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人狼ですか?

作者: うにゃにゃ
掲載日:2013/07/06

テスト投稿。サークルで提出して落ちた原稿です。ちょっとむず痒いファンタジーラブコメディ。

 森の中、バスケットを持って歩く少女を追いかける。

 黒い修道服を小柄な体に纏い、かすかに零れ落ちている金糸の髪のその彼女の姿は――、まさに聖女だと思う。

 彼女はシスター、南の町の教会で手伝いをしている。

 そして、俺はこの森に住む人狼――、赤くなび毛並みから皆から「ブラッド」と呼ばれている。

 この森には俺だけじゃない多くの人狼が住んでいる。

 豊な木々、豊富な木の実、綺麗な水、全てが揃っている恵みの森だ。

 森ははるか昔から俺達人狼のものだった。しかし、ある時それが変わった。

 森の前に人間達が村を作り、森を荒らし始め、森の人狼達と大きな戦争になった。

 それから数十年。人狼と人間は互いを憎みあっている。

 もちろん俺も人間は嫌いだ。

 人間なんか見たら即刻喉元を食い千切ってやりたいぐらい大嫌いだ。

 ――でも、彼女は違う。

 シスターの彼女を始めてみたのは半年前。俺が森の中で餌を獲っている時、森の中で沢山の動物と戯れていた彼女を見たの切っ掛けだ。

 最初は「大嫌いな人間だ! 食い殺してやる!」とも考えた。でも、木漏れ日の中で、小動物達と戯れる微笑む彼女を見て、俺の心は今までに無いくらい高鳴った。

 ――まあ、簡単に言うと一目惚れしてしまった。

 それからというもの、週に二・三度この森を通って隣町へお使いに行く彼女を見守るのが俺の幸せな時間だ。

 今日も森の中を歩いてく彼女は綺麗だ。

 木漏れ日に反射する金髪の髪は、キラキラと輝いていて、黒い修道服と相まって良く映える。

「おはようございます、リスさん。今日も素敵な森ね」

 木々の上で木の実を食べるリスに笑いかける彼女。

 まだ幼さが残るその表情は、いつも全てを癒す穏やかな笑みを浮かべていて、遠くから草木の向こうで見ている俺ですら溜息が漏れてしまう愛らしさだ。

 畜生、リスめ。そこ変われ。

 思わずあんな小さなリスに嫉妬してしまう。我ながら大人気ないと思う。

 でも、仕方ないじゃないか。俺は人狼、彼女は人間でしかもシスター。名前すら聞くことができない関係で、叶う恋じゃない。

 俺の姿を見たら彼女はきっと怖がるだろう。そんなの嫌だ。姿を見られて嫌われてしまうくらいなら、ひっそりと彼女を見守り続けていたい。

 ……ただ、名前だけでも、名前だけでも、聞けたらなぁ。

「おい見ろよ、人間だぜ」

「ひゃっは! しかも女だ! 大物だ!」

 その時だ、感傷に浸っていた俺の長い耳に下卑た声が飛び込んできた。

 顔を上げると、俺とは反対側の木陰に片耳が無い人狼二人が彼女を狙っていた。

 右耳が無いほうが兄のラット、もう一方の左耳が無いのがレット。この森でも有名な問題児兄弟だ。

「ラット兄ちゃん! さっさ食っちまおうぜ!」

「待てレット、見たところ馬鹿そうだし騙して連れ込んじまうぞ」

「さっすが兄ちゃん! すっげ悪い!」

 あの馬鹿兄弟、彼女を狙ってやがるな……。

 そんなのこの俺が許すわけえねえだろ。

 俺はこっそりと気配を消して反対側の茂みへと移動する。途中で、彼女はもちろん、彼女を追いかけてるラット&レットにも気付かれないように。

 奴らは茂みからそっと出てくると小道を歩く彼女にそっと声をかけた。

「ねえ、ちょっとき、」

 しかし、ラットが彼女の肩に触れる直前。俺は二人の尻尾を掴むとそのまま元の茂みへと投げ飛ばした。あまりの俺の早業に二人は叫び声を上げるよりも前に宙へ浮かび、葉っぱと枝のベッドへインしていった。

 そして、俺は彼女が振り向く前に木へと飛び移った。

「……あれ?」

 声をかけられたと思ったのに、振り向いても誰もいない状況に彼女は小首を傾げいる。

 ……危なかった、姿を見られるところだった。

 彼女が道を進みだすと同時に、俺は木から飛び降り、ラット&レットが突き刺さっている茂みへと近づいた。

「い、いってええええええ!! な、なんだいきなり!?」

「尻尾いてえよぉ、兄ちゃぁん」

「おい馬鹿兄弟、彼女に手ぇ出すんじゃねえ」

 俺の登場に二人は目を丸くして尻尾を伸ばした。

「げげっ!? ブラッド!!」

「な、なんでテメエがこんな所に……」

「そんなのテメエらが知らなくていいんだよ。いいか? 次彼女に何かしたら残ってる耳引きちぎって坊主にすんぞ」

 俺がドスをきかせて睨みつけると弟の方は縮こまって震え始める。しかし、兄のラットは納得がいかないのか、俺に対抗するように睨み返してきた。

「はぁ? テメエ何調子乗ってんだよ。村長の孫だからって俺らに命令すんじゃねえよ、お前から食っちまうぞ」

「あ?」

「そ、そうだそうだ! お前だって好き勝手してるくせにー!」

 レットが兄に便乗してきて騒々しく騒ぎ始める。

「そうかそうか、お前らそんなに坊主がいいか……」

 俺はごきりと拳を鳴らす。

 まあ、仕方ないな。俺の言うことを聞かなかったんだから、坊主くらいしねえと。

「つーか! なんで人狼であるお前が人間の娘の味方すんだよ! おかしいじゃん!! なあ兄ちゃん!?」

「そんなのテメエらに関係ねえだろ、ホラ頭出せ散髪してやる」

「そーゆーのは散髪って言わねえよ!」

「……あ、そういえば」

 突然、にたりとラットが気色の悪い笑みを浮かべた。

「お前この前、マリアの告白断ったんだって?」

「そ、それがなんだよ」

「あの森一の美女のマリアの告白だぜ? それを断っちまうなんて正気じゃねえか、他に本命がいるかだろ。

……そんで、その本命ってのはよぉ、ま・さ・か?」

「ぐっ……」

 ここまで言って隣の馬鹿なレットも察しが付いたのか、俺を見てニヤニヤしだす。

「ぎゃははははははは 傑作だな!! あのブラッドが人間の娘に恋しちまうなんて!!」

「うっわ! マジかよ!! だっせえええ!! ひゃっははははははは!!」

 俺を指差し不愉快にげらげら笑い出し、その場を転げまわる。

 ――よし、殺す。「坊主」じゃなくて「だるま」の刑にしてやる。

 笑い続ける二人に近づき、俺はゆらりと尖れた爪を振り上げ――、


「誰かいるんですか?」


 ……え!?

 背後から声が聞こえ、俺は思わず振り返る。彼女の姿は見えないがガサガサと草木を掻き分ける音がする。

 マズイ! 彼女がこっちに来る!!

「どーするよ、ブラッド? このままじゃ愛しの彼女に嫌われちまうぞぉ?」

「ひゃっは! 逃げろ逃げろ!」

 ふざけんな、ここで逃げたらテメエらが彼女に何かするなんて目に見えてんじゃねえか。

 こうなったら……。

「とっととテメエらをだるまにする!!」

 俺は地を蹴り上げてラット&レットに飛び掛る。

 ヘタレなレットはすぐ兄の後ろに隠れたが、兄のラットはさすが兄貴なだけか逃げずに俺の爪を蹴りで受け流した。

「この際だ! 森で一番強えのは誰か決めようぜ!!」

「知るか! 勝手に決めてろ!!」

 こんな馬鹿に構ってたら彼女に姿が見られちまう。

 さっさとぶっ飛ばして隠れないと!

 俺は再びラットに爪を振り下ろす。

 俺の爪は他の人狼の爪より長く鋭い特徴を持ち、かすっただけでもラットの肩からは血が噴出す。

「くっ!」

「おら! もう一発だぁ!!」

 怯んだラットにすかさず俺は蹴りをぶちかます。

 ラットの体は宙に舞い頭から地面へと落ちていった。

「ごへっ!?」

 しかし、こんだけじゃ終わらせねえ。もっかい尻尾掴んでぐるぐる回して遠く彼方へ飛ばしてやるぜ。

 まだ目を回しているラットの尻尾を握り締めて、ハンマー投げみたくしてやろうとした瞬間、俺の背後に突然重苦しいものが飛びついてきた。

「させるかバーカッ!」

「こ、このレット!」

 俺の腰に飛びついてきやがったレットは、そのまま俺に噛み付いてきた。

 体に鋭い歯が食い込む痛みに俺は呻き声をあげる。

「こんの……! 放せ……!」

 振り下ろそうとしても、レットは馬鹿力で俺の体にぐっとしがみ付いている。

「へへっ……、よくやったぞレット……!!」

 すると、目の前でふらふらだったはずのラットが立ち上がり、復活していた。

 ラットはにたりと鋭い歯を見せつけるように笑うと、俺の喉元へとかぶりついた。

「ぐああああああ!!」

 さすがの俺も痛みにたまらず声をあげる。

 振りほどこうとしても、二人の歯は俺の肉に食い込んでいて簡単には振りほどけない。

「だ、大丈夫ですか!?」

 ――マズイ!? 叫びすぎたか!?

 木々を掻き分ける音が激しくなっているを、彼女がこちらへと急いでいるのを物語っている。

 畜生! 姿を見られる上にこんな負けたかっこ悪い俺を見られるなんて……、絶対に嫌だ!!

「ぬおおおおおお!! いい加減にしやがれこの馬鹿兄弟がああああああ!!」

 俺は渾身の力を振り絞り、二人の首根っこを掴んで無理やり体から引き剥がした。体の肉が削がれる痛みなんて気にしている場合じゃない。

「うぐぇえ歯があぁっ!!」

「て、テメエ何する……!?」

「うおおおおおおおおおおおおおお!!」

 ギャーギャー騒ぐラット&レットを無視して俺は大きく体そらす。

 そして、全身のバネを利用して二人を空高くまで、文字通りぶん投げた。

「ええええええええぇぇぇぇぇ……」

「兄ちゃあああぁぁぁ……」

 二人はそのまま、真昼間のお星様になった。なんてな。

「はぁ……、はぁ……」

 これで一安心。でも、早く隠れないと彼女が……。

 ふらつく体でどこか茂みへと隠れようとするも、噛み付かれて血を失いすぎたのか体を重く、思うように進んでくれない。それどこか、何も無いところで俺の体は倒れこんだ。

 早く、早く隠れないと……、彼女が……。

 頭でそう考えていても、もう体は動かない。

 ガサガサという足音が近づくにつれ、俺の意識は遠のいていった。

 ああ……、ちく……しょう……。もう、駄目……。


    ◆◇◆◇


ゆらゆらと揺れる感覚がする。

 まるで赤ん坊のころに乗せられた木の揺りかごのようだ。

 あたりにはほのかにリンゴの香りがする。ふっと目を開けるとそこは真っ暗闇だった。

 なんだ? ここはどこだ?

 俺は体を伸ばしてみるが何かに当たった。壁のようなものが俺の四方を囲っているのだ。

 確か俺は片耳兄弟と喧嘩して、首と背中に大きな傷を貰っちまったんだ。そして……、そうだ! 彼女!

 俺は結局彼女に姿を見られたのか? それともセーフだったのか?

 と、とにかく、早くこの箱みたいなとこから脱出しないと……。

 俺はとにかくジタバタと箱の中でもがいてみると、突然天井から眩しい日差しが飛び込んできた。

 出口か!?

 俺はすかさずそこに頭を突っ込んだ。

「きゃっ!」

 か細い悲鳴が聞こえ、おもわず俺のほうもびっくりする。

 な……、なんだ?

顔を上げてみるとそ、そこには目を丸くした「彼女」が俺を見ていた。

「びっくりした、やっぱりバスケットの中じゃ狭かったですか?」

 俺と目があってきょとんとしたと思うと、彼女はすぐに優しい笑みを浮かべた。

 え? え!? なんで彼女が!?

 俺は混乱で何が何だかわからなくなっていた。しかし、俺の心を知らない彼女は優しく話しかけてくれた。

「もう怪我は大丈夫ですか? 森の中で血まみれで倒れてたのにはびっくりしましたよ」

 ……そうか、彼女が助けてくれたのか。

 人狼の俺を臆せず助けてくれた彼女に、俺は感動を覚え、本当に彼女が聖女なのではと思えた。

 ……はっ、いや、感動してる場合じゃない、せめてお礼くらいは言わないと……。


「わふっ」


 ん?

 俺、今なんて言った?

「ふふっ、元気になってよかったですね、子犬さん」

こ、子犬さん!?

 そ、そういえば俺の体、なんでバスケットに入ってるんだ?

 考えてみれば俺は今、彼女を見上げている。そんなことは俺の身長じゃありえないことなのに……。

 俺はようやく自分の体に起きた異変に気が付いた。

 俺の体は――、子犬サイズに縮んでいたのだ。


……な、な、な、なんじゃこりゃああああああ!!


 な、なんで俺のたたくましいか体がこんなキュートな小動物姿になってるんだ!?

 俺の体は前の人狼としての体よりもはるかに小さい、膝の上に乗れるくらいの赤い毛並の子犬になっていた。

 ――そういえば、森の村長である祖父ちゃんに聞いたことがある。

 俺たち人狼は、命の危機になると体が本能で小さい小動物のような姿になってしまう。この姿でいると傷の治りは早いが、いつもの怪力も鋭い爪もなくなってしまい非力になるっていうが……、まさか本当だったなんて……。

 しかし、運が良かったというべきか。

 この姿なら彼女は俺のことを小さな子犬と勘違いしているし、人狼だとばれない。間一髪ってところだな。

「傷は大丈夫? よいしょっと……、包帯も痛くないかな?」

 俺は彼女にバスケットの中から抱えあげられる。

 今気が付いたが、俺の体には包帯が巻かれており、ラットとレットにつけられた傷は綺麗に治療されていた。

「わふん」

 俺は再びお礼を言ってみせるが、出てくるのはただの鳴き声だ。

「大丈夫みたいですね、よかった」

 しかし、それでも俺の言いたいことは伝わったようで、彼女は己の膝に俺を乗せて頭の毛を撫でた。

「でも、まだ痛むと思うから動いちゃ駄目ですよ? 隣町でお医者様に診てもらいましょうね」

 優しく頭を撫でられて、俺は思わずうっとりする。

 普段はここに乗っている動物たちに「おい、そこかわれ」と念じ続けていたことが現実になるなんて……、小動物姿も悪くない、いや、むしろいい。

 その後、彼女の膝の上で元々バスケットの中に入っていた彼女の昼食のアップルパイを分けてもらい至福の時を過ごすと俺は再びバスケットの中へと戻された。

 さっき彼女も言っていたが、傷を隣町の医者に診てもらうらしい。

 冗談じゃない。さすがに人間の町へ行って人間に体を弄られるのは俺の人狼としてのプライドが黙っちゃいない。

 でも、結局、抵抗して彼女に怪我なんてさせられるわけなく、俺はおとなしくバスケットの中に収められ、隣町へと運ばれるのであった。


 森の小道を無事抜けると、隣町へとたどり着いた。

 隣町は中々活気づいており、沢山の人間たちが露店を開いて、うるさいほど騒ぎ声をあげている。

 くそ、忌々しい人間どもめ。俺たちの森を荒らしてるくせに自分たちは悠々と暢気なもんだ。

「相変わらず素敵な町ですね、平和なのは素敵なことです」

 そうだなー、素敵なことだなー。えへへへ。

 バスケットの中は息苦しいということで、俺は今彼女に抱かれて町を歩いている。

 ――ハッ!!

 しまった、俺は重要なことを忘れていた。

 まだ、彼女の名前を聞いていない。

 せっかく彼女と(形はなんか違うけど)お近づきになれたんだから名前ぐらい聞きたい。

「わふっ、わふ」

「ん? どうしました? 貴方もこの町好き?」

 あ、駄目だ。通じてない。

 くっ、せっかくのチャンスだってのに……、やっぱり小動物の姿は歯痒いぜ。

 俺が悲しみに打ちひしがれていると、そんな俺の様子に気が付いたのか俺の頭を優しく撫でてくれた。

「あら……、まだ傷が痛みますか?」

「きゅーん……」

 違うんだ、痛むのは体じゃなくて心なんだよ……。

 やっぱり小動物姿は損だな。早く元に戻らなければ……。

 森にある人狼村に戻れば祖父ちゃんが戻し方を知ってるかもしれない。

 だとすると、彼女の腕の中から早く脱出しないといけないな。口惜しいけど。

「あ、マルクーッ!!」

 突然彼女が手を上げて誰かの名前を呼んだ。

 顔を上げてみると、人ごみの中で長い金髪の男がこちらを振りむいた。

「シャル、遅かったじゃないか。神父様が待っているぞ」

「ごめんなさい、森の中でこの子が怪我をしていたの。マルク、この子の傷を治してあげて」

「子犬? 俺は獣医じゃなくて、医者なんだけど……」

「ね、診てあげて、お願い」

「うーん、シャルの頼みなら仕方ないな」

 そうか、彼女は「シャル」というのか、彼女らしい可愛らしい名前だ。

 って、違う。なんだこの男は。

 やけにシャルに馴れ馴れしいし、シャルもこいつ相手だと敬語じゃない。森の動物や俺に対しては敬語なのに。

「ありがとうマルク! じゃあ、さっそく見てあげて」

「ああ、任せろ。ほら、おいで、まずはその包帯を取って……」

 触るな人間!!

 俺はおかまいなしに伸ばされた男の手に噛みついた。もちろん、小動物化してるとはいえ、尖った牙は男の手に食らい込む。

「い、ってえええええええ!! 何すんだこの犬!!」

「ぐるるるるっ」

 彼女が俺に触るのはいい。でも、彼女以外の人間が俺に触るな!! 

「可愛くねえな、この犬……!」

「あらあら、きっとマルクの性格の悪さを本能で悟ったのね」

「いーや、その犬の性格が悪いんだよ」

 男は手元にあった箱から消毒を取り出すと、自分で俺の噛んだ手を治療する。

 ふん、こんなヤブ医者野郎の手を借りなくたって俺の傷はすぐ治る。そしたら、こんな人間だらけの町、すぐ出て村へ帰ってやる。

 俺は男に向かって唾を吐き捨てた。

「くっ、くそ犬め……。あ、それよりもシャル、お前は早く神父様のところへ行ったほうがいいんじゃないか」

「あ、そうだった。神父様はどこへ? 教会?」

「いや、神父様は今墓地にいる」

「墓地……?」

 墓地――、という言葉を聞いて彼女の表情が暗くなる。

「……酒場のガッシュ爺さんが殺された」

「えっ!?」

「無残な姿だったらしいぞ。……町長はこの町に人狼がいるんじゃないかって疑ってる」

「こ、怖いこと言わないで……!」

 彼女は怯えた様子で腕の中の俺をぎゅっと抱きしめる。

 この町に人狼が? まあ、ありえない話じゃないが確率は非常に薄いな。

 たしかに俺たちは人間に擬態することができるし、人間を食べる。

 しかし、俺の祖父ちゃんが村長になって、これ以上仲間を減らさないために、人間を刺激することを止めようということになり、むやみやたらに人間の領域に入り人間を襲うことを止めた。

もちろんこれに対して全ての人狼が「はい、そうですか」と従っているわけじゃない。ラットとレットのような若い人狼はその掟を守らない奴もいる。

「お前も早く神父様のところへ行ってこい」

「……ええ、わかった」

 シャルは元気のないまま俺を抱えて男と別れた。

 墓地へ向かう途中も、シャルはずっと悲しそうな顔のままだった。

 ――シャルは俺が人狼だと知ったらどう思うだろう。

 そんなの答えは決まっている。きっとシャルは怯えて俺を拒否するだろう。

 ……早くシャルから離れてこの町から出よう。俺は心にそう誓った。


 墓地へたどり着くと、そこには一人の中年の神父が棺桶の前に立っていた。

「ドミニコ神父様」

「シャル、来てくれたんだな」

「……あのガッシュさんは?」

「今、埋葬するところだよ。手伝ってくれないか」

「はい、でもその前にお顔を拝見してもよろしいですか?」

「……ああ、葬儀屋の方が何とか見れるようにはしてくれたよ」

 神父の表情からおそらくよほど無残な顔な死体だったのだろう。

 シャルは一度、棺桶の前で祈りを捧げると、棺の蓋を開けた。

 棺桶の中には裁縫針で綺麗に縫われた老人の遺体があった。シャルは痛ましい老人の姿をを見て、目に涙を潤ませる。

 しかし、悲しそうなシャルとは裏腹に、俺の頭は冷静に目の前の遺体を見ていた。

 ――おかしいな、この遺体綺麗すぎる。

 人狼が「喰った」遺体なら、ここまで綺麗にするのは難しいだろう。

 見たところ鋭利な刃物でずたずたにされたんだろう。

 どうしてそんなことになったかは知らないが、人狼の仕業じゃないのは確かだ。同種の俺の目利きは間違うわけない。

「ガッシュおじさん……」

 すると、俺の頭に温かい滴が落ちてきた。

 顔を上げると、シャルがとうとう溜まらずにその綺麗な目から涙を零していたのだ。

「くぅん……」

 泣かないでくれ、シャル……。

 初めて見るシャルの泣き顔に俺はたまらず情けない声を上げ、シャルの頬に己の手(肉球)をそっとそえた。

「あ……、ごめんね、泣いたりして」

 シャルは涙を指で拭い何とか笑顔を見せてくれるがその笑顔は痛々しい。

 蓋を閉じるとシャルと神父は男の入った棺桶を土の中へと埋めて、最後に再び死者を弔う歌を謳った。

「シャル、君は今日どうするのかな?」

「今日は、こちらに泊まるように言われています」

「そうか……」

「……どうかなされましたか?」

「いや……、この町に人狼がいるかもしれないから、君をこの町に留まらせるのは危険じゃないかと思ってね……」

 そういえばあのマルクとかいう男も「町長が町に人狼がいると疑ってる」とか言っていたな。まあ、遺体を見る限り、明らかに人間の仕業なので、その心配も杞憂なんだけどな。

「今日はこのまま帰ったほうがいいんじゃないかな? もうすぐ夕方になるが暗くなる前に隣の町に帰ったほうがいいだろう」

 は!? いいわけねえだろ!! あの森を暗くなる前に抜けるなんて無理だし、夕方と夜の間ってのが一番人狼が動く時間帯なんだぞ!!

 そんな危ない中、シャルを森には戻せない。俺は必死に抗議した。

「きゃうん! がうがう!」

「そういえば、……その犬はどうしたんだい?」

「あ、この子は森で怪我をしてたので拾ったんです」

「ぎゃんぎゃん!」

「やけに私に吠えてるようだけど……」

「何か言いたいんでしょうか?」

 そうだ! そうなんだシャル! 夕方の森は危険だ! 今日は町に泊まるんだ!

「……もしかして、森には戻るなって言ってるのかな?」

 小さく呟いたシャルの言葉に、俺は大きく頷いて尻尾を振った。

「やっぱりそうなの? 今日は町に泊まれって言いたいのかしら?」

「わふ! わふ!」

「ふふっ、わかりました。 貴方のこともありますし、今日は町に泊まります」

「本当に大丈夫かい?」

「はい、お願いします」

 神父は少し悩んだが、結局は「わかった」とシャルの町に泊まることを承諾してくれた。

 ふう、これで一安心。

 ……じゃない、俺のこともあった。

 仕方ない、夜になってシャルが寝静まった頃にこの町を出よう。そして、森へ行って村へと戻らないとな。

 ――悲しいが、シャルとは今日でお別れだ。


    ◆◇◆◇


 ――時刻は午後九時。シャルと俺はドミニコ神父の教会にある客間にいた。

 シャルは黒い修道服から寝巻に着替えて、日記のようなものをつけている。

 俺はそんな様子をクッションと毛布が敷かれた籠の中で見ている。シャルが特別に作ってくれたものだ。

「……ふう、今日はこの辺にして寝ようかな」

 日記を閉じて少し伸びをするシャルは、俺の元へとやってきて俺の頭を撫でた。

「怪我もだいぶ良くなってきたみたいですね、明日には森へ帰してあげますから」

 シャルは俺を人狼であることを知らない。だから、俺が今から一人で出て行こうとしているのも知らないんだ。

 ごめんな……。

「くん……」

「そうですよね、寂しいですよね……。大丈夫、明日には仲間のところですよ」

 シャルは俺が仲間がいなくて寂しがていると思っているようだ。違うんだよ、シャル。

 そっと俺から手を放すとシャルは「おやすみなさい」と言って部屋のランプを消し、ベッドの中へと入っていった。

 シャルが寝静まるまで待つと、俺はそっと籠の中から出た。そして、ベッドへと近づき、中で小さな寝息を立てるシャルの顔を眺めた。

 シャルは穏やかな寝息を立てている。悪い夢は見ていないようだ。

 可愛いなぁ、シャル。

 思えば森で彼女を眺めている間は、こんな風に間近で顔を見ることも、名前を知ることもなかった。

 もしかしたらこの出会いは、神様が俺にくれた最初で最後のプレゼントだったのかもしれないな。


――さよなら、シャル。いい夢を。


俺は最後にシャルの頬に口を寄せると、窓の内鍵を開けて外へと降り立った。

 夜の空を見上げると、月は雲に隠れている。まあ、月明かりなんてなくても俺たち人狼は夜目がきくし村へ帰るのに何の支障はない。

 俺は小さな体と四足歩行でできるだけ早く町から森へと向かった。

 ――ただ、俺は森へ戻ることに集中しすぎて、背後の存在に気付けなかったんだ。

「どこへ行くんだブラッドよぉ?」

「ひゃっは!」

「!?」

 背後からの声と共に、突然俺の体に衝撃が走る。

 小さな体になった俺はそのままボールのようにバウンドして吹っ飛んだ。

「ぎゃはははは! 言いざまなブラッド! 仕返しに来たぜ!!」

「まだ小さいまんまだぜ!? やっぱ兄ちゃんの言うとおり先に村に戻って正解だったぜ!」

 ラット&レット!?

 こいつら生きてやがったのか……!!

 二人は下種な笑みを浮かべて俺に近寄ってくる。

「テメエにぶっ飛ばされた後は、ちっこくなって大変だったんだぜ? 鷹や猛獣に襲われるわで村へ戻るのも命がけだったんだからなぁ。でも、その鬱憤も小さいテメエで晴らせるってもんよ!!」

 さっきの一撃で動けなくなっている俺をラットが鷲掴みにして持ち上げる。

「おいレット! さっきみたく蹴っ飛ばしてこいつボールにして遊ぼうぜ!」

「ひゃっは! さすがラット兄ちゃん! やろうやろう!」

 くっそ……、冗談じゃねえ……。

 抵抗しようとしても今の俺にできることは体を弱弱しくジタバタさせるだけだった。

「よっし行くぞレットォ!!」

 ラットが俺の蹴っ飛ばそうと、足を振り上げる。

 俺は目を瞑りぐっと奥歯をかみしめ、来たる衝撃を覚悟する――!!


「やめなさい!!」


 ラットの足が俺の脇腹に命中する瞬間、二人が目を丸くするほど大きな声が聞こえた。

 ――この声は……、まさか……。

 聞き覚えのあるその声に、俺は目を開けると、やはりそこには俺が思い描いていた通りの奴がいた。

――シャル!!

「その子を放しなさい!」

「はあ?」

 シャルは手にモップを持ってラットに立ち向かっている。

 駄目だシャル! 逃げろ!!

「兄ちゃん! こいつ森にいた女だよ!」

「なにぃ? ……ほお、そりゃいい、好都合だ」

 ラットはにたりと笑うと掴んでいた俺を投げ捨てた。

「あっ!」

「おっと待て女、お前はこっちだ!」

 俺の元へ駆け寄ろうとしたシャルの腕をラットが掴んで無理矢理に引き寄せる。

「森じゃ邪魔されたからなぁ。おいレット、こいつ喰っちまうぞ」

「ひゃっはあ!! 久しぶりの人間だぁ!!」

「――!! いやぁぁぁぁぁ!!」

 シャルの悲鳴が聞こえる。

 ――ふざけるな。テメエらがシャルに触るんじゃねえ!!

 俺は体を起こして持てる最後の力を振り絞って、シャルに手を掴むラットの喉元めがけて飛びついた。

 ラットは抵抗するシャルを抑えるのに夢中になっていて、背後からの俺の奇襲にまったく気が付いていない。

「暴れんじゃ、ぎゃああああああああああ!!」

 俺はラットの喉を食い破る勢いで食らいついた。小さな体じゃそんなことは無理だが、それくらいの勢いで牙を喉に食らいつかせたのだ。

「げほっ! やめ、ろこの野郎ぉぉぉぉっ!!」

 必死に俺を引っぺがそうとするラットだが、俺は決して放さない。弟レットが俺の尻尾を引っ張ってくるが俺は構わず噛みつき続けた。

「こんのおおおっ!! くそがああああ!!」

 とうとうラットはたまらずシャルから手を放し、両手の爪で俺を狙う。

 俺はぱっと首から牙を放すと、その爪をひらりとかわす。ラットの爪はそのまま後ろにいたレットの腕を切り裂いた。

「うぎゃああああっ!!」

「くそッ!! くそっ!! ブラッドの野郎!! やりやがったな!!」

 俺は二人がひるんでいるうちによろよろとシャルの傍へと近づく。

「ああ……! なんてこと……!」

 シャルはボロボロの俺の姿を見て悲しそうな顔をする。

「女の前でいい恰好してんじゃねえよ雑魚がぁっ!! テメエから血祭だああああっ!!」

 ラットの罵詈雑言にシャルが怯えて体を震わせる。

 俺はそんなシャルを庇うように前へ出た。


 ――大丈夫だ、俺がお前を守ってやるから。


「……え?」

 シャルが小さな驚きの声を漏らす。

 どうしたのかと振り向くと、シャルが俺を見て目を丸くしている。

「に、兄ちゃん……」

「な……」

 シャルだけじゃない。ラットやレットも俺の姿を見て口を開けて驚いている。

 ふっと、俺が何かに照らされていることに気が付いた。

 空を見上げると、そこには丸い丸い満月が雲から顔を出して、俺を照らしていた。

 そして、満月に照らされた俺の体を見ると――、


「戻った……?」


 そう、俺の体は元の人狼の姿に戻っていたのだ。

「う、嘘おおおおおおおおおおおおお!?」

 ラットが驚愕の声を上げて、レットは元の姿になった俺を見てがくがく震え始める。

 ――ああ、なるほど神様。

「俺に最後の最後に、チャンスをくれるわけだな」

 感謝しますぜ!!神様よお!!

 元の姿に戻ったことで、今までの傷とはなんだったのか、俺は本調子を取り戻していた。

「どどどどどどどうしよう兄ちゃん!!」

「ばばばばば馬鹿逃げるぞ!!」

「逃がすわけねえだろがああああああああ!!」

 俺は背を向けて逃げようとする二人に飛びつくと、二人の頭を鷲掴みにする。

「いでででででででで!!」

「ひええええええええ!!」

「さてと……、昼間はちょっと飛距離が足んなかったか……?」

 俺はぎりぎりと二人の頭を締め付けると、足を大きく一歩だし、体をそらす。


「地平線の彼方まで吹っ飛びやがれえええええええええ!!」


 昼間の何十倍遠くへ行くぐらい、二人を空高くまで吹っ飛ばした。

 そして、ふたりは今度こそ夜空に輝く星になったとさ。なんてな。

「……あ、あの」

 後ろから聞こえるシャルの声に、俺は振り向く。

 シャルはやはり驚いた様子で俺を見ていた。

「……じゃあな、シャル」

「ま……、」

 続きの言葉を聞かないように、俺は走った。

 後ろを決して振り向かず、俺はそのまま森へと帰って行った。


    ◆◇◆◇


 あれから村に帰って、祖父ちゃんに今回のことを話した。

 どうして俺が元の姿に戻ったかだが、満月には遥か昔から俺たち人狼に力を与えてくれる存在らしくて、満月の力が俺を元の姿に戻してくれたのでは、と祖父ちゃんは言ってくれた。

 まあ、真偽はわからないがな。

 そして、俺が村へと戻った三日後、子犬の状態のラット&レットが帰ってきた。どうやら隣の隣の隣の隣の隣の町まで吹っ飛んでいたようだ。もちろんあいつが人間を襲おうとしたことも祖父ちゃんに喋った。あいつらは当分村の外へは出られないだろう。ざまあみろ。

 あと風の噂で聞いたが、隣町のガッシュとかいうおっさんを殺したのはやはり人間だった。どうやら余所からきた物取りの犯行だったらしい。今はもう捕まっていて、あの町は平穏を取り戻したという。

 ――ただ、あの事件から、シャルは森へ来なかった。

 あの事件の朝、森を通って元の町へと帰ってったのだろうが、それから彼女は森へお使いに来ていない。

 人狼にあったんだ。あたりまえか……。

 俺はシャルへと想いをもんもんっと募らせたまま、長い時間を過ごしていた。

 そんなある日だった。

 俺がシャルを見れずやさぐれていた日、懐かしいあの声が聞こえた。


「人狼さーん」


 可愛らしいその声を聞いて、茂みから見てみると、そこには間違いないシャルがいた――!!

「人狼さーん、どこですかー?」

 シャルはどういうわけかバスケットを持ってあたりをうろうろしている。そして時々「人狼さーん」と叫んでいるが……、もしや俺を呼んでる?

「赤毛の人狼さーん、お礼をしに来ましたー! ようやくお使いの了承を得たので、やっと来れましたー!」

 ……シャルは怯えなかった。

 子犬だった俺が、恐ろしい人狼になったとしても、彼女は恐れずまた会いに来てくれた。

「人狼さーん、また一緒にアップルパイ食べませんかー?」

「わふっ」

 茂みの中でふざけて犬の鳴きまねしてみせると、シャルはこっちを見て朗らかな笑みを浮かべた。

 ――今度は、俺の名前を教えなきゃ。



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