責任と後悔
ギルドマスターの執務室は、
いつもより静かだった。
書類に目を通しながら、
彼は何度目か分からない溜息を吐く。
「……またか……」
机の上に置かれた報告書。
赤い判が押された紙が、何枚も重なっている。
・ガチャ資金を巡る冒険者同士の口論
・パーティー内の金銭トラブル
・資金不足による深い階層への遠征中止
・資金不足による借金申請
どれも、
ギルド公認ガチャ開始以降のものだ。
「まさか……ここまでとは……」
彼は、額を押さえた。
ギャンブル性があることは分かっていた。
だが、あくまで“自己責任”。
冒険者は大人だ。
金の使い方くらい、管理できる――はずだった。
ギルドマスター自身、
ガチャというものに触れたことがない。
だからこそ、どこか甘く見ていた。
元々、冒険者というのは
そういう気質の者が多い。
「……甘かったな……」
◆
部下が、控えめに声をかけてくる。
「マスター」
「今月分の収支報告です」
差し出された書類を受け取り、
目を通す。
……数字が、はっきりと目に飛び込んできた。
「……黒字、か」
しかも、
想定以上の黒字。
ガチャの利用料。
ギルド買取による手数料。
ガチャを回すために依頼を受ける冒険者の増加。
副次的な利益まで含めれば、
過去に例がないほどの収益だった。
「……皮肉なものだな」
冒険者が揉め、
壊れていくほど――
ギルドは、潤う。
「このまま続ければ」
「設備投資も、人員増強も可能です」
「その分、トラブルも増加すると思いますが」
部下の言葉は、
現実的で、合理的だった。
「……分かっている」
分かっているからこそ、
胸が重い。
どれだけ綺麗事を並べようとも、
ギルドを存続させるには――
金が、必要だ。
◆
「ガチャを止めるのは……やはり、難しいか」
ギルドマスターの問いに、
部下は首を横に振る。
「現時点では、反発が大きすぎます」
「特に、当たりを引いた冒険者からの反対が……」
――当然だ。
Aランクを引いた者。
Bランクを引いた者。
一夜で人生が変わった者たち。
彼らにとって、
ガチャは“救い”だ。
特に、
低ランクの冒険者にとっては。
「……注意喚起は?」
「掲示板と受付で行っていますが……」
「効果は、限定的です」
それも、無理はない。
注意を読んで、
止まれる者は――
そもそも、深くはハマらない。
◆
ギルドマスターは、
椅子にもたれた。
「冒険者を守るのが……ギルドの役目だったはずなんだがな……」
だが、現実は違う。
冒険者は、
自由で、無茶で、危うい。
収入は不安定。
すべてが、自己責任。
そんな彼らから
一攫千金の“夢”を奪えば、
反発される。
だが、
放っておけば――
壊れる。
「……板挟み、か」
誰に向けた言葉でもない呟きが、
静かに漏れた。
◆
その時。
窓の外から、
ギルドホールのざわめきが聞こえてきた。
歓声。
落胆。
怒号。
――誰かが、当たりを引いたのだろう。
「……あのS級」
ガチャを持ち込んだ男の顔が、
脳裏をよぎる。
冷静で、
感情を見せず、
すべてを理解した上で、設置を持ちかけてきた男。
「……どこまで、読んでいたんだ……」
◆
ギルドマスターは、
決断を先延ばしにするように、書類を閉じた。
止めれば、
ギルドは損をする。
続ければ、
冒険者が壊れる。
「……正解は、ないか……」
それでも――
選ばなければならない。
彼は、机の引き出しを開け、
一枚の白紙を取り出した。
そこには、こう書かれていた。
【ガチャ運営に関する規約・改訂案】
まだ、白紙だ。
だが、
何も書かれていないその紙は――
人の欲を軽く見ていた、自身の甘さを
雄弁に物語っていた。
◆
ギルドホールでは、
今日もガチャが回る。
誰かの人生を削りながら、
一攫千金の夢を膨らませながら。
そして、そのすべてを――
公認した責任が、
彼の肩に、静かにのしかかっていた。




