改善と新たな試み
白紙のままの改訂案を見つめていると――
執務室の扉が、静かにノックされた。
「……入れ」
扉が開き、
現れたのはギルドガチャを考案してきたシンだった。
いつもと変わらぬ無表情。
だが、その視線は、
すでにこの部屋の空気を把握している。
「……話は聞いているか」
ギルドマスターは、
紙から目を離さずに言った。
「ええ……」
「トラブルの件ですね」
「正直に言おう」
ギルドマスターは、
椅子に深く腰を下ろす。
「このままでは、まずい」
「回数制限を設けるべきか」
「あるいは、運営そのものを……」
そこまで言って、
言葉を切った。
自分でも分かっていた。
今更、運営を辞めるという選択が
ギルドとして現実的でないことは。
本来なら、
それでも止めなければならないのだが――
決めきれない自分が、
ひどく情けなかった。
◆
シンは、
一拍置いてから口を開く。
「その前に」
「一つ、提案があります」
「……提案?」
ギルドマスターは、
ようやく顔を上げた。
「ガチャを始めたばかりの今」
「ここで規制を始めれば、反発は避けられません」
「……分かっている」
「だが、それでも何かしらの対策を打たねばならん」
「ですので」
シンは、
机の上に一枚の紙を置いた。
そこに記されていたのは、
簡潔な一文。
【期間限定・属性別ピックアップ】
◆
「……これは?」
「ガチャの中身の調整です」
シンは、
淡々と説明を続ける。
「火属性魔剣が出やすい期間」
「氷属性魔剣が出やすい期間」
「雷、風、闇、聖――属性ごとに分けます」
「……なぜ、そんなことを?」
「余計に冒険者を煽るだけだろう」
ギルドマスターは、
眉をひそめた。
◆
「今の冒険者は」
「“当たりが欲しい”」
「“俺も楽して大金を得られるかもしれない”」
「そういう衝動だけで回しています」
「だから」
「止まらない」
シンの言葉は、
冷静で、容赦がなかった。
「ですが」
「敢えて強力な魔剣で、狙いを限定すれば――」
彼は、
紙の一行を指でなぞる。
「“今は回さない”という選択肢が生まれます」
「そうすれば、今よりは確実にマシになります」
◆
ギルドマスターは、
はっとした。
「……待つ、という発想か」
「はい」
「今は」
「AランクだろうがBランクだろうが」
「何が出てもいいから、金のために回す」
「ですが」
「ダンジョン攻略を目的とする冒険者は、必ずこれに食いつく」
「そして、目当ての属性でない期間は」
「自然と手を止めます」
◆
「……結果として」
ギルドマスターは、
ゆっくりと言葉を継いだ。
「比較的まともな冒険者が」
「溶かす金は、減る」
「ええ」
「ギルドとしても、そういった冒険者には活動してほしいでしょう」
シンは、
肯定も否定もしなかった。
◆
「規制ではない」
「だが……誘導だな」
ギルドマスターは、
小さく苦笑する。
「人の欲を正面から止めるのではなく」
「整理させる、か」
「ええ」
「完全な解決ではありません」
「ただ――」
シンは、
一瞬だけ言葉を区切った。
「これで、しばらくは落ち着きます」
「ギルド側の対策としては、十分でしょう」
◆
しばし、
沈黙。
やがて、
ギルドマスターは白紙の改訂案から、
その紙へと視線を移した。
「……回数制限などは」
「その後でも、遅くありません」
「……なるほどな」
◆
「……お前は」
ギルドマスターは、
低い声で尋ねた。
「最初から」
「ここまで、想定していたのか?」
シンは、
わずかに目を伏せ――
「人は」
「欲には、勝てません」
「目の前で、自分と同じ立場の人間が得をすれば」
「次は自分かもしれない、と思う」
「その欲には……終わりがないんです」
それだけ答えた。
◆
ギルドマスターは、
深く息を吐いた。
「……まずは、各種魔剣の確率アップか」
机の上の白紙は、
まだ埋まらない。
だが――
別の紙が、静かに重ねられた。
【次回ピックアップ案:火属性魔剣】
◆
その頃、ギルドホール。
掲示板に貼り出された
その告知を見て、
冒険者たちは口々に言う。
「魔剣の確率が上がるのか」
「あそこの階層は火属性がないときついからな」
「無闇に引くより、待つ方が賢明か」
――そう言いながら。
その目は、
決して冷めてはいなかった。
回数制限が来る前に。
本当の規制が下る前に。
欲は、
形を変えて――
静かに、燃え続けていた。




