97. 囚人のジレンマ
「さすがに、きついな」
ミリスに憑いている化生は、ルーツがよくわからない。
だからどのように掌握したものか、わからない。どんな【形】が最適なのか。
髪が感覚しているのか、視界が異様だ。思考自体が分割されているらしく、三百六十度の映像が同時に表示されたかと思えばめまぐるしく切り替わり、頭がクラクラした。目眩がする。なぜか内側から圧迫されるように額が痛んだ。
制御できていない。せめてオンオフの切り替えができるようにしなければ。
けれど気絶はしない。やはり月光の影響だったようだ。
めまぐるしく明滅する視界の中、膝の上で気を失った幼い少女の姿(裸)となったミリスに上着を掛けてやりながら、ルーツを推測する。
髪の伸びる呪いの人形の怪談くらいは飛逆も聞いたことがある。
けれど、ミリスの異能の真価は『髪を伸ばせる』というところにはない。
どちらかというと、感覚を飛ばせることと、思考を分割して並行処理できるというところにある。
もっと踏み込めば、『自分以外の何かを操作する』という方向性に特化している。赤毛狼を操作できることがその証拠だ。自在に動かせて伸ばせる髪はただの触媒だ。分割した思考を対象に届ける端末でしかない。
ミリスに憑いていた化生は決して弱くはない。ただ漂着したこの世界との相性が悪いだけだ。仮にこの世界で機械文明が発達していれば、無類の強さを誇ったのではないだろうか。
つまり、意思なき機構に取り憑き、それを操る。
それがこの化生の本性だ。
その前提の上で、ミリスの元の世界について推測する。
飛逆の常識からしてもかなり発達した文明だったようだ。擬有機デバイスとかいうコンピュータの進化形が存在するということだった。当然のように電子情報的ネットワークは発達している。あるいは彼女の世界ではすべてが電子制御されていたのではないか。
そうした世界でありそうな都市伝説は。
「……電子界に囚われた幽霊」
なぜかオートで編まれる拘束衣は、囚われていることの暗喩。
髪という触媒を介さなければ目も見えず音も聞こえず声を発することもできないのは、現実ではない場所に感覚を置いてきていることを暗示している。
すると髪は、現実ではない場所に繋ぐ縛鎖であると同時に伝導線の暗喩だと推測できる。
全身が縫合されたかのようであったのは、都市伝説の基となった内容が『全身に重症を負い、五感を失った者が意思を示すためにネット制御された生命維持装置を操った』などであるからだとすれば、辻褄が合う。その後にこう続くのだ。『ある時魂が抜けたかのように息を引き取ったその患者は未だに電子界を彷徨っている』。
仮想現実空間の住人――囚人。
ミリスにそれが取り憑いた経緯までは想像が及ばないが、きっとこれが概要に違いない。
これに相応しい【形】は。
必ずしも前任者の【形】を模倣する必要はない。むしろそれは、取り憑いた怪物がヒトから主体を奪えないために顕現する形であり、実は怪物にとって本意ではない。世界を逐われた時点で明確な形を失った彼らは、抽象的な形のほうが実態に近い。【紅く古きもの】がいい例だ。彼ら怪物は、よりよい【形】――【象形】を求めている。
ズグズグと額が痛む。
まるで『気付け』と怪物が暴れているかのようだ。
まさか額に角を生やせばいいわけでもなかろうに。
眼を閉じても視覚があり、めまぐるしく入れ替わるせいで思考がまとまらない。ポリゴンゲームに酔ったときのそれに近い。いわゆる3D酔いをめちゃくちゃに酷くしたかのようだ。
せめて視覚を統御できれば――
「視覚、か……」
思い付く。電子界では、世界がどう見えているのか、という話だ。
インターネットワークシステムは実際、ニューロンネットワークと相似点が見られる。故に、思考分割タスクができている時点で、彼、あるいは彼女の【象形】は出来上がっている。独特の脳の構造自体がそれだ。この上に何を求めるかと言えば、おそらくそれは『視点』だ。
電子界から見る世界は、どう考えても基底現実のそれとは違う。
違うモノが見えていることを、象徴する【形】は、と言えば。
『植物操作』で床から枝を伸ばして果実を作り、そこから有機液晶構造の種皮に包まれたレンズ状構造を持った水晶様の種を取り出す。
硬膜の内側を通る血管から赤毛狼を顕現。溶解毒で骨を溶かして頭蓋骨の内側から孔を空けた飛逆は、種をためらいもなくその孔に埋め込んだ。
埋め込まれた種は大脳半球の間を縫って脳幹部にまで軸索様の細い根を伸ばし、松果体ニューロンに取り付き、シナプス様根冠を接続する。
――第三の眼。
散らばっていた【視覚】が統合されていく。
掌握は成功だった。
ついでなので『精気視覚化』の機能を付加した。
だが、視えすぎる。勝手に虚空に焦点が合わされて、何かの膜が重なって層になっている映像が映し出された。何を意味しているのかはわからない。
【象形】があれば充分だろう。ひとまずは髪を操って皮膚を伸ばして端を折り曲げ、瞼にした上で縫い付けて封印する。
「いよいよもって人間離れした外見になってきたな」
鏡面蜃気楼で自分の姿を確認した飛逆は、乾いた笑いを浮かべた。
角は飾りに見えなくもないが、この眼の移植はちょっとアレだった。
ちょっと怪物的すぎる。
あるいは仏か。似合わないと、自嘲する。
前髪を少し厚めにして隠した。
「さて、……どうすっかな」
というのは、ミリスのことだ。
飛逆の膝の上ですぅすぅと寝息を立てている。
ヒューリァのときの例を考えれば、それほど長い時間気絶するわけではないだろう。じきに目覚めるわけだが、その前に彼女を眷属化してしまうかどうかということだ。
事前に了承を取ってある、というか希望されているとはいえ、やはり寝込みを襲うかのようで気が咎める。
それに、実験体を除けば飛逆が自ら眷属化させるのは初めてのことだ。『吸血鬼』以外は【神旭】を使わずに眷属化した例もない。
ヴァティのクランの場合は心臓に種を寄生させて、心臓からコロイド種を血流に乗せて全身に伝わらせ、代謝に乗じて全身の細胞に入り込み、代謝自体を変質させる。更に、心臓に埋め込まれた種が神経節から脳にまで根を伸ばして脳機能の一部を変質させ、全身のコロイド種を支配させる、という仕組みだと判明している。ある程度慣れた者であればコロイド種の種類を自分で変更できるまでになる。
ミリスにもそれに倣って施すつもりだが、彼女の場合、飛逆と同じく第三の眼を植え付けることになるだろう。飛逆によって他の怪物たちと統合された中からこの【電子界幽霊】の能力を強調するにはそれが一番だ。
言うだけあって整った顔のミリスの額に孔を空けるわけだ。消えない疵痕を付ける。
事前に同意があっても、中々踏ん切りが付かない。
それに、喰らわれる直前の状況が状況だけに、心変わりしていて不思議はない。
眷属にしたら飛逆から離れられなくなる。
彼女が望むのなら他国に亡命させてもいい。そのくらいの面倒は見る。継続的に援助を回してもいい。まあミリスはこの世界の文明水準だと、援助があっても独りで生きていくことは不可能に近いから、その選択はまずありえないが。
だとしても、眷属化する以外の選択肢が皆無というわけでもない。
やはり意志確認はするべきだろう。
ミリスの私室と化している仮眠室に彼女を運び入れて、そこらの壁から樹皮を剥がして何枚かシャツを作り、それを畳んでベッドの傍に置いた。
そうしてから部屋を出る。
そして、溜息。
「最悪、オペレーションシステムに輸送手段……俺一人で編み出さなきゃいけないわけか……」
本当に、なんてタイミングだろう。
仮にミリスが眷属化されることを望み、仕事を放棄しない場合でも、刷新された【電子界の幽霊】を彼女が使いこなせるようになるまで、また時間がかかるだろう。仮にすぐさま適応しても、間違いなくモチベーションは低下している。
ミリスのことは憎からず思っている。打算的であってもそこは評価できるし、懸命なところは可愛いとも思っていた。
だから、飛逆も実のところこの決断は、都合の悪さを除いたとしても辛かった。
受け入れてもいいのではないかと、そう思わなかったかといえば嘘になる。
けれど結果はこれだ。
それはもう覆らないし、この決断自体に後悔はない。
彼女の精一杯を否定する気はない。責める気もない。自分のことでなければその健闘を称えたいくらいだ。
ただ、これからの仕事量を思うと気が滅入る。
というかもうこれまで計画した事のほとんどを一から見直さなければならない。ぶっちゃけ飛逆一人で回る作業量ではないし、だからといって今から専門職を育てるのも時間が掛かりすぎる。
「なんか別の方法を考えなきゃだな……」
どう考えても軌道エレベーター計画は、凍結するしかなさそうだった。
〓〓
巨人兵開発室のオペレータールームからは一部の液晶から巨人兵格納室とパイロット(予定)の訓練室を見渡せる。
赤毛狼と植物操作との混合により、赤毛狼の視覚情報を映し出すことができるようになっているのだ。赤毛狼の視覚であるため白黒で見にくいが、解像度は悪くない。
思ったよりもミリスが眼を覚まさないので、飛逆は新しく計画を考えるついでに元トップランカーどもの訓練風景を液晶に映し出して眺めていた。
植物操作で造った人工筋肉内蔵の強化外骨格、つまりはパワードスーツを着込んだトップランカーどもの動きは、ヒトの常識に照らせばとんでもない。稼働のエネルギーは床から直接吸い取っているので、常に出力の最高値を出し続けることができる。シェルター内であればクランの連中にも引けを取らないだろう。仲間内で対人戦闘の訓練を積んでいる今、いずれは本格的にクランを上回る戦闘力を実現できる可能性はあった。
だとしても飛逆からは児戯にしか見えないわけだが。常に出力最大でぶつかり合うばかりで、まだ駆け引きの深さが足りない。戦闘時、思考速度の加速を行っている飛逆が言うのもなんだが、彼ら生来の反射神経頼りの優劣の付け方はいかにも稚拙だ。
安全性の確認の段階まで進んでいる神経加速剤を配給して、それでどうなるかは見物だったが、今のところ見るべき物はなかった。
早々軌道エレベーターに代わる案も出ない。他の作業と並行して行える案でなければならないというところがネックになっている。
さっさとミリスが目覚めて欲しいと急かしたくなるほど退屈だった。
【電子界幽霊】の能力は脳の仕組みに直接干渉するものだった。ミリスの脳はそのギャップの修正に手間取っているために目覚めないのかもしれない。そうだとすると、その修正が終わるより前に眷属化したほうが、彼女には負担にならない可能性があるわけだが、今更だ。もう飛逆は決断している。
軌道エレベーター代替案はひとまず措いて、輸送手段について考える。
列車や車は、道から作らなければならないため却下だ。クランの領土内ならばともかく、他国領土内を移動するのに結局時間が掛かるし、国を跨がなければならない場合、その国と交渉して道を作る羽目になる。それくらいだったらもう侵略を仕掛けた方が早い。
すると航空手段となるわけだが、大人数の移動ともなるとジャンボジェット機を複数用意しなければならないわけで、それはどんな無茶ぶりなのか。形だけなら飛行機を作ることは難しくないし、原結晶を積めば燃料の問題はクリアできても、管制システムもない航空など正気の沙汰ではない。この世界は杜撰な測量地図しかないのだ。計算が狂えば空中遭難待ったなしだ。しかも離着陸地点を整備しなければならないわけで、これは車や列車と同じ問題が発生する。そもそもやっぱり、形だけを真似たジャンボジェット機など飛ばすのは、流体操作を用いても恐ろしすぎる。どんな問題が発生するかわかったものではない。飛逆だけが乗るのであればともかく、輸送されるのは普通の人々なのだ。
するとヘリコプターが有望になるが、これも開発にどれだけ時間がかかることやら。問題点が何かわからないというレベルでさっぱりである。
「空間転移ができればなぁ……」
思わず溜息と一緒に無い物ねだりが零れた。テレポートは本気でチートだ。ぶっちゃけこれがあれば軌道エレベーターとか要らないし、今引っかかっている問題の粗方が片付けられる。
「って、できるじゃん」
【全型魔生物】は、塔の中に転移できる。そのことを思い出した。軌道エレベーター代替案にはならないが。
現地までは飛逆がそれこそ空を飛んで向かう。飛逆だけならばかなり無茶な設計の航空機でも行ける。推進力は炎で加速すればマッハは出せる。というか既存の種ミサイルをちょっと改造するだけで行ける。
なぜ思い付かなかったのか不思議でならないほど明快な方法だった。
けれど何かが引っかかる。
「――月光の射程距離にはぁ……、限界があるんですよぉ」
「起きたか」
振り向けば、仮眠室からミリスが顔を出していた――なぜか床に顎を着けて這うようにしている。ついでに言うと、マッパだ。服を用意して置いたのにそれを着ていない。
「いえ~……大分前から~眼は覚めてたんですけど~……動けませんでした~……」
飛逆の聴覚でなければ聴き取れないほどの声量である。
「動けないって」
「ワタシの虚弱っぷりを~……舐めないでぇください~……ていうかタスケテ……」
ぱたりと、ドアの縁を掴んでいた手が床に落ちる。
「マジか……」
化生の力がなければ立って歩くこともできないほどの虚弱体質だとでも言うのだろうか。
反応がないところを見ると、本気らしい。いや、「重力、ひどい……息、苦しぃよぉ……」とかなんとかブツブツ言っている。空気の重さに対して恨み節を呟き始め、やがて喉が枯れたらしくて、ついにはヒュー、ヒューと喉を鳴らすだけになる。
戦慄する飛逆である。
舐めていた。コイツ、『素の自分には生活能力は皆無』とか言っていたのは、誇張でもなんでもなくそのものだったのだ。いや、誇張はしている。生活能力どころか生存能力がほぼ皆無と言えよう。
こんな脆弱な人間が――生き物が存在するという事実に、割と脳筋な環境で育った飛逆は戦慄したのだ。
いつまでも硬直していられない。
おっかなびっくりに、得体の知れない存在であるところのミリスらしき物体(美少女)に近寄って、それこそ壊れ物を扱うように丁寧に抱き上げて、ベッドに戻す。
周囲の壁から枝を伸ばして土に含まれている水分を集めて濾過したそれを、ミリスの口元に垂らしてあげた。口に直接含ませると窒息しかねないと思ったので、一滴ずつだ。
湿らせる程度の水量だったが、ミリスはそれで満足らしく、頬を緩める。
「本気で疑問なんだが、そこまでどうやって生きてきたんだ?」
「」
口をパクパクとさせて、何か言おうとしたらしい。
最早彼女とは別の意味で言葉もない飛逆は、『運動能力強化』の【能力結晶】を適量顕現させて、ミリスにインジェクトする。
「ん、んん~……いやですね~、ヒサカさん~。いくらなんでもここまで酷くは~、なかったんですよ~。これは~、きっと~、落差が激しすぎるせいです~」
「ヒューリァなんて解かれてから一刻くらいで剣鬼と戦闘してたんだが」
飛逆も気絶していたので具体的にどれだけの時間が経っていたかは不明なのだが、少なくとも二時間を跨いではいなかった。
「あ、ははは~……。いえまあ~、ここまで酷くなかったのは~、ホントウですよぉ。まぁ、自分の口で喋るのはぁ……どれくらいぶりなのかもぉ、わかりませんが~。ちょっと本気で発声の仕方忘れてて~……焦りました~……」
強化してようやく持ち上げられる腕を自分の顔に翳して、ミリスは自嘲のような呟きを零した。その腕には縦に横に、消えない疵痕が走っている。
「あれほど解きたかった呪いですけど~……ワタシが『彼女』に依存していたんですね~……自重を忘れることができる~……って、すごいことです~」
「……ヴァティが言うのが正しかったなら、望まない者に怪物は取り憑かない」
自身の存在を繋ぎ止めるために取り憑くのだから、自身を拒絶する――否定する者には取り憑かない。
「自縄自縛とか~……ワタシらしすぎるなぁ、とは思ってましたが~……突きつけられると情けなさ過ぎて泣けてきますねぇ……」
「落ち込んでいるところ悪いが、どうする? これから」
「選択肢なんてあってないようなものじゃないですか~……」
ここまで脆弱だと、確かに他に道はない。彼女にしてみれば依存対象を【電子界幽霊】から飛逆に代えるだけのことだ。考えるまでもないことだろう。
だとしても、なんらかの意地を見せて欲しいと思ってしまう飛逆は、残酷なのだろうか。
心なし残念に思いながら、第三の眼となる種を取り出した。
「これをお前の額に埋め込んで視床下部の神経と細胞まで浸食させる。おそらく最適化の過程で全身の神経まで根が取って代わることになるだろうな。【神旭】が扱えないお前にはクランの連中に倣ったやり方しかできない。本当にそれでいいか?」
自分の額を隠す髪をどけて、封印していた第三の眼を開きながら、最終確認する。
「ぅ、わぁ……」
割とドン引きしていた。
まあ仕方がない。
筋肉の通っていないところなので、髪を皮下に通して擬似的に筋肉の役割を持たせているため、薄黒い奇妙な模様が飛逆の額には浮かんでいる。
「それ~、見えてるんですか~?」
「ああ、これ自体が視覚を持ってるのはもちろん、全方位視覚が統合されて見えてる。俯瞰的視点って感じだな。眼を向けなくても焦点が合うし、なぜかその裏側とか内側まで見えるって、なんか妙な感じだが」
なんというか、光を受信しているというより、物の構造自体が見えているという感じだ。構造というより、物の持つ情報を知覚して映像として再構成されているとでも言うか。とても言語化しづらい。意識して焦点を合わせれば非常に細かい情報構成要素が流れ込んでくる。
けれどそれはミリスが長年見てきた世界だ。彼女にだけはこれで伝わる。
「ははぁ……髪を接触させなくてもそこまで見えるんですか~……明らかにバージョンアップされてますねぇ」
「ここが俺の眷属でできてるからかもしれないけどな。言ってみれば全部が俺の端末だ」
空気まで、そうした情報素として見えるのは、それですべての説明は出来ないが。というかこの光の膜と層はなんなのか。
「時に、ヒサカさんは~、前髪パッツンの娘ってどう思います~?」
「……お前って」
何を言っているのかわからないのではなく、わかったからこそ飛逆は呆れた。
この期に及んでも、彼女は諦めていないらしい。
諦めが悪いこと自体はどちらかというと好ましい性格だが、往生際を弁えないのはあまり好ましくない。
「……何考えてるかは~……わかります~。ですが~……。これは確証もないし根拠も弱いので言うかどうか迷ったんですが~……言いますね~」
奇妙な前振りをして、視線を飛逆から外して天井を眺めながらミリスは言う。
「ヒサカさん以外の~、【全型】が~、ヒサカさんに喰われても生きているって~、変じゃないですか~?」
もったいぶった言い方に、飛逆は首を傾げて考える。
「どこが?」
「人狼の例があるから~、ワタシも確かだとは言いません~。でも~、適合係数の高いワタシたちが~、ヒサカさんの生け贄となっても~、生きているって不思議だな~って思ってたんですよ~」
「よくわからん。【吸血】は優先的に怪物を喰らうって法則は、サンプルが他にないからな。そうなっているって言われたらそうなんだろうって思うしかない。現実に、月光を遮った状態でお前を【吸血】しても、怪物だけを剥がせた」
「そういうことではなく~……。ヴァティについて~、月の何者かは~、失敗したって思ったはずだっていうのは~、前に言いましたよね~」
「ああ……ヴァティで失敗したから、俺が喚びだされたって仮説な」
月光によって自分たちの意志決定になんらかの干渉があったということはほぼ確定的だと思っているが、その他はまだ疑問だ。その目的が不透明すぎるためだ。だからこそ気持ちが悪いのだが。
「失敗した理由が~、彼女に仲間がいなかったから~って考えたんじゃないかと~、ふと思い付いたんです~」
「……」
ようやくミリスの言いたいことが見えた。
「だが、ヴァティは自分の眷属の集まった組織なんてものを作ってたが」
「自分の分身をいくら集めたって~……満たされません~……。それはワタシでもわかります~。ヴァティは結局~、自分自身を分身たちから異化するために~、死にたかったんですから~。自分を異化することで~、分身たちを~、分身じゃなくしてしまいたかった~……そういうことなんですよね~、きっと~」
オリジナルの自分が死ねば、分身がオリジナルとなる。
そんな本末転倒もいいところの無茶なやり方を、自然と実行してしまうのが怪物という存在だった。
「だから、対等になりえる……適合係数が高い者を俺の仲間として宛がうために、お前らが選ばれたって言いたいのか」
飛逆に依存しつつも、独自に化生を発達させうる適合者。それがヒューリァであり、モモコであり、ミリスであると。
「もっと直接的な話です~……それがヒサカさんの望みだったから」
「……」
「ワタシたちがヒサカさんのための生け贄だとしたら~……ヒサカさんが予め勝者となることが決まっているのなら~……ワタシたちはヒサカさんに【能力】を受け渡すだけでなく~、ワタシたちの存在自体が~、賞品だとしたら~……」
「……」
「ごめんなさい。本当は~、……聞いていたんです。ヒサカさんは、自分と交わっても壊れない異性を欲していたって、あの時」
しっかりと自分を見据えながらミリスが言うその可能性を、考えなかったかと言えば嘘になる。考えたくないほど嫌な可能性だからこそ、飛逆は月光の大本を殺してしまおうと決めたのだから。
ミリスが、ヒューリァには話した飛逆の過去を聞いていたというのは、やや意外だったが、考えてみればそれも意外ではないことで。
「だからって……お前がそう思ったならむしろどうして……俺を好きだなんて言い続けるんだ」
「自分の『好き』の出所なんて、どうだっていいことだっていうのが~、一つです」
悲しそうに顔を歪めながら、そんなことを言う。
「でも、何より、ワタシは多くの時間、繭を纏っていました~……月光を、遮っていたんですよぉ?」
どこか得意げに――虚勢を張って。
「……」
「ワタシは自分の『好き』を疑わないし、疑う理由もないんです。ワタシはヒサカさんが好きです。二回ふられたくらいで~……諦めません」
むしろ繊細なアンテナである彼女の髪で編まれた繭で月光を遮ったところで無意味ではないか。
そうは思った。
けれどだからこそ彼女は『出所なんてどうだっていい』のだと言ったのだ。
どこまでも巧妙で、その癖して必ずどこかが抜けている。実に彼女らしいまっすぐに歪んだ告白だった。
不覚にも、そんな彼女が可愛いと思ってしまった。
「順番はへんてこですけど~……ヒサカさんの『家族』にしてください。それはワタシの二番目の望みです」
「わかった……が、一つ言わせてくれ」
「はい~?」
飛逆ではないので、ミリスには麻酔が必要だ。彼女の額を撫でて触診しつつ、飛逆は笑いかける。
「俺はとっくにお前のこと、『家族』だと思ってたよ」
施術するための麻酔を投薬する直前に、意地悪くも飛逆は彼女の間抜けを指摘した。
ミリスは唖然としたような顔のまま意識を手放した。




