6.7 フェア・サクリファイス(Layer:1 Main Story)
「埒もない。余の要求が通ったとしても、攻撃は実行する。そのくらい、そなたならわかっておるであろうに」
悪逆非道なデイビッドの返答に、しかしエミリーは、ええと言って口の端を上げた。
「そんなことだろうと思ったわ。オーバーロードであるあなたなら、Wormwoodに脳を侵されることもないものね。でも、なぜなの?」
「なぜ、と問うのか、いまさらそなたが。Wormwoodは、人類が手にしてはならぬ禁断の果実であろう。余はこの世界の統治者として、人間どもが二度と楽園を追われぬように、教え導いてやらねばならぬのだ。それには、Wormwoodの厄災をその身を持って味わうことが、もっとも効果があろうからな」
どこまでも人を食ったようなデイビッドの言動に、マイケルは思わず「何様のつもりだ」と言い返しそうになった。だが、口論の機先を制したのは、やはりエミリーだった。
「その傲慢、その独善。神にでもなったつもりなの? あなたがこの世界の王を名乗るのは勝手だけれど、そんなことのために、わたしの大事なものを壊させるわけにはいかないわ」
デイビッドが、はっ、と吐き捨てる。
「そなたこそ、ガーディアンにでもなったつもりか? たかが街ひとつ、たかが数万人の命。そんなものを守ったところで、そなたが果たすべき役目からは逃れられぬし、そなたが犯すであろう大罪が許されることもないぞ」
エミリーとデイビッドの、お互いを認めながらも拒絶するようなまなざしが交錯する。旧知であった二人の間に、かつてどのような出来事があったのか。愛憎などという言葉では括れそうもないその関係は、マイケルには到達できない深さを思わせた。
短くも重苦しい沈黙の時間に、エミリーの穏やかな声が終止符を打った。
「そうであっても、わたしはこの街を、そしてこの人たちを守るわ。退かないというのなら、あなたをここで倒すまでのこと」
この身に代えてもね、という心の声が聞こえたような気がして、マイケルは焦燥感にかられる。そんなマイケルの心情を知ってか知らずか、デイビッドが深いため息を落とした。
「ひとときではあったが、そなたとならば、共にこの世界を統治できると心底から思うておったのだ。……だが、やむを得んな。ならば、未来がどちらの側にあろうとするのか、ここで長き諍いに決着をつけるとするか」
それは交渉決裂というよりも、別れ話というべき結論だった。だが、いずれにせよこうなった以上は、実力を行使してステファニーを奪回するしかない。戦闘は避けられないな、とマイケルは覚悟を決めた。
だが問題は、デイビッドが使う能力だ。プリムローズ・ヒルで相手をしたときには、奇しくもマイケルをセシルから守ったことになったが、立木をなぎ倒し、人を吹き飛ばすほどの威力を持っている。あるいはセシルの力なら対抗できるのかもしれなかったが、今のエミリーではとうてい敵わないだろう。
マイケルはエミリーの前に立ち、ブローニング・ハイパワーの照準をデイビッドに合わせた。今まで闘ってきた異種より格上のデイビッドに対して、銃撃が通じるとは思えない。だが、それでもマイケルの武器はこれしかない。
案の定、デイビッドが呆れたように、ふんと鼻で笑った。
「そのような武器で、余に対抗できると思うたか。人間風情が、騎士気取りで、余と姫君の決戦に割り込むつもりか」
「生憎だが、俺の爵位は男爵だ。ナイトじゃない」
マイケルの軽口に、デイビッドは忌々しそうに吐き捨てた。
「余の前では、どちらでも同じことよ。余を怒らせた己が不明と、余の前に立つことも敵わぬ己が無力を、思い知るがよい。蹂躙せよ、ファランクス……」
デイビッドの詠唱が始まった瞬間、マイケルは銃口を下げて叫んだ。
「ゲーム・スタート。ブレーク・スルー!」
地面を蹴って、真正面から突進する。無謀以外のなにものでもないマイケルの進撃に、しかしデイビッドの詠唱がわずかに遅れる。
なにか罠があるのではないかという、デイビッドの一瞬のためらいをマイケルは見逃さない。敵の足を狙って、引き金を引いた。
乾いた銃声とともに射出されたホローポイント弾は、狙いを過たずデイビッドの右足への射線に乗った。
直後、デイビッドの姿が一瞬ぶれたように見えた。彼の背後で、着弾の土煙が上がる。
銃撃は完全に躱された。しかし、それは折り込み済みだ。その攻守の間に、マイケルは必要なアドバンテージを稼いでいた。
デイビッドに接近したところで、マイケルは作戦を発動した。
「ディスカバード・アタック、ダブル・チェック!」
掛け声とともに、マイケルは左に踏み出す。同時に、背後に隠れていたエミリーが、右に飛び出す。
二人のコンビネーションにタイミングを合わせたかのように、リンクスから照射されたサーチライトが、広場を昼間のように明るく照らし出した。無線インカムでマイケルたちの会話をモニターしていたビリーが、機転を利かせたのだろう。
数十万ルーメンの強烈な光を正面から浴びたデイビッドは、反射的に腕を引いて目を覆った。
――いけるっ。
マイケルは一気にデイビッドに迫り、その背後にいるステファニーに手を伸ばす。
「掴まれっ、ステファニー」
マイケルの呼びかけに、ステファニーの瞳が見開かれる。虚ろだったその瞳が、目前にいるマイケルを写した。
差し出されたステファニーの右手に、マイケルの手が触れようとした瞬間……。
「押しとどめよ、ファランクス・ホプリタイ」
デイビッドの怒号とともに、まるで壁にでも激突したように、マイケルの全身を激痛が襲った。ステファニーに届きかけていたマイケルの手は、あと数センチのところで前進を阻まれた。
「くっ」
なおも手を伸ばそうとするマイケルに、デイビッドが嘲笑とともに告げた。
「たわけめが、小細工をしおって。余には通じぬわ」
デイビッドが突き出した右手の掌が、マイケルの胸を捉える。
――やられる……。だが、これで。
「サクリファイス!」
マイケルは、デイビッドの死角にいるはずの、エミリーに向けて叫んだ。
サクリファイス――チェスで言う「捨て駒」は、手駒を犠牲にして有利な状況を作り出す必勝の一手だ。マイケルが考えた作戦は、一方が敵の攻撃をひきつけ、その間にもう一方がステファニーを奪還するというものだった。その際、他の者の状況は無視しようと決めていた。それは、覚悟を決めたメンバーだからこそ可能な戦術だった。だから、デイビッドが一人でステファニーを連れて現れた時点で、作戦は成功したも同然だった。
だが……。
「させないっ」
エミリーの叫び声とともに、マイケルは柔らかなものに弾き飛ばされた。
地面に投げ出されたマイケルの代わりに、彼がいた場所には髪を乱したエミリーの姿があった。土壇場で、エミリーは作戦の成功より、マイケルの助命を優先したのだ。
「エミリー、なぜだっ」
マイケルの声に微笑みを返したエミリーの唇から、一筋の赤い血が流れ出していた。
「この身体では、もう闘えそうもないから」
あの怪我は、エミリーの内臓まで傷つけていたのだ。素人の判断ではなく、やはり医師に診せるべきだった。
マイケルの後悔をあざ笑うように、デイビッドが詠唱を結ぶ。
「ファランクス・ヘタイロイ」
悲鳴を上げる間もなく、エミリーは弾き飛ばされた。その身体が、一直線にイングリッシュオークの巨木に向かう。
激突を回避する術は、もはや存在しなかった。
最悪の結末から、思わず背けたマイケルの視線を、白いモノが残像を残して過った。
マイケルの目が、すこし遅れてその正体を捉える。
イングリッシュオークの巨木の前で白い長衣が翻り、がっしりとした男の腕が、華奢なエミリーの身体を抱き留めた。
エミリーを巨木の幹にもたせかけたその男は、立ち上がりながらすらりと剣を抜いた。
鞘を払った細身の剣が、リンクスのサーチライトに銀色の輝きを返す。
ウェーブのかかった金髪の下で、アイスブルーの瞳が鋭い眼光を放っていた。




