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1.3 シークレット・マニューバーズ(Layer:2 Side Story)


 ノートパソコンのディスプレイに表示されていた、白い点がふっと消える。

「『E』、失探(ロスト)

 画面を凝視したままで、男はそう報告(・・)した。

 そこは、ロンドンのほぼ中心、地下鉄ピカデリー線のラッセル・スクエア駅にほど近い巨大なホテルの一室だった。

 ツインルームの二台のベッドに挟まれた折りたたみ式のテーブルには、ノートパソコンが二台、プリンターが一台設置されている。パソコンからは青いケーブルが這い出し、ハブを挟んで壁のLAN端子に繋がれていた。

 即席のビジネスオフィスのように見えるが、パソコンの周囲にはスナック菓子の袋やジュースの空缶が散らかり、まるで学生の下宿のような有様だった。

 しかし、ベッドを椅子代わりにしてパソコンに向かうジャージ姿の二人の男は、いずれも真剣な面持ちだった。それぞれの耳に装着した無線インカムから、よく通る男の声が答えた。

「位置は?」

 男は、タバコの火を灰皿に押し付け、缶入りのコーラをあおる。

「GPS測位ですので精密ではありませんが、マップマッチングの結果によると、ウエストミンスター付近、スコットランドヤードがある地点です」

 無線インカムの声が、忌々しげに舌打ちをする。

「予想外だな。これほど早く、『E』がやられるとは……。それで、マーカーはトレースできているのか」

 向かい側のベッドに座った男が、迷惑そうにタバコの煙を手で払いながら、空いた手でマウスを操作する。いくつかのアイコンやボタンをクリックすると、ディスプレイにロンドンの市街地図が表示され、道路と重なるように左上から右下に向って、白い点が順番に表示されていく。

「キングスクロスから、どこにも立ち寄らずにウエストミンスターに向かったようです。この速度から推測すると、自動車での移動でしょう」

 無線インカムの向こうの男が沈黙したので、男は言葉を続ける。

「やはり『R』の攻撃でしょうか」

 ふん、という荒い鼻息の後に、相手の声がした。

「スコットランドヤードで消えたというのなら、警察かもしれん。いずれにせよ、『E』を止めたのなら、そうとうなやり手だろうな」

 無線インカムの相手が言うとおり、『E』は、いちばん優秀だった。その能力に相応しい活躍をしてくれることが、期待されていた。

 だが、気になることがなかったわけでもない。敵にしろ警察にしろ、無能ぞろいではないだろうから、そろそろこちらの行動パターンに気づく者がいても不思議ではなかったのだ。準備に時間がかかるので、そう簡単に予定の変更はできないが、キングスクロスに投入したのは失敗だったかもしれない……。

「もし警察の手に『E』が渡ったとしたら、まずいことになります。作戦を変更しますか」

 男の問いかけに、無線インカムの相手は即答した。

「かまわん、作戦継続(コンティニュー)だ。『E』は、こちらで手を回してみる。それから、おまえたちはもう場所を変えろ。一箇所にあまり長居すると、そこから足が付くぞ」

 こちらの返答を待たずに、無線インカムの通信は切れた。

 男たちは、無線のヘッドセットを外して、お互いの顔を見合わせる。

 そういえば、このホテルを使い始めてから、そろそろ二週間になる。コンビニエンスストアが近くにあって便利だったが、また新しいホテルを探さないといけないようだ。

 男は、最後のタバコを箱から取り出すと、空き箱をくしゃりと握りつぶした。

「部屋でタバコが吸えて、ブレックファーストが美味いところがいい」

 もう一人の男は、大げさに両手を広げて首を振った。

「今度は、全館禁煙のホテルにしてくれ。俺は、長生きしたいからな」

 そう言って、男はタバコの煙を排出するために、窓を開け放つ。殺風景なオフィスビルの照明と、夜空に浮かぶ細い月が見えていた。


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