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9. ちょっとだけよ?


「トーリが男の子だからにゃ」

 それはモモコがどうしてトーリを信用することにしたのかということの答えらしかった。


 モモコは小難しいことを考えないことにしている、と自ら明かす。


 だからただ直感に従ってトーリの『友達』になることにしたのだと。強いて言うならば、トーリが格好よくて、可愛いと感じたから。それが決め手であり、すべてだと。


 それは『落ち着ける場所』に着いてからモモコが語ってくれた内容だ。


 この【蜃気楼の塔】は異様に広く、そして高い。【能力結晶】の原料(原結晶)の採集者たちがどれだけクリーチャーたちを圧倒できるほどの強者であったとしても、補給も休憩もなしでいられるわけもない。そのため、『攻略済みの階層』にはいくつか後付けの拠点施設がある。それは街の建材に比べても非常に頑丈な、不思議な材質で作られたシェルターだった。


 一般的にクリーチャーの知能は低く、このシェルターの出入り口の扉を開けることはできない。けれどもちろんどんなことにも例外はあり、長期間使われていないシェルターはそのままクリーチャーの巣となってしまう場合もあるらしく、どうやら今回はそれだった。


 トーリによって道中にその説明を受けていた飛逆たちが見つけたのは、ドアと壁の僅かな隙間をこじ広げたような、人一人くらい余裕で通れる穴が空いたシェルターだった。


 正直、他のシェルターを探しに行きたいくらい不吉な予感を覚えたものだが、眠りを忘れてしまった飛逆はともかく、ヒューリァやトーリの疲労が著しく、他を探している余裕がなかった。道中、何匹かのクリーチャーに出くわしていたが、それは元気いっぱいのモモコが殲滅してくれていたので、今回も任せることにしたのだった。


 だが、モモコにとって想定外だったのはそのシェルターを巣にしていたクリーチャーの数と、小ささだった。


 小型犬ほどの大きさのネズミだった。細部は色々と飛逆の持つ生物学的常識に照らして狂っていたが、ぱっと見た感じはそんなクリーチャーが二十を超える数で以って一斉に飛び出してきたのだ。


 さすがのモモコの素早さでもそれらすべてに対処することなどできず、何匹も抜かしてしまい、それをヒューリァの【焔珠】と飛逆の短剣で迎え討つことと相成った。


 そしてその対処に追われている隙を衝いてか、最後に二足で立てば人を越えるだろう体長のネズミが飛び出してきて、そいつは端からモモコを無視してトーリを狙った。


 試してみたいことがあった飛逆は、ヒューリァがトーリを護ることが億劫そうなことも鑑みた上で小型を任せ、その大型の対処に回った。


 まずトーリへと向かう大型に短剣を投擲し、勢いを殺いだ上でこちらに注意を向けさせる。短剣は余裕で彼の毛皮で弾かれたが、それは織り込み済みだ。独特の歩法を体得している飛逆は投擲する動作での遅滞なく突っ込み、飛逆への攻撃を優先したらしい大型が上体を持ち上げてその齧歯を振り落としてくる懐に入り込んで、その顎を垂直に振り上げた足で蹴り上げる。


 竜人やら剣鬼やらとそれを発揮しようのない連中を相手にしていたから目立たなかったが、これで飛逆はコンクリートの壁くらいだったら無手で、しかも余裕で撃ち抜けるくらいの攻撃力を持っている。

 それは飛逆が吸血種であることと無関係ではないが、直接の理由ではなく、自身を壊さないために人体に備わっている安全装置を無視できるからだ。

 本来なら二割から三割ほどしか出せない筋力を十全に使い切ることでその攻撃力は実現される。もちろん飛逆の体はその負荷に耐えうるほど頑強ではなく、壊れるが、飛逆の場合【吸血】をするまで保てばいいのだ。それに、その負荷も体の運用技術によっていくらか軽減できる。その度重なる負荷により身体の耐久性も増しており、結果として飛逆は常人の及びも付かない攻撃力を発揮しうるというわけだ。


 だから重量にして成人男性の二倍強だと思しき巨体が浮くほどの威力が出せる。


 だが垂直に浮き上がった大型は、それで攻撃を忘れたり諦めたりするような『まっとうな生き物』ではなく、その両の上肢(うで)で飛逆を抱き締めようとしてきた。


 人のそれと体長に対する長さの比が違う腕は、抱き締めるというよりも『二方向から爪で首を挟み込む』ような軌道を描いたが、飛逆は蹴り上げの反作用と重力を合わせて身を沈め、それを避ける――のみならず、振り上げた足が接地するや否や拳をその胴に撃ち込んだ。


 それはもちろん、岩塊をも砕く一撃だ。踏み込みに使った足は床に亀裂を走らせる。


 この時点で飛逆の体は数ヶ所の骨に無数の罅が入り、何割かの筋が伸びてしまっている。


 しかも大型は、これでも絶命していない。彼の見えない内部の損傷は相当なものだが、何故か飛逆の拳が撃ち込まれても吹き飛んでいない――何故かも何も、飛逆がそのように衝撃の方向(ベクトル)を調整したからなのだが。彼は飛逆の拳によって宙に支えられている形だ。


 絶命していないのも、飛逆の想定内だ。そもそも飛逆は、この大型を【吸血】できないかと思い、それを試そうとしていたのだ。


 そして、飛逆の試みは図に当たった。


 撃ち込んだ拳から【吸血】が始まり、大型は大気を震わす断末魔を上げ、跡形もなく飛逆に吸収された。


 ――内部自己診断……損傷は、寛解。精神への圧迫も特に見当たらない。それどころか、本当に心なしかではあるが、紅い鱗の表面積が減っていた。


(……やっぱりな)

 図に当たったというのに、飛逆は憂鬱げに溜息を吐いた。


 これらの判明した材料は、様々な示唆をもたらす。それは、気が重くなるようなことも含まれていて、知らずそれが態度に出るほどだった。


 シェルターに這入り、やはりまっとうな生き物ではなかった彼らが汚したわけでもない空間に安心して、空いていた穴に適当な資材を詰め込んでバリケードにしてから、多少荒らされていた吊り型の寝床を直すと、ついにトーリとヒューリァは限界とばかりに眠り落ちた。


 飛逆とモモコは簡易暖炉に燃料を入れて火を点し、それをお互い眺めていたところで、不意にモモコが告げた言葉が「トーリがカッコカワイイ」だった。


「なんで今頃?」


 飛逆が訊いたのは。どうしてトーリが眠っている今になってその話に答えたのか、ということだ。


「ウチは割とお喋りっていうか、喋りたがりなんだけどにゃ? ヒサカと口利いたら炎の(ヒユーリァ)が荒れそうだったからにゃぁ。それに下手にトーリのこと褒めたりしたら、逆効果になったりしてたんじゃにゃいかにゃぁ?」


 存在感を消していたのはそういう理由もあったらしい。ヒューリァの殺意とも怨念とも付かない雰囲気を読んでいたということだ。


 実際、ヒューリァは疲労のためもあっただろうが、あまり喋らなかった。それは密かにモモコを睨んでいたからだったのだろう。


「……ずいぶんと『ヒトっぽい』気の回し方をするんだな」


「ヒサカもにゃ? そんだけ怪物じみてて頭が回りすぎにゃ。回しすぎっていうか……辛くにゃいのかにゃ?」


 そんな『怪物性』を見せた覚えはないのだが……戦闘大型ネズミを相手にするところでそう感じさせてしまったのかも知れない。【吸血】以外はヒトの範疇を超えないのだが、と苦笑しながらも、モモコが飛逆を同類だからと何気なさを装いつつも『思い切って』訊いてきたのだろうことを鑑みて、真面目に答えることにした。


「……兄上の教えでな、『自分を定義するな』ってさ。いや、違った。『ヒトを定義するな』だったか。何者だからどうあるべきだという考えは、バカバカしいだけじゃなく、明確に害悪だとか、なんとか。だから自分が『どちら』だとしても、『だからどうあるべき』だと縛るのだけはやめろって、そう教わった」


「面白いアニさんだにゃぁ……というか、ウチ何気にディスられてるにゃ?」


「別に兄上は『自分がどうあるべきかを考えるな』とは言ってないんだよ。決めつけて縛り付けるなってことでな。

 自己認識は、その自分が変わっていくことを正しく受け入れるためにも必要だ。モモコがあんまり難しいことを考えないようにしているってのは、それはそれで正しいんだろうさ。俺の有様を見て自分の有様を見直すべきか、なんて悩む必要はないし、同時に、うっかり『小難しいことを考えている』自分を省みて過去の自分に後ろめたくなることでもない」


「……ヒサカは性格マナーなってないにゃぁ……そんなズケズケ踏み込んじゃモテないにゃ」


 それは紛れもなく『怪物としての自覚』を持つ者同士だから成立する会話だった。だからこそモモコは誤魔化すために茶化す言葉を吐き、飛逆もそれに合わせた。


「生憎、兄上は女の子の扱いについては教えてくれなかったんでな」


「にゃら、さりげなくウチを『女の子』扱いしてくれる手管は誰に習ったにゃ?」


 モモコの耳がピコピコと動くのは、喜んでいるからなのだろうか。


「誰にも」揶揄だと受け取った飛逆は素っ気なく返して「それよりモモコは眠らなくてもいいのか?」


 時間の経過の目印がないので困りものだが、体感ではもう夜明けが近い。


「ウチは夜行性にゃから……」


 夜行性と手隙の時間に眠らないことに関係はないが、飛逆は突っ込まない。


「ヒサカこそいいのにゃ?」


 そういえば彼女は飛逆がインソムニアになっているのだと知らないのだった。


「ああ、俺は眠れないみたいだからな。不寝番は俺だけでいいから、休みたくなったら勝手にしてくれていいぞ」


「……眠れないってのはともかく……にゃんか気になる言い方だにゃ?」


「まあ追々話すさ。それより、飯をどうにかしないとな」


 奪ってきた糧食は街に着く前に消費してしまっている。あのネズミどもは人間の食料には興味がないらしく、シェルターの備蓄は残っていたが、保存食にしてもいつのものかわからず、口に入れていい物か判然としない。余裕がないときだからこそ体調に影響が出ないように工夫する必要がある。消化不全などを起こしたら逆に体力が目減りするのだから。先ほどから、備蓄されていた水も、濾過器具が付いていたが念のため、暖炉で沸かしては冷ますという作業を行っている。


「そだにゃぁ。ウチはともかくトーリとかは無理にゃし」


「クリーチャーが食えればな」


「食えるんじゃにゃい? 結晶の他に肉っぽいのは残ってるけどにゃ?」


「……そうなんだよな……実に目を反らしたい事実だったんだが」


 仕留めたネズミどもは、飛逆が【吸血】したのを除いて、何故かそんなものを残していた。具体的には岩塩のような原結晶と、そして元々の大きさの四分の一くらいの肉塊だった。それはきれいなサイコロステーキ用に切り分けられたような立方体だったが。ちなみに動物型のクリーチャーはほぼ例外なくそんな感じで、それ以外の場合は木とか石とか鉄だった。菜型とかがいたらブロック野菜とか果肉とかが残るのだろうか。


「でもあれがまっとうな『肉』じゃないのは、俺が【吸血】したら跡形もなく消えたことから明らかなんだよなぁ……まあ、食うしかないんだろうけど、このまま行くなら」


 ついでに言えば、仮にまっとうな『肉』であったとして、まずネズミの肉をヒューリァは食うだろうかという問題がある。ちなみに飛逆はネズミだろうとなんだろうと毒がないなら何も問題なくいただく。


「……【吸血】って何か、訊いていいかにゃ?」


「さあ、俺も正体っていうか、細かい理屈は知らない。俺の『血族』に代々伝わる異能ってことだけだ。ただ……【能力結晶】の仕組みにかなり近いってことは、あの大型化けネズミが跡形もなくなったことでわかったけどな」


「うにゃ……『消し去る』力ってわけじゃにゃかったのにゃ?」


「ああ、そう見えてたのか?」


「じゃなければ目に見えないくらいまで小さく握り潰したのかと思ってたにゃ。ヒト型にしては力強かったし、接触域に限定された空間支配みたいなのかにゃーって」


 それで飛逆がいかにも怪物じみて見えていたわけだ。クリーチャー以外でなら殺してしまったとしても基本的に死体は残るので、この誤解は受けなかっただろうが。


「……ちなみに、【吸血】したら多分、モモコに憑いてる化生(ソレ)、俺に移せるぞ」


 言うべきかどうか迷ったが、結局言った。


「……」


 さしものモモコも絶句したように息を詰めて、マジマジとその猫型の目を飛逆に向ける。


「多分、ヒューリァはそれもあってモモコを警戒してるんだ」


 同じような境遇だから、ソレを解いてあげたい気持ちもあるのだろうが、それによって飛逆の負担が増えることは歓迎できず、そんなジレンマに悩まされるくらいならその原因がいっそ目の前から消えて欲しいと、そういう心理なのではないかと飛逆は推測していた。


「だから今のうちに話を付けといたほうがいいと思ってな」


 話の勢いというのが大部分を占めていたが、実際どこかでこれは話さなければならなかっただろう。


「……つまり、ヒサカじゃなくて炎の女が、そう……ソレだったということだにゃ?」


「ああ、前例付きだ。かなり高い可能性として、君は純粋な『ヒト型』に戻ることができる。ちなみに恩を押しつけようって気はない。ヒューリァは勝手に恩に着てくれてるだけで……ただ、そういう事実と可能性があるって話だ。モモコは――」


「寝る。頭使いすぎたにゃ」


 不意に話をぶった切るように、口調は平坦に言い出し、実際にその場で横になって丸くなってしまう。


「わかった。おやすみ」


 すぐに結論が出ることでもないだろう。その困惑は理解できるので、話を切られたことに気分を害することはない。


 ただ、どうせいつかは知るなら今のうちに、というのは嘘ではないが、勢いに任せて言ってしまったことを少しだけ後悔した。やはり『頭が軽いわけではない』モモコならいずれ自力で気付いたかも知れず、そうなる前にこちらから切り出しておこうという打算だったのだ。


 だからといって『いつ』に『どんな』話し方をすればよかったのかという案はなく、やはり同じ事だろうと思ったが。

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