表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
101/124

95. 決定する――あるいはそれは神のように

 大神樹と飛逆たちが呼んでいる、果たしてその全高がいかほどであるのか推測することも難しい、ヴァティの遺した最も巨大な眷属(こども)だが、これについては少々疑問がある。


 なぜそんな巨大にしたのか。水蒸気で遠目からは隠れるとはいっても、光の角度によってはその影が映し出されるし、わざわざ発見されやすくしたことの意味がわからなかった。


 色々と利点は考えられる。


 例えば、地下の拠点を大きく迂回して、塔からの脱出ポイントの向こう側に移動することで飛逆たちの眼をかいくぐることができていたということが一つ。


 ただ、それならばどうして最初から拠点を移動させていなかったのか。

 モモコがヴァティの息抜きを発見することができたのは、拠点をあの大神樹の近辺の地下に構えていたからだ。従って、初めからその意図があったわけではない。


 では戦力のためかといえば、それも違う。


 確かに大神樹が投じる種ミサイルは遠方に種を届けることもできるし、かなり強力だった。


 しかしながら、エネルギーリソースを食い過ぎる。

 ヴァティのそれを引き継いだ形になってからわかったのだが、あの大神樹は存在するだけで、根で繋がっている他の神樹の生産エネルギーの大半を食い尽くしかねないほど大食らいだ。火山が吹き上げる水蒸気の圧力と地下熱エネルギーを利用することで自己生産にブーストをかけていて、それでようやく他の神樹が飛逆に攻撃できるまでに余裕ができていた。

 その高さまで伸ばすのに、大量に溜め込まれていた原結晶をすべて注ぎ込んでまでやる意味がない。せいぜいその高さの半分で充分だし、そちらのほうが戦闘へのエネルギーを回せる分だけ強力にできただろう。そんな計算ができないほど、ヴァティはバカではない。


 つまりなんらかの意図があったのだ。飛逆たちへの対抗手段という以外の目的が、あった。


 ヴァティが月から監視を受けていたということを鑑みれば、その目的は聞くまでもなく察することが出来る。


〈ですが~……浅はかですよね~……〉


 飛逆のみならず、ミリスまで溜息を吐く。


「なんだと?」


 ウリオが噛み付く。

 体制の整備が落ち着いたために、この際だからヴァティの知っていること、やろうとしていたことなどを洗いざらいウリオから聞き出そうと言うことで、この会議が開かれた。


〈この世界が惑星かどうかとか~、その大きさは~とか~、月自体の大きさと重量は~ってことがわからないので確かなことは言えませんが~、私の知るこの重力加速度の惑星の衛星までの距離って~、ここら辺で一番高い山の十万倍以上ですよ~。仮に静止軌道上にあるとしても一万倍以上~……。大気圏外に出るだけでも百倍近くなるんです~。仮に伸ばせるだけ伸ばして~、重力の影響が小さくなったところから種ミサイルなりなんなりで飛んでいくとしても~、届くまでに何日かかるかわかったもんじゃありません~〉


 ヴァティにしても、本気で月に届くと思っていたかどうかはわからない。ただ、伸ばせるだけ伸ばせるという環境が整ったために試しにやったというところだろう。


「ヴァティ様は確かめるためにやってみたと仰っておられた。遺憾ながら、私には貴女の言うことがまるで理解できないのだが」


〈【全型】が召喚されれば姿を隠す塔なんてものがあるわけで~、実はあれは月、というか衛星ではない可能性を確かめた~ってことですかね~。それなら納得です~〉


 この会議に出席しているのは、もちろん飛逆、ウリオ、ミリス、ヒューリァもいる。

 そして一応モモコも出てもらったが、彼女は聞いているのかどうかもわからないほどぼぅっとしている。

 いよいよ大詰めというところのため、無理矢理引っ張ってきたのだが、最早彼女は色々なものを諦めている。


 気持ちはわからないでもない。

 せっかく社会らしきものができあがりつつあるのに、そこの構成員は押し並べて怪物なのだ。正確なことを言えば、大部分の構成員は眷属だが、ヴァティが言っていたように彼らはすでに人としての意識が薄れている。

 彼女が殺させないようにと願った地上の連中でさえも眷属であり、彼らは人としての意識どころか生命としての意識が存在しないという有様だ。

 どこからこうなってしまったのだろう、と。答えがあるはずもないのにきっとモモコはそれを探していた。何を間違えたのだろうか、と。


〈ヒサカさ~ん〉

「……なんだ?」


 ぼぅっとしていたのは飛逆も同じだった。

 呼びかけられて、モモコから視線を外す。


〈いえ、ですから~……。っていうかなんか~、ぼーっとしてる率高くないですか~?〉


 モモコは元より、飛逆も、そしてヒューリァもまた、気がそぞろの様子だとミリスは指摘した。

 その指摘を受けても、ヒューリァは頬杖を突いて、聞いているのかいないのか判然としない様子だ。


「……疲れてるんだよ」


 それは事実だ。嘘ではない。仕事量で言えば飛逆に匹敵するミリスが元気溌剌なのがおかしいのだというくらいに、ここ最近は激務尽くしだった。

 けれどそれはヒューリァがこんな様子であることの理由にはならない。こんな――飛逆だけを見ているというわけでもなく、どこか遠くに視線を遣って、そもそも飛逆とほんの少しだけ距離を空けるというような様子の説明には、ならない。


 ミリスは殊更あげつらうでもなく、溜息のような気配をその繭から発する。


〈仕切り直しにしますか~?〉


「どうするかな。……確かに、こんな状態では、決められないよな」


 何を決めるのか。

 それはつまり、飛逆を勝者として今回の被召喚者たちのサバイバルゲームを終わらせるか否かということだ。


 解呪法は確立した。


 【能力結晶】を構成する要素のほとんどはヴァティの『植物操作』、というか寄生能力の応用だった。【能力結晶】自体がヴァティの【能力】の一つだったと言える。単純に、怪物の死体に改造した植物を寄生させ、その樹に成る果実から作ったジュースが、ルナコードと呼ばれるそれ。コロイドレベルの粒子状の種がその中には入っており、その種が原結晶に寄生し、その原結晶をエネルギーに増殖する。一定時間が経過するとコロイド種が結晶化して沈殿し、それが【能力結晶】となる。オリハルコンと似たような構造を持つそれは、原結晶の抜け殻に寄生した種だ。その種がヒトに寄生することで、その種がヒトの【魂】の恒常性によって消化されるまで一時的に怪物の【能力】を発現させる。


 どうやら【魂】の恒常性とは必ずしも精気によるものではないらしく、効果継続時間は対象にどれだけの精気が保有されているかは関係しない。


 重要なのは、ヒトの【魂】の免疫機構を一時的に騙す、寄生能力であり、その部分はヴァティの【能力】を行使できるようになった飛逆が、混合した赤毛狼コンパイラから引っ張ってくることで獲得した。


 このコードを【神旭】に読み込ませて、その上で原結晶のエネルギーを対象に注入し、よりよい【形】に怪物部分を誘導すれば、解呪は成功する。


 完全に怪物に浸食された眷属での実験では、ヒトの意思を呼び戻すことこそできなかったものの、完全に産まれたままのヒトとして戻すことができた。


 ヒトとしての意識が残ったままの、例えばミリスやモモコであれば、この手段で解呪は成されるだろう。


 その前に意思を持った赤毛狼寄生の眷属を作って安全性の確認をするつもりだが、理論的にはもう完成していると言って過言ではない。


 ミリスが元気溌剌なのは、その時が迫っているからだ。浮かれているのである。


 それに水を差すように、仲間内が皆やる気がないのだから、消沈もするだろう。


「今解呪することで、今回の勝者は決定する……。そうすれば、俺はヴァティと同じ立場になる。……わかっちゃいたけど、嫌なもんだな……」


 飛逆しかいない。それは誰も異論を挟まない。勝者となることなど、ミリスもモモコも望んでいない。


 飛逆も望んでいないが、消去法で飛逆しかいない。

 従って、悩むべきはそこではない。どうあっても飛逆が勝者となるのだから、そこは議題ではない。


 問題は、それを今実行しても構わないかどうかということだ。


 元々ヴァティを捕らえようというのはそれが目的の一つだった。


 なぜ自分たちは召喚されたのか。

 勝者が決定することで何が起こるのか。


 それらが判然としない内は、決められなかった。


 前者に関しては、ヴァティも知らなかった。なぜは不明のままだ。


 しかし勝者が決定することで何が起こるのかは、判明した。

 月の光によって指令を発せられる。その時にチュートリアルのように、この塔を巡る怪物たちのサバイバルゲームについてのルールが頭に叩き込まれるのだという。


「チュートリアルが勝った後っていうのがえぐいよな……」


 反芻したことでますます気分が下がる。


〈いえ~、というか~、これを聞いたことではっきりしました~。このサバイバルゲームって~、勝者が予め決定しているんですよ~。戦い自体が~、勝者のためのチュートリアルなんです~〉


 とんでもないことをミリスが言い出した。


〈だって~、ヴァティが言うには『殺し合うように仕組まれている』んでしたよね~? それにしては~、ワタシたちって~、それなりに紆余曲折ありましたけど~、言うほど強制力がありませんでしたよね~。そして~、この月の光による指令っていうのが~、ワタシたちが引き合わされる宿命の仕組みだと考えられるんですが~、ならもっと色々できたはずなんですよ~。それがなかった~。それって~、結局ワタシたちが月から指令を出している何者かの『予定』を逸脱していなかったからなんじゃないですか~?〉


 恐るべき事に、否定できる根拠がなかった。逆に、肯定する根拠はある。『現在』の状況がまさにそれだ。だが結果論に過ぎないとも言える。


〈ヒサカさんもヴァティも~、二人ともワタシたちに比べて~、原結晶を有効に活用できすぎるんです~。このことは前々から疑問だったんですよ~。ワタシが非力すぎるっていうのがその疑問の端緒だったんですけどね~。ヴァティまで他の怪物の【能力】を結果的に『奪う』ことができる【能力】だったっていうことで~、ほぼ確信しました~。ワタシたちヒサカさん以外の怪物は~、ヒサカさんのレベルアップのために召喚された生け贄なんです~。

 ヴァティは眷属の内側に引きこもって月からの指令を拒絶していたわけで~、邪魔に思った月の何者かが~、ヴァティを排除して~、ヒサカさんに入れ替えるためにワタシたちを召喚した~っていうのが~、今回の『チュートリアル』の実態なんじゃないでしょうか~〉


「じゃあ、何か? 俺はまんまとその正体不明の神気取りに踊らされて、思い通りの結果を出したってことか?」


〈ワタシにはそうとしか考えられません~〉


 咄嗟に否定材料を探すが、むしろアラを探せば探すほど、辻褄が合うことばかりが見つかっていく。


 例えば煙狼はなぜ復活させられたのか。そしてなぜ飛逆に固執したのか。

 それらの説明までできてしまう。


 あるいは、なぜ最初はいずれ喰らうつもりだったのに、途中からモモコやミリスを喰らう気を完全に無くしていたのか。

 それは原結晶を【吸血】し、その精気を共有する【紅く古きもの】が常に暴走状態となり、それを抑えるために【吸血】を常に起動状態だったために、ついでに月からの指令までも抑えていたためではないか。当時の飛逆の【吸血】は言ってみれば自分を喰らっていたようなものだ。月の光によるそれはおそらく寄生系統に属する【能力】であり、それを【吸血】は喰らう。結果的に無効化することになる。正確には、影響を受ける端から喰らっていた。


 トドメに、ヴァティを【吸血】しても暴走しなかったのは?

 【吸血】の暴走が月の光の仕業だったから。ヴァティの眷属の内側で行われたそれは、月光の影響下になかったから。


 辻褄は、合う。その目的の不透明さはともかく、起こった事象の筋は通ってしまう。


 けれど到底、受け容れられない仮説だった。


 これが真相としたら、あまりにもバカバカしすぎる。乗せられた自分が、何よりも。


 どこからどこまでが自分の意思なのか。あるいはヒューリァやミリス、モモコの意思はどこからどこまでが?


 信じられないことがどうしようもなく気持ちが悪い。


 だが、『月からの指令』が存在することは、確実であり、その影響を全く受けていないということは、ありえない。


〈まぁ~、ワタシにとってはあまり重要じゃありませんけどね~。ヒサカさんに喰われても~、晴れて元の姿に戻れるわけで~、キセージジツ成立で責任取ってもらえれば何も言うことはありません~〉


 ミリスはそれが言いたかったとばかりのドヤ顔雰囲気を醸しながら言うが、飛逆がその自己同一性を見失いかねないまでに衝撃を受けていることに気付いていない。


 そしてそんなミリスの発言に、いつもなら何らかの剣呑なリアクションをするはずのヒューリァが、沈黙を保っている。


 けれど、それは現在月の光を遮っているからではない――と信じたい。


 ――『何があったか話してくれ』


 と飛逆は【紅く古きもの】への憎悪を発露する彼女に言った。

 その答えは、『言いたくない』だった。


 拒絶されるとは思っていなかった。

 飛逆は聞きたくないとは思っていたが、彼女は飛逆に聞かせたいと思っていると信じていた。

 あるいはそれは、飛逆が彼女にしてもらったことを、いつか返さなければならないと思っていたからだろう。


 彼女に、ほどいてもらったから、自分も彼女に絡まったそれをほどかなければならないと、そう信じていたのだ。


 聞きたくなかったのは、それが自分にできる自信がなかったから。なんでもないことのように切り捨ててしまって良いことではないことだけはわかっていたけれど、なんでもないことだと思わない自信がなかった。


 飛逆はヒトの機微に疎いのだ。理屈を当てはめることは、割と得意なつもりだったが。


 どこに齟齬があるのだろう。

 それがどうしてもわからない。


 問いかけには拒絶されたが、そんな飛逆をヒューリァは拒絶したわけではない。その証拠に、ただぼんやりしているだけで、刺々しいわけではなかった。


 触れることは拒絶しないし、大抵は悲しげだけれど、笑うことも、飛逆に笑いかけることもある。


 ただ、何か思いに沈んでいることが多くなった。

 聞こえていないだけなのだろうと飛逆は思う。何かの深い葛藤が彼女を沈めているのだろう。結論が出るまで、そっとしておこうと決めていた。


 ただ、今だけは以前の彼女と違う様子を見せないでほしいと、切に思った。


「――殺そう」


 だから決定した。


「殺すぞ。高見の見物決め込んでる月の誰か――ナニか」


 表面的には極めて冷静に、冷徹に、飛逆はそれを決意した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ