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6.9 ノー・ウェイ・アウト(Layer:1 Main Story)

 

 ビリーとステファニーの背中を見送ったマイケルは、ブローニング・ハイパワーのグリップを握りしめる。

 これで後顧の憂いなく、デイビッドとの戦闘に臨める。

 ロンドン塔を振り返ると、ごつごつとした灰褐色の城壁を背に、二人の男が力比べを続けていた。

 戦闘は膠着していたが、ハノーヴァー公の方がいくぶんか押し込んでいるように見える。このままデイビッドを斃してくれれば、エミリーの手当てもできるし、シスラボのステファニーたちに合流することもできる。

 そんなマイケルの期待に応えるように、ハノーヴァー公がエクスカリバーの柄頭に掌を当てて押し出す。

「これで終わりだ」

 その圧力に屈したのか、デイビッドの掌で剣の切っ先を押しとどめていた空気の揺らぎが、あっさりと切り裂かれる。

 血しぶきが上がり、エクスカリバーがデイビッドの掌を貫通した。そして、そのままの勢いで、デイビッドの胸に突き刺さったように見えた。

 しかし。

「しまったっ」というハノーヴァー公の声に、「ファランクス・ヘタイロイ」というデイビッドの怒号が重なる。

 ハノーヴァー公はエクスカリバーを手放したが、デイビッドの攻撃を躱すには間合いが詰まりすぎていた。

 衝撃波をまともに胸に受けたハノーヴァー公が、宙を舞ったあとでロンドン塔の城壁に背中から叩き付けられた。石壁をずり落ちたハノーヴァー公は、芝生にうつ伏せに倒れるとそのまま動かなくなった。

 デイビッドは大きく息をつくと、掌を貫通したエクスカリバーを抜き取った。重傷であるはずなのに、痛がる素振りはなかった

「さすがは騎士王と聖剣だ。右手をやられたわ」

 なんてやつだ、とマイケルは舌を巻く。自身の右手と引き換えにして、相手を反撃も回避もできない間合いに引きずり込むとは。

 マイケルを絶望感が襲う。あれほどの攻撃力を持ちながら、エミリーもハノーヴァー公も、デイビッドを倒すことはできなかった。俺ひとりでどうやって、あんな超常の者に立ち向かえというのか。

「残るは、そなただけだが……」

 言葉を切ったデイビッドの顔に、勝利を確信したような笑みが広がる。マイケルの反撃など、意にも介さぬと言わんばかりだ。

「まさかと思うが、人間ふぜいが余と闘えるなどとは、思っておるまいな」

 言われるまでもない。俺とデイビッドの間には、圧倒的な技量の差がある。まともにやりあえば、一矢を報いることもできずに一撃でやられてしまうだろう。

 まともに闘えば、そうなる。だが……。

 戦闘力においてデイビッドの足元にも及ばないことを認めたとき、逆に困難だが不可能ではない唯一の活路を見出すことができた。

 よし、とマイケルは思考を切り替える。まともに闘わなければいいんだ。肝心なのはデイビッドを倒すことじゃない。このテロを阻止することだ。ならば、ステファニーたちが『マリオネット』を解除するまで、ここに足止めすることに徹すればいい。幸いなことにブローニング・ハイパワーの射程は、デイビッドのファランクスよりも長い。やりようはあるはずだ。

 マイケルはデイビッドの正面に立ち、銃口をまっすぐに彼に向けた。

「おまえこそ、この距離でやりあって、素手で銃に対抗できると思っているのか。装填している弾丸は、最強のストッピングパワーを持つホローポイントだ。残弾はたっぷりあるし、いずれ増援も来る。諦めて降伏しろ」

 内心とはうらはらに、マイケルは余裕のあるふりをして、あえてゆっくりとした口調で投降を勧める。銃撃が効かないだろうことも、増援など来ないことも分かっていたが、とにかく少しでも時間を稼ぎたかった。

「口だけは達者なものだ、たわけめが……」

 デイビッドは、マイケルが向けた銃口と投げかけた言葉を、あっさりと切り捨てた。

「そなたが時間を稼いでいる間に、あの娘が『マリオネット』を止めるという作戦であろう。だがシスラボは余の部下が守っておる。そう容易くはいかぬぞ。第一、余がその間なにもせずに、そなたの三文芝居を見物しておるとでも思うたか」

 マイケルの目論見は、どうやら看破されているらしい。役者が違いすぎるな、とマイケルは内心で無念の臍を噛む。

 さて、と呟いたデイビッドは、イングリッシュオークの幹に力なくもたれているエミリーを見やった。

「目覚めよ、姫君」

 太く威厳のあるデイビッドの声が、まるで家臣に下す命令のように響く。

 その声に応えるように、エミリーの瞼がゆっくりと持ち上がる。不敵な笑みが浮かべたデイビッドは、そのオッドアイをエミリーに向けて大きく見開いた。

「余は汝のオーバーロードなり。余の祝福に、忠誠をもって応えよ」

 エミリーが、ちいさく頷いたように見えた。青と赤のオッドアイは虚ろで、いつものような意志の煌めきはなかった。

 ふらつきながら立ち上がったエミリーのもとに、エクスカリバーを手にしたデイビッドが歩み寄る。

「エミリーをどうするつもりだ」

 マイケルの問いかけに、デイビッドはふっと鼻で笑った。

「どうもせぬ。もとより姫君は、余とともにあるべき者である。さればその力もまた、余のためにあるものだ。それを使わせてもらうだけのことよ」

 エミリーを操って、なにかをさせるつもりか。その企みは読めないが、これ以上エミリーに接近させるわけにはいかない。

「動くなっ」

 マイケルは、デイビッドを狙って発砲する。

 だが、間違いなく命中しているはずの弾丸は、撃っても撃ってもデイビッドの身体を通り抜けるばかりで、その歩みを止めさせることもできなかった。

 弾丸の残りが一発になったことを示す曳光弾が発射されたところで、マイケルは銃撃による阻止をあきらめた。

「エミリーっ、そいつから離れろ」

 そう叫んで駆け出したマイケルに向けて、デイビッドの左手が差し出される。

 ――あれが来るっ。

 大きく避けたつもりだったが、マイケルの右半身をなにかがぶつかったような衝撃が襲った。自分でもどうなったのかわからないまま、身体が勝手に芝生の上を転がっていく。城壁に右足をしたたかに打ち付けて、ようやく身体が止まった。

 全身の痛みを堪えながら、マイケルはなんとか目を開けた。

 デイビッドの衝撃波を食らって、弾き飛ばされたらしい。ボディアーマーのアラミド繊維と強化セラミックパネルが衝撃波を受け止めていなければ、即死していたかもしれない。

 すぐ隣には、芝生に横たわったままのハノーヴァー公の姿があった。あれだけ派手に吹き飛ばされていたが、外見では怪我をしているようには見えなかった。

 まだ少しかすむ視界を巡らせると、エミリーとデイビッドが至近距離で向き合っている姿が見えた。

 手を地面について上半身を起こし、立ち上がろうとして体重を乗せた途端に、右ひざに激痛が走った。口をついて出たうめき声とともに、つんのめるように芝生に倒れ込む。見た目に変形や異常はなかったが、もしかしたら骨を痛めたかもしれない。

「くっ、くそっ」

 うめきながら吐き捨てたマイケルに、デイビッドは冷めたい一瞥をくれたあと、再びエミリーに向きあった。

「エーデルワイスよ、われらの花嫁よ。地上にはびこる悪しき者どもに、神の怒りを示してやるがよい。悪徳と堕落の都を焼き滅ぼした、そなたの炎でな」

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