の技術は相当だが、密林を流れる川では勝手が違う」

「なるほど。下手に事を構えると東と挟み撃ちになるからその技術を侵略で強奪することもできなかった、と。そうこうする内に【能力結晶】とかが出てきて軍事バランスを塔下街に操作されて、侵略が停まった、と」


 他にも様々な外交努力があったのだろうが、勢力図を把握するだけならばこれだけで充分だ。


「東側から受け入れるのは確定だが、北の大陸からもやっぱり欲しいな」


「文化の多様性のためか?」


「いや、それもあるが、移民には塔に対する先入観が小さいほうがいい。塔の周辺、というかこの大陸では『塔の周辺が豊かである』ことが知られている。そういう連中は満たされて当たり前だって思って精力的に働かないし、それどころか俺らが供出する物資に不満を抱きかねない。自分たちで生活をよくしていこうって思うような連中が欲しいんだよ。かといって元々の生活水準が低すぎると、いきなり水準が向上すると小さいところで満足してしまうか、さもなければ増長する。程々がいい」


「しかし、大陸はさすがに手が届かん。クランの者を直接送り込むわけにもいかんし、そもそも行き来で最短、半年を見なければ」


「俺が直接出向く。それなら往復一日かからない」


 【電子幽霊】を喰ったことで通信手段はもう確立している。何かあっても速攻で戻ってこられるのだから、飛逆が行けば話は早くなる。また、クランの連中が必要な果実は飛逆がいなくとも育成可能だ。ヴァティの能力が反則と言える最たる理由である。


「……それは情報収集もキサマがやるという意味でいいのか?」

「面倒だけどな。大陸側なら気を遣う必要はないから、いちいち国を通さず現地で希望者を募ればいい」


 国家間で言えば拉致になるわけだが、帝国を避ければ問題となったとしても向こう側は手を出せないし、帝国からの避難民がいるようならばそれらを引っ張ってくればいい。仮に帝国が問題に気付いてそれを大義名分に掲げても、戦争になるまで半年以上もかかるとなれば、それまでにはもうこちらとしては片手間で対応できる程度に対外体制が整っている見込みだ。


「それに、情報収集は、前もってやっておくつもりだ」

「どうやって」

「簡単な話だ。種を飛ばして樹を生やす。そいつに俺の眼を付ければいくらだって情報は手に入る。というかもうそっちの計画は進めてる。

 言い忘れてたが、この会議は俺がこうする間にお前らは周辺諸国との折衝を進めておけっていう通達だ」


 だから飛逆の仲間をここに出席させなかった。すでに決定事項であり、事態はすでに進行を始めている。

 周辺国の情報を提示させたのは、何か問題が生じたときに何が起こったのかをすぐ把握できるようにするためだ。


「前と勝手が違うだろうが、交易商人を抱き込んで貿易を再開させて人の流入を開始しても良いし、その辺りの裁量はお前らに任せる。植物操作の権限はある程度ウリオに渡しておくから、自分たちで対処できる問題は処理しておけ」





〓〓 † ◇ † 〓〓





 【電子界幽霊】を取り込み、他の【能力】と合成してからつくづく思うのだが、便利すぎる。


 最もチートだと思ったのは空間転移が可能だというところだ。


 【能力】を解析し、第三の眼で見える奇妙な光の膜の正体について探っていたところ、これがどうやら空間を構成している膜なのだということがわかった。この膜に焦点を合わせて視た映像には距離の概念が存在しない。


 何を言っているのかと思われる向きもあろうが、飛逆も何を言っているのかわからない。こんな現象を説明できる理論を知らない。


 三次元的空間を二次元化しているとでもいうか。第三の眼に映し出された映像には、遠近感は存在しても奥行きという概念が存在しない。

 例えば同じ大きさの同じ物が、それぞれ第三の眼から違う距離で置かれているとする。遠近感はあるためにその物の大きさは別々に見える。しかし、それを手に取ろうとすれば、たとえそれが手の届かないところにあったとしても掴んで引き寄せることが出来る。慣れてきた今はあえて手に取ろうとしなくともそれが可能だ。


 つまり、第三の眼の視覚が届く範囲であれば、自在に物を移動させることができるのだ。


 制限はある。

 第三の眼が構造を解析できない物、あるいは解析しても状態変化が複雑すぎて把握し続けることが難しい物――主に生命――は転送できない。

 これが示すのは、第三の眼が物体を『情報化』しているということだ。透明な光の膜はそれを映し出すスクリーンであり、情報化されて映し出されたそれの内容を書き換えている。たとえばそれは座標であり、物体の運動量であったりする。限定的な空間支配だ。書き換えにはおそらく【紅く古きもの】の『原子・分子の運動量を操る能力』が使われている。

 実際飛逆は現在、見えている範囲なら炎を伸ばさずとも、対象に熱を発生させることさえ可能となった。


 つまるところ、ミリスがやっていた無線通信は、これと同じ原理なのだろう。空間を跳躍して情報を本体であるミリスに伝えていた。


 電波を飛ばすのとは根本的に違ったのだ。実質的にミリスの髪は、物理的な距離の断絶を無視して繋がっていることと同じだった。タイムラグがあるはずもない。


 解析できない物の中には自分自身も含まれているため、飛逆自身がテレポーテーションすることは残念ながらできない。


 あまり巨大なものも難しい。できないわけではないのだが、書き換えるために演算タスクと精気エネルギーの両方が必要なためか、異様に消耗する。逆に言うと、元々情報的な要素(光の波長などや音形)であったり、質量のごく小さい物であればほとんど消費しない。


 そして次に反則的なのは、大地と空気があれば自己生産できる『植物』と、感覚を有していて記憶を保存できる『赤毛狼』を組み合わせたとき、この第三の眼の空間支配は眷属を植えた場所では飛逆がその場に居なくとも及ぶというところだ。


 そんな機能を有した他の植物に寄生し、乗っ取って擬態する種を千単位収納し、滑空用の羽根を取り付けた種ミサイル弾を僅かに射角を変えて数発、大神樹の頂上付近から撃ち出す。空気抵抗が少ない高空で撃ち出されたそれの初速は余裕で地上音速を超えている。ものの数時間で北大陸上空へと到達し、高空から風に乗せるようにパラシュート付きの(タンポポの綿毛を模した)種をばらまいていく。植物があるところには余すところなく飛逆の『眼』が行き渡る。


 どう考えても侵略である。飛逆がその気になれば北大陸のあらゆる地域で同時多発的な火災を発生させることが可能だ。すでに飛逆は北大陸のすべてを支配していると言って過言ではなかった。


 ただ、さすがにそれだけの『眼』の情報を飛逆が受け取るのはさすがにパンクする。


 そのため飛逆を中継して別のストレージにそれらの情報は収納することにした。


 具体的にはミリスが組んでくれたオペレーションシステム入りのコンピュータもどきのストレージだ。


 【電子界幽霊】を喰らったことで演算速度が跳ね上がった(情報伝達回路の距離を無視できるため)このコンピュータもどきだが、これは半径百メートルの地下シェルターが丸々このシステムを支えるために使用されている。しかもその過半が記憶容量の確保のために使用されており、さすがにこれだけの記憶容量があれば北大陸中の『眼』の情報を蓄えることができるわけだ。足りなくなればまた増設すれば良いだけの話だった。

 これに自動的にフォルダリングされた映像情報を任意に有機液晶に映し出し、現地情報を集める。


 更には飛逆が現地に向かう際の目印にもすることができることはもちろん、これら『眼』を植えることで特定の位置に対して物資を転送させることができる。つまり荷物を持たなくてもよいということだ。


「最後の問題は~、月光の射程距離ですね~」


 あっという間に第三の眼の扱いに順応したミリスは、飛逆の【能力】を使うことが出来る。転送はもちろん、第三の眼の視界に炎を発現させることさえ可能だということだ。実質的に戦略規模であれば飛逆に準じる戦闘力を獲得したことになる。


「どこまで~『扉』を開くことができるのか~。それさえわかれば~今すぐにでも移民計画が発動できます~」


 そんなミリスから提示された『飛逆が自ら赴き、現地で転移門を開いて人を輸送する』計画の問題点は、『月光には射程距離があり、どこまでなら転移門を開くことができるのかわからない』というものだった。月光を遮れば転移門を開くことができなくなることはすでに明らかであり、充分にそれは考えられる可能性だった。


 実際、これには以前から疑問だった命題と相同する。


「遠くで転移門を開けば千五百以上にすぐさま転送されるんじゃないか、っては思ってたんだよな」


 塔から離れれば離れるほど転移門が繋がる階層が高くなる、というのは検証されている。けれど、離れすぎればどうなるのかということは、ヴァティと敵対状態にあるときには検証できなかったために放置されていた命題だった。


 この問題をミリスから提示されて、すぐに飛逆は塔下街から国境ギリギリまで移動して転移門を開いてみたところ、そこは赤毛狼が踏破した最高階層(現在二千四百階層)だった。更なる検証のために赤毛狼の攻略を一時停止させて、より近くで転移門を開いても、同様の階層に転送された。


 つまり、一定以上離れればその時点での最高攻略階層に繋がる。


 よって飛逆は赤毛狼の侵攻を一時停止させることにした。あまり高い階層だと赤毛狼蔓延による安全地帯の確保ができるかどうかわからないためだ。二千階層を超えたところで、クリーチャーの密度(一階層に出現するクリーチャーの数が千階層付近の倍近くなっていた)が跳ね上がっており、殲滅は容易くともこの調子で行けば殲滅のために絶えず戦闘が繰り広げられるという状態になりえる。普通の人間にそれはショッキングな光景だろう。


 因みに二千階層は案の定、地階と同じくクリーチャーが出現せず、百階層毎の転移門が発見された。


「ですが~、これがわかったところで~、どこまでだったら転移門が開けるのか~っていうことを推測する材料にはなりません~」


 全くその通りだった。


「影にインジェクトできる【能力結晶】の量が変動することから、射程限界があるのは間違いない。単純に月が見える距離だったらオッケーってわけじゃないんだよな……」


「というか~月光の影がそもそも謎なんですけどね~。なぜ遮った結果であるはずのそこに~、異能の影響が現れるのか~っていう~」


「俺もそこには違和感があったんだが、逆に考えてみた。月光は、対象に干渉可能な影を作るための【能力】なんじゃないかって」


「ええっと~……? つまり~、結果として影ができる~のではなく~、影を作り出すことが~、月光という【能力】の目的~?」


 さすがミリスは飲み込みが早い。


「そう。影は異能をライティングするためのスクリーンなんだ。俺たちの身体に直接月光が影響を及ぼしているのではなく、できた影に『指令』が書き込まれている。【能力結晶】は結局別の【能力】に寄生するっていう仕組みだったわけで、おそらく影に寄生できるっていうのはヴァティも予想していなかったんじゃないか?」


「なんか~、あべこべですが~、説得力はありますね~……。フツーに考えれば対象に直接影響を及ぼしたほうが早そうですが~……それしかできない……もしかして~、ワタシたちが今まで空間操作だと思っていたのは~……影を操る【能力】だったとしたら~。そういえば~、転移門って黒い影みたいだって~思わなくもないですし~」


「お前の異能を喰らって、転送なんてことができるようになったおかげで気付いたが、その可能性が高い。時空間干渉能力に近いが別物じゃないかって」


「……これは、考証する価値ありますね~。ちょっとシミュレーションプログラムにこれまで判明している法則を入力して~、理論の組み立てと検証を行ってみます~」


「ああ、やること増えてすまんが」


 これは殺すべき『敵』の核とも言えるかもしれない命題だ。あらゆる検証をしていかなければならない。


「いえいえ~。ヒサカさんのためですし~」


 花が綻ぶような笑顔を向けてくる美少女(ミリス)(自称正統派)だが、飛逆は努めて取り合わない。


「それで、話を戻すと、その射程距離の問題になるんだが」


「また脱線してすみませんが~、その前にいいですか~?」

「なんだ?」


「よく~、月光に下に出ようって思いましたよね~。ちょっとそこ、不思議なんですが~」

「ああ……まあそれはな」


 確かに、飛逆はミリスから月光の影響についての推測を聞いてからというもの、眷属の中に引きこもっていた。


「だが、今更だからな。下手に引きこもってもヴァティの二の舞になりかねないし、それに一応、月光の下に出るときには自分を対象に【吸血】を発動させている。ダメ押しとして、直前の思考をストレージに保存して、前後で不自然なところがないかチェックするまでやってる」


「……そこまでやってたら~、逆に警戒しすぎじゃないかって思える不思議~」


 若干呆れた様子のミリスだ。


「これまでの傾向から、それほど自由自在に俺たちの行動を操作できるわけではないってことはわかってるし、思考を読めるわけでもなさそうだってのはわかってるが……」


 おそらく思考を読めるわけではないから、その思考を直接的に操作できないのではないかと飛逆は推測している。操作するためには理解しなければならないためだ。たとえ漠然としたイメージだけで具象化できる異能であっても、その理解度が現象発現の強度を左右することはすでに実証済みだ。


「だとしても……」


 ただひたすらに気持ちが悪い。

 思考を操作されたから、ここまで忌避感があるのではないと思う。もちろんそれはそれで酷く気に障る。けれど、それとは関係なしに根本的に相容れないものを、感じている。

 それを具体的に言い表すことができないのが歯がゆくて、余計に気持ち悪かった。


「まぁ、わかりました~。そこまで対策しているならワタシからはもう何も~」

「ああ」


 どうせミリスはこの区画に引き籠もっている。


「結局~、現地に行って確認するしかないんですよね~」


 その通りだ。


「俺だけだったら、現地に行って開けるか試してから、北大陸上では開けなかった場合でも、最長で往復十刻ってところだ」


「検証のために丸一日潰すっていう計算になりますが~……まあ実際それなら大したことないんですよね~。シェルター内ならワタシ自身で大抵の問題は処理できますし~。今すぐどうこうなるって問題は~、今のところ発生していませんし~。逆に~、ヒトが増えてからではできない検証なので今やるしかないって言えます~」


 まだ人数が少なく、公共事業といえるそれらがまだ具体的に開始されていない今だからこそ、こうした検証はしなければならない。問題が発生するのは事態が動き出してからだからだ。


「強いて問題を挙げるなら~、補給できない上に『眼』のない海の上空で遭難してしまう可能性ですかね~。いくらヒサカさんでも~、何かトラブルがそこで発生しないとは言い切れないんですから~」


「自分で言うのもなんだが、俺が何か予想外のトラブルに見舞われたとして、それでどうこうなる事態が想像できないんだが」


 飛逆が自前で保有する精気だけで行って戻ってくるくらいは余りある計算だ。なんだったら飛行機の筐体も要らない。炎の推進力だけで飛んで戻ってこられる。それどころか惑星(北大陸まで『眼』を伸ばして相対距離を測定したことで少なくとも地表が丸いことは判明した)一周くらいはやろうと思えばできるだろう。『眼』との相対距離を測定できる以上、遭難する危険は極小だった。


「ヒサカさんだけなら~、ワタシも心配しませんけど~。ヒサカさんだけなら~」

「ああ、うん……なんでだろう。その懸念はすごく理解できる」


 繰り返し『飛逆だけなら』を強調されて、ようやくミリスの懸念が何であるのかを悟り、飛逆はこの上なく納得してしまった。


「検証するだけって言っても納得しないよな、ヒューリァは……」


 本音を言えば、彼女がまだそういう反応を示してくれることは飛逆にとって嬉しい事ではあったが。

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