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即興小説トレーニング

長期的に魔界を勇者の侵攻から守る方法

作者: かふぇいん

 えー、見学されている学生の皆様。ご注目ください。このギャラリーに飾られていますのは、以前この王国が人間界からの侵略という脅威にさらされていた頃、その尖兵である『勇者』というものに倒された王たちの肖像画でございます。

 もう質問ですか? 私の言い様? ああ、勇者は現王家の祖でもありますからね、失礼ではないかと。そうでしょうか。まぁ、でも、ここでその理由をお話しするのも長くなりますから、心ならずですが、今は詫びておきましょう。すみませんね、勇者様、とでも呼んでおけばいいでしょうかね?

 さて、端から話がそれましたが、先へ進みますよ。この金の――いえ、金に見せかけたメッキの額に飾られている19人分の肖像画ですが、これもサラッと見てください。見事なものでしょう、19枚、奥に行くにつれてゆっくり変化する顔というものは。人間はこれを遺伝と呼ぶそうですが、同じ顔の要素を継ぎ続けられると考えれば、確かに王家はすごい力があったといえますね。さて、冗談です。

 また質問ですか。何、違う、やっぱり私の言い様ですか。負けてきたとはいえ、王国を維持してきた王達に失礼ではないかと。ふむ、そうですね。みなさん歴史は学んで来られましたね? 義務教育レベルで結構です。そうすると、歴史上無数に存在した勇者様共に、ジェノサイドられた事件が、どこで起こったかはわかりますね。そう、国境周辺です。そして、よく勉強して来られた方ならお分かりと思いますが、場所はだんだんと王都に近づいているのです。つまりは、国境線は縮小しています、19代かけてゆっくりと王達は自分の国民と領土をトカゲのしっぽのように切りながら、ちまちまと国を殺していたのですよ。ああ、失礼、リザードマンの貴方。勇敢な闘士である貴方がたを貶す意図はありません、失礼いたしました。何はともあれ、この王たちは飾られた額縁と一緒です、所詮メッキです。

 さて、このギャラリーで一番お見せしたかったのが、この肖像です。全王朝最後の王にして偉大なる『敗北王』、ルア=ノヴァ・フィンスターニス・サタン四世。国土の縮小を止め、国民を勇者様共の手から守り、長きにわたる戦乱を終結させた、偉大以外の何物でもない王です。

 彼の額縁だけは木製? 見てわかりませんかね、これは触れることすら禁じられた世界樹の枝を落として、特別にあつらえたものです。艶が違うでしょう。世界樹がわからない人は、学校に帰った後、保健の教科書の、復活の薬の項を読み直してくださいね。もしかして、性の項ばかり見ていたんですか? いやらしい。

『敗北王』も敗北したはずなのに、何故他の王と扱いが違うのか? 良い質問ですねぇ。そういう質問を待っていたんです。もしかして、ああ、やっぱり。貴方は答えも知っているんでしょう、にくいことしますね。これではマッチポンプだと思われてしまいますよ、もう。

 さて、ではこの『敗北王』について、お話しいたしましょう。ここからが本題ですから、今後話し終わるまで一切の質問を受け付けません、私語をした場合は後で先生方へお名前をお伝えしておきます。私、人の顔と名前を覚えることが得意なので。


 さて、このルア=ノヴァ・フィンスターニス・サタン四世、以後、サタン四世と呼びますが、この王もこれまでの王と同じく、とてつもない剛運とカリスマと優れたビジュアル、魔力武力に恵まれた勇者様共にはとても敵いませんでした。

 もともと、魔族というものの気性が穏やかなのです。滅多なことでは怒りませんし、虚偽記載だらけの人間の歴史書にあるような、誘拐も詐欺も、ましてや殺人はできません。もともと、翼もあれば、牙もある、尾もある、人間に比べて優れた部分の多い我々魔族がわざわざ人間のところへ行く理由がありません。では、なぜ人間の歴史書はあのようなのか。その理由を広げていけば色々あるのでしょうが、一言に言ってしまえば嫉妬、というところでしょうね。無い者は有る者が羨ましいのです。

 とはいえ、小さい者が吠えるだけならうるさいだけでしょうが、人間にも時々現れるのですね、群れを率いるボスのような存在が。それが勇者です。色をつけるなら赤色です。3倍以上です。それが時折、魔界の豊かな土地や美しい人々を狙って侵攻してきたのが、過去の侵略戦争です。中には、自分の欲求を満たすだけに、歩きまわっては魔族を殺して回る勇者もいたそうです、凶悪ですね。

 サタン四世は比較的強い部類の魔王ではありましたが、のちのち自分が勇者に殺されるであろうことを理解していました。自分の力量をよく理解していましたし、間断なく送っていた間者によって、これから訪れる勇者の強さもよく知っていました。

 あえて言うならば、サタン四世はこれまでになく冷めた魔王だったのです。ただ、冷めてはいましたが、とても優しかった。冷めていたのは、激情に任せて軍権を振るっても、死ぬのが国民だと知っていたからでした。そして、冷静でいながら、この戦いを終結させる意志に燃えていました。

 そして、彼は最初で最後の策となる策を練ります。一世一代の大芝居でした。

 勇者のパラメータを調べさせていた間者を呼び戻し、勇者の故郷へと送りました。大抵が田舎の出らしく、間者は辿りつくにも半年以上かかったと言います。人間に化けたまま移動する彼も勇敢な魔物でした。

 そして、一方で自分の一番愛していた娘、姫には自分がこれから行う策と、これから訪れるであろう時代についてよく話して聞かせました。とても美しい姫でしたが、それを利用して、ただ一方的に策の駒にすることを嫌ったのです。それでも、姫は駒扱いで構わないと、進んで彼の力になりました。

 そして、すべての準備が整ったのちに、魔王は勇者を迎え撃つべく、最も前線の城へと赴きました。装備に手抜かりはありません、いやに弱かった、などとあっては勇者に策を気取られてしまいます。何より大事なのは、適度に勇者も深手を追っていることだったからです。健全な精神は健全な肉体に、ですから、体を弱らせないと、精神も弱らせられないのですね。

 魔王は激闘の末、勇者に止めを刺される直前、までこぎつけました。途中、何度も全力を出せば勝てるのでは、という考えが彼を揺さぶりましたが、彼は負けなかった。全力で負けるためにも負けられなかったのです。何としても、負けなければならなかった。

 喉元に勇者の剣を突き付けられ、魔王は息を整えました。勇者はお決まりの文句をいいます。何か、言いたいことはないか、と。サタン四世は答えました。

「勇者よ、お前は故郷に母親を一人残しているな」と。

 勇者は僅かに眉を上げました。

「父親は知れず、お前を一人手で育ててくれたらしいな」

 そこで、勇者は目に見えて動揺しました。

「兎のシチューが得意料理で、村一番の美人だった、“俺”が贈ったハンカチーフを大事にしている、お前の母親は元気か」

 喉元の剣が震えていました。

「さあ、あいつの元へ、魔王の首を取ったと帰ってやれ。あんまり一人にしてやるな」

 嘘だ、と勇者は何度も叫びました。サタン四世はただ微笑むばかりです。

「おっと忘れていたが、俺には一人娘がいる。魔王の娘とはいえ、俺にちっとも似ず、美しく気だての優しい良いやつだ、どうか殺さないでやってくれ」

 勇者は絶叫していました。嘘だ嘘だ、と叫びながら、頑なに剣を下げなかった。

 魔王は満足していました。幕を引くには最高の時だと。

「見事だ、我が息子よ」

 魔王は目の前にあった勇者の剣で、自分の喉を裂いたのです。


 さて、察しの良い方ならわかりますね。最後の魔王対勇者は、魔王の一世一代の芝居だったと。サタン四世は潔癖なお方です、王妃様以外の、ましてや人間の女に惚れやしません。間者に調べさせれば、勇者の素姓など簡単に割れます。人間達の広告塔でしたから、情報の入手は容易いものです。

 そして、助演女優の姫君は、父王の死にもめげず、勇者を兄様と呼んで利用することを怠らなかった。新たに王朝を築き、王国の復興につとめました。

 諍いを治めるには何が一番良いか、それは相対する者が自分の身内、仲間であると思わせることです。共通項が無い者同士は諍うことしかできません。彼はそれをよく知っていました。

 死にぞこないのデマが、死の呪文より、何より効くことを彼はよく知っていました。

 そして、嘘こそが世界が平和にすることも。


 さて、ここまでの話で、どうしてルア=ノヴァ・フィンスターニス・サタン四世が偉大なる敗北王であるかがわかりましたね。では、このギャラリーでの説明は終わりです。次の鏡の間に向かいましょうか。

 何、質問? どうして、魔王と勇者しかいなかった場の話がわかるのかって? 私の話をよーく思い出していただければわかると思いますよ。


そうですね、ヒントは彼の額縁です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 勇者と魔王という、よくある設定を逆手に取って、上手くまとめられていました。 散りばめられたユーモアも好きです。
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