三章 ときめき
二日後の金曜日に俺は菱田さんの検査を依頼していた会社から「結果が出たから報告書を取りに来て下さい」との電話を受けた。
「結果はどうでしたか?」どうしても早く結果を知りたくて俺は電話の向こうにいる顔馴染みの検査技師に訊いた。彼は二年来、俺の研究の検査を手伝ってくれている大橋という三十代半ばの男だ。
「ああ、まったく異常はなかったです。余った血液はいつものように凍結しておきました」
「ありがとう。なるべく早く取りに行きます」そう言って俺は受話器を置いた。よかった。本当によかった。俺は小躍りしたいくらい嬉しかった。
「何の検査だ?」隣のデスクで仕事をしていた西沢先輩が俺に声をかけてきた。
「いや、知人に頼まれた個人的な要件なんです」
「へー。お前の顔がニヤけていたから、てっきり女からの電話かと思った」
「先輩と一緒にしないで下さい」俺は真顔を作ると言い返した。
「そうやって、ムキになるところが益々怪しいぞ。まあ、困ったらいつでも相談に乗ってやるからな」西沢さんは笑って自分の仕事に戻った。デスクの上のコンピューターを操る彼の目は真剣になった。そんな姿を見て、彼はオン・オフの切り替えがしっかりした男だ、と思った。
俺は自分の仕事を後回しにして、取りあえず菱田さんの結果を取りに検査会社に車を走らせた。外は春の日が注いでいた。俺の気は急いていたが、気分は明るかった。
城の近くを通り抜けると堀内公園の桜がチラホラ咲いていた。日曜日には明るい気分で愛美と花見を楽しめそうだ。城の北側にある検査会社に着くと、俺は走って事務所に行って検査報告書を受け取った。十枚ほどのA4用紙が束になって色気のない茶封筒に入っていた。それと凍結された検査用スピッツが、銀縁眼鏡の奥で冷静な目をした大橋検査技師から手渡された。
「ありがとう」と俺が言うと彼は表情を崩し、
「とんでもない。いつもお世話になっていますから」と人懐こく答えた。
「近々、飲みに行きましょう」俺は彼にもう一度お礼を言って外に出ると、早速封筒から検査結果を出して読んだ。
検査の結果はいずれも陰性、菱田さんの遺伝子からは何も異常が見つからなかった。俺は用意した小さなクーラー・ボックスに凍結血液のスピッツを仕舞うと車を走らせて帰社した。西に傾きかけた春の日差しが心地良かった。
帰社した後、もう一度検査結果をくまなく確認して俺は携帯から菱田さんにメールを打った。
『お仕事、お疲れ様です。先日の検査結果が出ました。癌遺伝子はまったく見当たりませんでした。良かったです。ホッとしました。
東京はいかがですか? 来週の木曜日には菱田さんの素晴らしい歌声と、その後の食事を楽しみにしています。ではまた』
一時間後に菱田さんから返信があった。
『ありがとう。本当に安心しました。明日の夜には帰ります。もし良ければ中央駅で待ち合わせて、祝杯をあげませんか?』
俺にとっては望外の嬉しいメールだった。仕事は立て込んでいるが、何としてでも菱田さんと飲みに行きたいと思ったので八時に待ち合わせることにした。
その後は土曜の夜まで、仕事を一心に頑張った。俺は忙しくも、とても充実していた。
土曜日の午後八時に、俺は会社から慌ただしく中央駅に到着した。菱田さんは八時五分着の新幹線で着くはずだったので、何とか間に合った。約束した時計台の近くで待っていると新幹線が着いたのか、人々が一団となって改札口をくぐった。
背の高い菱田さんが黒っぽいコート姿に銀色のキャリーバッグを引いて現れた。
「長旅、お疲れ様でした」俺が言うと、菱田さんはニッコリ笑って、あなたこそお仕事お疲れ様でしたと言った。彼女の笑顔を見て、俺は疲れが吹き飛んだ。
「駅前のタワー・ビルの天辺にあるレストラン・バーを予約しておきました」俺が彼女のキャリーバッグを持ってそう言うと、菱田さんはロマンティックね、と微笑んだ。駅前の大通りを横切るとタワー・ビルがあり、ショッピングやレストラン街、その上にある外資系ホテルがある。そして最上階にはレストランが三軒あった。
ビルのエントランスの一番奥にある高層階直通のエレベーターで、地上三十八階まで一気に上った。レストラン・バーの入口では、週末のせいか三組のカップルが待たされていたが、俺は今日の昼間に予約を入れておいたので窓際の席に案内された。
「綺麗」席につくと菱田さんが眼下に広がるキラキラした中央駅と市街を見て言った。七時頃に俺は会社でコンビニ弁当を、菱田さんは新幹線の中で駅弁を食べたと言うので、チーズの盛り合わせと野菜スティックを注文した。
やがて出された白のグラスワインを手に持ち二人で乾杯した。
「今夜は君の瞳に乾杯って言わないの?」グラスを合わせた後、菱田さんが俺に微笑みかけた。
「また同じことを言うのは芸がないかなと思って… でも菱田さんと祝杯が上げられて本当に良かった」俺が前に言ったセリフを菱田さんが覚えていてくれたのも嬉しくて、俺は心からの笑顔で答えた。
「ねえ、菱田じゃなく紀子と呼んで」グラスのワインを四分の一ほど一気に空けた菱田さんが俺の目を見て妖しく微笑んだ。夜景が彼女の黒い瞳に映って輝いた。
「はい。じゃあ、俺の事もひろしと呼んで下さい」俺もワインを飲んでから言うと、菱田さん、いや、のりこが嬉しそうに頷いた。
「ひろしは私から癌遺伝子が見つかったら、どうした?」紀子がまた俺の目を見て言った。
「治療する手立てがないか、必死に探すと思います」俺は少し考えながら言った。
「それは学問的な興味で?」紀子が視線をふと夜景に移して訊いた。
「いえ、紀子さんを失いたくないからです」
「のりこと呼んで」また紀子が俺を見た。
「のりこを失いたくない」俺は言い直した。
「どうして?」紀子の鋭い視線が痛いほど肌に突き刺さった。
「のりこの歌声をもっと、そしてずっと聴いていたいから」
「それだけ?」
「いや……、こうして紀子と会って話もしたいから」そう俺が言うと、紀子は満足そうに微笑んでワインを飲みほした。俺は赤ワインを二つ、ボーイに頼んだ。
「もしも癌遺伝子が見つかって、自分が何歳くらいに死ぬか、わかってしまったら、ひろしはどうする?」紀子が俺に訊いた。
「そうだな…。死ぬ年齢まで悔いのないように一生懸命すごすと思う」
「今は一生懸命に生きていないの?」
「いや、それなりに生きているつもりだけど…」俺は言葉につまった。
「でしょ。検査の結果が出るまで、正直こわかった。でも、その間に改めて人生について考えることができた。検査の結果が異常なくて本当にホッとしたけど、それ以上にいろいろなものを得られたわ」紀子が小さく笑った。
赤ワインが運ばれてきてから、俺たちは音楽の話をした。俺が好きなヘレン・メリルという女性ジャズ歌手を、紀子も知っていた。紀子は大学時代にクラブで唄うアルバイトをしたところを見出されて、ジャズ・バーでプロとして唄うようになった。その頃はヘレン・メリルの唄い方に少なからぬ影響を受けたと話した。
彼女は大学を出てからは本格的に東京に進出して、アルバムも出し数カ月の渡米もしたがオリジナル曲はなかなか売れず、今はまたクラブ歌手になっていると話した。
「俺は紀子の歌が好きだ。魂を揺さぶられる」
「ありがとう。でも今の唄い方には壁があってね、それをどうやったら乗り越えられるのか模索中なの」
「…努力する事は素晴らしい。前へ進もうとする人間は輝いていると思う」
「でも努力が報われない歌手も数多く見てきたわ」紀子は早いピッチで二杯めの赤ワインも空けた。紀子はボーイを呼んでドライマティーニを頼んだ。俺もスコッチを水割りで頼んだ。つかの間の沈黙が二人を包んだ。二人とも眼下の夜景をぼんやりと見ていたが、でもそれは言葉を交わさなくても心地の良い空間になっていた。
「ひろしは今の仕事が面白いと言ったよね」新たな酒が運ばれてくると、沈黙を破って紀子がマティーニを一口飲んで口を開いた。
「うん、やりがいを感じる」
「いいね。仕事ができる男って魅力的よ」紀子が再び俺を見つめて微笑んだ。
「いや、あんまりバリバリできるって方でもない」俺はバリバリ仕事もこなす西沢先輩を思い浮かべて頭をかいた。
「そこがいいのよ。あまりにガツガツしている男って油断ならないわ。女に対してもそう」
「と言うと?」
「男にガツガツされる雰囲気を察すると女は引くの」
「…でもあんまりガツガツしないと、押しが弱くて何も始まらない」実際、俺は学生時代から付き合っていた女性と三年前に別れて以来、彼女はいなかった。仕事をしていると出会いの機会が少ない。愛美と知り合い最近になって少しいい雰囲気になったのが、久しぶりの男女交際だった。そして今は、彼女にどの程度押して迫ればよいか、日々逡巡している。そういう思いを思わず吐露した。
「フフ、ひろしは私を口説こうと思わないの?」紀子がマティーニをグイと飲むと、俺を見て笑った。彼女は少し酔ってきたようだったが、妖しく潤んだ瞳に俺はドキッとした。
「俺なんかが偉大な歌手の紀子を口説くなんて役不足だよ。それに俺たちはまだ個人的に会うのは二回目、手も握らない中学生みたいな清い交際をしている…」俺は控えめに言った。
「アハハ、今どき中学生なら手以上のモノを握っているわよ」紀子が意味深な笑みを浮かべた。
「じゃあ、小学生?」
「小学生でも手くらい握っているわよ、アハハ」紀子は可笑しそうに笑った。
「私を上辺だけ大事にしてくれる人は結構いたわ。そういう人に裏切られた事もある。…でもね、ひろしは違うと思った」紀子は思い出したくない過去があるようだ。そんな過去から目をそむけるように、俺から夜景にゆっくり目を移して言った。
「どうして?」俺は尋ねた。
「わかるの」紀子は夜景を見たままそう言った。
紀子のグラスが空になったので、俺は「お酒は?」と訊いた。彼女は「もういい」と答えたので、俺は残った水割りをグイッと飲み干してからボーイに会計を頼んだ。
しばらくしてボーイが持ってきた伝票を、紀子が「払わせて」と奪った。
「ご馳走様でした」バーから出ると俺は紀子にお礼を言った。
「これくらいはさせて。またお食事に連れて行ってね」紀子が微笑んだ。
それから彼女は右手の奥にあるトイレを見つけ「ごめん、トイレ」と言った。
「俺もトイレに行く。出たらそこで待ってる」
俺はトイレから出るとすぐ前の廊下で紀子を待った。奥にあるレストランはもう閉店していて、廊下は夜遅いせいか人通りはなかった。
やがてトイレから出てきた紀子が笑顔で俺のすぐ目の前まで歩み寄って来た。酔っていたのか、俺は大胆にも彼女を抱き締めて目の前にあった紀子の唇を奪った。彼女は素直に俺に抱かれると目を閉じた。
やや厚めの紀子の唇は思ったより柔らかくて心地よかった。彼女の唇を軽く吸っていると、自分が彼女に吸い込まれてゆくような気がした。約十秒後、俺は紀子から唇を離した。
「おや? 手も握らないんじゃなかったの?」そう言って紀子は俺の腕の中で妖しく微笑んだ。
「ごめん」俺がエレベーターへ向かおうとすると、彼女がニコヤカに腕を組んできた。
俺たちはビルから出て駅の雑踏を地下鉄の駅に向かって歩いた。俺は酔っているのと幸福感で、フワフワと雲のじゅうたんの上でも歩いているような気分だった。
「ひろしってモテるでしょ」横にいる紀子が歩きながら言った。
「俺は彼女いない歴も長かったしモテないよ」
「モテる男は、自分の事をモテるなんて言わないものよ。貴方には妙な色気と余裕があるから、きっとモテる」紀子がフフと笑った。
やがて歩道から階段で地下に下りた。俺に妙な余裕があるとしたら、それは愛美がいるから紀子にガツガツ迫らずにいられるからだろう。何となく俺はそう思った。
地下鉄は、紀子は繁華街、俺は東部住宅街方面に別れて乗る。切符売り場でそれぞれ切符を買ったら、紀子が「今日はありがとう。とても楽しかった。またね」と俺の手を握って微笑んだ。
「ありがとう、俺も楽しかった」
まだこのまま君と一緒にいたい、という言葉を飲み込んで俺はそう言った。紀子の乗る路線の改札口まで一緒に行こうとすると、彼女は「ここでいい。これ以上来ないで。哀しくなっちゃうから」と言って立ち止まった。
こういう場面で愛美は最後の瞬間まで俺が見送るのを好む。紀子は違うんだ、と俺は思った。
ふと俺は大学院時代、一緒に仕事をした外国人たちの事を思い出した。俺の通った大学院にはオーストラリアやイギリス、中国からの留学生がいた。彼らは別れ際に「じゃあまた」と言った後、例外なく振り返らなかった。綺麗な英語曲を唄う紀子は、その中身も日本人離れしているのかな、などと思いつつ俺もそうすることにした。
「気をつけて。じゃあまた」と俺は言って踵を返すと振り返らず、真っ直ぐに一階下の地下鉄ホームへ駆け降りた。
翌日は愛美と花見に行く約束をした日曜日だった。昼に愛美をマンションに車で迎えに行き、それから城内公園近くの堀端にあるコイン駐車場に車を停めて二人でブラブラ歩いた。堀の両側には大きな桜が立ち並び、たくさんの人々がそぞろ歩いていた。
「桜の木の下には死体が埋まっているという文章があったよね」愛美がポツンと言った。
「ああ、昔どこかで読んだな」
「梶井基次郎の詩だったと思う。殺風景な冬から春になって突然、一斉に咲く桜って本当に狂ったように綺麗だよね」ピンク色に咲き乱れる桜を眺めながら、愛美はしみじみと言った。狂ったように咲きほこる桜に気押されるように、俺たちはどちらからともなく手を繋ぎ合って黙々と歩いた。愛美の手は春の日差しのように暖かかった。
やがて城門に着いた。
「中に入ろうか?」城内への入場券売り場の近くで俺は愛美に言った。
「…今夜はうちで食事をしない?」彼女は遠く城門越しに見える桜を眺めながら、ゆっくりと言った。そして
「肉ジャガでよければ」と言い足して俺を見た。
「喜んで」俺は飛び上がりたいほどの嬉しさを押し殺すように普通に答えた。
それから二人で駐車場に戻り、俺の車で十五分ほど走った大通り沿いにある愛美のワンルーム・マンションへ行った。
近くのコイン・パークに車を停めて、小奇麗なエントランスを抜けてエレベーターで七階に上った。五つある黒い玄関のうち、一番奥が愛美の部屋だった。
初めて入る彼女の部屋は、玄関を入ると左手にトイレとユニットバスがあり、右手の小さなキッチンを通り越すと八畳ほどの部屋の中央にコタツ兼用のテーブル、周囲にはベッドとライティングデスク、本棚が整然と並んでいた。
「狭いでしょ」愛美は恥ずかしそうに微笑んだ。
「いや、綺麗にしている」
「今から準備するわね。そこに座っていて」
「ありがとう。でも手伝うよ」俺は愛美とキッチンに立った。コンロの上の鍋には肉ジャガが入っていた。
「もう作ったんだ」俺が言うと、
「うん、よく味が染み込むようにと思って今朝つくった。たまたま早く起きられたから」愛美が少し恥じらいだように言った。俺のために早朝から準備をしてくれた彼女を可愛いと思うのと同時に、昨晩は紀子と飲んで今朝はなかなか起きられなかった自分を思い出した。
二人の女性から想いを寄せられている今の自分を幸せ者だと思った。同時にこういう幸福な状態を維持するのは、西沢先輩が言っていたように相当な労力が要るのかも知れないと思った。
「今からご飯を炊いて、お味噌汁と湯豆腐を作る予定なの」愛美が続けて言った。
「へー、盛りだくさんの献立だ」
「もしよければ、ご飯を炊いてくれる? その間に、味噌汁も湯豆腐も作っちゃうから」
「そんなに早くできるの?」
「味噌汁も湯豆腐も、あんまり時間をかけて作るものじゃないわ。味噌は煮立て過ぎるとビタミンCが壊れるし、豆腐もあまり長く煮るものじゃない。あ、湯豆腐にはタラと白菜も入れるわね」
「なかなか凝った湯豆腐だね」俺は愛美の指示で米を研ぎ炊飯器にかけた。その間に愛美は昆布を敷いた土鍋に湯豆腐の用意をすると、別の鍋を出して大根と油揚げを刻んで味噌汁を作り始めた。
「あ、お味噌が合わせ味噌しかない。ひろしは赤味噌党だったわね」手早く炊事をしていた愛美が手を休めて俺を見た。
「いや、いいよ」
「うっかりしてた。ごめんね」
「全然いいって」俺は笑って答えると、また愛美が「あっ」と口に手を当てた。
「今度は何?」
「ひろしは車だからビールなんか飲めないね。どうしよう…」
「アハハ、お茶か水でいいよ」
「……向かいに酒屋があるの。洒落たジンジャエールを売っていてシャンペン代わりになるから買って来てくれない?」愛美がバッグから財布を出そうとした。普段はバリバリと仕事をこなすキャリア・ウーマン風に振舞っている愛美だったが、意外に可愛い面をたくさん持っていると思った。
「いいよ。俺が買ってくる」そう言うと俺のポケットの携帯が震えた。何だか愛美の前で携帯を確認するのが嫌で、俺は何事もなかったように上着を取ると部屋を出た。
エレベーターに乗ってから携帯を出して見ると、紀子からのメールが着ていた。
「昨日はありがとう。楽しかった。ところで今度の木曜日だけど、どうしても抜けられない用事ができちゃった。また連絡するけど、その次の木曜日に会いたいと思ってる。勝手を言ってゴメンね」
俺はすぐに「昨日は俺も楽しかった。ありがとう。木曜の件は了解。気にしないで」と素早く返事を打って送信した。紀子はやはり俺とは別世界に住む忙しい歌手、俺は愛美を第一に考えよう。そして今は愛美だけを愛そう。まさにその時だ、と思った。
マンションを出て通りに出た。なるほど、大通りの向こうに大きな酒屋があった。すぐ右手の信号を渡ってシャンペン代わりになるジンジャエールを探した。結構大きな店で、店内はワインから日本酒、焼酎がたくさん並んでいた。品ぞろえが豊富なのだろう。多くの人々で賑わっていた。なるべくシャンペンっぽい辛口ジンジャエールを十分ほど探し回ってから購入すると愛美の部屋に戻った
愛美と二人で食べた手料理はどれも美味しかった。いつもは外食やコンビニ弁当が多い事を気遣って栄養に配慮した愛美らしいきめ細かいメニューだと思った。味噌とジンジャエールは彼女の計算外だったようで、完璧ではないところも今はむしろ好ましかった。
その晩、俺たちはどちらからともなく自然に愛美のベッドの上で結ばれた。初めて触れた愛美の唇は紀子よりも硬かった。暗がりで見る愛美の胸は形よく、身体は透き通るように白かった。俺たちは互いに互いを待ちかねたように求め合い果てた。
狭いベッドの上に二人で眠ったが、夜明けとともに起きた。そして前に二人で話したように夜明けのコーヒーを愛美と飲んでから、俺は出社準備のために自分の部屋に戻ることにした。
「じゃあまた。御馳走様でした」玄関で俺は愛美を抱きしめて軽くキスをした。
「ええ、またね」愛美は微笑んで俺を見送った。俺はとても幸せだった。